2009/05/29 日記 卑弥呼の墓? - 菜花亭日乗
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2009-05-29 (Fri)  23:35

2009/05/29 日記 卑弥呼の墓?


2009/5/29(金) 旧暦:5月6日 日出:4時27分 日没:18時49分 月出:9時14分 月没:23時11分 月齢:4.62甲戌(こうじゅつ,きのえいぬ) 六曜:仏滅 九星:五黄土星 選日:



今日の季語: 鱚(きす)


 



『キス(鱚)は、スズキ目・スズキ亜目・キス科 (Sillaginidae) に分類される魚の総称。日本ではシロギス(学名 Sillago japonica )を指すことが多い。海岸近くに生息する魚で、食用や釣りの対象として人気が高い。


 概要
3属30種類ほどが知られ、すべて日本近海を含む西太平洋とインド洋に分布する。日本で最も多いシロギスは大きくても全長30cmほどだが、オーストラリア近海には全長70cmほどの大型種もいる。


口は小さいが、吻が前に突き出ていて、砂底にひそむ獲物を探すのに都合がよい。体は細長い円筒形で、細かいザラザラのうろこにおおわれる。どの種類も体色は一見目立たない色をしているが、体側は光を反射して輝く。


砂底の浅い海に生息するが、河口の汽水域にもよく侵入する。特に夏は海岸のごく浅い場所まで泳いでくるので、砂浜などでも頭を下げて海底を嗅ぎまわるように泳ぐ姿を見ることができる。食性は肉食性で、ゴカイ、スナモグリ、ヨコエビなど海底にひそむ底生生物を捕食する。


 おもな種類
シロギス Sillago japonica
全長30cmほど。北海道南部以南の日本全国に分布する。体色は淡い褐色だが、体側は光を反射して虹色に光る。投げ釣りのもっとも一般的な対象魚である。シロギスのみを対象とした釣り大会も開催される。
アオギス Sillago parvisquamis
 
アオギスシロギスより大きく、全長40cmほどになる。名のとおり体色に青みが強い。汚染されていない砂干潟の水路が産卵に必要であることもあり、内湾の広大な砂干潟の多くが開発によって消失したり、水質汚濁などで汚染された今日では、九州の東岸など限られた地域にわずかに生き残るのみとなっている。他の地域でもごくたまにシロギスに混じって釣れることがある。かつては東京湾でも多く漁獲されていた。遠浅の浜に脚立を立てて釣る方法は、もともとシロギスよりも警戒心の強いアオギスを釣るために編みだされた方法だった。
ホシギス Sillago aeolus
 
ホシギス全長30cmほどの種類で、奄美大島以南に分布する。死ぬと体側に褐色の斑点が浮かび上がるのでこの和名がある。
ダイオウギス Sillaginodes punctata
全長70cmほどになる大型種だが、オーストラリア近海に分布しており、日本には生息しない。全身に褐色の小さなまだら模様がある。


 文化
キスは食用にされるが、釣りの対象としても人気が高く、舟や海岸からの投げ釣りは誰でも楽しむことができる。遠浅の浜に脚立を立て、その上に腰掛けて釣ることもあった。餌はゴカイやイソメの生き餌を使う。


身は脂肪が少なく柔らかい白身で、刺身、天ぷら、フライなどに調理され美味。』(Wikipedia)




鱚の俳句:



 ・鱚釣や青垣なせる陸の山 山口誓子



 ・鱚の浦富士見えぬ日の幸多き 永田青嵐



 ・鱚の背のうすき網目の涼おぼゆ 大野林火



 ・一片の蓼の葉あをし鱚にそへ 富安風生



 ・鱚添へて白粥命尊けれ 石田波郷


 


炭素の年代測定法を用いて古墳出土の土器から、卑弥呼の時代の墓と推定された。
 邪馬台国の九州説と大和説に有力な証拠を与えるもので、大和説優勢になった。


歴史を科学的に推定する事は新しい発見に繋がる。今回の土器は墓の周辺から出土のもので、墓の中心部からの出土ではない。
 陵墓に指定されている為、学術調査といえども陵墓の中には立ち入れないからだ。
 学問・学術の為なら調査は許可して、調査結果の公表については宮内庁の許可を必要とする事にすれば、良いと思うのだが。



『奈良・桜井の箸墓古墳、卑弥呼の墓か…死亡時期と一致
2009年5月29日(金)11:19


 



(読売新聞)


 「卑弥呼の墓」との説がある 箸墓 ( はしはか ) 古墳(奈良県桜井市)の築造時期について、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究グループが240~260年とする調査結果をまとめた。


 31日開かれる日本考古学協会の総会で発表する。


 この年代は、魏志倭人伝に「卑弥呼以て死す、大いに 冢 ( ちょう ) を作る」と記載された247年頃と時期が一致し、倭の女王・卑弥呼がいた邪馬台国の位置論争にも影響を与えそうだ。同グループの春成秀爾・同博物館名誉教授は「これで箸墓古墳が卑弥呼の墓であることは間違いなくなった。生前から墓を作り始めていたのだろう」と話している。


 年代は、同古墳から出土した「 布留 ( ふる ) 0式」と呼ばれる土器に付着した炭化物など約20点を放射性炭素(C14)年代測定した結果、導き出された。


 この年代について、寺沢薫・奈良県立橿原考古学研究所部長は「今回測定された土器の試料のうち、築造時のものは少なく、誤差を考慮すれば、まだ結論を出すわけにはいかない」と慎重な姿勢をみせている。


 箸墓古墳は全長280メートルで、最初に築かれた巨大前方後円墳。邪馬台国論争の鍵を握る古墳として注目されている。』(yomiurionline)



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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