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  • 2014年06月 の記事一覧

2014年06月30日(月) 記事No.2776

2014/6/30 (月) 旧暦: 6月4日 祝日・節気:  日出: 4時28分 日没: 19時00分 月出: 7時01分 月没: 20時39分 月齢: 2.79 干支: 壬申 六曜: 先負 九星: 一白水星

今日の季語: さくさんぼ

「福島の観光農園でさくらんぼ狩り」

http://youtu.be/vg2YZQYLVhw


『サクランボまたは桜桃(おうとう)は、バラ科サクラ属サクラ亜属の果樹であるミザクラ(実桜)の果実。食用。


概要
木を桜桃、果実をサクランボと呼び分ける場合もある。生産者は桜桃と呼ぶことが多く、商品化され店頭に並んだものはサクランボと呼ばれる。サクランボは、桜の実という意味の「桜の坊」の「の」が撥音便となり、語末が短母音化したと考えられている。

花を鑑賞する品種のサクラでは、実は大きくならない。果樹であるミザクラには東洋系とヨーロッパ系とがあり、日本で栽培される大半はヨーロッパ系である。品種数は非常に多く1,000種を超えるとされている。

果実は丸みを帯びた赤い実が多く、中に種子が1つある核果類に分類される。品種によって黄白色や葡萄の巨峰のように赤黒い色で紫がかったものもある。生食用にされるのは甘果桜桃の果実であり、日本で食されるサクランボもこれに属する。その他調理用には酸味が強い酸果桜桃の果実が使われる。

殆どの甘果桜桃は自家不和合性があり、他家受粉が必要である。受粉には最低限自家不和合性遺伝子型(S遺伝子型)が異なる必要があり、異なる品種なら何でも良いというわけではない。極僅かだが自家結実する品種もある。一方、酸果桜桃は全ての品種に自家和合性が有る。

一般には「初夏の味覚」であり、サクランボや桜の実は夏の季語であるが、近年では温室栽培により1月初旬の出荷も行われている。正月の初出荷では贈答用として約30粒程度が入った300グラム詰めで3万円から5万円程度で取り引きされ、赤い宝石と呼ばれることがある。
...』(Wikipedia)


さくらんぼの俳句:



・両の手で捥ぐさくらんぼさくらんぼ  須賀敏子



・風通るたびに輝くさくらんぼ  浅田光喜



・仏壇に見合写真とさくらんぼ  松本勢津子



・恋ひとつみのる気配のさくらんぼ  淵脇護



・さくらんぼ一口少女に返りたや  江木紀子




さくらんぼの出荷量が増えたのか、店先の果物コーナーでさくらんぼが真ん中に置かれるようになった。

値段も一粒いくらだったのが中くらいの箱で800円とかの値段になっている。
隣にはアメリカンチェリーが置いてあり、値段は安いが、どうしてもさくらんぼでなくてはと思う。

さくらんぼには、若さ、輝き、希望がある。
仏壇でさえさくらんぼは輝き、明るく照らし、良いことが起きそうな思いにさせてくれる。

見合いもうまく行くだろう。
恋もうまくいくだろう。

流石のさくらんぼも江木には
“それは無理よ”と言うだろう。

だが、構うことはない。
さくらんぼを含めば、気持ちだけでも若くなれる。
気持ちが若くなれば肌だって輝く希望がある...




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2014年06月29日(日) 記事No.2777

2014/6/29 (日) 旧暦: 6月3日 祝日・節気:  日出: 4時27分 日没: 19時00分 月出: 6時07分 月没: 20時02分 月齢: 1.79 干支: 辛未 六曜: 友引 九星: 二黒土星

今日の季語: 額の花

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(名古屋護国神社の額の花)


『額の花: 額紫陽花、額草、額花

仲夏
          
ユキノシタ科の落葉低木。紫陽花の一種だが、花は毬状にならず平に咲く。中心部は小さな花が粒々と密集してつき、その外側に四片の装飾花をまばらにつける。花は白っぽい色から、青、赤紫、ピンクなどに変化してゆく。』
(季語と歳時記)


額の花の俳句:



遠山に雨雲垂れて額の花  山村修


奥美濃のけぶる紫額あぢさゐ  牧長幸子


一村は平家の流れ額の花  北吉裕子



雨連れて曼荼羅堂へ額の花  島田和子



額の花小さくおはす薬師かな  内堀京子




紫陽花の季節で、最近良く見かける。
高速道路、お寺の池の畔、護国神社で見た。
西洋アジサイを見ることが多いが、額紫陽花も同じ場所に咲いていることもある。

額紫陽花は日本原産だそうで、それを知ると一層可愛らしく感じられる。

紫陽花は陽射しより、雨の中にしっとりと咲くのが似合っている。
奥美濃でも平家の隠れ里でも曼荼羅堂でも雨の中で美しい。

額の花と薬師様の場所は何処かわからないが、小さいけれど薬師様の心は広く大きい。
額の花に見とれて心も救われるのであれば、こんな良い場所はない。




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2014年06月28日(土) 記事No.2778


6月20日、花菖蒲の写真を撮った時、最も花盛りだったのは江戸錦だった。

花盛りは、なかなか狙って出会えるものではない。
気温やお天気やカレンダーや様々なことが要因になって、その時の花盛りが決まるからだ。

この日の江戸錦は綺麗だった。

先ずは、動画で見てみよう。
風に揺れている風情が、名前の江戸の粋を感じさせる。

20140620花菖蒲(江戸錦)」

http://youtu.be/z9wTxn8zTPE


静止画も掲載する。

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江戸錦は、名前の通り江戸系の古花。
白地に紫紅色の筋が美しい。
開花時期は6月下旬。


この写真は、NIKON D7000MFMicroNikkor55mmf2.8を着けて撮影したもの。
動画も思ったより綺麗に撮れていた。
江戸錦たちも喜んでいるに違いない。





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2014年06月28日(土) 記事No.2779

2014/6/28 (土) 旧暦: 6月2日 祝日・節気:   日出: 4時27分 日没: 19時00分 月出: 5時14分 月没: 19時23分 月齢: 0.79 干支: 庚午 六曜: 先勝 九星: 三碧木星

今日の季語: 黒鯛

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(関心空間
http://www.kanshin.com/keyword/1311276

より転載)

『クロダイ(黒鯛、学名 Acanthopagrus schlegelii)は、スズキ目・タイ科に分類される魚の1種である。東アジア沿岸域に分布する大型魚で、食用や釣りの対象として人気がある。

日本ではチヌ(茅渟)という別名もよく用いられる。学名の属名 Acanthopagrus は「棘のある鯛」の意で、種小名 schlegelii は日本の脊椎動物を多数記載したヘルマン・シュレーゲルに対する献名である。

特徴
全長は最大70cmを超えるが、よく漁獲されるのは30cm前までである。

背側と鰭膜は和名通り黒、ないし灰色で、腹側は白い。体側は銀色に光る灰色だが、不明瞭な縦縞があるものも多い。鰓蓋上端・目の後方やや上に、目と同程度の黒斑が1つある。

体型は左右から押しつぶされたように平たい楕円形で、典型的な鯛の体型だが、マダイに比べると口が前に突き出す。

顎の前方には3対の犬歯、側面には3列以上の臼歯があり、ヘダイ亜科の特徴を示す。

背鰭は11棘条・11軟条、尻鰭は3棘条・8軟条からなり、クロダイ属のラテン語名 Acanthopagrus は発達した棘条に由来する。特に尻鰭の第2棘条が強大に発達する。側線鱗(そくせんりん)数は48?56枚、背鰭と側線の間の鱗は6?7列で、この点で近縁種と区別できる。
...
利用
漁獲
身近な海域に生息する大型魚だけに、昔から食用として漁獲されてきた。釣り、定置網、刺し網、銛(スピアフィッシング)など各種の沿岸漁法で漁獲される。

食材
身はタイ科らしく歯ごたえがある白身で、特に旬を迎えた夏頃のものはマダイにも劣らない美味とされるが、やや磯臭いと言う者もいる。

食べ方
刺身、洗い、塩焼き、煮付けなど和風料理の他、ムニエルやアクアパッツア等の洋風料理でも食べられる。

釣り
釣りにおいては食性の広さ、警戒心の強さ、魚の大きさから人気があり、釣りの仕掛けは人や地域によって様々な工夫が凝らされる。そのため、特に磯においては冬に旬を迎えるメジナと並び人気の魚種である。

釣り方の多様性については、餌を例にとっても、一般的なゴカイ類や小型のカニ類に始まり、ザリガニ、カイコの蛹、トウモロコシの粒やスイカの小片に至るまで、様々なものが用いられている。特に、トウモロコシやスイカと言った本来であれば海中に存在しないエサは他の魚を寄せ付けないため、エサ盗りに悩まされたときの有効手段とされる。

他にも、たとえばエビを糠で包む「紀州釣り」など、複数の素材を組み合わせる釣り餌の技法もある。

クロダイが上から落ちてくる物体に対して激しく喰いつく性質を利用したヘチ釣りが親しまれている。

高知県の宿毛湾に生息するものはその引きの強さからマッスルチヌと呼ばれ、人気を博している。

また、近年はポッパーを使ったトップウォーターゲームや、Mリグ等のルアーによる釣りも楽しまれている。
』(Wikipedia)


黒鯛の俳句:



・黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる 西島麦南


・黒鯛に夏二三夜の闇濃さよ 杉山一転



・黒鯛おろす漁師の指の太さかな 片山手毬


・黒鯛に箸のばしゐてむせたるよ 村沢夏風



・ていねいにからだを拭いて黒鯛くふ 飯島晴子




降りそうで降らない天気が続いている。
梅雨らしくないといえば言える。
傘を用意して出かけても無駄でがっかりする。
降れば降ったで困るのだが...

黒鯛は釣り人には好まれる魚なのだそうだ。
性格が大胆かつ繊細で、思うように釣れなくて一筋縄でいかないのが、面白いそうだ。

釣り人というのは、難儀な性格だ。
難しいほど情熱が増し、のめり込む。
この辺りの心理は本人でなければ判らないが、マニアなら通じる心なのだろう。

飯島が丁寧に拭いたのは、勿論黒鯛のからだだ。
だが、同時に自分の身体も拭いたかもしれない。
命を確りと頂く前の心からの儀式として。

飯島は次の句でも、拭う所作を見届けている。

・孔子一行衣服で赭(あか)い梨を拭き





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2014年06月27日(金) 記事No.2780

2014/6/27 (金) 旧暦: 6月1日 祝日・節気: 朔 日出: 4時27分 日没: 19時00分 月出: 4時22分 月没: 18時40分 月齢: 29.35 干支: 己巳 六曜: 赤口 九星: 四緑木星

今日の季語: 山桜桃(ゆすらうめ)


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peaの植物図鑑
http://endoh-kazuo.blog.ocn.ne.jp/kuma/2011/07/2011629_b117.html
より転載)

『ユスラウメ(梅桃、山桜桃梅、学名:Prunus tomentosa)は、バラ科サクラ属の落葉低木の果樹。サクランボに似た赤い小さな実をつける。俗名をユスラゴともいう。

特徴
樹は開帳性の2~3mの低木でよく分枝する。葉は楕円形で、葉脈に沿って凹凸があり、全体に細かい毛を生じる。桜に似た白色または淡紅色の花が葉腋に1つずつ咲き、小ぶりの赤または白の丸い果実をつける。果実はほぼ球形ながら、桃の実のようにかすかな縦割れがあり、表面には毛がない。

中国北西部、朝鮮半島、モンゴル高原原産。主に庭木として栽培される。

栽培
性質は強健で、耐寒性・耐暑性ともに強く、病害虫にも強い。用土は過湿を嫌うので、水はけの良い土に植える。日照不足になると、株が弱ってしまうだけでなく、果実の収穫も減ってしまうため、なるべく日当たりの良い場所に植える。3月頃と果実の収穫後に化成肥料を、また11月頃には有機肥料の寒肥を施す。

普段の剪定は特に必要ないが、日当たりの悪い枝は枯れやすいので、込み合う枝の間引きと、長く伸びた枝の切り戻しを必要に応じて行う。

増やし方は、タネを採取しての実生。その他、挿し木、接ぎ木で増やすことができる。1年生接木苗では植え付け後2・3年、実生でも3・4年で果実がなり始める。

備考
現在では『サクラ』を意味する漢字『櫻』は元々はユスラウメを指す字であった。ユスラウメの実が実っている様子を首飾りを付けた女性に見立てて出来た字である。

果実は薄甘くて酸味が少なく、サクランボに似た味がする。そのままでの生食、あるいは果実酒などに利用される。[1]

大分県豊後大野市清川地区では、ユスラウメにモモを接ぎ木して栽培した「クリーンピーチ」が特産品となっている。』
(Wikipedia)


山桜桃の俳句:




・山桜桃熟れ老農夙に畦をぬる 飯田蛇笏




・つゞきたる雨の間に熟れゆすらうめ 五十嵐播水




・ゆすらうめ実のほろほろと草の上 岩崎眉乃




・手移しの二粒甘し山桜桃 河田青嵐




・ゆすらうめ笑ひ初む嬰の片ゑくぼ 深野カツイ


 





九州南部では大雨になっているが、東海地方では梅雨の中休みなのか、雨が降らない。
降りすぎても困るが、降らなくても困る、程々に降ってもらいたい。

梅雨の間にも、稲は背を伸ばし、ゴーヤーは蔓を天に向け這い上がっている。
緑の葉に紅く山桜桃の実が色づいている。

緑の中の濃紅はよく目立つ。
手移しで山桜桃の赤く熟した実をくれた人は誰だろう。
山桜桃は甘いのは当然だが、そのような人が身の回りにいることはもっと甘いことだ。

言葉を使えない赤ちゃんの笑顔は、素晴らしい。
言葉が使えないからこそ、会った人に差し出す微笑は何者にもまして強力だ。
受け取った大人は、それから暫く幸せになることが出来る。




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2014年06月26日(木) 記事No.2781

2014/6/26 (木) 旧暦: 5月29日 祝日・節気:  日出: 4時26分 日没: 19時00分 月出: 3時33分 月没: 17時52分 月齢: 28.35 干支: 戊辰 六曜: 先負 九星: 五黄土星

今日の季語: 麦酒、ビール


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(酔人日月抄
http://history.hatenablog.com/entry/20100519/1274270443
より転載)

『ビール(英: beer, 蘭: bier)は、アルコール飲料の一種。主に大麦を発芽させた麦芽(デンプンが酵素(アミラーゼ)で糖化している)を、ビール酵母でアルコール発酵させて作る製法が一般的である。

現在は炭酸の清涼感とホップの苦みを特徴とするラガー、特にピルスナーが主流となっているが、ラガーはビールの歴史の中では比較的新参であり、ラガー以外にもエールなどのさまざまな種類のビールが世界で飲まれている。

漢字では麦酒(ばくしゅ)と表記されるが、日本では昭和時代初期まで、麦で作った甘酒を麦酒(むぎざけ)と呼んでいたことがあるので混同に注意する必要がある[2]。
...
歴史
その歴史は古く、紀元前4世紀頃にメソポタミア文明のシュメール人により大麦を使い作られていたとされる粘土板の資料が最古である。ちなみにシュメール人はワインの製法も開発している。古代エジプトにおいては、それより下った紀元前3世紀頃の時代の資料から、ビールの痕跡が確かめられており、小麦の原産地が西アジアであることからメソポタミアからビールの製法が伝わったとする説がある。

これらのメソポタミアやエジプトのビールの製法は明確には残っていないので詳しいことは分かっていない。しかし復元された製法については2つ仮説がある。一つはエジプトの壁画と現在もエジプトでイスラム教の戒律の影で密造されている酒の製法を参考にされたもので、麦芽を乾燥させて粉末にしたものを、水で練って焼き、一種のパンにしてからこれを水に浸してふやかし、麦芽の酵素で糖化を進行させてアルコール発酵させたものであった。大麦はそのままでは小麦のように製粉することは難しいが、いったん麦芽にしてから乾燥させると砕けやすくなり、また消化もよくなる。つまり、ビールは元来製粉が難しくて消化のよくない大麦を消化のよい麦芽パンにする技術から派生して誕生したものと考えられている。穀類を豊富に産したメソポタミアやエジプトでは、こうした背景を持つビールはパンから派生した、食物に非常に近い日常飲料であった。実際、古代エジプトのパピルス文書には、王墓建設の職人たちへの配給食糧として、ビールが記録されている。焼いてから時間のたった固いパンを液体でふやかすという発想は、ヨーロッパのスープの原型となった、だし汁でふやかしたパンとも共通しており、ふやかしたパンの料理という共通系譜上の食物ともいえる。もう一つの製法は、現在のビールに通じる製法であり、エンマー小麦を原料に、発芽させた麦(麦芽)と煮て柔らかくした麦をあわせて酵母を添加して発酵させ漉したものである。どちらも場合によっては糖分や風味を添加する目的でナツメヤシを加えることもあったという。また、エジプトに伝来したビールは気候条件により腐りやすかったため、ルピナスを添加して保存加工がなされていた。これはバビロニアのビールでも似たような事例で様々な薬草を加えることがあったと言う。その中にはホップも含まれたと考えられている。

一方、麦芽の酵素によって大麦のデンプンを糖化させ、その糖液をアルコール発酵させるというビール製造の核心技術は、北方のケルト人やゲルマン人にも伝わったが、彼らの間では大麦麦芽をいったんパンにしてからビールを醸造するという形をとらず、麦芽の粉末をそのまま湯に浸して糖化、アルコール発酵させる醸造法が行われた。また日常の食物の派生形であった古代オリエントのビールと異なり、これらヨーロッパ北方種族のビールは、穀物の収穫祭に際してハレの行事の特別な飲料として醸造が行われる傾向が強かった。

ローマにはエジプトから伝えられたものがジトゥム (zythum)、北方のケルト人経由で伝わったものがケルウィシア (cervisia) と呼ばれたが、ワインが盛んだったために野蛮人の飲み物視され、流布しなかった。ローマ人や古代ギリシア人の間では、大麦は砕いて粗挽きにしたものを粥にして食べるのが普通であったのである。また現在はアルコール飲料であるワインも、当時は糖分があまりアルコールに転化されておらず、非常に甘い飲み物であった。固いパンを食べやすくするブドウのジュースを濃縮し長期保存できる形にした日常の食卓の飲料、硬水を飲みやすくするために水に加える飲料としての性格が強く、酔うためにそのまま飲むのは野蛮人の作法とされ、水で割って飲むのが文明人の作法とされていた(そもそもストレートで飲むとかなり甘い)。それだけに、祝祭に際して醸造したビールを痛飲して泥酔する北方種族の習俗は、自らを文明人と自認するローマ人、ギリシア人の軽蔑の種にもなっていたのである。

しかしゲルマン人主導のフランク王国が成立すると、ヨーロッパ全土でビールは盛んに作られるようになり、ビール文化はヨーロッパに根付いた。一方で非常に甘い飲み物であったワインも、今日の製法と近くなり、ほとんど甘くないアルコール度数の高い飲料となった。そのためビールとの関係は逆転し、アルコール度数がより低いビールは、子供にもあった飲み物であると考えられるようになった。キリスト教が広まると修道院は自給と巡礼者にふるまうためのビールを醸造するようになり、技術の発展にも大きな役割を果たした。その中で発酵を安定させるなどの目的でさまざまなハーブ類を調合したグルート (en:Gruit) を添加することが行われるようになった。グルートは領主によって管理されており、醸造業者は領主から購入しなければならなかった。このため中世に用いられたグルートの製法は現在に伝わっていない[3]。

11世紀頃、ドイツのルプレヒトベルグ女子修道院のヒルデガルディス院長がグルートにかわってホップを初めて用いた。ホップには独特のさわやかな風味と雑菌抑制効果があり、15世紀頃にはドイツのビール醸造で主流となった。他の国でも次第にホップが主流となり、かつては使用を禁止していたイギリスでも17世紀頃にはホップによる醸造が一般的となった。

1516年、バイエルン公ヴィルヘルム4世は粗悪なビールの流通や食用である小麦がビールの原料に転用される事による飢餓を防ぐため、ビール純粋令を発令し、原料として麦芽以外にはホップと水しか使わないよう命じた。小麦を使った白ビールは許可を得た一部の醸造所しか醸造できないようになり、希少価値が高まった。その後ドイツ帝国の成立によりビール純粋令は1906年に全土に施行され、現在のドイツにおいても効力を持っている。15世紀中頃にはバイエルン地方のミュンヘンで、低温の洞窟で熟成させるラガービールの製造が始まった[4]。



19世紀には酵母の研究も進み、上面発酵と下面発酵の技術が確立した。1842年にはチェコのプルゼニで世界最初のピルスナービール「ピルスナー・ウルケル」が製造され、このタイプの醸造はプルゼニのドイツ語名からピルスナーと呼ばれるようになった[4]。黄金色のピルスナーはガラス製品の普及と冷蔵技術の確立によって爆発的に広まった。

日本では川本幸民がビール製造を試みたのを皮切りに、多くの醸造所が誕生した。本格的に普及したのは明治時代だが、江戸時代初期には徳川幕府の幕僚達がその存在を認知していた[5]。

現代のビールは、19世紀後半のデンマークのカールスバーグ社が開発した技術に多くを負っている。同社はビール酵母の純粋培養技術を開発し、さらに雑菌を徹底的に排除した衛生的な缶詰め・ビン詰め技術を確立した。それによりビールの保存性は飛躍的に高まり、安価で大量に安定供給される工業製品として、世界の津々浦々にまで流通するようになった。また、ビール生産が大企業に独占されることにもなった。それまではワインの方が食事に必須の日常の酒として飲まれていたが、安価となったビールが普及することにより、ワインとビールの位置が逆転した。

欧米では、この反動として工業化以前のビール生産を見直す動きが起こり、クラフトビール(地ビール)を作るマイクロブルワリーが多く設立されている。日本でも法規制が緩和されたことにより、地ビールの生産が少しずつ行われている。
...』(Wikipedia)


麦酒・ビールの俳句:




・ビール酌み三百人の祝ぎ心  岸本久栄




・ビール飲む理屈などみな後まはし  塩川雄三




・ビール園いつか皆気宇壮大に  渡辺隆




・ふるさとに絆うれしくビール酌む  芝宮須磨子




・チーズ派の真ん前トーフ派黒ビール  須山つとむ


 





30度を超える日が続くと、ビールの季節だ。
ビヤーガーデンが営業を始め、ビール会社は今年の新製品を売り出す。
もうビールの季節が始まる。

岸本のビールは、結婚式のパーティーに違いない。
大人数での取りあえずの乾杯にはビールが適当だ。
最初は軽いのが良いのだ。

ビールは日本酒と違って手酌は似合わない。
日本酒は独りまったりとが様になるが、ビールは惨めだ。
大人数でジョッキ片手にワイワイガヤガヤが似合っている、
日本酒は会話が可能だが、ビールは不向きで言っ放しが取り柄。 ビヤーガーデンの騒がしさの中では会話は無理だ。

パーッと盛り上がって、決まり事が終わればオシマイ。
その潤滑役がビールだ。

二人までなら日本酒が良いが、ビールでも地ビールなど拘ったものなら穏やかに飲むことが出来るかもしれない。





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2014年06月25日(水) 記事No.2782

2014/6/25 (水) 旧暦: 5月28日 祝日・節気:  日出: 4時26分 日没: 19時00分 月出: 2時46分 月没: 17時00分 月齢: 27.35 干支: 丁卯 六曜: 友引 九星: 六白金星

今日の季語: 短夜(みじかよ、たんや)

「夜明けのうた/岸 洋子」

http://youtu.be/2y-mrr6704Y


『短夜

三夏
           .
短い夏の夜をいう。春分の日から昼の時間が長くなり夜の時間は夏至にいたって、もっとも短くなる。その短さ、はかなさを惜しむ気持ちを重ねて夏の夜を呼んだのが短夜という季語である。→明易』(季語と歳時記)



短夜の俳句:




・快晴のまこと短夜なりしかな  稲畑汀子




・岸洋子聴く短夜のユーチューブ  平野みち代




・偲びけり短夜の灯を消してより  今井千鶴子




・相弟子と亡き師を語る短夜かな  木原紀幸




・短夜のみじかき夢に母ゐたり  大畑善昭


 





日が長い。
夜7時を過ぎてもまだ明るい。
活動できる時間が長いのは良いのだが、その分夜が短くなり、消化不良の儘夜が終わってしまうことになりがちだ。
夜の時間の管理を良くしないと、一日が上手く終われない。
快晴の日ならば尚更だ。

平野が聴いた岸洋子の歌は何だったのだろう。
眠られぬ夜だったのなら「恋心」かも知れない。
短夜なのだから「希望」は辛い。
苦しい短夜は止めて、明るい朝なら「夜明けのうた」が似合っている。

『夜明けのうた

    作詞:岩谷時子
    作曲:いずみたく

夜明けのうたよ
あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ


夜明けのうたよ
あたしの心に 若い力を
満たしておくれ


夜明けのうたよ
あたしの心の あふれる想いを
判っておくれ

夜明けのうたよ
あたしの心に おおきな望みを
抱かせておくれ


夜明けのうたよ
あたしの心の 小さな倖せ
守っておくれ

夜明けのうたよ
あたしの心に 思い出させる
ふるさとの空』


短夜には、短い夜なればこそ心急くものがあるのか、亡き人を偲ぶ想いや夢がやってくるようだ。


それは、亡き夫かも別れた恋人かもしれない。
それは亡き師であったり亡き母であったりする。
それは、失われた時、ベルエポックだから。





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2014年06月24日(火) 記事No.2783


先の土曜、日曜日に花菖蒲の写真を撮りに行ってきた。

以下の写真は、OLYMPUS PEN mini E-PM2にマウントコンバーター(NIKON Fマウント→M4/3マウント)を経由し、TOKINA AF MACRO 100mm F3.5を装着して撮影した。

焦点合わせはMFになるが、OLYMPUS PEN mini E-PM2は絞り優先モードで露出は連動し、ボデー内手振れ防止も使えるので、支障はあまり感じない。


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暁の海 肥後系


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華厳の滝 肥後系


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伊勢舞子 伊勢系


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新児化粧 肥後系


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渡津海 肥後系


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深窓佳人 江戸系


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清少納言 江戸系


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平成 1989年 加茂花菖蒲園作


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夏姿 江戸系


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夜光の珠 肥後系


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七福神 肥後系


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海王星 伊勢系


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スティップルド・リップルス アメリカ系


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初紅(はつくれない) 江戸系


花菖蒲の伝統品種の系列


江戸系
    江戸ではハナショウブの栽培が盛んで、江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開かれ、浮世絵にも描かれた名所となった。ここで特筆されるのは、旗本松平定朝(菖翁)である。60年間にわたり300近い品種を作出し名著「花菖培養録」を残し、ハナショウブ栽培の歴史は菖翁以前と以後で区切られる。こうして江戸で完成された品種群が日本の栽培品種の基礎となった。

伊勢系
    伊勢松阪の紀州藩士吉井定五郎により独自に品種改良されたという品種群で、「伊勢三品[1]」の一つである[2]。昭和27年(1952年)に「イセショウブ」の名称で三重県指定天然記念物となり、全国に知られるようになった。

肥後系
    肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、門外不出を条件に譲り受けたもので、「肥後六花」の一つである。満月会によって現在まで栽培・改良が続けられている。菖翁との約束であった門外不出という会則を厳守してきたが、大正時代にこれを売りに出した会員がおり、瞬く間に中心的な存在となった。

長井古種(長井系)
    山形県長井市で栽培されてきた品種群である。同市のあやめ公園は1910年(明治43年)に開園し、市民の憩いの場であった。1962年(昭和37年)、来訪した中央の園芸家によって三系統いずれにも属さない品種群が確認され、長井古種と命名されたことから知られるようになった。江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、少なくとも江戸中期以前の原種に近いものと評価されている。現在、34種の品種が確認されている[3]。長井古種に属する品種のうち13品種は長井市指定天然記念物である。』(Wikipedia)


花菖蒲の好みも個人的な嗜好によるものだから、一概には言えないが、江戸系のものは白を基調として、清楚で尚且つ粋な印象があり、洗練された美しさを感じる。




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2014年06月24日(火) 記事No.2784

2014/6/24 (火) 旧暦: 5月27日 祝日・節気:  日出: 4時26分 日没: 19時00分 月出: 2時03分 月没: 16時05分 月齢: 26.35 干支: 丙寅 六曜: 先勝 九星: 七赤金星

今日の季語: 水羊羹

「竹流し 本生水羊羹」

http://youtu.be/g-lwZBXHfb4


『羊羹(ようかん)は、一般には小豆を主体とした餡を型(羊羹舟)に流し込み寒天で固めた和菓子である。

寒天の添加量が多くしっかりとした固さの煉羊羹(ねりようかん)と、寒天が少なく柔らかい水羊羹(みずようかん)がある。また、寒天で固めるのではなく、小麦粉や葛粉を加えて蒸し固める製法もあり、これは蒸し羊羹と呼ばれる。単に「羊羹」と称した場合は煉羊羹を指す事がある。

煉羊羹は糖度が高いので、真空パックなどの適切な状態であれば常温で一年以上の長期保存が可能なものが多い[2]。この特徴を生かして非常食としても販売されているものもある[3]。
...
水羊羹
水羊羹(みずようかん)は、御節料理の料理菓子として冬の時季に作られた(前述)。

御節料理としては、全国的にその風習も忘れられ、冷蔵技術の普及と嗜好の変化から通年化の傾向により、現在は主に夏に冷やして食されることが多い。御節料理としての風習は東日本の一部の地域[5]に存在する。かつては、木枠の型(羊羹舟)でつくられた水羊羹を切り売りしていた。当時の名残として、厚みのある箱や容器に水羊羹を流し込んで販売する店が見られる。現在は、流し箱タイプのほか、アルミ缶やプラスチックカップに入った製品が市販され、高級和菓子店では棹物として、竹筒に入った製品なども販売されている。
...』(Wikipedia)


水羊羹の俳句:




・さつぱりと晴れし安曇野水羊羹 舩戸しづか




・切り口の稜美しき水羊羹  江木紀子




・水羊羹氷を敷きて仏壇へ  陣野今日子




・母いつも正座してをり水羊羹 花田由子




・饒舌の足りて真昼の水羊羹 渡辺耀子


 




水羊羹の良さは、暑い日の冷たい舌触りにあるのは確かだが、もう一つ軽い食感と後を引かない切れのよい甘さだ。

暑い日は、アイスクリームよりシャーベット、羊羹より水羊羹だ。

今日のニュースの主役は、セクハラ野次を飛ばした都議会議員。
この議員の政治的な欠陥は、低次元な野次の内容であることは確かだが、もっと大きな欠陥は責任の自覚の無さだ。
これは政治以前の人間の問題だ。

物事が大きくなるまでだんまりを決め込んでいたことも問題だが、決定的な問題は、前日のTVインタビューのカメラが回っている前で、はっきりと自分ではないとその場しのぎの嘘を言っていることだ。
都民も自分達が選んだ眼の無さを反省すべきだろう。

人間にも後味がある。
言葉や行動の後の余韻の良い人がいる。
人間も水羊羹のように後口の爽やかな人が良い。


明日は、とうとうW杯のコロンビア戦だ。
朝5時からの試合に備えて、早く寝なければ。




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2014年06月23日(月) 記事No.2785


この記事の薔薇は、NIKON1 J3 + 1 NIKKOR VR 10-100mm f/4-5.6で撮影したもの。


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(ロイヤル ウイリアム ドイツ)


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(オパン ド オストラリ フランス)


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(リン アンダーソン イギリス)


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(ベル ファストベル イギリス)


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(シクラメン)


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(ボルデュール ヴィヴ フランス)


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(バロン エドモン ド ロスチャイルド フランス)


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(マリア・カラス フランス)


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(ダブル ディライト アメリカ)


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(パパ メイアン フランス)


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(ウイー クラッカー イギリス)


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(ラブリー レディ イギリス)

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(ティンタナラ イギリス)


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(アカプルコ イギリス)


春の薔薇は盛りを過ぎて、目の前百花繚乱ではないが、まだ遅咲きの花達が咲いてくれている。

出遅れた人にも優しく待ってくれて、
ありがとう。




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