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  • 2011年02月 の記事一覧

2011年02月28日(月) 記事No.5083


ブログパーツの「人気ブログランキング」を削除した。


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閲覧した後、別に投票を要求されるのは閲覧者にとっても煩わしい。
 自分が閲覧者でも投票を要求されるのは煩わしいと感じるから。



 

(1)始まり・菜花亭日乗 |  トラックバック(0) |  コメント(0) |  記事を編集 | 

2011年02月28日(月) 記事No.5084

2011/2/28 (月) 旧暦: 1月26日    6時13分  17時34分  3時12分  13時18分  25.02  甲寅 (こういん,きのえとら)  友引  六白金星 


今日の季語: 野焼き


 



(いっちゃんさんの旅行ブログ より転載)



『野焼き(のやき)は、野山の植生を焼くことである。主に半人工の植生を維持するためになされるが、半永久的に農地として供するためになされることもある。


 日本の野焼き
北海道の野焼き日本では、春先のまだ草本の新芽が出ない時期に、野山の枯れ草を焼く。山焼きとも言う。


日本の自然の状態では酷寒地を除き、草原は森林へと遷移する。野焼きを行うことで、この遷移が止まり、草地のままに維持される。また、有機物の蓄積を減らし、無機塩類とすることで新たに出る若草のための肥料とする効果があるとされ、また、害虫を焼き殺す効果もあるものと考えられてきた。古くから、日本人は、野山を草地として継続的に利用するために、野焼きを行っている。
...』(Wikipedia)



野焼き・焼野の俳句:


・半鐘を打つて野焼の始まれり 太田土男


・野焼の火炎生みては風を呼ぶ 西村和江


・しのゝめに小雨降出す焼野かな 蕪村


・帰り来よ阿蘇は焼野となつてゐし 稲畑汀子


・焼野はや雨に息吹ける匂ひあり 武政礼子



新しい若草の芽生えのために野を焼く。
虫は焼け死んだり、小動物は住まいを失ったりするかもしれない。
だが、焼野となった土地には雨が降り、黒焦げの土から新芽の緑が伸びてくる。
 若い世代のために枯れた旧世代は焼き払われなければならない。
 地中海沿岸で起きているジャスミン革命も一種の野焼きと言える。



 

(2)日記 |  トラックバック(0) |  コメント(0) |  記事を編集 | 

2011年02月27日(日) 記事No.5085


こういうことが起きるから面白く、世の中も捨てたものではない。


有望選手が脱落し、初参加だが折り紙の実力選手が先行する中、追い上げ、日本人1位でゴールした川内選手は、ゴールイン後、力を使い果たし倒れこんだ。


 



(読売新聞より転載)


係員に二人に両肩を抱えられて、車椅子に乗せられた川内は、苦しそうに口を開けて喘いでいる。


カメラは後から入ってくる選手のゴール方向に切り替えられた。


優勝のメコネン選手の後に川内選手のインタビューがあると待っていると、放送がない。
 そのうち、医務室に運ばれたとのことだった。


マラソンを走り終わった後、平気でインタビューに答える選手を見て、鍛錬している人は違うな~と感心する一方、不謹慎にもそんなに元気が残っているならもっとタイムを縮めればと思うこともあるレース後のインタビューシーン。


今日は違っていた、川内選手は答えるどころか、医務室直行だった。


誰も日本人1位を予想しなかった川内選手は、マラソンを走るたびに自己記録を更新し、順位を上げているそうだ。
 これは素晴らしいことだが、もっと素晴らしいのは川内選手は実業団でも強化指定選手でもない一般の市民ランナーということだ。


『びっくり市民ランナー!公務員の川内 3位で世界切符
2011年2月28日(月)06:00


 ◇東京マラソン(2011年2月27日 東京都庁前~臨海副都心の東京ビッグサイト)


 市民ランナーが快挙を達成した。男子で、実業団に所属していない川内優輝(23=埼玉陸上競技協会)が2時間8分37秒で3位に入った。日本勢トップで2時間9分30分を切るという条件をクリアし、世界選手権(8月、韓国・大邱)代表に決まった。初マラソンの尾田賢典(30=トヨタ自動車)は川内と26秒差の4位となり、世界選手権代表候補に名乗りを上げた。


 余力は残っていなかった。ゴールテープを切ると川内は倒れ込んだ。けいれんを起こして医務室へ運ばれた。市民ランナーが実業団の選手を抑えて日本人トップ。世界選手権切符を手にした。異色の新星は「市民ランナーでもやれることを見せられた」と誇った。


 驚異のスパートだった。39キロ手前の上りで猛然と3位集団に迫った。「ここまで来たら、せこいことをせず一気にいくしかない」。直後の下りを利用して抜き去った。最後の2・195キロは優勝したメコネンを上回る6分52秒で走り抜けた。


 昨年は4位。招待選手で出場した今回は「出来過ぎ」と自らも驚く2時間8分37秒で3位。自己記録を3分59秒も更新した。学習院大時代には関東学連選抜で箱根駅伝の山下りの6区に出場。実業団の誘いも受けたが「公務員試験の勉強を始めていたので」断り、09年春に埼玉県職員となった。


 普段は県立春日部高校の定時制でフルタイムで働く。平日は午前中に2時間のジョギングができる程度。月間の総走行距離は600キロ前後で実業団の選手の半分程度。だが駒沢公園を20周する43キロ走や登山道を走るなど工夫を重ねて「マラソンなら勝負できる」と自信をつけた。合宿や遠征で年間70万円ほどを自費で賄っているだけに3位の賞金200万円は「本当に助かる」と笑った。


 1月の都道府県対抗男子駅伝に埼玉の一員で出場し最終7区で区間41位と大ブレーキ。「埼玉県の名誉を傷つけたので挽回したい」とその時のユニホームを着て快走。苦い思い出も払しょくした。今回が6度目のマラソンで医務室に運ばれたのは5度目。「いつも死ぬ気で走るから」という姿勢も快挙につながった。


 世界選手権に向けては「有給休暇を取って行けたらいいかな」と笑い、公務員らしく「僕程度のレベルではまだ世界と戦えない。出るからには入賞を目指したい」と手堅い目標を口にした。


 ★経歴 1987年(昭62)3月5日、東京都世田谷区出身の23歳。埼玉・鷲宮中から陸上を始め、春日部東では3年連続で関東高校駅伝出場。卒業後は学習院大法学部政治学科に進学。在学中に公務員試験に合格し、09年4月から埼玉県職員。


 ★箱根駅伝 学習院大時代に関東学連選抜で2度、山下りの6区を走り、2年時は区間6位、4年時は同3位だった。大学時代に他に関東インカレ2部ハーフマラソン3位、立川ハーフマラソン6位、上尾シティハーフマラソン3位の好成績。


 ★勤務 県立春日部高校定時制の事務員。平日の勤務時間は午後0時45分から午後9時15分。そのため平日の練習は午前中のみ。土曜に駒沢公園に出向いて走り込む。


 ★サイズ 1メートル72、59キロ。
』(スポニチアネックス)


川内選手の活躍は、実業団の選手・陸連に衝撃を与えているそうだ。
 恵まれた環境でコーチの指導を受けながら練習する選手が本番で活躍できないなか、一人で練習する川内選手がそれ以上の結果を残している。


適切な例えではないし、競馬のことは門外漢だが、昔ハイセーコーと言う競走馬がいたらしい。北海道の地方競馬の出身だが、地方で認められ中央競馬に乗り込み、大活躍したそうだ。
 川内選手も日本で、世界で、そんな活躍を今後期待したいものだ。


結局のところ、本人が本気で・好きで・自分で・死ぬ気でやれば結果が付いてくることを証明してみせたこと。環境だけが結果をもたらすものではないこと。
 この衝撃は、大きい。実業団・陸連に与えた衝撃は、跳ね返って、全体のレベルアップに繋がり、昨今の男子マラソンの低迷に活を入れることに繋がることをみんなが期待している。



 

(22)格闘技・スポーツ |  トラックバック(0) |  コメント(0) |  記事を編集 | 

2011年02月27日(日) 記事No.5086

2011/2/27 (日) 旧暦: 1月25日    6時14分  17時33分  2時26分  12時19分  24.02  癸丑 (きちゅう,みずのとうし)  先勝  五黄土星  一粒万倍日、八専間日


今日の季語: さより(細魚、針魚)


 



(店主のひとり言 より転載)


『サヨリ(?、細魚、針魚、学名:Hyporhamphus sajori)は、ダツ目・サヨリ科の海産魚。沿岸の海面近くに生息する細長い魚で、食用魚でもある。


特徴全長は最大40cmほどで、同じダツ目のサンマとよく似た細長い体型をしている。サヨリ科一般の特徴として下顎が長く突き出し、上顎は小さな三角形の弁状にしか過ぎないが、この一見アンバランスな形の口器の適応的意義はよくわかっていない。ただ、同じトビウオ上科のトビウオ類も、稚魚のときに同じような下顎の伸張が起こることが知られている。この下顎の先端は生きているときには赤い。背中は青緑色だが腹側は銀色に輝き、筋肉は半透明である。


腹膜は真っ黒で俗に「見かけによらず腹黒い人」の代名詞とされることもあるが、これは筋肉が半透明で光を透過しやすい魚によく見られる現象で、恐らく腹腔内に光が透過するのを防ぐ適応とみられる。同様に腹膜が黒いコイ科の淡水魚ハクレンでは、成長に伴って食物が動物プランクトンから植物プランクトンに移行する時期に急速に腹膜が黒変することが知られているが、この移行時期に強い日光を浴びると、消化管に取り込まれた植物プランクトンが光合成を行って酸素の気泡が発生し、消化管が膨れ上がって水面に腹を上にして浮かぶなどの障害が発生することが報告されている。サヨリも後述のように成長に従って海藻も食べるようになるため、あるいは摂食した海藻の光合成を抑制する意味があるのかもしれない。
...』(Wikipedia)


 


さより・針魚の俳句:


・さより食ふ耳きよらかにありにけり 和田耕三郎


・おぼろ夜や舞坂いづる針魚舟 水原秋櫻子


・ちりやすくあつまりやすくサヨリらは 篠原 梵


・口先に紅さす旬のさより買ふ 高間礼子


・青空の映れる水に針魚みゆ 長谷川櫂



先日の会食の際のお造りに針魚の刺身が入っていた。
冷酒と燗酒の肴にしたが、酒を引き立てるさっぱりとした肴だ。


 
(yamabusi のヌルイ日々 より転載)


この写真の三分の一位の細切りだったが、まだ大人になっていない若い針魚の刺身は、あっさりとした頼りなさに春の浅さを感じさせた。



 

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2011年02月26日(土) 記事No.5087

 天気に誘われて、常滑の白老(澤田酒造)の蔵開きに出かけた。
2008年の蔵開き以来3年ぶりだ。あの時は猛烈な風が吹いて、極端に寒い日だった。帰りのバスを待つ時間が厳しかった。
 今日は風がないので安心だ。


朝早く起き、用を済ませ、交通機関を乗り継いで常滑駅に着いたのは9時半過ぎ。
 常滑駅で日本酒の会の二氏と逢う。流石、両氏ともご精勤である。
 蔵が提供する送迎バスに乗り込み、蔵に到着したのは、開始時刻より20分ほど前だった。
 蔵の入口から、開場を待つ人達が長蛇の列をなしていた。今日明日は蔵開きが多い。明日からは天気が崩れるとの予報なので、今日は殊の外人出が多い。
 我々が並んだ後も次から次にやってくる。車で来ている人たちも多い。行列の横の狭い道路をひっきりなしに入ってくる。


 
あまりの混雑ぶりに近所迷惑になることを防ぐためか、10:00開場より前に入場が始まった。


 
知多は元禄時代から酒造りが行われた銘醸地だが、澤田酒造も幕末嘉永年間創業の歴史がある由緒ある酒蔵だ。
 老の字体は走のように見える特殊な字体だ。


 
参加者は次々と入場料500円を支払い、受付を済ませ、搾りたて新酒利き酒券とおみやげ券を受け取り、蔵内に入る。



【利き酒】
通常の流れは、酒蔵見学のコースに流れるように設定されているが、我々は利き酒会場に先に向かう。
 混雑する前なので、会場はまだ余裕のある状態だった。


 
澤田酒造の蔵開きは、白老のほとんどの銘柄を利く事できるありがたい蔵開きだ。最高級クラスからレギュラー酒、古酒から搾りたて、蔵開き限定酒まで白老のほぼ全体を自分の舌で確認することができ、白老のイメージをはっきりさせることが出来る。


 


 


 


今日、利くことが出来た銘柄は、22銘柄にもなる。


・百禄(はくろく)
・豊醸 j純米大吟醸 秘蔵十年酒
・万寿白老 純米大吟醸 三年古酒
・千本錦吟醸
・千寿白老 純米
・豊穣 純米吟醸 限定酒
・登窯 純米吟醸
・蔵人だけしか飲めぬ酒
・初しぼり 生原酒
・大吟醸 あらばしり
・純米大吟醸 しぼりたて生
・千本錦 吟醸しぼりたて生
・純米吟醸 しぼりたて生
・若水純米生
・純米春うらら
・からから 白老 辛口本醸造
・知多白老梅
・あばれ酵母
・純米白老
・樽酒
・上撰白老
・金印白老


個々の銘柄の印象は、それぞれ個性があるが、すべて書くのは避けて、全体の印象を書く。


白老の酒は、しっかりとした骨格を持った造りである。甘さ・酸味・辛味・苦味の総合された厚味のある味わいだ。大吟醸といえども軽い細身の姿ではなく、たっぷりとした肉付きの豊満さがある。銘柄ごとに味の力点が異なるが、舌触りが丸く、なめらかであることは一貫している。
 酒単独で味わうことより肴と一緒に愉しむと白老の各銘柄は力を発揮するように造られている。
 香りは、吟醸香のものもあるが、表現は難しいが澤田酒造の個性を感じさせる含み香を持つものが多い。白老ファンにはほっとする香りだ。


同行者は、金印白老のバランスの良さに驚いていた。味の偏りがなく、舌触りが滑らかで快い。晩酌にお薦めの銘柄だ。


 筆者が最も白老の特徴を感じたのは若水純米酒。
澤田酒造は米にこだわりを持った蔵だが、この酒は愛知県の酒造米若水で醸された酒。甘・酸・辛の三味が厚く、舌触りは滑らかで、のみごたえがあり、相性のよい肴を色々と試してみたい気持ちにさせる。白老の特徴が良く出ている酒だ。
 佐布里梅を使って造られた梅酒「白老梅」も白老の良さを感じさせる。焼酎の梅酒は甘く梅の香は良いが味わいに乏しい、白老梅は白老を使用して造られているので甘く梅の香を楽しむことができるのは当然だが、焼酎にはない味の深さ・濃さ・旨みを感じることができる。割り負けしないだろう。


時間が経つに連れ、利き酒会場も大混雑となった。
利き酒のカウンターは、酒を注がれたら一旦後ろに下がり次の人に場を譲るのがマナーだが、そのままその場で飲み続けたり、長話をする人がいる。そのため、先を争うことになり、押し合い状態になる。
 また、後ろのほうでは、会場につまみは持ち込まないようにという掲示がされているにもかかわらず、持ち込んで宴会をしているグループが居る。まともに利き酒が出来る雰囲気ではなくなってきたので中庭に出る。


中庭では、参加者が座ったり、立ち話したりでのんびりと時間を楽しんでいる。宴会をするのであれば、中庭ですれば良いのだ。
 甘酒も用意され、下戸の人も飲み助も施しを受けることができる。


 
仕込み水の井戸から常時流れている水を手柄杓で自由に酌むことができ、参加者はその儘飲んだり、ペットボトルに詰めたりして楽しんでいる。


 

   酒蔵 |  トラックバック(0) |  コメント(0) |  記事を編集 | 

2011年02月26日(土) 記事No.5088

【蔵見学】
受付を終えると、通常は蔵見学のコースに進む設定がされている。
靴を手渡されるビニール袋に入れ、スリッパに履き替えて蔵内に入る。


 
造りの工程に沿って進むことになっているので、蔵見学が初めての人でも分かりやすい。


<o:p> </o:p>
 
 
伝統的な造りにこだわりを持つ澤田酒造の蔵見学では、伝統的な日本酒造りの道具も展示されている。


 
工程ごとに表示、説明、写真が用意されているので、関心があれば細かく勉強することもできる。


 

蒸しの工程は、最も澤田酒造の造りのこだわりが感じられる工程だ。


 
釜は、ボイラーではない、和釜である。


 
巨大な木製の甑である。
現役の木製甑を見学できる蔵は殆ど無い。
日本の伝統的な酒造りの蔵見学が澤田酒造では可能てあり、文化的な意味合いを感じさせる蔵見学になっている。


 
木製の甑を使い続けることは、ステンレスの甑を使うより、格段に難しい。
 甑を造る木材・技術も今では入手困難だ。


 
説明はないが、蒸した米を適温にする放冷機だと思われる。


 
酒米にこだわる澤田酒造の使用する酒米の展示と説明があり、初心者の勉強になる。


 
澤田酒造は、自家製の酒米も作っている。


 
コーナーには生花がお出迎え。




酒造りの聖地である麹室。
詳しく写真入りで説明されている。


 
室内に立ち入ることは、多くの酒蔵同様、出来無い。


 
仕込みの工程。


  
二階は、甑を中心とした酒造り道具の展示。澤田酒造の紹介スペース。


 


 
二階から降りる階段は年輪を感じさせる木の階段。まだまだ現役だ。


 
一階の仕込みタンク。


 


 


 
タンク関連の道具も展示されているのは珍しい。



  



 
サーマルタンクもある。


 
蔵見学の最終は、搾りたて原酒の試飲。


 
ヤブタで搾られた新酒が流れてくる。


 
それを汲んでいただいて、試飲することが可能だ。



この搾りたては、当然だがピチピチした爽やかさを感じるもので、今日の酒の中では最も爽やかなものだ。


残念だったのは、この搾りの場で屯したグループが居り騒いでいたことだ。大声でこれで5杯目だと言いながら、持ち込んだ摘みで飲みながら宴会状態である。
  宴会は外に行うことができるようにスペースも用意されている。ここは蔵内であり造りの現場である。
 其処につまみを持ち込んで宴会をすることなど言語道断の行いだ。良識のないバカ者たちだ。


蔵開放が終わると出口に向かうが、出口に向かう通路には販売コーナーがある。


 
白老の銘酒は勿論の事、酒粕、知多の名産品、お菓子、常滑焼などが販売されている。


 



最後に、おみやげの引換券を渡すと箱が渡された。
家に帰り、箱を開けると常滑焼のぐい呑みが入っていた。
このぐい呑みだけで入場料以上の価値があるものだった。


昼が近くなったので、帰りのバス乗り場に向かう。
三年前と違い、冷たい風の代わりに穏やかな陽の光がある。
 良い蔵開放だった。蔵見学も伝統的な酒造りの勉強が出来る内容だし、利き酒では白老のほとんどすべてが理解できるし、参加者の様々な希望を叶えるような蔵の気配りが感じられた。


暫くすると、かなり酔っ払ったグループがやってきた。バスが来ると、順番を無視して、前の入口から乗り込んで先に座る。
 バスの中では、大声で騒いでいる。彼らの傍若無人な態度がどれだけ、良かった蔵開放の余韻を傷つけたことだろう。


聞くところによると、今年は二つの蔵が蔵開きを中止したそうだ。
筆者は毎年楽しみにしている蔵開放だが、残念なことだ。
 詳しい理由は全ては判らないが、大きな理由はマナーを弁えない一部の人達が、蔵開放を「ただ酒で楽しむ宴会」と考えて行動していることに蔵が嫌気を感じたからだと思われる。
 蔵開放での試飲は、蔵の酒を利いて蔵を理解するのが目的であって、ただ酒の飲み放題、禁止のつまみを蔵内に持ち込んで騒ぐ場ではないのは誰でも解ることだ。
 だが、一部のバカ者がルールを守らないために蔵開放が行われなくなる。


参加者全員が、お互いにルールを守り、ルール違反には厳しく対処することが必要だ。
 澤田酒造の蔵開放が来年も無事開催されるように祈りたい。



2008年の蔵開放の記事は、以下に書いている。
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/1f5f7113bcb71863199f7f0684b56653



【データ】
澤田酒造株式会社
住所: 〒479-0818 愛知県常滑市古場町4丁目10
TEL:(0569)35-4003
FAX:(0569)35-6953
公式ホームページ:
http://www.hakurou.com/



 

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2011年02月26日(土) 記事No.5089

六分咲きとの情報があったので、天気も良いし、しだれ梅の写真が撮りたくなって、佐布里池梅林梅まつりに行ってみた。


知多市佐布里緑と花のふれあい公園
「梅の館」           


住所: 〒478-0018
    知多市佐布里台3丁目101番地
TEL: (0562)54-2911
FAX: (0562)56-6969
E-mail:
umehouse@ma.medias.ne.jp
URL: http://www.medias.ne.jp/~umehouse/



澤田酒造蔵開放を午前中に見て、朝倉駅で途中下車。
佐布里池梅林は初めてだが、調べたとおり駅前からバスに乗る。
思ったより電車が遅く、駅着いたときは25分、バスの出発は28分、1時間に1本しか無いので、改札員に乗り場を聞いて走る。
発車しようとしていたバスに手を振って乗せてもらった。
 親切な運転手さんは待っていてくれた。どこかのバスより親切だ。


梅の館口で降りると、公園は少し先らしい。
春の陽の下をのんびりと歩いて行く。
前の中年夫婦連れは、奥さんは先を歩き、旦那はカメラをもって道から外れ写真を撮っている。


駐車場入口は車が渋滞しており、係員が必死の交通整理をしている。ほとんどの来場者はマイカーのようだ。


梅の館入り口から入るとレストランがあるが行列ができている。相当な待ち時間のようだ。
引き返し、入口を出て右に並んでいたテント屋台に弁当を探すがない、已む無くお好み焼きで済ますことにする。
 たい焼きコーナーは行列だ。



 
入り口に戻り、中に入ると広場があり、子供連れの家族、老人たちが多い。
 天気も良いし、無料だし、マイカーで来れば、近郊の人には良いところだ。


 


本部に行き、枝垂れ梅が咲いている場所を聞くが、係の女性は公園内では見かけない、公園前の街路樹には植えられているとの話。
 歩いて来る時確かにあったが、まだ幹の方だけ咲いていて、枝先は蕾だった。
 無ければ仕方ない。


公園の構内はかなり広く、池の周りを遊歩道がめぐらされている。
全て歩くのは時間がかかりそうだ。


 


梅の館の近くに、名札の下げられた梅の植栽があったので、満開ではないが写真を撮る。


 

紅梅の八重寒紅。


 


 
佐布里梅の花は小さく、白い。
桃に梅を接木して生まれた品種とのことだ。
この梅の実から白老梅酒「白老梅」が造られる。


 


 


 

鹿児島紅。


 
枝垂れ紅梅。
まだ、蕾が膨らみかけた程度で、花一輪とてない。


 
冬至。


 
公園内は人でいっぱいだ。


 


 
遊歩道に沿って梅が植えられている。


 
まだ満開ではないが、所々よく咲いている樹もある。
名札が下げられていないので品種はわからない。
構内は広いが、植えられている品種は多くなさそうだ。



 
入り口に帰る途中に温室があった。


 
温室の花は色が鮮やかだ。


 



 
ブーゲンビリアがあった。
白い小さな花を付けていた。
この花を見ていると、沖縄に行きたくなる。
もう沖縄のブーゲンビリアは満開だろう。恩納の海岸の道はブーゲンビリアが延々と咲いているだろう。


枝垂れ梅の写真は撮ることができなかったが、桜の花見までには1月ある。その間に、どこか枝垂れ梅の写真を撮りに行こう・



 

(13)散歩・お出かけ |  トラックバック(0) |  コメント(0) |  記事を編集 | 

2011年02月26日(土) 記事No.5090

2011/2/26 (土) 旧暦: 1月24日    6時15分  17時32分  1時32分  11時21分  23.02  壬子 (じんし,みずのえね)  赤口  四緑木星  八専入


今日の季語: 梅祭


 



(筑波山梅祭り トラさんのちゃんとイイスッ"つくば" より転載)



梅の名所は、意外に多い。
天気に恵まれれば、観梅に家を出るのも風流だ。




 



梅祭の俳句:


・梅祭外人集ふひとところ 高橋達子


・梅祭断行雪の投句箱 中村汀女


・すぐ売れてしまふ甘酒梅まつり 盛良孝


・ふるさとの酒並べ売る梅まつり 高島久


・梅祭花咲きそめに人多し 梅田秀子



桜に酒はよく似合うが、梅にもまた良し。
折から寒仕込みの酒が搾られる頃、梅も咲く。
梅を見ながら下戸は甘酒、いける人はしぼりたてで。



 

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2011年02月25日(金) 記事No.5091

2011/2/25 (金) 旧暦: 1月23日  下弦  6時17分  17時31分  0時32分  10時27分  22.02  辛亥 (しんがい,かのとい)  大安  三碧木星  三隣亡


今日の季語: 春一番


 



(読売新聞)


『関東地方で春一番、4月下旬並みポカポカ陽気
2011年2月25日(金)12:26


 気象庁は25日、関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。


 昨年の春一番も同じ日だった。


 同庁によると、千葉市で同日午前10時47分に最大瞬間風速17・0メートルを、横浜市ではその5分後に18・3メートルを観測した。


 関東地方は、南部を中心に南からの風が強まった影響で気温が上昇。東京・千代田区は、同日昼には20度となり、4月下旬並みの陽気となった。
』(読売新聞)



『春一番(はるいちばん)は、例年2月から3月の半ば、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強い風。主に太平洋側で観測される。春一番が吹いた日は気温が上昇し、翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、寒さが戻ることが多い。
...
 語源
気象庁は「春一番」の語源について、石川県能登地方や三重県志摩地方以西で昔から用いられたという例を挙げ、諸説があるとしつつ、安政6年(1859年)2月13日、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現・壱岐市)の漁師が出漁中、おりからの強風によって船が転覆し、53人の死者を出して以降、漁師らがこの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったと紹介している[1]。一方、長崎県では、この事件以前から郷ノ浦町で「春一」と呼ばれていたものが、事件をきっかけに広く知られるようになったとしている[2]。この故事により、1987年(昭和62年)に郷ノ浦港近くの元居公園内に「春一番の塔」が建てられている。


民俗学者の宮本常一は研究のため郷ノ浦町を訪れてこの「春一番」をいう語を採集し、1959年(昭和34年)に壱岐で用いられている語として『俳句歳時記』で紹介した。これをきっかけに、「春一番」は新聞などで使われるようになり、一般に広まったとされる。つまり、郷ノ浦町で使われていた「春一」または「春一番」は、この語の初出であるかどうかはともかく、現在広く用いられている「春一番」という語の直接の源であるということになる。なお、「春一番」という語の新聞での初出は、1963年(昭和38年)2月15日の朝日新聞朝刊での「春の突風」という記事であるとされ、このため2月15日は「春一番名付けの日」とされている[3]。


一方、「春一番」という語の初出については、『池田市史 史料編』に収録された『稲束家日記』の天保2年(1831年)1月11日の記事には「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記載が見られ、前記の転覆事件以前から長崎県外でも「春一番」という語が用いられていたことが確認されている[4]。さらに、前出の宮本常一も安永4年(1775年)に刊行された越谷吾山の『物類称呼』に「ハルイチ」が掲載されていると指摘している[5]。
...』(Wikipedia)


 


春一番の俳句:


・バスを待つ春一番を背なにして 小泉はつゑ


・呼ぶ声も吹き散る島の春一番 中村苑子


・紅梅の春一番にとぶ火かも 皆吉爽雨


・春一番何かが変はる変はらねば 市ヶ谷洋子


・春一番心の隈に火を点ず 相馬遷子



春一番が吹き飛ばしてくれるもの、それは物皆しばれる冬だが、もっと吹き飛ばしてもらいたいものがある。


民主党の宇宙人とか金まみれとかそのまた金魚の糞とか。
地震とかカダフィとか東アジアの独裁者たちとか。
病気とか悲しみとか心のモヤモヤとか...


俳人も春一番に期待して詠っている。
心の隈を照らしあげ、何かを変える春一番を。


春一番よ、吹け。
吹いて、吹いて、吹き飛ばせ!!



 

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2011年02月24日(木) 記事No.5092

2011/2/24 (木) 旧暦: 1月22日    6時18分  17時30分  #NAME?  9時38分  21.02  庚戌 (こうじゅつ,かのえいぬ)  仏滅  二黒土星 


今日の季語: しだれ梅


 



(マリンセンターおさかな村 より転載)


三重県津市の結城神社には250本の枝垂れ梅が咲くそうだ。
しだれ梅の種類も数多い。
・綾服枝垂
・雲龍梅
・寒紅枝垂
・寒紅梅
・玉牡丹
・玉枝垂
・金獅子梅
・結城の錦紅梅
・月影枝垂
・呉服枝垂
・紅千鳥
・鹿児島紅
・曙枝垂
・淡路枝垂
・茶筅梅
・忠流
・藤牡丹
・道知辺
・白加賀
・白富士枝垂
・八重寒紅梅
・八重緑萼枝垂
・緋の司
・飛龍
・夫婦枝垂
・銘香梅
・養老梅
・連久梅


枝垂れ梅の俳句:


・かけがへのなき人枝垂梅一輪 小宮山勇


・ひいやりと頬にふれたる垂れ梅 浮田胤予


・よちよちの子の手の届くしだれ梅 野澤あき


・絵日傘の様に咲きゐるしだれ梅 田辺哲子


・交番は今日も留守なり枝垂梅 蔵澄絹枝


交番が忙しくないような早い春の昼下がり。
しだれ梅がのどかに咲いている。
日本に生まれてよかったと思う光景だ。



 

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