2009/03/17 驢鞍橋 上巻-36 - 菜花亭日乗
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2009-03-17 (Tue)  22:05

2009/03/17 驢鞍橋 上巻-36


【原文】
師一日語て曰、此前、曹洞宗の僧、江湖頭(ごうこがしら)の立願に、越後国、五地の如来に籠り居ける折節、奥方の坐頭、官の為に上洛するとて、此堂に一宿す。時に彼僧、彼が官銭を盗み忽ち盲目と成、一生愁ひ悔て死す。坐頭は忽ち目明けり。其坐頭の琵琶、如来堂に干今(いまに)有り。我若き時、其僧を見たると、三州にて去僧、慥に語られたり。実に然るべき事也。世の人さへ不能事(あたわざること)を祈るは非儀也。況や出家杯の名聞利養を祈る程の大罪有んや。各々も、泣き長老に成んより、独庵坊主に成、心安く過らるべしと也。


 


【要約】
 老師がある日言われた。「以前、曹洞宗の僧が江湖会の願かけのため、越後の五地如来堂に籠もっていた時、奥地の座頭が公用の為この堂に一泊した際、この僧が座頭の持参していたお金を盗み、たちまち盲目になってしまい、一生涯悲しみ、後悔して死んだ。座頭はたちまち目が見えるようになった。其の座頭の琵琶が、其の如来堂に今だに現存している。自分が若い時、三河にて、ある僧がその僧を見たと言うのを確かに聞いたことがある。本当に当然のことである。世間の人でさえ為し得ないことを願うのは無理であるのに、出家たるものが名声・利得を願う程の罪深いことがあるだろうか。皆々も長老と言われて泣いて暮らすより、一人草庵に住んで、心安らかに過ごしなさい。」と。


 


【註】
五地: 
 師門物語に「越後国五地如来本地」と言うことが書かれているらしいので、五地如来堂のようなものがあったと思われる。
五智如来:
密教の五智をそれぞれそなえた如来。大日(法界体性智(ほつかいたいしようち))・阿(あしゆく)(大円鏡智)・宝生(ほうしよう)(平等性智)・阿弥陀(妙観察智)・不空成就(成所作智(じようしよさち))の五如来。五智五仏。


江湖: 中国の江西省と湖南省が禅僧の修行の場として中心的位置を占めた。その意味が転じて、天下にある禅僧が集まって、安居し修行することを江湖会と呼ぶようになった。現在では法戦式を含めた、結制修行の意味である。(つらつら日暮らしWiki)


座頭(ざとう): 江戸期における盲人の階級の一。またこれより転じて按摩、鍼灸、琵琶法師などへの呼びかけとしても用いられた。(Wikipedia)


名聞利養(みょうもんりよう): 仏語。名声と利得。名誉欲と財欲に駆り立てるもの。
 



【寸言・贅言】
人間がつくりなす組織では、トップ争いが行われる。官公庁、会社、学校はもとより、宗教組織においても同じである。臨済宗、曹洞宗などの大教団になれば、総本山のトップを目指して出世競争が始まる。
 出世欲は迷い・煩悩である。長老と言われて志を失って過ごすより、一人で草庵に住み仏道修行の道を歩む方が良いと正三は説く。
 独庵坊主と言う言葉で思い浮かぶ存在は矢張り良寛だろう。国上寺近くに五合庵を結び、子供達と鞠つきをしながら時を過ごした良寛の姿が想われる。"



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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