2009/03/21 驢鞍橋 上巻-37 - 菜花亭日乗
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2009-03-21 (Sat)  15:45

2009/03/21 驢鞍橋 上巻-37


【原文】
慶安四年辛卯春示曰、見解有よりも、死機起るが好也。我も若き時より、もろひ機は有けるが、死機は遙か後にぞ移れり。今は頚杯切るヽ者の心は、其儘我頚を切るヽ様に移る也。総而人の死したると聞と、其機其儘移る也。其方達の胸には、如何程通ずるや心元なし。我死苦に責らるヽと云事、胸どきつき、中々憂物也。久敷有ば、機へるべき物也。乍去今はまぜぬ也。我も始は悪ひ事かと思けるが、後思ゑば、此機万病圓也。どつこも収り、理迄働ひて出たり、今も死機持たる者は次第に能成也。然れば死機は生死の離れ始かと覚ゆる也。


 


【要約】
 慶安四年(1651年)辛卯の春、教えて言われた。「少しばかりの悟りを持つより死機が起きた方がよい。自分は若い頃から、貰い機はあったが、死機は遙かに後になって移るようになった。今では、首を切られるものの心はそのまま自分が首を切られる様に機が移る。大体の場合、人が亡くなったと聞くと、その人の機がそのまま移ってくる。お前達の胸にはどの程度通ずることか自信がない。自分の死苦に攻められると言うことは、胸がどきついて、結構苦しいものだ。長く続けば機は減るものである。しかし、今はぼんやりとしなくなった。自分も最初は悪いことかと考えたが、後になって考えると、この機は万能薬である。何処も上手く行き、良い考えまで出てきた。今でも、死機を持っている者は次第に修行が進むものである。そう考えると、死機は生死の一大事の解決の始まりと考えている。」と。


 


【註】
死機: 正三の法の中心的な門であるが、解るようで解らない。概念ではなく、心も含めた人間の有り様を述べている言葉。死を自覚し死に触発されて活性化した人間の姿にかんするものである事は間違いない。此処では言葉の置き換えは返って失うものが多いと思うので、そのまま「死機」とする。贅言で意味合いを考えたい。


もろひ機: よく解らない言葉だが、此処では前後の文章から、「もろひ」を「貰う」と解した。間違いがあれば教示願いたい。


万病圓: この言葉もよく解らない。
文字通り解釈するものかも知れないし、何かの古典・諺に基づくものかも知れない。
此処では、漢方薬の万能薬「万病圓」と解釈しておく。
この萬病圓は、家康が愛用した薬である。薬マニアの徳川家康が、臨終の際、自ら調合服薬し、典医であった片山宗哲が秀忠の命により服用を止めるよう進言したところ勘気を被って配流された史実がある。
片山宗哲:「片山俊實の子。叔父宗仙の養子となり、宗仙の娘を妻と。一?宗虎に醫術を學ぶ。慶長二年徳川家康に侯し、慶長七年五百石。慶長八年法眼。慶長十一年法印。家康秘すところの薬方を授けられ、且つ命により八字圓・萬病圓・紫雪・銀液丹・牛黄・清心圓・烏犀圓などの薬を製し、諸大名に頒つ。元和二年、家康不快あり自ら萬病圓を服す。宗哲これを諌めけれど許容なく日々焦燥あり、秀忠の命を受けて再度諫言せしかば、信濃高島に配流せらる。然れども采地元の如し。元和四年四月赦免、江戸に歸る。元和八年十一月十八日歿。年五十。」(肥後細川藩拾遺より転載)


 


【寸言・贅言】
死機について:
機を辞書で調べると以下の意味がある。
機: から‐くり【絡繰り/機=関】
1 糸やぜんまい、水力などを応用し、精密な細工や仕掛けによっていろいろなものを動かすこと。また、その物。
2 機械などが動く原理。構造。仕組み。「分解して―を調べる」
3 巧みに仕組まれたこと。計略。たくらみ。「―を見破る」
 
き【機】
1 物事の起こるきっかけ。また、物事をするのによいおり。機会。時機。「―を見る」「反撃の―を逸する」
2 物事の大事なところ。かなめ。「―を制する」
3 飛行機。「プロペラ―」
4 仏語。仏の教えに触発されて活動を始める精神的能力。教えを受ける人、あるいは修行をする人の能力・素質。機根。


 これらの意味を見ていると、正三が「死機」と言う言葉に込めた意味がぼんやりと見えてくる。

機はまずきっかけである。死を自覚するというきっかけがあり、それが人間の心、人間を動かしていく原理になる。死が中心となり物事の原理となりすべてを動かしていく力、梃子に成る。其処では死を中心とした構造が出来上がる。
 仏語で言う意味とおなじであるが、死に触発されて活動を始める精神的能力、素質である。これは人によって異なるものであり、人が死を機に出来るかどうかはその人次第であり、また機縁と言うことを考えると縁次第でもある。


死機を起こした人は、どんな変化が訪れるのか、どのような姿になるのかを考えると、先ず思い出すのは、黒澤明の「生きる」の主人公である。

彼は癌を自覚し、其の恐怖から逃れようと享楽の道を辿るが、逃れられないことを悟る。彼の目は部下である若い女性の生き生きとした表情・姿に見とれる。そして、生きると言うことの意味を自覚する。
彼は市役所の課長の職に舞い戻るが、その時の彼はもう以前のミイラのような課長では無い。今まではたらい回しにしていた住民からの遊園地の陳情に自分の命を懸けることにする。文字通りの一所懸命である。
 死を自覚した目は迷いの醒めた透徹した深さを湛えている。助役の脅し、暴力団の脅迫にもたじろがない強さを持った目を見て助役も暴力団も脅し・脅迫が通じない目であることを知る。正三は「果たし眼」という眼差しについて述べることがある。武士が戦場で敵を前にしてじりじりとにじり寄る時の眼差しである。この眼差しは芥川龍之介、川端康成の「末期の目」と同じように自然の美しさがよく見える透明性を持っているが、眼に映るものは自然の美だけでは無い。

世法則仏法を説く正三の「果たし眼」は死を決して自己の職分に生きる義・理・倫・勇も見ている。主人公の目は「末期の目」というより「果たし眼」に近いと言える。


正三の仏法の目指すものは、禅寺の中の悟りではなく、世間日常の中の悟りである。「生きる」の主人公は正三の仏法の一つの映像化といえる。


 

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最終更新日 : 2019-03-15

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