2009/12/20 狐火の夜 - 菜花亭日乗
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菜花亭日乗

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2009-12-20 (Sun)  23:19

2009/12/20 狐火の夜


狐火(きつねび)は、冬の季語。冬の暗夜、山野に見える怪しい火。鬼火、燐火などの類。


 



(お江戸今昔堂 より転載)


『狐火(きつねび)は、沖縄県以外の日本全域に伝わる怪火[1]。ヒトボス、火点し(ひともし)[2]、燐火(りんか)とも呼ばれる[3][4]。


 概要
人々の寝静まった夜中[5]、提灯のような火が点滅しつつ[6]、十個から数百個も行列をなして現れる[7]。行列の長さは一里(約4キロメートルあるいは約500~600m)にも渡り、その数も次第に増えたかと思えば突然消え、また数が増えたりもする[7]。火の色は赤またはオレンジ色が一般的だが[7]、青い火の目撃例もある[8]。


その名の通り狐と密接な関係があるとされ、狐の吐息が光っているという説が多いが[7][9]、他にも狐が尾を打ち合わせて火を起こしているとも[9]、狐の持つ狐火玉と呼ばれる玉が光っているとも言われている[1][10]。寛保時代の雑書『諸国里人談』では、元禄の初め頃、漁師が網で狐火を捕らえたところ、網には狐火玉がかかっており、昼には光らず夜には明く光るので照明として重宝したとある[10]。


現れる場所は道のない山腹など、人の気配のない場所であり、人の気配を感じると姿を消してしまうとされる[2]。逆に人をどこまでも追いかけてきたという伝承もある[11]。狐が人を化かすと言われているように、狐火が道のない場所を照らすことで人の歩く方向を惑わせるとも言われており[12]、そのようなときは足で狐火を蹴り上げると退散させることができるとされる[13]。


逆に長野では、ある主従が城を建てる場所を探していたところ、白い狐が狐火を灯して夜道を案内してくれ、城にふさわしい場所まで辿り着くことができたという話もある[14]。


正岡子規が俳句で冬と狐火を詠っている通り、出没時期は一般に冬とされているが、夏の暑い時期や秋に出没した例も伝えられている[15]。


山形県の出羽や秋田県では狐火を狐松明(きつねたいまつ)と呼ぶ。その名の通り、狐の嫁入りのために灯されている松明と言われており[5]、良いことの起きる前兆とされている[16]。


岡山県・備前地方や鳥取県では、こうした怪火を宙狐(ちゅうこ)と呼ぶ[17]。一般的な狐火と違って比較的低空を浮遊するもので、岡山の邑久郡豊原村では、老いた狐が宙狐と化すという[17]。また同じく邑久郡・玉津村の竜宮島では、雨模様の夜に現れる提灯ほどの大きさの怪火を宙狐と呼び、ときには地面に落ちて周囲を明るく照らし、やがて跡形もなく消え去るという[17]。明治時代の妖怪研究家・井上円了はこれに中狐と表記を当て、高く飛ぶものを天狐、低く飛ぶものを中狐としている[18]。


狐火を鬼火の別称とする説もあるが[4]、一般には鬼火とは別のものとして扱われている。


 王子稲荷の狐火
 広重『名所江戸百景』より「王子装束ゑの木大晦日の狐火」。この版ではわかりにくいが、各狐とも、顔面の近くに狐火を浮かべている。「装束榎」は狐の集合場所とされていた独立樹の通称で、実際にはもっと巨大な木だったとも言われる。東京の北区王子の王子稲荷は、稲荷神の頭領として知られると同時に狐火の名所とされる[7]。浮世絵師・歌川広重による『名所江戸百景』では、狐が口から炎を吐いて多くの狐火を灯している光景が描かれている[7]。


かつて北区一面が田であった頃、大晦日に関東の狐たちが官位を得るため、提灯を灯しながら王子稲荷へ集まり、壮観なまでの狐火が見られたという[1][5]。


周辺に住む者は、この狐火の量の大小によって農作の吉凶を占ったと伝えられている[1]。


 正体
一般に死骸がバクテリアに分解される際、リン化合物が光って狐火になる現象だったのではないかと言われているが、現在のところそれを確定する根拠は示されてはいない。 また、なぜバクテリアが減少する冬によく発生するのか説明がつきにくい。


しかし、狐火がよく出た年は豊作であるという言い伝え(宮城地方)などは、化学肥料がなかった時代、動物の死骸の数と米の収穫量の関係からその説を支持する。 また、狐火がキツネと関係しているというのは、キツネが死肉もあさるということや、木の根付近に食べ残しを地中に埋めて忘れる習性から考えて不思議ではない。 狐火については鬼火項を参照。


狐火については判らないことも多く、今後の解明を待っている状況である。』(Wikipedia)



狐火の俳句:


・狐火や髑髏に雨のたまる夜に 蕪村
 
・狐火のほとほというて灯るかも 星野立子


・狐火をゆびさせば指炎えだしぬ 嶋西うたた


・狐火の減る火ばかりとなりにけり 松本たかし


・狐火の消えたる闇の深さかな 岡田夏生


 


イルミネーションが夜を明るく照らす今の世に生きている我々は闇の深さを知らない。
 クリスマスソングの流れる明るい照明の街には闇の夜はない。


明るい照明、ネオンサインに照らされた飲みところの光景は何も心に呼び起こすものは無い。


今は昔。南国の夜。
残業を終えて帰る時、日はとっぷりと暮れて、街から外れた道は照明も無く闇に包まれていた。


歩いていると、左手前方に暗い闇の中にぼんやりと赤い光が見える。
 なんだろうと思い歩いていくと、赤い光は次第に大きくなってくる。なおも近づいたとき、それは赤提灯だった。


こんな暗いところに、赤提灯がある。
人気の無い闇の中にボーッとした赤い光をだしている赤提灯。
寂しく物音も無い漆黒の闇に赤い光がボーっと浮かんでいる。
 その赤い光を見ていると身体を呼び寄せられているような気がした。赤い光は次第に怪しい光に変わり、漸く赤提灯の本性が理解出来た。明るい街中の居酒屋の店頭に所在無げにぶら下がっている赤提灯ではない。
 闇夜の中で赤く光り、見るものを引き寄せずにはおかない魔力を秘めた姿だ。


引き寄せられるように入ってみようかとしたが思いとどまった。狐に化かされているのではないか、入ったら出てこられ無くなるのではと不安が過ぎった。


その後、居酒屋の店頭、街中で赤提灯を何度も見ているが、ただぶら下げられ、光すら灯されていないことが多い。
 しかし、あの時以来赤提灯を見る目が変わってしまった。
何気なくぶら下がって姿を晦ましているが,一度明かりを消して闇夜が世界を覆えば、その時赤い怪しい光を放ち見るものを引き寄せずにはおかない魔性の姿を見ることができるからだ。


広重『名所江戸百景』に描かれた「王子装束ゑの木大晦日の狐火」は、江戸時代の人の心をえがいている。
 江戸時代は、明るい照明はない。蝋燭1本に照らされた光の世界はごく狭く、それ以外は漆黒の闇である。
 この闇に浮かぶ火は、その揺れ動く姿が人の心を惹きつけてやまない。江戸人はその闇とその火を見て生きていた。


イルミネーションに照らされた明るい街は我々の心を眠らせている。
 一度、電気が途絶え、世界が闇に包まれる時、我々の目には狐火がチラチラと燃えているのが見えるだろう。



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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