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  • 2018年12月 の記事一覧

2018年12月31日(月) 記事No.93


鳴り物入りで興行された那須川天心とメイウエザーのエキジビション。
結果は1R TKO、天心は何もできなかった。

何もできなかったことには、それなりの理由がある。
試合に関しては、試合するにあたって、ルールをボクシングルールに限定されたこと。
これによって、本来キックボクサーの天心は足を縛られてしまった。

峠を過ぎたとはいえ、メイウエザーは歴戦のチャンピオン。勝てると想うのが現実離れしている。天心は夢を見ているとしか言えない。

興行面では、足元を見られて、契約破棄をちらつかせられて、試合ではなくエキジビションとされ、契約金を釣り上げられ、ボクシングルールに限定されてしまったこと。
R毎に、ボクシングルールとキックボクシングルールを交互に使う方法もあった、異種格闘技の場合、この方が適正な方法だろう。


メイウェザーは、直前に来日、練習しなくても勝てると放言、リングの上でも笑っていた。
足を縛られた、天心に負けるわけがないことは判っていた。

一方、夢見る天心は解っていなかった。
メイウェザーを倒すと広言していたが、それは身の程知らずであったとしか言いようがない。
どれほど、メイウェザーの研究をしたのだろうか。打たれずに打つスタイルで無敗を通したチャンピオンへの敬意が足りなかったのではないか。

試合が始まると、天心は攻めることしか考えていなかった。
守ることが念頭になかった。

細かいことを言えば、髪型すらボクシング用ではない。
剃り上げられて肌剥き出しのこめかみに、メイウェザーは、左のフックを的確に当てた。
解説者もスリップダウンと誤解したように、メイウェザーの左のフックは軽く振って当てただけだが急所であるテンプルを綺麗に捉えていた。

守ることに気が回らない天心は、メイウェザーのコンビネーションブローにも対応できなかった。
右のボデーを打たれた後、寸時にフォローされた右のアッパーを顎に食らってしまった。
これで勝負は事実上終わってしまった。

興行・名前を売るという面では成功したとも言えるが、自分の実力を磨くというのなら、異種格闘技でもないボクシングルールでメイウェザーと戦うより、先ずは国内で武尊と試合をし、日本でNo1を証明することのほうが先だった。



「【RIZIN2018】那須川天心VSメイウェザー(日本語実況)」



https://youtu.be/6QNxsnfIP4E



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2018年12月31日(月) 記事No.94

2018/12/31 () 旧暦: 1125 祝日・節気: 大晦日 日出: 650 日没: 1637 月出: 059 月没: 1244 月齢: 23.82 干支: 丁酉 六曜: 大安 九星: 七赤金星

今日のあれこれ: 年守る


「諏訪大社 下社秋宮 二年参りの様子」


https://youtu.be/2ttuPZbcMg8



『年守る: としもる、守歳



大晦日の夜 眠らずに夜明かしをして年が明けるのを待つこと。
過ぎてゆく年をしずかに見守りながら新しい年を迎える。』
(季語と歳時記)





年守るの俳句:


・一日の尊とかりけり年守る 石原すみ子


・遠の子も隣る子も来て年守る  辻直美


・今年亦夫と二人の年守る 小泉はつゑ



とうとう2018年も今日限りとなった。
振り返れば、災害が多く、天候は安定せず、農作物の生育に影響を及ぼした年だった。
災害の被災者には大変な年だったが、日本は平和で景気も悪くはなく、歳末の街は人が溢れていた。

一方海外は、社会・共産主義圏の独裁政治は一層専制度を強め、加えて自由世界の盟主までもが訳の解らない“First”主義を振りかざしている。
我の張り合いは、争いに結びつくことは、過去の歴史も日常生活でも証明されている。
将来に、2018年を振り返ったとき歴史の混乱の分岐点になった年となるかもしれない。


今年の大晦日も、家族揃って、年越しをしよう。
例年通り、NHKの「ゆく年くる年」を見て、遠く除夜の鐘を聴こう。
それが終われば、もう新しい年が始まる。

用意した年酒の栓を開けて、なみなみと盃に注ぎ、乾杯しよう。
先ずは、家族の健康を、関係者の繁栄を祈ろう。
次に、日本の災害の減少と世界の安定と平和を祈願しよう。



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2018年12月31日(月) 記事No.95


伊藤雅雪は、7月にラスベガスで行われたWBOスーパーフェザー級王座決定戦で、試合前の予想を覆し、全勝のクリストファー・ディアス(プエルトリコ)と打ち合い、相手をダウンさせ、30で判定勝ちした。

日本人がアメリカでのタイトルマッチで勝ったのは37年振りだそうだ。
これで、伊藤は日本よりアメリカで有名になった。

今回が初防衛戦で、相手のエフゲニー・チュプラコフはプロでは20戦無敗、アマチュアでも多くの試合を戦ってきた経験を持ち、パッキャオのスパーリングパートナーを勤めたこともある曲者で、同級1位。
WBOの指名試合でもある。

伊藤がシンデレラ・ボーイでは無いことを証明するには、チュプラコフに勝つ必要がある。

試合が始まると、意外にもと書くと怒られそうだが、一方的な試合になった。
伊藤は左のジャブを使い、右のストレートとボデーを効果的に使い、チュプラコフに殆ど仕事をさせなかった。
チュプラコフは、前半戦はクリンチを多用し、接近戦で伊藤のパンチを封じようとしたができなかった。途中、距離を取りカウンター狙いに変化したが、伊藤のパンチのほうが速く正確で、チュプラコフは当てられなかった。

井上拓真の試合と違って、伊藤の試合内容は良かった。
王者らしい戦い方だった。
攻撃性があり、勇敢で前に出て、自分のイメージ通り戦った。
本人もこれからも積極的に戦うと公言しているので、今後の試合も期待できる。


「伊藤雅雪 初防衛戦!


https://youtu.be/zRV_Th-jxos



『伊藤雅雪「本物証明」20戦全勝の指名挑戦者に完勝
12/31(
) 10:11配信 日刊スポーツ


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初防衛に成功し両手を広げて喜ぶ伊藤(撮影・たえ見朱実)
<プロボクシング:WBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦>◇30日◇東京・大田区総合体育館

【写真】7回、チュプラコフ(左)に右ストレートを放つ伊藤

WBO
世界スーパーフェザー級王者伊藤雅雪(27=伴流)が、7TKOで初防衛に成功した。日本人5人目の米国で奪取から5カ月ぶりの凱旋(がいせん)試合で、同級1位エフゲニー・チュプラコフ(28=ロシア)と対戦。5回から距離をとって攻勢となり、7回に2度コーナーに追い込むと相手陣営がギブアップ。7211TKO勝ちで、初の日本での世界戦でメインを飾った。

伊藤は右ボディーでコーナーに追い込むと、顔面へ連打でラッシュした。相手はマウスピースを吐き出し時間稼ぎも、再びコーナーにくぎ付けにしてラッシュ。相手陣営が試合役員にギブアップを伝え、レフェリーストップ勝ち。ダウンはなかったが7TKOで、メインとしてトリプル世界戦をきっちり締めた。

前の2試合は判定に終わっていた。「KOで締めたかった。結果は納得。KOは求めていたし、求められていた」と笑顔。7月に日本人として37年ぶりに米国で王座奪取。ダウンを奪う快勝も「相性がよかった」「フロック」という声も聞こえてきた。20戦全勝の指名挑戦者を退けて、本物と証明してみせた。

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回まで1ポイントも奪われていないが、序盤はKO狙いで空回りした。低い姿勢で頭から突っ込まれて抱きつかれた。「接近戦にこだわって付き合ってしまった」。3回にはセコンドから「距離をとってワンツースリー」と指示され、5回からその動きができた。「セコンドに救われた。チームワークの勝利」と感謝した。

王座獲得後に吉岡里帆らが所属の芸能事務所「エー・チーム」と契約した。目立ちたがり屋のイケメン王者だが、たたき上げの頑張り屋でもある。15年に日本王座初挑戦も判定負け。当時は不織布製造販売会社の営業マンで計量後は仕事に戻った。米ロサンゼルスでのスパー合宿の合間に、現地で展示会をこなしたこともあった。

1で同級生だった夫人との間には2女もできていた。睡眠時間5時間のサラリーマンボクサーに「潮時」も考えたが、歯を食いしばって世界を目指した。ボクサーに専念したのは16年。幾多の苦労が報われ、約1000人の応援にも応える初防衛だった。

駒大高3年でジムに入門した時はライセンス取得が目標だった。デビューすると「ウィキペディアに載る」、東洋太平洋王者になると「世界」と目標を上げて実現してきた。次の目標にはWBC王者ベルチェルトとの対戦を挙げた。「かなわないと思われる相手と質のある試合をしたい」。伊藤の夢は続く。【河合香】

◆伊藤雅雪(いとう・まさゆき)本名伊藤雅之。1991年(平3119日、東京都江東区生まれ。駒大高ではバスケットボール部でダンクができた。高3で伴流ジムに入門し、09年にプロデビュー。交通事故で左手首骨折を乗り越え、12年全日本フェザー級新人王。15年に東洋太平洋スーパーフェザー級、16年にWBOアジア太平洋同級王座を獲得。187月にWBO世界同級王座決定戦で、日本人として37年ぶり5人目の米国、10人目となる海外で王座奪取した。174センチの右ボクサーファイター。家族は衣理香夫人と2女。』
(日刊スポーツ)



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2018年12月30日(日) 記事No.96


華々しく活躍する兄井上尚弥のお蔭で注目される井上拓真が、WBC世界バンダム級暫定王座戦に勝ち、暫定王座についた。

結果は、判定で3-0であった。
日本人選手に勝ってほしいのは当然だが、今日の試合内容で3-0は無いのではと思った。

相手のペッチ・CPフレッシュマートは常に前に出て、井上に圧力をかけ続けた。
井上は真っ直ぐ下ることが多く、ロープ、コーナーを背にすることが多かった。
攻勢点があればペッチが毎回取っていてもおかしくなかった。
ボクシングだから、地元有利はあるものだが、納得できる結果とは思えない。

井上尚弥とはスタイルが違う。
相手の一瞬の隙きを見逃さない攻撃性とパンチのスピードとインパクトが全く違う。
守りのスタイルでカウンターを打つとか、相手の攻勢を受け躱すとか全体的にスタイルが受け身だ。

興行だから、全勝の看板を維持したいのは理解できるが、これでは強くなれないと思う。



「速報 WBC世界バンダム級 井上拓真VSペッチ 暫定王座決定戦 ② 20181230」


https://youtu.be/TMsod4q_Zbw




『ボクシングWBCバンタム級 井上拓真が暫定王者に
2018
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WBC=世界ボクシング評議会バンタム級の暫定王座決定戦が行われ、井上拓真選手がタイの選手を破って、新しい暫定チャンピオンになりました。

WBCバンタム級5位の井上拓真選手は、3階級制覇を果たしている井上尚弥選手の弟で、東京 大田区で行われた暫定王座決定戦で、世界ランキング2位のタイのペッチ・CPフレッシュマート選手と対戦しました。

井上選手は序盤から積極的に打ち合いを仕掛け、第4ラウンドの時点でリードを奪うと、中盤以降も有効打を重ねて試合を優位に運びました。

試合は12ラウンドで決着がつかず、判定の末、井上選手が3対0で破って新しい暫定チャンピオンになりました。

井上拓真選手は「率直な気持ちは最高だ。応援のおかげで最後までふんばることができた。でも、こんな内容では兄に並んだとは言えないので、これから精進していきたい」と話していました。

同じ会場では、ほかにも世界タイトルマッチ2試合が行われ、WBO=世界ボクシング機構のスーパーフェザー級チャンピオンの伊藤雅雪選手は、世界ランキング1位のロシアの選手と対戦し、第7ラウンドでテクニカルノックアウト勝ちして、初防衛に成功しました。

また、WBCライトフライ級チャンピオンの拳四朗選手は、世界ランキング7位のメキシコの選手に判定勝ちし、5回目の防衛に成功し』
NHK News WEB
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181230/k10011764091000.html
より転載)




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2018年12月30日(日) 記事No.97

2018/12/30 () 旧暦: 1124 祝日・節気:  日出: 649 日没: 1636 月出: ---- 月没: 1211 月齢: 22.82 干支: 丙申 六曜: 仏滅 九星: 六白金星


今日のあれこれ: 焼芋



#018 24 栗源ふるさといも祭り」


https://youtu.be/5ZcUkW9-LZo




『石焼き芋(いしやきいも)は、サツマイモを加熱した、日本の食品である。焼き芋料理の一種であり、加熱された石を利用する。

概要
サツマイモを熱した小石の中に埋めて、間接加熱によって焼いたもの。

焼き芋屋が屋台や軽トラックに専用の釜を積み売り歩く姿は、日本の冬の風物詩のひとつである。売り歩く際は、「いーしやぁーきいもー、おいもー」といった独特の節回しで呼びかけるのが定番で[3]、地域によっては「ポー」あるいは「ピヨーーーー」と聞こえる音が鳴る独特の笛の音を響かせて街を巡る。この笛は芋を焼く窯に取り付けられており、排ガスの圧力で鳴る仕組みになっている。お客が来て販売作業中は笛を止めるので、近所まで来た笛の音が止まると屋台が止まっているとわかり、これが買いに出るきっかけになる。焼かれた芋は、紙袋に入れられたり新聞紙や銀紙で包まれて渡される事が多い。

最近では家庭用の「石焼き芋器」も市販されており、家庭でも手軽に石焼き芋が楽しめるようになってきている。屋台が減少した今はスーパーマーケット軒先での路上販売やコンビニエンスストアなどで売られている。 蓋付き鍋やダッチオーブンの底に石をひいて過熱するだけの手軽さから、キャンプなどでも調理される。

石焼きに適した品種としては、ほくほくとした食感の「紅あずま」、「鳴門金時」や「ベニオトメ」があげられる。近年は「べにはるか」「安納芋」のようにねっとりとした食感のサツマイモが人気を集めている[4]

仕組み
密閉容器の底に那智黒石などの小石を引き、その上にサツマイモを乗せ容器の下から過熱すると小石から遠赤外線が放射される。放射された遠赤外線は容器内で反射しサツマイモの表皮1ミリ付近で吸収され、デンプンなどの分子が振動し、その摩擦熱が熱源となる。遠赤外線加熱での調理によって、サツマイモの表皮付近の温度は250℃に達し、水分は急速に蒸発する。しかし、内部の温度は65-75℃に維持され水分を損なうこと無くゆっくりと加熱される[5]

サツマイモ内部の温度が60℃に達すると、デンプンが水分を吸収し糊化する。サツマイモに含まれるβアミラーゼ(デンプン分解酵素)が、糊化したデンプンを加水分解し麦芽糖に変える。そのため、通常の焼き方よりも甘く仕上がる[6]

焼き芋
石焼き釜を使わず焼いたものは、単に「焼き芋」と呼ばれる。

日本では昭和やそれ以前の時代において、冬の時期に道路や庭に積った落ち葉を集め、焚き火として燃やす際に、一緒にサツマイモを入れて焼く光景は、冬を物語るものとして扱われ、冬を表す季語ともなっている。こちらは石焼き釜とは違い裸火を使うことから火加減が難しいなどの問題もあるが、上手に焼ければ甘い風味を味わえる。ただ、200212月に施行された改正廃棄物処理法により、一部の例外を除いてゴミを野焼きすることが禁止された。焚き火などの軽微なものは例外に該当するが、産業廃棄物は量の如何を問わず禁止されているほか、地方自治体が落ち葉などを可燃ごみとして排出するように指導している[7][出典無効]場合もある。

焦がさないようにするには新聞紙(濡らすと蒸し焼きのような状態になり、なめらかになる)とアルミホイルに包んで焼くと良い。家の中で作る場合、石油ストーブの上に置いたり、オーブンや電子レンジ(作例:1分半ほど加熱した後10分ほど解凍機能で加熱する)でも作られる。これらは比較的火加減などを調整しやすく準備も簡単なため、手軽に食すことができる。

また昭和初期には、壺を用いて焼く「つぼ焼き芋」もあった。その甘い味が忘れられない人が、現在でも、壺を取り寄せてつぼ焼き芋を作っている[8][9]

千葉県香取市では、毎年11月に5トンのサツマイモを籾殻で焼く日本最大規模の焼きいも大会「栗源のふるさといも祭」が開催されている[10]。』
Wikipedia



焼芋の俳句:


・ふところの焼芋のあたたかさである  尾崎放哉


・詩貧し掌に焼芋の熱さのせ  成瀬櫻桃子


・焼芋の懐ぬくめ恋めきぬ  阿波野青畝



年末に入り、厳しい寒さが続いている。
日本海側、高地では毎日雪が降り続いている。

こんな時期には、スイーツといえばショートケーキより暖かいもの、鯛焼きとか焼芋が良い。
特に、焼芋は温かいと言うより熱い。

できれば、焚き火で焼いたのが良いが、最近はトースターやオーブンレンジで焼芋のメニューが有り、それなりに家で焼芋も可能になっている。

俳人たちは、酒好きが多いが、句を読んでみると焼芋好きも居る。
尾崎、成瀬、阿波野3人それぞれ、焼芋は温かさが命だと礼賛している。


さつまいもは品種改良が行われて、様々な品種が出荷されているそうだ。
焼芋ファンにはありがたいことだ。

旬の食材百科には、以下のようなさつまいもが紹介されている。
http://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/satumaimo-varie.htm

ホクホク系:
高系14号、鳴門金時、宮崎紅、 紅さつま、大栄愛娘
五郎島金時、紅あずま、紅こがね、玉乙女

しっとり系:
紅はるか、紅天使、クイックスイート、シルクスイート、あいこまち、紅まさり、ひめあやか                    

果肉がオレンジ系のサツマイモ:

安納芋、安納もみじ、灯籠蜜いも
フルーツこがね、アヤコマチ、マロンゴールド
隼人芋、人参芋、紅きらら、ヒタチレッド

白いサツマイモ:
シロユタカ、黄金千貫、カイアポ芋・シモン芋

紫芋:
アヤムラサキ、パープルスイートロード、種子島紫、
ナカムラサキ                


これだけ有れば、自分の好きなタイプの芋は見つけられるだろう。
手が凍える冬の日には焼芋だ。



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2018年12月29日(土) 記事No.98

2018/12/29 () 旧暦: 1123 祝日・節気: 下弦 日出: 649 日没: 1636 月出: 2356 月没: 1138 月齢: 21.82 干支: 乙未 六曜: 先負 九星: 五黄土星

今日のあれこれ: 年用意

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(眞澄稲荷日和
https://masumiinari.exblog.jp/27124392/
より転載)



『年用意: 年設、年取物


新しい年を迎えるために、煤掃き、餅搗、床飾り、春着の仕立てなど、種々の用意をすること。おせち料理の材料をまとめ買いしたりもする。』
(季語と歳時記)



年用意の俳句:


・境内に火のあかあかと年用意  斎藤くめお


・駅長が時刻表拭ふ年用意  金田美恵子


・火伏せ護符背伸びして貼る年用意  八田マサ子


・何もせぬと言ひつつしたる年用意  永川絢子


・一手間の豆のふくらみ年用意  岡山敦子



仕事納めも終わり、街には車が溢れている。
近くのスーパーマーケットでは、ひっきりなしに訪れる買い物客で駐車場は満杯、整理員は息きつく暇も無さげに動き回っている。
、買い物客は、買い物カートに食料品を山のように積んで運んでいる、店内は混み合いながらも人は流れていて、場内には特売の案内が忙しげに呼びかけている。

のっぺらぼうの人にはどうでも良いことだが、節目が必要な人には儀式が欠かせない。
昨日・今日・明日、過去・現在・未来 のっぺらぼうの時間は過ぎていく。
それに節目を付けようというのだから大変だ、覚悟が必要だ。
年用意も重要な儀式だから人は躊躇うこともない。


古い日記に新しい日記を追加
古い札を納め新しい札を貼る
美味しい煮豆に喜ぶ顔を見るには、一手間、二手間、三手間...加えなければならない

年用意は人それぞれだが、時間と気力と体力の及ぶ限りの限度なしだ。
それは苦役ではない、それは儀式なのだから、それが秩序なのだから。

考えてみれば、チョッと滑稽だが、それが世の中、それが生活。

さて、次は? あれをやらねばならぬ...



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2018年12月28日(金) 記事No.99

2018/12/28 () 旧暦: 1122 祝日・節気:  日出: 649 日没: 1635 月出: 2252 月没: 1103 月齢: 20.82 干支: 甲午 六曜: 友引 九星: 四緑木星

今日のあれこれ: 日記買ふ


「【高橋書店】2019TVCM


https://youtu.be/vIVlAS7GhAo




『日記買ふ


年末に書店や文房具店行くと来年の日記が平積みされている。様々なデザインがあり、例年通りのものを選ぶ人もいれば、違った物を選ぶ人、新たに日記を付けようと買い求める人もいる。
いずれにせよ来年への希望や期待が込められた季題である。』
(季語と歳時記)



日記買ふの俳句:


・くり返しきかぬこの世や日記買ふ 山本輝明


・迷ひつつ又一年の日記買ふ  内藤庫江


・来し方の美しければ日記買ふ 赤松薫子


・旅の店の人柄良きに日記買ふ  細井隆子


・立ち向ふものは己や日記買ふ 野中たかし



もうカウントダウンは始まっている。
残りは今日を入れても4日。
特別な人は準備万端余裕を持って年の瀬に臨んでいるだろう、逆にすべてを放棄した人は、それなりに自由だろう。
どちらでもない普通の人は、あるべき姿と現身を比べて、足掻き続ける他はない。


高貴なお方が、先日自分の人生を旅に例えて所感を述べて居られた。
刻々、時々、日々、この歳も、次の歳も、そのまた次の歳も自分の務めを果たして30年を過ごされた。
務めは自分のためではなく、人のため国民のため。
務めを理解し、共に協力をし続けてくれた関係者には心からの感謝の言葉だった。
締めくくりのこの歳はもう4日、新年にはまた新しい旅が始まる。


赤松は立派だ、来し方は美しいという。
真ん中のものは、右から見れば左だし、左から見れば右だ。
どちらも正しいのだから、汚いと言うより美しいと言った方が上手なのかもしれないが...


細井は旅に出て、佳い人に巡り会い、心豊かになることが出来た、その勢いで日記を買った、新しい白紙の未来を買った。
旅に出て佳い人に巡り合うのか悪い人に巡り合うのか、それは決まっていない。
だからといって、家にいては始まらない。
佳い人に会える幸運を信じて、足を踏み出すことだ。


野中の句を読んで、中原中也の詩を想い出した。


頑是ない歌

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にいた

それから何年経ったことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追いかなしくなっていた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思えば遠く来たもんだ
此この先まだまだ何時までか
生きてゆくのであろうけど

生きてゆくのであろうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゅうては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質
と思えばなんだか我ながら
いたわしいよなものですよ

考えてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやってはゆくのでしょう

考えてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさえすればよいのだと

思うけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ




中也がこの詩を発表したのは、1936年、3年前に結婚し長男が生まれていた。
中也が亡くなったのは翌193710月。30
歳であった。





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2018年12月27日(木) 記事No.100

2018/12/27 () 旧暦: 1121 祝日・節気:  日出: 649 日没: 1634 月出: 2145 月没: 1025 月齢: 19.82 干支: 癸巳 六曜: 先勝 九星: 三碧木星


今日のあれこれ: 数へ日


「お正月の歌(歌詞付き)赤富士バージョン」


https://youtu.be/xCZ-yEu3Z6o



『数へ日


年内の残る日数が指で数えるほどになってきたことを感慨をこめて言う。忙しさが増し、落ち着かない日々が続く。』
(季語と歳時記)



 
数へ日の俳句:


・加賀の国より数へ日のかぶら鮓  石田邦子


・数へ日のその一日の暮れゆきぬ  太田佳代子


・数へ日のくるくるまはす万華鏡  三崎由紀子



「数へ日」という季語は、江戸の昔からあったものではないそうだ。
言葉としては昔からあったが、季語として詠まれるようになったのは明治になってからだ。

正月までの日数を数えると言えば、唱歌の「お正月」だ。
「もういくつねるとお正月」は、誰でも口ずさめる歌だから、数え日がお正月の季語として自然に理解されるようになったのは、滝廉太郎のお陰かも知れない。


「お正月」は、1901年(明治34年)に出版された『幼稚園唱歌』に掲載されたそうだから、辻褄はあっている。



歳末は、浮世の義理が多く忙しい。
やることは多いのに一日は短い。
焦ってしまうのが普通だが、三崎の過ごし方は美しく、華麗だ、

「光と鏡の芸術品 万華鏡 Kaleidoscope


https://youtu.be/Ycy10zYQ6g4


気持ちの余裕があれば、数え日の歌を聞きながら、万華鏡の世界を彷徨うのも良い方法だ。





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2018年12月26日(水) 記事No.101

2018/12/26 () 旧暦: 1120 祝日・節気:  日出: 648 日没: 1634 月出: 2035 月没: 941 月齢: 18.82 干支: 壬辰 六曜: 赤口 九星: 二黒土星


今日のあれこれ: 年の暮


「築地場外市場 年末の賑わい 2017.12.27


https://youtu.be/U-dWidx7xoI




『年の暮: 歳末、歳晩、年末、年の瀬、年つまる、年暮る、年尽く、暮、年深し、年堺



十二月も押し詰まった年の終わりをいう。十二月の中旬頃から正月の準備を始める地方も多く、その頃から年の暮の実感が湧いてくる。
現代ではクリスマスが終わったあたりからその感が強くなる。』
(季語と歳時記)



年の暮の俳句:


・年暮れぬ笠きて草履はきながら 芭蕉


・年の暮予定あれこれ日毎立て  塚村素代


・来年の福を探しに年の暮  水谷ひさ江


・朗々の托鉢僧や年の暮  竹内悦子


・鈴振りて籤大当り年の暮  辻井桂子



クリスマスも終わり、急に忙しくなった。
と言っても状況が変わったのではなく、気持ちが状況を理解しただけなのだが。
やるべきことでまだ手がついていないことが沢山ある。

芭蕉のように、旅に出てしまえば、何も焦ることはないが、日常生活をするのであれば、年末年始の決まりごとをやらなければならない。
残りの日々、いつ何をするのかスケジュール化することが必要だ。

年越しの準備で、様々な食料品を用意しなければならない。
築地は市場は移ってしまったが、場外市場は残っており、毎年の混雑になりそうだ。
動画は昨年のものだが、今年は少しは混雑が解消するのだろうか。

犬も歩けば棒に当たる、歳末セールの宝くじが当たるかもしれない。
買い物に出かけよう。




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2018年12月25日(火) 記事No.102


犬は好きだ。

子供の頃から数えて4匹飼った。
最初はペス、次は白、三代目はフク、最後はさくら。
ペスは何系だったのだろう、白はスピッツと柴犬の雑種、フクはシェパードと秋田犬の雑種だった、皆貰われてきた合の子だった。

最後のさくらは、血統書付きの柴犬を買に行ったものだ。
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匹程いた子犬の中から女の子を選んだ。そうしたら、ブリーダーのおばちゃんが“器量で選んだね、こちらの男の子の方が気立ては良いのに”と言った。

さくらは確かに今までの犬とは違って、変わった犬だった
具体的に話せば切りが無い。
それでも、これだけは確かだ。
さくらが家に来てから、家の空気が一変した。
当時は新築した家に引っ越したばかりで、転校やら環境の変化で家族がそれぞれ気持ちが立っていた様子だった。
それが、さくらがコロコロと歩き回り、ぬいぐるみのようなふわふわした体を抱き上げると顔を舐めたりすることですべてを吸い上げてしまった。

その後、12年生きて、最後は眼が見えなくなり、散歩に連れて行くと段差に躓いて転びそうになったりしたが、散歩は大好きだった。
子犬のさくらが我が家にしてくれたことを想うと今でも感謝の気持ちが蘇る。

さくらが死んで以来犬は飼っていない。
飼わないことにした。
別れが辛すぎる、だからホームセンターなどの子犬売り場には近寄らないようにしている。店員から子犬を抱かされたりすると危険だからだ。


youtube
のあなたへのおすすめ動画に犬の動画があった。
これは、見てはいけない動画だった。
犬の激しい愛は人を狂わせる。


『「犬感動の再会」数年ぶりに飼い主に会えた犬が大号泣・せつない鳴き声に涙』


https://youtu.be/wai-xMgR9mo


自分が好きな人に、こんなに尻尾を振って、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き.....
と素直に身体中で言われると、こちらも心を揺さぶられて、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ...
と思ってしまう。

狂おしい愛に耐えられる人は犬を飼っても良い。
最近、犬より猫が好きな人が増えている様だが、狂おしい愛に耐えられない人が増えているのかもしれない。




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