2016/07/25  日記  鱧 - 菜花亭日乗
FC2ブログ

菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。 散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

Top Page › (2)日記 › 2016/07/25  日記  鱧
2016-07-25 (Mon)  21:05

2016/07/25  日記  鱧

2016/07/25(月)旧暦: 622日 祝日・節気: 日出:443分 日没:1851分 月出:2216分 月没:959分 月齢:20.67 干支:戊申 六曜:先負 九星:一白水星

今日の季語:

clip_image002
(エディー ブログ ドットコム
http://www.eddie-blog.com/archives/000054.html
より転載)



『鱧(はも) 三夏
子季語: 生鱧、祭鱧、小鱧、落し鱧、鱧ちり、鱧料理
関連季語: 水鱧
解説: 鱧ときくと祗園囃子を思うほど、祇園祭のころの京都の味覚を代表するものである。身と皮の間に小骨が多く骨切りをしてから料理する。身だけでなく皮、骨、浮袋まで賞味する。
白身であっさりとした味わいの夏の高級魚である。旬にさきがけて獲れる小さなものは水鱧という。
来歴: 『毛吹草』(正保2年、1645年)に水鱧で所出。
実証的見解: ウナギ目ハモ科の魚。形は鰻に似て、二メートル近くなるものもいる。骨は硬く、鋭い歯を持つ。鱗はなく、腹部は銀白色で、背は灰褐色。本州中部以南の沿岸域に生息する。昼
は海底の泥のなかにひそみ、夜、動き回って、小魚、甲殻類などを捕食する。』
(季語と歳時記)


『ハモ(鱧、Muraenesox cinereus )は、ウナギ目・ハモ科に分類される魚の一種。

概要
沿岸部に生息する大型肉食魚で、京料理に欠かせない食材として扱われる。生鮮魚介類として流通する際には近縁種のスズハモ M. bagio (Hamilton, 1822) も一般に「ハモ」と称されており区別されていない[1]

名称
名前の由来には、食む(はむ)に由来するとみる説、「歯持ち」に由来するとみる説、中国語の「海鰻」(ハイマン)に由来するとみる説、マムシに姿が似ていたことから蝮(ハミ)に由来するとみる説、食感が「はもはも」しているから、という説、口を張ってもがくことに由来するとみる説など諸説ある[2]。中国語由来説については、中国では海鰻と称して食されているものの[6][7][8]可能性が低いとする説もある。

地方名にハム(広島県)、スズ(徳島県)、バッタモ(京都府丹後地方)、ウニハモ(福井県)など。
他の魚

北海道・東北地域ではアナゴ類もしくはマアナゴのことをハモあるいはハモの古語であるハムと呼ぶ地域が広域に存在する。[3][4]

現代中国語でハモは「海鰻」(hǎimán)といい、「鱧」(lǐ)という漢字はライギョ類を表す。
...
利用
ウナギ目の他の魚同様、血液に有毒なイクシオトキシンを含むが、加熱によりそれを失活させて食べることができる。消費地域には偏りがある。

   
京都市では、生活に密着した食材で、スーパーにおいても鱧の湯引きなどは広く販売されており、安くはなくとも、季節の食材として扱われている。特に祇園祭の暑い季節に長いものを食べると精力が付くとして、鰻同様に食べる風習があり(下記)、夏の味覚の代表的なものとして珍重される。家庭で「骨切り」をすることは難しいが、鮮魚店で骨切りをして、生で売ることも普通である。
   
大阪市の天神祭でも鱧料理は欠かせない。
   
京阪以外の地域では、味は良いが骨が多く食べにくい雑魚として扱われ、蒲鉾や天ぷらの材料として使われてきた。特に大阪などの蒲鉾屋では身を使った後のハモの皮が売られていることがある。
   
一方、関東など東日本では京料理を提供する高級日本料理店以外ではあまり目にかかることはなく、生活に密着した食材とは言えない[5]。このような店で出される食材のため、高級魚というイメージもある。消費量も関東の鱧消費量は関西の十分の一程度であり、関西と関東の文化の違いが現在に至るまで如実に現れている食材の一つである。同様の食材としてはフグ・クエ、逆に東日本で人気の高い食用魚としてマグロなどがあげられる。
   
大分県中津市でも特産品としてよく消費されており、JR中津駅には鱧をデザインした長いベンチも置かれている。
   
京都において、何故ハモを食べる文化が発達したかについては、生命力の非常に強い数少ない魚であるため、輸送技術が発達していなかった時代でも、大阪湾や明石海峡で採れたハモを、夏に内陸の京都まで生きたまま輸送できたからだといわれている。
   
また、一説には養蚕が盛んで京都へ絹糸を供給していた大分県中津市の行商人などが京都へ食文化を伝えたとも、一説には中津藩が隣接する天領日田に招聘されていた京の料理人が往来の途中に隣国中津の漁師から「骨切り」の技術共々を教えられ持ち帰ったとも言われており骨切り技術の発祥地である中津の料理人が伝え現在につながっている。
   
ハモの蒲焼は、よくウナギの蒲焼と対比される。需要があるため、日本産だけでなく韓国や中国などから輸入も行われている。
   
中国ではハモは生命力が強く、薬膳的な効能としても益気作用~“気”のエネルギーを高めるとともに胃腸機能を良くする作用があるとされるほか、利尿作用もあるとされている。[6]

ハモの利用史
日本列島ではハモは縄文時代から利用されている[7]。京都市中京区の本多甲斐守京邸からは多数の動物遺体が出土し、ハモの前頭骨が出土している。この前頭骨は正中方向に切断されており、椀物に用いる出汁を引くために切断されたものと考えられている[8]。また、別の前頭骨には刃物による横方向の切痕が野降り、目打ちで頭部を固定した際に暴れまわるハモの頭部を包丁で叩いた傷と考えられている[9]。また、現在のハモ調理では行われないが、歯骨からは包丁で危険な歯を取り除いた傷も見られる[10]
...』
Wikipedia



鱧の俳句:



・京に生れ京に育ちて鱧好きと  佐藤淑子



・京の露地ふかぶかもぐり鱧をくふ  沼田巴字



・一寸に二十二鱧の骨切ると  上﨑暮潮



・加茂茄子の田楽と鱧の吸物と  斉藤陽子



・関西にスルツとはまりし鱧の皮  西塚成代




佐藤は幸せだ、京に生まれ京に育ち、伝統文化に加えて夏は鱧料理がある。 こちらは京に生まれず、京では育たず、鱧は子供の頃は見たこともなく、長じて、これが鱧かと身構えて食べただけだ。
湯引き鱧の梅肉添えは、サッパリと上品な味わいではあったが、フーン、これが鱧かと言うものであった。

土地を背景にした食べ物は、言い換えれば土地の文化と言える。
生まれ育つ土地の中で、食べ続ける郷土性のあるものは、幾度も食べ続ける経験の中で自ずからその人なりのイメージが作られていく。
文化的な食べ物は、経験の裏打ちが必要だ。

名古屋で言えば、どて煮などの赤味噌の名古屋めしだろう。
赤味噌だったら何でも良い訳ではない、色合いとか照りとか味の濃さとか甘さとかコクとか、人それぞれにイメージがある。

生まれ育った土地のものではないが、興味を持って食べ続けているうちに、経験が創りだすイメージが確かなものになっていく場合がある。
筆者の例では、沖縄の郷土料理のフーチャンプルーだ。

沖縄料理にはチャンプルーが多い。有名なゴーヤチャンプルー、トーフチャンプルー、マーミナチャンプルー、ソーミンチャンプルーなどがある。
その中でもフーチャンプルーが最も好きだ。麸など鯉の餌と思っていたが、沖縄に行ってからチャンプルーを食べているうちにイメージが出来てきた。
先島の出汁ビショビショのものは好きではない。麸が香ばしく炒められ、噛むと中から旨味がにじみ出る。野菜は炒めすぎずキャベツ、、マーミナ、人参のシャキシャキとした食感と甘さが感じられ、肉はポークがスタンダードだが、豚肉でもベーコンでも香ばしければ良い。
こうしたイメージが出来るには、関心を持って食べ続けることが必要だ。

鱧がフーンから抜け出すには、経験の量が絶対的に足りないと納得するほかはない。




関連記事

最終更新日 : 2019-03-15

Comment







管理者にだけ表示を許可