2019/01/22 日記 山上憶良の歌 - 菜花亭日乗
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2019-01-22 (Tue)  19:38

2019/01/22 日記 山上憶良の歌

2019/01/22 (火) 旧暦: 12月17日 祝日・節気:  日出: 6時47分 日没: 16時57分 月出: 18時12分 月没: 7時28分 月齢: 16.06 干支: 己未 六曜: 仏滅 九星: 二黒土星


今日のあれこれ: 山上憶良の歌

大君(おほきみ)の 遣(つか)はさなくに 情進(さかしら)に 行(ゆ)きし荒雄(あらを)ら 沖に袖(そで)振る
                      (万葉集巻十六・3860)」

歌意は、「天皇陛下が派遣したのではないが、自分の意志で出掛けた荒雄たちが、沖で溺れて手を振っている」である。

この歌は憶良が、筑前に国司として赴任した際に見聞した海難事件に心を打たれて詠んだ歌だそうだ。

この事件について、憶良は十首を「筑前国の志賀の白水郎(あま)が歌十首」として詠んでいるが、この歌は一番目の歌だ。

十首には添え書きがあり、事件の説明がされている。
大宰府の百姓津麻呂が対馬に食料を送る船頭を命じられたが、高齢のため任に耐えられないので志賀村の漁師荒雄に会って代わりに行ってくれないか頼んだ。

荒雄は、自分は船を操ることには慣れている、気持ちの上では兄弟以上の貴方からの依頼を命懸けの仕事だからといって断ったりしないと答えた。

荒雄は自ら、食料輸送の代役を承知して、肥前国の美禰良久の港から対馬に向けて船出した。
 沖に出て間もなく嵐がやってきて暴風雨になり船は遭難し、荒雄らは帰らなぬ人となった。

十首の中には残された妻子の暮らしの歌も含まれている。

荒雄らは 妻子(めこ)が産業(なり)をば 思はずろ 年(とし)の八年(やとせ)を 待てど来(き)まさず
                      (万葉集巻十六・3865)」


山上憶良の歌は、教科書で「貧窮問答歌」を習った程度で全く知らないが、こうした歌を読むと1300年の前の人だが心が通う思いがする。

荒雄の義挙と志と悲劇、残された妻子の生活と夫の帰りを待つ思い。男の仕事と志と女の思いの二律背反は詠まずには語れないのだろう。

今日のニュースで、消火活動中に消防士2人との連絡が取れなくなった、火災現場から2遺体が発見された、2人の殉職の可能性が高いと報じていた。
 詳細はわからないが、一家の主であれば妻子はいつまでも帰りを待ち続けることになるだろう、お悔やみの言葉では心は言い表せない。

人のために殉職する人への尊敬の念は、常に保つ必要がある。


【データ】

山上憶良 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E6%86%B6%E8%89%AF




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最終更新日 : 2019-03-15

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