2007/10/29 「施す」ということ - 菜花亭日乗
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2007-10-29 (Mon)  21:29

2007/10/29 「施す」ということ


「施す」と言うことがある。
辞書で引くと以下の通りである。



『ほどこ・す  【施す】
(動サ五[四])
(1)金銭・物品や恩恵などを恵み与える。
「貧者にパンを―・す」「恩恵を―・す」「人に情けを―・す」
(2)田畑に肥料や種をまく。
「下肥を―・す」「八十木種に皆能く―・し生(う)う/日本書紀(神代上訓)」
(3)装飾や加工を加える。
「迷彩を―・した戦車」「防水加工を―・した布」「蒔絵(まきえ)を―・す」
(4)ある事態に対し、何らかの手段をとる。行う。
「もはや―・すすべもない」「手の―・しようがない」
(5)広くゆきわたらせる。
「世界に名を―・して/宇津保(あて宮)」「いよいよ頼朝、権を―・して/増鏡(新島守)」
[可能] ほどこせる
[慣用] 面目を― 』(三省堂提供「大辞林 第二版」より)



村のお祭りで「ぜんざい」とか「きのこ汁」とか「餅」とかをふるまうことがある。
 祭りの参加者に無償で提供するのである、参加者は提供者に感謝していただくのである。
 古来、日本では、この「施す」が多く行われてきた。一介の貧乏人ですら、自分より悲惨な乞食には金銭・飲食物を恵んだのである。



仏教で「布施」と言うことがある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』を見ると、



『「布施」:
布施(ふせ)は、梵語では「檀那(旦那)(ダーナ、& > ( )」といい、慈悲の心をもって、他人に財物を施すこと。布施には「財施」「法施」「無畏施」の三種がある(大智度論)。布施をする人をダナパティといい、施主(せしゅ)、檀越(だんおつ、だんえつ)、檀徒(だんと)などと訳される。なお、菩提寺にお布施をする家を檀家(だんか)という言葉も、檀那、檀越から来たものである。


 


「布施の種類」
 ・財施とは、金銭や衣服食料などの財を施すこと。
 ・法施とは、仏の教えを説くこと。
 ・無畏施とは、災難などに遭っている者を慰めてその恐怖心を除くこと。』



宗教で「出家」を説くものがある。
「悟りを開くために家族・財物は迷いの素、すべて捨てて教団に布施して、俗世間から離脱し、信仰の道に邁進しなさい。」と出家を説くのである。
この手の教団は、似非宗教と思って間違いない。



巨大な施設・豪華な装飾に騙されてはいけない。みんな「布施」の産物である。「布施」は説いて、おこなわしめる物ではない。



マルチ商法と似非教団・似非教義には気を付けよう。
本当の宗教は、衆生に無償の「法施」を施すものであって、教団への「布施」を求めるものではない。



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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