2008/10/23 驢鞍橋 上巻-20 - 菜花亭日乗
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2008-10-23 (Thu)  22:15

2008/10/23 驢鞍橋 上巻-20


【原文】
一日或武士に示曰、仏法なくして武勇使わるべからず。血気の勇は何程強しと云とも、どこぞに臆病なる処有べし。我も高き崖の上に立て下を見れば、足振ゑて臆病出る也。仏法修行なくんば、大丈夫の漢と成べからずと也。


 



【要約】
 ある日、或る武士に言われた。「仏法が無くては、武勇を自由に使うことは出来ない。向こう見ずの勇気はどれほど強いと言っても、何処かに臆病なところがあるものだ。自分も高いがけの上に立って下を見れば、足が震えて臆病になるものだ。仏法の修行がなければ、立派な強い武士になることはできない。」


 



【寸言・贅言】
正三は理念の人ではない。日常生活における実践の人である。
自身武士であった正三は、武士こそ仏道修行が必要であると考えている。



血気の勇とは、戦闘など相手があって、自分の名誉がかかっている様な場合は、人間は生命を賭して闘うのであり、自ら勇んで死地を求める様な態度を言い、孟子の言う匹夫の勇とも通じる。



正三は、その様な武勇ではなく、日常座臥において、どんな場合でも心を揺さぶることもなく、平然と死ぬことが出来る境地を言っている。それには、仏道の修行が必要であるという。
宮本武蔵が五輪の書に記した「巌(いわお)の身」を思い起こす。
あるとき武蔵は仕官先の細川忠利公から言われる。「そのほうは剣法の上で巌の身ということを申すが、あれはなんのことか」と訊ねる。すると武蔵は、「殿、それは言葉で申してもお判りになりますまい、実物をお目にかけましょう」といって、日頃仕込んでおる若侍の一人を呼び出し、その若侍が敷居の外に平伏するやいなや、「殿のご命令じゃ、切腹をしなされ」といいわたす。すると、その若侍は、「ははあ」と言い、顔色を変えることもなく、取り乱すこともなく、胸をひろげ、短刀を出して、まさ切腹しようとする。
様子を見ていた武蔵がまた横から、「しばらく、お赦しが出た、さがってよろしい」と言い渡すと、若侍は胸をおさめてまた、「ははあ」と言い、何事もなかった様に下がっていった。
武蔵は忠利公に「殿、あれが巌の身と申すものでございます。」と言ったそうである。
生死という大問題に少しも心を動かさない、微動だにしない、ここに剣道の極意があると武蔵は眼前に証明して見せた。



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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