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2012年05月31日(木) 記事No.4223

2012/5/31() 旧暦:411 祝日・節気: 日出:426 日没:1850 月出:1403 月没:052 月齢:10.13 干支:壬辰 六曜: 友引 九星:五黄土星

今日の季語: 桜桃(、おうとう、さくらんぼ)

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(私の日記 果樹の栽培日記 より転載)

『サクランボは桜桃(おうとう)とも呼ばれ、バラ科サクラ属の落葉高木、およびその果実をさす。 果実は丸みを帯びた赤い実が多く、品種によって黄白色や葡萄の巨峰のように赤黒い色で紫がかったものもある。中に種子が1つある。

概要
生産者は桜桃と呼ぶことが多く、商品化され店頭に並んだものはサクランボと呼ばれる。木を桜桃、果実をサクランボと呼び分ける場合もある。サクランボは、桜の実という意味の「桜の坊」の「の」が撥音便となり、語末が短母音化したと考えられている。

観桜に用いるサクラの実は食用に用いられる桜桃とは違って大きくならず、食用にする果肉部分も厚く生長しない。生食用にされるのは主にセイヨウミザクラ (Prunus avium) の実であり、日本で食されるサクランボもほとんどがこれに属する。その他調理用に酸味が強いスミミザクラ (Prunus cerasus) の実もよく使われる。

ある種の桜桃は異なる種類で受精しなければ果実が実らない自家不和合性があり、他家受粉が必要である。また、品種間に相性があり、異なる品種なら何でも良いというわけではない。例えば、佐藤錦ではナポレオンとの相性がよい。他に、自家結実する品種もある。

一般には「初夏の味覚」であり、サクランボや桜の実は夏の季語であるが、近年では温室栽培により1月初旬の出荷も行われている。正月の初出荷では贈答用として約30粒程度が入った300グラム詰めで3万円から5万円程度で取り引きされ赤い宝石と呼ばれることがある。
...
品種
早生種
ジャボレー
フランス原産。酸味が強く糖度が低い。このため生食に用いられることは少ない[要出典]。ジャム、果実酒等の加工用に適し、受粉用に栽培されていることが多い。収穫時期は6月上旬から始まる。時期が進むにつれ、果実の色が朱色から濃紺へと変化する。

中生種
高砂(たかさご)
アメリカ原産。収穫時期は6月中旬。元名はロックポートピカロー。
佐藤錦(さとうにしき)
国内で最も多く生産されている品種。1912年(大正元年)から16年かけ、ナポレオンと黄玉を交配してできた。名前は交配育成した山形県東根市の佐藤栄助に因んで1928年(昭和3年)に命名された。苗の販売業者が渋る佐藤を押し切り「砂糖のように甘い」という意味も込めて名づけた[8]そうだ。6月下旬に収穫される。糖分が多く生食に適す。規格は、外観を示す「等級」(特秀・秀・優・良)、および、大きさ(横幅)を示す「階級」(LLLMなど。L22mm)で表示され、一般に特秀で大きいほど価格が高い。また、規格が同じでも、柄の方向がバラバラな「バラ詰め」より、柄が見えないよう綺麗に並べられた「手詰め」の方が高い。その他、規格を揃えていないパックも存在する。山形県の高級ブランド「山形セレクション[9]」では更に糖度も規格に入る。秋田県の高級ブランド「太陽の分け前」は25mm以上、「クイーンブラッド」は27mm以上という大きさを特に売りにしている。

晩生種
ナポレオン
ヨーロッパ各国で栽培されている品種。名前はナポレオン・ボナパルトに由来し、彼の死後ベルギー王が命名したという。収穫時期は6月下旬。佐藤錦の受粉木として一緒に栽培されることが多い。果実は酸味が強く、良く熟した状態でなければあまり生食で食べられることはない。したがって、缶詰、洋菓子等の加工用に適する。
紅秀峰(べにしゅうほう)
収穫時期は7月上旬。
アメリカンチェリー
アメリカで作られた栽培品種。北アメリカ西岸での栽培が盛んであり、日本で食べられるものとしてはカリフォルニア州産とオレゴン州産が多い。果実の皮、及び果肉が赤黒い。
...』(Wikipedia


桜桃の俳句:

・桜桃の熟れゆく空に白根岳 福田甲子雄

・桜桃をふふめばはるかなる山河 小島花枝

・山形の桜桃来たるまたたきて 細見綾子

・桜桃の一粒添へて機内食 金子邦子

・桜桃出荷終へたる雨の村しづか 古賀まり子


葉陰に揺れる桜桃も店頭に並ぶサクランボも宝石のように輝き、可愛らしい。

桜桃が嫌いな人に遭った記憶が無い。
それ程桜桃は日本人に愛されている。
形といい色といい大きさといい全てが愛らしい。
日本的な美しさの果物と言って良いだろう。

アメリカンチェリーは、大きくて甘い。
目をつぶって食べれば美味しいのだが。
アメリカンチェリーとサクランボを同じものだと考えたくはない。

日本人は、美しく食べることが好きだ。
日本料理は、口で食べる前に目で食べる。
サクランボは可愛く美しいが、アメリカンチェリーはそうではない、口に入れてからの果物だ。




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2012年05月30日(水) 記事No.4224


今回、首里のホテルに止まった理由は、今まで見ていない首里城を見ること。

その内の一つは、夜の首里城を見ること。もう一つは朝の首里城を見ること。
夜の首里城は面白かったが朝の首里城はどうだろうか。
首里城には、御開門(うけーじょー)という儀式があるそうだ。これはまだ見たことがないのでこれが第一の目的。

7:30
にホテルを出て、昨晩歩いた道を再び歩く。
昨日は暗かった道も早朝とはいえもう明るい。

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明るくても暗くても急坂は同じ。
坂の途中で振り返るとホテルが見える。

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見上げると昨日は夜の闇に隠れて見えなかった。
樹の花が見えた。
樹から判断するとパパイヤの花のようだ。沖縄では庭に普通にパパイヤが植えられていたりする。

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坂の先を見ると、大きなピンク色の花が高い所に咲いていた。

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近づいて見上げると大きなラッパのような花。

夜の闇が支配する世界では、出てくるものはヴァンパイアくらいで気味が悪いものだが、夜が去り明るさが戻ると、同じ道には花々が咲いている。
見えているものは同じなのだが、こちらの心の有り様で全く世界が違って見えるのだ。

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先に見える階段を登れば、面白い近道も終わりだ。

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階段を登り切ると首里高校下の交差点に出る。
アスファルトの道路工事はまだ終わっていないようだが、道路の改良工事は完成の時期になっている。

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前回来た時は道路工事中であったが、道路の歩道は見違えるほど綺麗になっている。

歩道には琉球石灰岩が敷き詰められており、道路の境界には石材が建てられている。
アスファルトとガードレールの光景はつまらないが、琉球石灰岩での舗装は、南国らしく光が眩しくて良いものだ。

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首里の道筋は、整備が進むにつれ散歩コースとして人気が出ることだろう。
瑞泉酒造前の道は、並木の下を芸術作品を見ながら歩くことが出来る散歩コースだが、これらの道も行く行くはそうなるはずだ。

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道路脇の家は道路の拡張工事とともに、建て替えられコンクリートになってしまった。飾りの赤瓦の庇が取り付けられているが、情緒は無くなってしまっている。

歩いていると昔ながらの赤瓦の家があった。
この建物は、このまま残してほしいものだ。

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道路沿いの家の植え込みには、様々な花が咲いている。
去年は花が見られなかったハイビスカスが元気よく花を開いて。

信号機のある交差点を右に曲がり、首里城の方に進む。
小さな子供と手をつないだお母さんたちが歩いている。
登園の時間なのだ。
守礼門に向かう横断歩道に来ると、お母さんは手を離してきた道を戻り始めた。女の子は、お母さんの方を見ていたが、交通整理のおばさんに声をかけられると、意を決したように横断歩道を渡っていった。

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登園・登校の時間なので、子供たちが一杯なのだ。
観光道路もこの時間帯は平凡な日常生活道路となっている。

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今まで気づかなかったが守礼門に向かい道の左側には、那覇市立城西小学校と城西幼稚園があった。



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2012年05月30日(水) 記事No.4225



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昨日の夜は闇に浮かんでいた守礼門はまだ寝不足気味だ。

記念撮影の業者はトランクを開けて、撮影機材の準備中だが、まだ琉装のモデルや観光客は来ていない。


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守礼門横にはあかばなが咲いている。

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夜は閉まっていた歓会門も、今朝は開いている。

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いつもは観光客が一杯の瑞泉門も人影がない。

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龍樋も誰も人が居ない。

首里は高台なのだが、水が湧く不思議なところだ。
水が良いので城も築かれ、酒造所も集中したのだが、きれいな水は今も枯れては居ない。

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水底を見ると、貨幣が沈んでいる。
トレビの泉ではないのだから、汚いお金を投げ込むのは止めて欲しい。
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瑞泉門周辺には、石碑が沢山立てられている。

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門番のシーサーが那覇の街を見渡している。

漏刻門を通り、広福門前の庭に出ると、市街の展望ができる撮影ポイントになる。
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曇り空なので、ぼんやりしている。
晴れた日は美しい空の下に久慶門と市街地の対比が美しく見えるのだが

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この庭には、日影台とレプリカだが万国津梁の鐘がある。

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本物は、県立博物館に収蔵されているが、15世紀頃尚泰久王が造らせ、首里城正殿にかけられていたものだそうだ。

鐘には銘文が彫られている。
以下沖縄県HPより転載する。

≪鐘銘原文≫
琉球国者南海勝地而
鍾三韓之秀以大明為
輔車以日域為唇齒在
此二中間湧出之蓬莱
島也以舟楫為万国之
津梁異産至宝充満十
方刹地靈人物遠扇和

夏之仁風故吾
王大世主庚寅慶生尚泰久茲
承宝位於高天育蒼生
於厚地為興隆三宝報
酬四恩新鋳巨鐘以就
本州中山国王殿前掛
着之定憲章于三代之

後※文武于百王之前
下済三界群生上祝万
歳宝位辱命相国住持
溪隠安潜叟求銘々曰
須弥南畔 世界洪宏
吾王出現 済苦衆生
截流玉象 吼月華鯨

泛溢四海 震梵音声
覚長夜夢 輸感天誠
堯風永扇 舜日益明
戊寅六月十九日辛亥
大工藤原国善
住相国溪隠叟誌之

≪書き下し文≫
             
琉球国は南海の勝地にして
三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車(ほしゃ)となし、
日域を以て唇歯(しんし)となして、
此の二つの中間にありて湧出せる蓬莱(ほうらい)島なり
舟楫(しゅうしゅう)を以て万国の津梁(しんりょう)となし、
異産至宝は十方刹(さつ)に充満し、
地靈人物は遠く和夏の仁風を扇ぐ。

故に吾が王、大世(おおよ)の主、庚寅(かのえのとら)に慶生す。
尚泰久(しょうたいきゅう)なり。
茲(ここ)に、宝位を高天に承(う)け、蒼生(そうせい)を厚地に育む。
三宝を興隆し、四恩に報酬せんがために、
新たに巨鐘を鋳(い)て、
以て本州中山国王殿の前に就(つ)け、これを掛着(かいちゃく)す。
憲章を三代の後より定め、

文武を百王の前よりあつめ、
下は三界の群生(ぐんせい)を済(すく)ひ、上は万歳の宝位を祝ふ。
辱(かたじ)けなくも、相国の住持
溪隠安潜叟(けいいんあんせいそう)に命じて、銘を求む。銘に曰く。
須弥(しゅみ)の南畔、世界洪宏(こうこう)たり。
吾が王出現して、苦しめる衆生(しゅうせい)を済ふ。
流れを截(た)つ玉象、月に吼(ほ)ゆる華鯨(かげい)、

四海に泛溢(はんいつ)し、梵音声(ぼんおんじょう)を震はし、
長夜の夢を覚まし、感天の誠を輸(いた)す。
堯風(きょうふう)は永く扇ぎ、舜日(しゅんじつ)は益ます明らかなり。
戊寅(つちのえとら)のとしの六月十九日辛亥(かのとい)のひ
大工 藤原国善
住相国溪隠叟、これを誌(しる)す。


漢文の意味は、次の通り
「琉球王国は、南海のすばらしい地であり、中国・朝鮮国、日本の各国と親密な関係を持ち、これらの国の中間に位置する大地から出現したあこがれの島である。船で各国へ渡り、万国の架け橋となり異国の産物や貴重な品々は、国中に満ちあふれ土地がらも人々の心も遠く日本や中国のすぐれた徳の教化をまねく」


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広福門を通ると下之御庭に出る。

御開門は8:30からだがまだ20分もある。
霧雨状の雨が降り始めたが、傘は持っていないので困っていると、まだ開館時間前だが案内所のおばさんが手招きして、建物内に入れてくれた。ルールより情けが優先するのが沖縄流で有り難い。

建物内では、やがて開かれる「舞への誘い」のために舞台の設置を準備していた。

首里城の案内ビデオを見て時間を過ごすうちに、8:30になった。

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2012/05/30首里城御開門(うけーじょー)


http://youtu.be/lqHtj8Wg_MI




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2012年05月30日(水) 記事No.4226


御開門の儀式が終わると雨も止んでいた。
奉神門を入ると御庭と正殿があるが入ったことはあるので止めて、行ったことがないエリアに行くことにした。

下之御庭から正殿とは反対方向に行くと整備が進み、散歩コースができている。

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月桃が花をつけていた。
初めて見る月桃の花は、意外に綺麗だった。

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花を覗き込むと、蘭の花を見るような模様がある。

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もう少し歩くと、今度はクワズイモの根本に赤いものが見えた。これも初めて見るclip_image004
クワズイモの花らしい。


月桃とクワズイモの花が見られたのは良かった。

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道が左右に分かれている。
物見台に向かう。

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途中、正殿が見える。

物見台には、アメリカ軍属の子供たちと思しき高校生たちがいた。
カメラのシャッターを押して欲しいというので押してあげた。皆笑顔で写っていた。

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雲が少し切れて、青空が覗いた展望台からは市街地が遠望できる。

西のアザナに向かう。
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道端に綺麗な紫色の実を見つけた。
染料にしたいような綺麗な紫だ。
お菓子のような艶を持っている。
(帰って調べてみると、桔梗蘭の実のようだ。名前は蘭だがユリ科とのこと。)

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朝早いこともあるが、この辺りは観光客も少なく散歩するのに良いコースだ。

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階段を登ると西のアザナの展望台に出る。

西のアザナは首里城の中でも西に位置するので、西海岸の街並みをパノラマで一望することができる。
別名「島添アザナ」ともいい、昔は此処に鐘楼があり、鐘を鳴らして時刻を伝えたと言われている。

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展望台では少し青空が覗いてくれたので、良かった。
晴天の日の展望は綺麗だろう。

2012/05/30首里城西のアザナ」

http://youtu.be/2GtRe5tOPog


帰り道は、きた道には帰らず、通ったことがない道を選んだ。

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首里社館・地下駐車場方向の道のようだ。

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地表を覆い尽くした根。
本土の樹にはない姿。
生命力そのもの。
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門では守衛さんが、知り合いの人が通りかかったらしく、島言葉での会話が弾んでいた。

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琉球大学の石碑が見える。

戦前には沖縄には大学が設置されていなかったが、米軍施政権下の1950年(昭和25年)に、首里城跡に琉球大学が設置された。
その後、首里城再建に伴い、1977年(昭和52年)から1984年(昭和59年)にかけて現在の西原町の現キャンパスに移転された。

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首里城跡の石柱が建てられている。
昔はこちらが正門だったのだろう。

首里社館の中を一通り見て、守礼門に降りる階段の横に紫の花のようなものが見えた。

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葉を見ると芭蕉と思った。
紫の花を見るのは初めてだ。

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帰って、調べてみると芭蕉の苞は黄色。
バナナでは紫色が多いそうなので樹高も大きくないので島バナナだろう。

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守礼門前は、修学旅行の生徒たちや観光客が溢れ、琉装のモデルたちも派手やかに並んでいる。

首里城からホテルへ帰る琉球石灰岩の道を歩くと、花々が咲いている。
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デュランタという花。
科名:クマツヅラ科
学名:Duranta repens
別名:ハリマツリ タイワンレンギョウ

原産地:ブラジル、西インド諸島

花色が濃い青紫で、花びらに白い縁取りが入っている品種はタカラヅカと言うそうだ。

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見てくれと呼んでいたハイビスカス。




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2012年05月30日(水) 記事No.4227


神谷酒造所に行く前に、上原酒造所に寄り神泉を購入した。
杜氏の嘉数氏に挨拶する予定だったが、残念なことに昨年10月退職されたとのこと。上原酒造所に行く楽しみの一つは嘉数杜氏のお話を聞く事だが残念ながら聞くことができなくなってしまった。
好奇心旺盛で少し現実から遊離しているような飄々とした語り口の人だった。
話では、東北地方に行きたいと話して居られたとのこと。311の復興支援とか日本酒を醸してみたいと以前話をして居られたので、酒蔵復興のために行かれたのだろうか?
また、上原酒造に戻られれば再会したいものだ。

気を取り直して、南光の神谷酒造所に向かった。

神谷酒造所は、沖縄本島で最も南にある酒造所である。
酒造所の見学は不可になっているので、ダメ元の訪問だ。

南部はまだ自然が残されている。さとうきび畑を抜け丘陵地帯を走って行くと、道路脇に神谷酒造所があった。
街の中の酒造所とは違って、広々とした空間にある。

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道路に面した壁面に神谷酒造の表示があるので、わかりやすい。
金網の外塀なので中はよく見通すことが出来る。

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建物の前は広いスペースがあり、駐車には困らない。

建物の横に車を止めても、人影がない。
車を降りると、犬が鳴いた。
不審な人間が来れば犬の仕事は鳴くことだ、立派な犬だ。
駐車場の奥、小高くなったところに建物がありそちらの方から遠吠えしている。そちらは住宅なのだろう。

入り口のガラス戸を開けて、こんにちはと声をかけていると、住宅の方から男の人が降りてきた。

挨拶をしていると建物の中から女性が1人出てこられた。
訪問の趣旨を説明して、あまり邪魔になら無い程度に工場を見せていただくことができた。

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ガラス戸入り口を入ると、神谷酒造所の南光他の商品が並べられている。

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見たこともないようなラベルの物があり、購入できないか訊いたが、昔のもので今は見本として並べてあり、残念ながら商品はないとの事だった。

【工場見学】
工場は鉄骨の2階建て建物。
この工場はまだ新しく、2004年に東風平にあった工場から今の八重瀬に移転されたそうだ。

洗米・蒸米は2階で行なっている。
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洗米・蒸米は、今の酒造所では一般的な回転ドラムを使用している。

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麹造りは1階にある三角棚で行う。これも一般的である。
三角棚が回転ドラムの近くにないので、その理由を訊ねると、当初は三角棚も2階に置いていたが1階に下ろしたのこと。
鉄骨の建物は、温度が高くなるので麹の管理上1階の方が適切なので下ろしたとのこと。

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仕込みはステンレスタンク。

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仕込んだばかりの醪。

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育成中の醪。
櫂入れは毎日行うとのことだった。

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蒸溜は、常圧蒸留機で減圧蒸留はおこなっていない。

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蒸溜器の配管が気になったのでお聞きすると、蒸気を使う方法が二通りあるとのこと。
一つは、蒸気を直接醪に吹きこむ方法、もう一つは釜の周囲に回し醪を間接的に加熱する方法。
蒸気を直接醪に吹きこむほうが、泡盛の味わいが柔らかくなるとのこと。(ここでは柔らかいと書いたが、表現が難しいが違いがあるとのこと)。

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加熱された蒸気の冷却器、ここでアルコールの原酒が生成される。

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蒸留された直後の原酒は、すべて土?で半年間熟成させるとのこと。

ステンレスタンクで保管し、浮いてくる油成分を除去し落ち着かせる話は聞いたことがあるが、この方法は初めて聞いた。
当初の半年間土の瓶に入れることにより、香りと味の調整が行われるとのことだった。
この大きな瓶は外国から輸入したものだそうだ。

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濾過器。


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熟成用のステンレスタンク。

神谷酒造は想像通り、手造りの酒造所だった。
若い杜氏さんが丁寧な造りを行なっていることを目で見・感じることができた。酒造所の見学の良さは此処にある。
40度の南光はじっくりと熟成させる事ができる泡盛だと感じた。

見学不可にしている理由は、人が少ないので作業中は時間が取れないので不可にしているとのことだった。

八重瀬町方面はまだ自然がいっぱいで海も緑も見ることが出来る地域で、開発はこれから進む場所だ。
薬草・ハーブ・野菜も豊富で海の幸もある。八重瀬にはお気に入りの店屋宜家(やぎや)もある。
これから訪問することが楽しい地域になりそうだ。


【神谷酒造所データ】
以下泡盛百科より転載。
-----------------------
酒造所名: 神谷酒造所
組合名: 南部酒造組合
住所: 沖縄県島尻郡八重瀬町字世名城510-3
電話: 098-998-2108
FAX
098-998-2108
創業年: 1949
施設見学: 不可
施設: 製造工場、貯蔵庫
お取り寄せ: 不可

<理念>
「何事にも忠実にあれ」というポリシーのもと、学び取った伝統の醸造技術を踏襲しつつ、11本に心をこめ、風味豊かな泡盛造りを心掛けています。基本に忠実に、そして万事に誠意をもって取り組む姿勢を大切に、酒量・品質とも消費者の希望にできる限り添えるよう努力を重ねています。

<こだわり>
2004
年に東風平から南部随一の寒緋桜(カンヒザクラ)の名所八重瀬公園のそばに移転し、緑あふれるのどかな環境の中で小規模ながら素朴でやさしい味わいの泡盛を育んでいる酒造所です。独自の蒸気吹き込み式蒸留器によるやわらかな飲み口とほのかな甘さが特徴。現在杜氏を務める神谷雅樹氏は、近隣の酒造所で厳しい修業を積んだ後、蔵に戻って今日の味を築き上げました。もろみの攪拌等も機械を導入せず手作業で行い、受け継がれてきた伝統の泡盛造りを守りながらも、昔の泡盛の味わいを彷彿とさせるユニークな造りや、ラベルに手ちぎりの和紙を使用するなど、泡盛の新たな可能性にも挑戦しています。

<主な受賞歴>
泡盛鑑評会:2003200520072008年優等賞受賞

公式サイト:
http://www.nanko.biz/index.html




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2012年05月30日(水) 記事No.4228


沖縄本島に来た時は、毎回参拝している島根の塔に今回も参拝した。

摩文仁の丘を中心に戦没者の慰霊碑は、沢山あり、すべてを参拝することは出来ないので、建立した人の考えが素直に感じられる島根の塔を参拝することで慰霊をすることにしている

島根の塔については、過去何度も記事にしているので改めて書かない。
2011/10/08 沖縄旅行2日目(その3)島根の塔」
2011/06/08 沖縄旅行第3日目(その7) 島根の塔 参拝」
2011/01/28 沖縄旅行第4日目-その1 島根の塔」
2010/01/30 花見と宴 in 沖縄 (3日目)-その2
2009/06/09 8年振り沖縄旅行、その3日目(2)」

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美しく花開くためには そ
のかくれた根のたえまない
営みがあるように 私達の
平和で心静かな日々には
この地に散ったあなた達
の深い悲しみと苦しみが
そのいしずえになっている
ことを思い ここに深い祈
りを捧げます

昭和四十四年三月
島根県知事 田部長右衛門


この碑文を書いた田部長右衛門氏は島根県の旧家の出で、有名な人物だ。
田部氏についても、以前に記事を書いている。
2008/07/12 田部長右衛門という人」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/46bf8f35463339ef6f699420bbeaaa7f


この碑が建立されたのは沖縄がまだ米軍施政権下にあった昭和44年であった。

今年は、沖縄復帰40周年の年である。
東アジアの情勢が緊張を増そうとしている時を迎えようとしている。
今一度、碑文を読み「深い祈り」を捧げたいと思う。




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2012年05月30日(水) 記事No.4229


沖縄に来る目的は沖縄らしいものに出逢うことが楽しいからだ。
住んでいる場所と同じ物ばかりであれば、わざわざ来ることはない。
日常とは違うものを探して歩くことが旅行である。

沖縄には本土にないものが多いので楽しさも多い。
食堂も飲みどころも楽しいが、野菜や魚も本土のものとは、違っていて発見の連続になる。

道の駅いとまんが良いのは、沖縄らしい野菜や魚が本やネットの画像ではなく、本物が目の前で見られることだ。
野菜については、前の記事でも書いた。
2011/10/08 沖縄旅行2日目(その1)道の駅いとまん」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/7bd555c9890aa9d134e220ac8db14634

道の駅いとまんの施設は4つある。

1.糸満市物産センター 遊食来(ゆくら)
2.ファーマーズマーケット・いとまん
3.糸満漁業協同組合 お魚センター
4.障害者就労支援施設イノー

遊食来では、飲食・フードコートの他おみやげ品などが売られているが、観光客向けで価格は高めのようで、地場のお客の数は多くないようだ。
ただ、南部の酒造所の泡盛の品揃えは良いので泡盛を探す人にはお薦めできる
上原酒造の琉刻も此処には揃っている。
 
障害者就労支援施設イノーは、行っていないので紹介できないが、以下
・ファーマーズマーケット・いとまん
・糸満漁業協同組合 お魚センター
について書いてみる。


ファーマーズマーケット・いとまんは、JAの経営で、生産者の名前が入った袋に野菜・果物が詰められて売られている。

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季節を迎えているゴーヤーは、山盛りだ。

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沖縄方言のシブイだろう。

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島牛蒡。島にんじんもそうだが丈がやや短い。

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モーウィ(赤毛瓜)は、和え物や煮物に使われる。

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ニラは、太く丈が大きい。食べたら元気になれそうだ。

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クワンソウ(あきのわすれぐさ)は、薬草的に煎じて飲むほか野菜としても使われる。
柔らかい部位は和え物に、根元の方は煮物の身、オレンジ色の花は見て楽しむことができるが、酢の物やてんぷらにするそうだ。

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島らっきょうは、沖縄の酒の肴では定番だ。
沖縄では酢漬けより、塩もみ、天ぷらでそのまま食べることが基本だ。

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島にんにくが売られていた。
沖縄表現ではヒルの島にんにくは小粒だが、香りと辛みの強さがあるそうだ。

本土で作られる北方系のにんにくと異なりヒルは南方系のにんにくで、小さい実が沢山でき、縁起のいい子宝のにんにくと考えられている。

島にんにくの葉は野菜としても使われる。ニラより歯ごたえも香りもあり炒めものに使われる。

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カンダバー(かずらの葉)は、サツマイモの葉だそうだ。
と言っても、普通実を食べるサツマイモとは違い、葉を食べる品種で、実は大きくならない。

と言えば分かりやすいかもしれない。が、土の中に大きなイモが実る品種の葉は、えぐみが強かったり、固かったりして、あまりおいしくない。イモの中でも葉を食べるための品種というのがあって、カンダバーとしてはそれが栽培されている。この品種は地中のイモが大きくならない。

沖縄のカンダバーは、紫外線の強い環境で生育するので抗酸化力が強いそうで、抗酸化力の強い地野菜を毎日のように食べ続けることで長寿を生み出す一因と言われている。
ではないか、とも考えられるわけだ。

カンダバーの一般的な食べ方は、みそ汁の実だそうだ。
加熱されたカンダバーは柔らかくなり、少しとろみが出る。 見たところは、モロヘイヤに似てくる。

前に沖縄市のグランド食堂で有名な骨汁を食べた。
その時、骨の上に高く積み上げられていた青菜。
モロヘイヤと思ったが違っていた。
あんまーにジュビンの他もう1種類と言われたが、聞き取れなかった。
それが、このガンダバーのような気がする。

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エンダイブは、キク科の植物で、地中海沿岸が原産。
サラダ菜のような歯触りがあり、外葉には苦みがある。
同じキク科のチコリをフランス語でアンティーブというが、違うものだそうだ。

沖縄では、日差しが強すぎるので遮光シートをかぶせ、柔らかく育てているそうだ
食べ方は、外側の濃緑色の葉は苦みが強いので、ゆでたり蒸して苦みをやわらげてから調理すれば、独特の苦味とシャキシャキした食感を楽しむことができる。

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サクナ(長命草)。
葉や茎は、細かく刻んで和え物にする。
柔らかい若芽は、天ぷらに、独特の香りを活かして汁に入れ臭い消しにするらしい。

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雲南百薬(オカワカメ)。
マグネシウム、カルシウム、亜鉛、銅などが含まれ、糖尿病、血液サラサラ効果、貧血、生理痛、白内障などさまざまな症状に効果があるとされる薬草。

葉は薄く、切るとワカメのように粘り気がある。
生でも食べられるが、サラダやお浸し、白和えなどの料理に使う事が多い。


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島バナナも売られている。

野菜以外にも食材が色々置かれているので、見て回るのも楽しい。
だが、あれこれ手にとって楽しんでいると時間をわすれてしまう危険性がある。
見る場合は、たっぷり時間を用意していくことが必要だ。

本土に宅配便で送ることもできそうなので、検疫で問題がないものは、帰る日に寄って送っておけば家で楽しむことができる。

シーズンオフなので、今回はドラゴンフルーツは無かったので残念だったが、秋に来る時はドラゴンフルーツを買ってホテルの冷蔵庫で冷やせば存分に楽しむことができる。


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2012年05月30日(水) 記事No.4230


前回は時間がなく行け無かったお魚センターに行くことにした。

構内を探してみたが見当たらない。
ファーマーズマーケットに戻り聞いてみたら、遊食来の裏の建物だとのこと。
行ってみると何度も前を行き来した建物だった。

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お魚センターの表示が一切無いので判らないのだった。

入り口を入ると、目の前に通路が1本あり、奥は出入口になっている。

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(この写真は通路の奥から写したもの)
通路の左に店舗が並んでいる。通路の右はガラス窓であり、ところどころソファが置かれ休むことができるようになっている。

センター内には11店舗が並び、鮮魚を並べているので壮観だ。
ガラスの冷蔵庫もあるが、オープンの冷蔵棚に氷を並べその上に魚が並べられているので、見て楽しむことができる。
加えて、魚の名前が表示されており、1匹ごとに値札が付いているので勉強になる。

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人気のタマン(シルユー、ハマフエフキ)は勿論並んでいる。
1
2000円。

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水槽の中には生きた蟹。

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左上は高級魚シルイユー(シロダイ)。14780
左上から3番目、ナガジュー(オジロバラハタ)3700
左下 白イカ 3900
真ん中上 シチュウー(アオダイ)1400
右下 クルビラ(雀鯛)100g 150

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切り身も売られている。

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真ん中 綺麗なのは連子鯛。福岡県産だそうだ。830
右 クチナジ(イソフエフキ)沖縄勝連産 820

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左 ヤマトゥビー(クロホシフエダイ)沖縄産 1050
中下 トビウオ 屋久島産
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様々な魚が並んでいる。

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鮎も置かれていた。

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刺身も売られている。

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真ん中の青緑は、よく見かけるイラブチャー(アオブダイ)。
2000
円。

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赤マチ(ハマダイ)。糸満産の釣り物16537円。
フエダイ科の魚、最高級魚で美味。値段も高く沖縄の三大高級魚の一つ。

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奥の方に沖縄県産生本まぐろ入荷とかかれてた。

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KATUREITOU
と言う店である。

本鮪といえは青森の大間だが、沖縄近海では、鮪が釣れ、沖縄も知る人ぞ知る本マグロの本場だ。

刺身の他に寿司も並べていた。
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盛り合わせ。
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トロしめサバあぶり寿司。400円。
これも美味そうだったが。

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次の、本まぐろ寿司を見て目が点になった。

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何と8貫で580円。
見ると赤身とか腹身と混ざっているが美味しそうだ。
昨夜のだいこんの花のマグロでさえ侮れなかった。
筋はありそうだが美味しいそうだ。

時間はおやつの時間だが、堪らず買い食いすることにした。
通路窓側に置かれているソファに座り、横のテーブルに置いて、店の真前で食べた。

絶品であった。
1
2000円の鮪は美味いに決まっている、172.5円の寿司が本当に旨いから絶品なのだ。
適度に脂がああリ生の本マグロだけに味が濃い。筋も口に残るようなものではなかった。
買い占めて帰りたいぐらいだったが、自重した。

恐らく何時もあるものではないだろうが、あれば見つけものだ。
立ち寄る楽しみができた。



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2012年05月30日(水) 記事No.4231

2012/5/30() 旧暦:410 祝日・節気: 日出:427 日没:1850 月出:1256 月没:018 月齢:9.13 干支:辛卯 六曜: 先勝 九星:四緑木星

今日の季語: ビール、麦酒

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@niftyダイエット より転載)

『ビール
ビール(英: beer,: bier)は、アルコール飲料の一種。主に大麦を発芽させた麦芽(デンプンが酵素(アミラーゼ)で糖化している)を、ビール酵母でアルコール発酵させて作る製法が一般的である。

現在は炭酸の清涼感とホップの苦みを特徴とするラガー、特にピルスナーが主流となっているが、ラガーはビールの歴史の中では比較的新参であり、ラガー以外にもエールなどのさまざまな種類のビールが世界で飲まれている。

漢字では麦酒(ばくしゅ)と表記されるが、日本では昭和時代初期まで、麦で作った甘酒を麦酒(むぎざけ)と呼んでいたことがあるので混同に注意する必要がある[2]

歴史
ビールを受け取った旨を記した粘土板。シュメール、紀元前2050
その歴史は古く、メソポタミア文明のシュメール人により大麦を使い作られていたとされる資料が最古である。ちなみにシュメール人はワインの製法も開発している。古代エジプトにおいては、それより下った時代の資料からその痕跡が確かめられており、小麦の原産地が西アジアであることからメソポタミアからビールの製法が伝わったという説がある。
...
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世紀には酵母の研究も進み、上面発酵と下面発酵の技術が確立した。1842年にはチェコのプルゼニで世界最初のピルスナービール「ピルスナー・ウルケル」が製造され、このタイプの醸造はプルゼニのドイツ語名からピルスナーと呼ばれるようになった[4]。黄金色のピルスナーはガラス製品の普及と冷蔵技術の確立によって爆発的に広まった。

日本では川本幸民がビール製造を試みたのを皮切りに、多くの醸造所が誕生した。本格的に普及したのは明治時代だが、江戸時代初期には徳川幕府の幕僚達がその存在を認知していた[5]

現代のビールは、19世紀後半のデンマークのカールスバーグ社が開発した技術に多くを負っている。同社はビール酵母の純粋培養技術を開発し、さらに雑菌を徹底的に排除した衛生的な缶詰め・ビン詰め技術を確立した。それによりビールの保存性は飛躍的に高まり、安価で大量に安定供給される工業製品として、世界の津々浦々にまで流通するようになった。また、ビール生産が大企業に独占されることにもなった。それまではワインの方が食事に必須の日常の酒として飲まれていたが、安価となったビールが普及することにより、ワインとビールの位置が逆転した。

欧米では、この反動として工業化以前のビール生産を見直す動きが起こり、クラフトビール(地ビール)を作るマイクロブルワリーが多く設立されている。日本でも法規制が緩和されたことにより、地ビールの生産が少しずつ行われている。
...』(Wikipwdia)


ビール、麦酒の俳句:

・ビール苦く葡萄酒渋し薔薇の花 正岡子規

・天上大風麦酒の泡は消えやすく 佐々木有風

・ビールには山の風より海の風 片山幸美

・湯上りのかけつけ一杯麦酒の泡 高澤良一

・ビールつぐ髪にハイビスカスを挿し 千原瀟湘

・一人置いて好きな人ゐるビールかな 安田畝風

ビールの旨い季節は近い。
ビールは苦いところが美味い。
葡萄酒は渋いものも美味い。
薔薇の花は、赤も白も黄もピンクもそれぞれ美しい。
子規は病気が故に歓びを詠んでいる。

ビールはなめらかな泡が美味い。
泡が消えるまで置いてはいけない。
泡マスターが注いだビールの泡を消してしまっては意味が無い。
出されたら間髪をいれずが原則だ。

泡が美味いビールはキンキンに冷えた氷温ビール。
アサヒが先鞭をつけたエクストラコールドは泡がクリーミー。

キリンもこの夏は、「一番搾り フローズン<生>」を出すそうだ。
その特長は、
『?-5℃に凍ったフローズン状の泡
生ビールを-5℃に凍らせる当社独自の「凍結攪拌技術」によるフローズン状の冷たい泡。
?シャリッとおいしい、初めての食感
氷の細かい粒からなるフローズン状の泡は、冷たくスムーズな口当たり。
?冷たさ30分キープ
生ビールの上に乗せた-5℃に冷やされたフローズン状の泡が、約30分間フタの役割をして、ビールの飲みごろの冷たさを持続。』

フローズン状の泡は、直ぐ消えることはなさそうなので、ゆっくり飲みたい人には、都合がよい。

柳橋のビヤーガーデンも面白そうだし、この夏はビールも楽しまなくては...




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2012年05月29日(火) 記事No.4232


梅雨入りの沖縄に出かけた。
5
月の連休も終わり、梅雨に入った沖縄。
月末でもあり格安の旅行プランがある時期だ。
リーゾートが目的ではないので、この時期の沖縄でも安く楽しく行くことができる。

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午後出発の便なので、セントレアも閑散としている。

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セントレアは今日は雨だ。
2,3
日前の沖縄の週間予報は、今日が曇り時々晴れ、30日が曇りと雨、31日も曇りと雨、1日が曇りだった。
殆ど太陽のマークはないが、心配していない。
沖縄の雨は、海洋性なので一日中降り続くことはない。一日を通してみれば、雨も曇りも晴れも何でもありの天気が沖縄らしい天気だから。

搭乗までの時間が長いので、4階のスカイタウンに上がってみた。今まで何度もセントレアに来ているが、4階に昇るのは初めてだ
4階には、レストラン・ショップが予想以上に沢山あった。
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「えびせんの里」が出店していた。
以前おみやげを貰い美味しかった記憶がある。
近づくと試食も自由になっている。
イカスミ、海老などの美味しさは記憶通りだった。
今日は買えないが、帰りに買うことにしよう。

当初は閑散としていた出発ロビーも、出発時間が近づくに連れ、椅子がほとんど埋まってきた。

飛行機の到着が遅れ、沖縄への出発は結局30分遅れになってしまった。

沖縄への搭乗時間は約2時間。
オーディオプログラムを聴いているか、眠っているかどちらかだ。

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JTA
便に乗る時は、オーディオプログラムを聴くことにしている。
聴いているのは1チャネルのコーラルウエイ。沖縄音楽を紹介するプログラムで毎回新しい発見がある。

わったー二人(田場盛信)、友小(伊藤幸太)は伝統的でよかった。
今回の特集は大島保克だったが、期待したほどよくはなかった。最初の旅路はカントリーのような曲調。

ホームの母(饒辺愛子)は題名から、岸壁の母風なものを予想したが、そうではなかった。
ホームとは老人介護施設のことで、認知症になって自分を忘れてしまった母に対する思いを唄っている。
難しい素材を最後まで聴かせるのは、饒辺の歌力によるものだろう。

最後の豊年音頭(でいご娘)は、カチャーシーで踊れる目出度い曲。楽しい沖縄音楽だ。
45秒間だけ下で試聴ができる。
http://www.amazon.co.jp/%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E7%89%88-%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%AC%A1-%E5%B3%B6%E5%94%84-%E6%B0%91%E8%AC%A1/dp/samples/B000066IKK

途中少し揺れたが、沖縄に近づくに連れ、天気は回復してきた。

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青空を期待したが、雲を抜け、那覇空港に着陸すると、曇り空であった。

元々夕方着の飛行機なので、1日目の時間的余裕が無いが、飛行機の遅れでもっと遅くなってしまった。
送迎バスでレンタカーの豊崎営業所に向かう。

レンタカーを借りれば、漸く旅の始まりだ。




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