2017/08/19  日記  弁慶草 - 菜花亭日乗
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菜花亭日乗

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2017-08-19 (Sat)  19:09

2017/08/19  日記  弁慶草

2017/8/19 (土) 旧暦: 628日 祝日・節気:  日出 : 502分 日没: 1825分月出: 159分 月没: 1623分 月齢: 26.72 干支: 戊寅 六曜:先負 九星: 七赤金星

今日のあれこれ: 弁慶草

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(花図鑑
http://shokubutsu-zukan.net/blogs/kyohana/2010/10/post-1395.html
より転載



『ベンケイソウは北半球の温帯~亜熱帯原産で、日当たりのよい草地や石垣の間などに生える多肉質な多年草で、日本では黄色の花が咲く自生種がよく見られていました。古くから各地で観賞用に栽培され重宝されていましたが、現在では一部の山岳地域を除いてほとんどが栽培されていません。

ベンケイソウ属には「キリンソウ(麒麟草)」や『ミセバヤ「玉の緒」(写真右4番目)』、「イワレンゲ(岩蓮華)」などがあり、その一種であるベンケイソウですが、現在では明治の頃に輸入された中国産の『オオベンケイソウ「大弁慶草」(写真左と右上)」が庭植えや切り花、鉢植えとして流通され、ベンケイソウというと、このオオベンケイソウを指すようです。大きな株にたくさんの星形の花と、卵形か楕円形で粉を吹いたような多肉質の葉(写真右2番目)をもちます。

オオベンケイソウは、夏から秋にかけて華やかではありませんが、花弁・萼片ともに5枚で雄しべが長く、紅色の小さな花が茎の先端に集まって花序をつくり、美しい花を咲かせます。濃淡の紅色が一般的ですが白色もあります。葉は楕円形で粉白色帯び、また斑入り葉もあります。繁殖力がとても旺盛で、一枚の葉から芽をだして根を張るほど丈夫な植物で、石垣やロックガーデンなどに利用されています。草丈は3070cm。開花期は710月頃、鉢の市販期は34月と810月頃です。

別種のミセバヤは、3枚の多肉質の円形の葉が輪生し、1011月頃に小花が密生して下垂します。花は雄しべが長いのでふんわりとけぶるように球状の花序を作ります。また白っぽい青緑の葉は晩秋から冬にかけて美しく紅葉します。草丈は1530cm。開花期は911月頃で鉢の市販期は910月頃です。キリンソウは、北海道~九州の山地の岩場や海岸や岩に生え、草丈は530cmで、夏に黄色の5弁花を密に付けます。イワレンゲは、葉が多肉のへら形で白粉を帯びた淡緑色です。秋に白色で雄しべの葯は淡黄色の花を多数の付けます。

属名の「ヒロテレフィウム(Hylotelephium)」は、ギリシャ語の「hyle(森」」と「telephion(多肉植物、または多汁植物)」で、森の中でも生える植物の意といわれます。または『ギリシャ語の「telehylo(=森林)とtele(=遠い)philos(=愛)の合成語で、昔、この属の1種を別れた恋人が戻るようにとのおまじないに用いたことによる。』(GKZ植物事典より)とされます。

和名は、多肉の葉が乾燥してしぼんでしまっても、炎天下に放置したままでも発根することから、その強さを弁慶にたとえて「ベンケイソウ(弁慶草)」と付けられました。別名は「ハチマンソウ」、古くは、繁殖力と生命力が強いため「イキグサ(活草、活き草)」とも呼ばれていました。』
(魅る魅るガーデニング
http://www.teych.com/9ghana-13.html
より転載)



弁慶草の俳句:



・がむしゃらの弁慶草も枯にけり 小林一茶



・雨弾き弁慶草の葉にちから 高澤良一



・辺土岬狼煙の跡の弁慶草 山田春生



植物の名前は、様々な由来を持っている。
名前と植物の容姿とぴったりな場合もあり、そうでない場合もある。
弁慶草もそんなケースのようだ。

花は小さなものがびっしりと集まっている。
色も白がかった赤もしくはピンクで迫力のある刺激的な色ではない。
全体としてのイメージは可愛らしく、とても弁慶の厳つい剛毅なイメージではない。

弁慶草という名前は古くからあったようで、一茶も句に詠んでいる。
名前の由来は花のイメージではなく、一茶の詠むように切っても枯れずに生きる生命力が弁慶の立ち往生のような逞しさを感じさせるからだ。

古くは、伊岐久佐(いきくさ)、今は 「活草」(いきぐさ)という別名もある。

高澤の詠むように、茎葉が多肉質で、切って捨てても枯れない生命力がある。
弁慶草の名は花ではなく、葉や茎の逞しさをイメージしている。

観賞用には、花が少し大きく、色も鮮やかな紫の大弁慶草が好まれている。

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(花の詩
http://hananouta.nomaki.jp/page_thumb23.html
より転載)


山田の句の辺戸岬は沖縄本島の最北端の岬。
辺戸岬には「日本祖国復帰闘争碑」が建てられている。

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岬の中心に建てられている「日本祖国復帰闘争碑」は、昭和47年(1972)、アメリカの統治下にあった沖縄が日本に返還され、沖縄県になった時に建立されたもの。幾度となく祖国復帰の闘争が繰り返されていたことを忘れまいと、沖縄本島最北端であるこの地に碑が建てられている。当時は日本への復帰を願う県民たちによって、国境の向こう側にあった鹿児島県の与論島に向けてのろしをあげていた。年に一度、北緯27度線、つまり沖縄本島と与論島の間の海上でも交流集会を開いていたそうだ。その友好の証として、「ヨロン島・国頭村友好記念碑」も建てられている。そう、ここは、沖縄の波乱の歴史に想いを馳せる場所でもある。』
(たびらい沖縄
http://www.tabirai.net/sightseeing/tatsujin/0000365.aspx


その碑の近く、狼煙が上げられた場所には、弁慶草が植えられているのだろう。

日本復帰は果たしたが、アメリカの基地はまだ沖縄を占領している。
北朝鮮や中国の軍事行動を考えると基地問題が解決するにはまだ相当の時間が掛かりそうだ。
基地を本土にも分散する現実な施策も必要だが、こうした
碑の存在を顕彰し、本土復帰を盛大に祝う行事を行い、沖縄の県民と本土の県民が心を合わせることも考えなければと思う。

弁慶草を枯らしてはいけない。



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最終更新日 : 2019-03-15

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