2021/02/17 日記  良寛忌 - 菜花亭日乗
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2021-02-17 (Wed)  19:55

2021/02/17 日記  良寛忌

2021/02/17 ()  旧暦: 16日  祝日・節気・雑節・朔望:   日出: 625分  日没: 1724分  月出: 924分  月没: 2233分  月齢: 5.33  潮汐: 中潮  干支: 丙申  六曜: 赤口  九星: 六白金星 


今日のあれこれ: 良寛忌

「良寛記念館紹介動画」


https://youtu.be/VImuaNFAHpo



『良寛とは
江戸時代末期の禅僧、詩人、歌人、書家。
俗名は山本栄蔵。
18
歳で出家し、厳しい修行を行い34歳で諸国修行の旅に出る。
寺をもたず、日々托鉢で暮らす。真言宗や浄土宗、日蓮宗、神道にも通じた。 天保274歳で遷化。

良寛の生涯
良寛は宝暦8年(1758)越後国出雲崎(現・新潟県三島郡出雲崎町)の名家、町名主で回船問屋の橘屋山本家に生まれた。
幼名を栄蔵といい、43女の長男。父、泰雄は名主(庄屋)にして、町にある石井神社の宮司を務め、以南という俳人でもあった。
栄蔵(良寛)は、7歳ころから漢学者・大森子陽の塾で地蔵堂(現・燕市分水)にある「三峰館」に通い、中国の古典も熱心に学んだ。

しかし、18歳で名主見習い役になったばかりの栄蔵は、突然出家の準備のため尼瀬の曹洞宗光照寺に身をよせ剃髪してしまう。
栄蔵22歳の時、光照寺に備中玉島(現・岡山県倉敷市)の円通寺の住職・国仙和尚が訪れた。ここで栄蔵は出家・得度し、良寛という法名を与えられた。
良寛は国仙和尚の崇高なる人柄に感銘し円通寺で約12年間修業し、禅僧としての卒業証書「印可の偈」を受けた後、諸国行脚の旅に出る。

寛政8年(1796)新潟に戻り、47歳のとき国上山(現・燕市)にある国上寺の五合庵で約20年間を過ごす。
その後10年間は五合庵のふもとにある乙子神社の草庵に移り住む。文政9年に国上山を離れて、島崎(現・長岡市)の名家・木村家に移住する。
その頃、貞心尼と出会い和歌を詠みあい晩年心温まる交流が続いた。天保2年(1831)、木村家で息を引き取る。享年74歳。』
(燕市観光協会
https://tsubame-kankou.jp/seeing/about_ryokan/
より転載)



良寛忌の俳句:


・夕暮の雲の華やぎ良寛忌  鷲沢喜美子


・あたたかき雨となりたり良寛忌  遠藤三鈴


・あたたかき月をあげたる良寛忌   小坂灯村


・良寛の忌日の故か暖かし  相生垣瓜人


・良寛忌ここにも恋ふる我がをり   志方桜子




良寛さんは、宝暦8102日(1758112日)に生まれ、天保216日に亡くなっている。
 今日は旧暦16日なので、良寛忌になるので、今日の季語は良寛忌とした。

良寛さんの人気は今でも高い。
良寛忌の句も江戸の人としては多く詠まれている。
会ったこともない過去の人なのに、親しく詠まれている。

句を読んでいて思った。
良寛忌の句はあたたかい。
雲も雨もお月さまもあたたかい。

旧暦16日はまだ寒いはずだ。
あたたかくはないはずだが、皆そう詠んでいる。

相生垣はそのものズバリを句にしている。
良寛さんの忌日だからあたたかいと。
自然現象の話ではない。
いくら寒い冬でも、良寛さんの前では温かく感じてしまうのだ。

今日2021217日は、冷たい風が強く吹いた日だった。
寒いはずだが、そう言えば寒いとは思わなかった。
それは良寛さんのお陰だ。

この様な良寛さんがおられることは、今生きる我々もありがたい。



【データ】

良寛 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E5%AF%9B


良寛記念館
http://www.ryokan-kinenkan.jp/


燕市分水良寛史料館
http://www.city.tsubame.niigata.jp/school/029000030.html


良寛の里 わしま

http://motenashiya.com/index.html




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最終更新日 : 2021-02-17

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