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  • 2010年08月 の記事一覧

2010年08月31日(火) 記事No.5404


今日の中日新聞の夕刊に「立ち飲みの日」が制定されたと言う記事が掲載された。


まだ先だが、11月11日が立ち飲みの日。
こころは、呑助が並んで立っているように見えるからだそうだ。


大衆酒場をこよなく愛する男性2人が、日本記念日協会に申請し、登録が認められた。


中日新聞は今日だが、東京新聞には既に掲載済みの記事らしい。


「居酒屋礼賛」
http://hamada.air-nifty.com/raisan/2010/08/1111-0734.html


日本酒の日は10月1日。
秋上がりの酒がうまくなる時期。
立ち飲みの日に因んで、色々なスタイルの立ちのみバーが増えて欲しいものだ。


赤ちょうちん、屋台だけが飲みどころではない。
手軽に飲めて、人との出逢があれは言うことはない。



 

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2010年08月31日(火) 記事No.5405

 


2010/8/31 (火) 旧暦: 7月22日    日出: 5時11分  日没: 18時10分  月出: 21時17分  月没: 11時05分  月齢: 20.99  癸丑 (きちゅう,みずのとうし)  六曜: 仏滅  九星: 五黄土星  選日: 八専間日


今日の季語: 南瓜


 



 



(農業る!! より転載)



『カボチャ(南瓜、英名:Pumpkin、Squash)とはウリ科カボチャ属(Cucurbita)の総称である。また、その果実のこと。


原産は南北アメリカ大陸。果実を食用とし、カロテン、ビタミン類を多く含む緑黄色野菜。


 名称
日本語における呼称類はこの果菜が海外から渡来したことに関連するものが多い。


一般にはポルトガル語由来であるとされ、通説として「カンボジア」を意味する Camboja (カンボジャ)の転訛であるとされる[1]。 方言では「ぼうぶら」「ボーボラ」などの名を用いる地方もあり、これはやはりポルトガル語で、「カボチャ」や「ウリ類」を意味する abobora (アボボラ)に由来するとされる。 ほかに「唐茄子(とうなす)」「南京(なんきん)」などの名もある。 漢字表記「南瓜」は中国語: 南瓜 (ナングァ; nangu?)によるもの。


英名は pumpkin (パンプキン)であると理解されている場合が少なくないが、実際には、少なくとも北米では、果皮がオレンジ色の種類のみが pumpkin であり、その他のカボチャ類は全て squash (スクウォッシュ)と総称される[2]。 したがって日本のカボチャは、kabocha squash (カボチャ・スクウォッシュ)などと呼ばれている。


属名Cucurbita はラテン語で、一般的には「ウリ」と訳される語を転用したもの。


 栽培
栽培されているのは主に次の3種類である。


西洋カボチャ C. maxima
アンデス山脈高地の冷涼な土地で栽培化された種で、主に大型のカボチャがこれに含まれる。現在日本で広く栽培されているカボチャは西洋カボチャである。花梗はスポンジ状で膨れており、畝は無い。果肉は粉質で食感はホクホクとして甘みは強く、栗カボチャとも呼ばれる。
東洋カボチャ C. moschata
メソアメリカの熱帯地方で栽培化された種で黒皮南瓜や鹿ケ谷南瓜のような日本カボチャ、バターナット・スクァッシュがこれに含まれる。
ペポカボチャ C. pepo
北米南部の乾燥地帯で栽培化された種で小型のカボチャ、ドングリカボチャ、キンシウリ(ソウメンカボチャ)などがこれに含まれる。果実の形や食味に風変わりなものが多い。ハロウィンで使われるオレンジ色のカボチャはペポ種である。なお、ズッキーニも同種である。
栽培は日本では春に播種し夏から秋にかけて果実を収穫する。野菜の中でも特に強健で、こぼれ種から発芽することもある。栽培法はいたって簡単で、無農薬栽培も可能。播種・植えつけ後は放置してもよい。ただし、都会などで花粉の媒介を行う昆虫がいない場合は人工授粉しなければならない場合がある。人工授粉は午前9時までに行う。また垣根に這わせたり日よけ代わりに使うこともできる。施肥では窒素過多の場合、つるぼけを起こすことがある。


東洋カボチャは天文年間に日本にポルトガル人がカンボジアから持ち込んだ。ペポ種は中国を経由して来たため唐茄子とも呼ばれる。強健な性質を利用して、カボチャをキュウリやメロンの接ぎ木の台にすることもある。
...』(Wikipedia)



南瓜の俳句:


・いちにちの重さ加へし南瓜あり 和田 祥子


・だれよりも神父が食ひぬ南瓜汁 綾部仁喜


・どつしりと尻を据えたる南瓜かな 夏目漱石


・のふぞうな南瓜かかへて笑ふかな 中勘助


・金賞の南瓜に誰も異存なし 遠藤梧逸



タップリと夏の太陽を吸い込んだ南瓜には存在感がある。
手にしたときずっしりとした重さがある。
南瓜を食べるときはその重さを有り難くいただくことになる。


南瓜と言っても写真のように小型の見て楽しむものも多いそうだ。



 

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2010年08月30日(月) 記事No.5406


遅い夏休み。
静岡方面に出かけた。


袋井ICで降り、法多山尊永寺に向かう。
目的は参拝もあるが、主に厄除け団子。
此の処予期せぬ事故が多い。


 
静岡は茶どころ。
流石に普通の道路の脇にも茶畑が広がっている。
街中は全国同じような風景だが、少し街を離れると、その土地らしい風景になるのは嬉しい。車を止めて写真を写す価値がある。



 
とにかく暑いので、奥まで車で入り、極力歩かないようにしたが、本来参拝は足を使い汗を流して行うところに有難味も増すわけだが、この夏はそんなことは言っていられない。


平日の日盛り、参拝客もほとんど居ない。


 
参道は杉の巨木の並木があり、夏の日差しを遮っている。
人影もなく、木々の間を風が抜けている。
涼しい、此処は別天地だ。


 
宿坊だろうか。


 
緑が深いので、木漏れ日に映える葉は新緑のように輝いている。


本堂に近づくと石段が続く。


 
新しく作りなおされたのだろう。風雨の跡を感じさせない真っ更な石段だ。
 ステンレスの手すりが付いているが触ろうものなら火傷しそうだ。


 
本堂周辺は作り直されたようで、建物も新しい。
木が少ないので、眩しく、焼けるように暑い。
本堂も改修中で膜に覆われている。


 
本堂他をお参りして、下山する。


 
行者が修行した祠だそうだ。


 
秋には紅葉が美しそうだ。
陽に輝く緑の葉も十分美しいが。


 
団子茶屋に近づくと、池があり、不動明王がある。
この辺りは落ち着いた空気がある。


昔は、参拝客が列をなし、茶屋に座り厄除け団子を楽しんだそうだ。
 今は、3組ほどの参拝客しかいない。


団子を購入するにはバスの停留所のような、チケット売り場に行って、自動販売機でチケットを買わなければならない。
 春秋の行楽期には、これがないと困るほどの参拝客が押し寄せるのだろうか?
 今は、不自然で違和感がある。


 
正式には厄除け団子と呼ぶらしい「くし団子」の由来記があった。


 
これが厄除団子。
団子といえば丸いものだが此処ではそうではない。
平たい餅に串が刺してあり、その上に餡が乗せられている。


お茶は、セルフサービスで薬缶から自分で汲むことになっている。
サービスが悪いが、茶どころのだんご茶屋。
 お茶は冷やしてあるが、お茶の旨味がある美味しいものだ。


餡はこし餡とつぶ餡の中間くらいであっさりとした甘さ。
串は打ってあるが、1本1本を離しにくい。切り込みが浅すぎて離れないのだ、持ち上げて操作しているうちに餡が落ちそうだ。
5本束ねたまま口に運びたい誘惑に駆られる。


苦労しながら2本ほど食べて気がついた。
この団子の食べ方が閃いた。
1本食べ終わったら、その串を利用して、串の間の溝に差し込んで切り離せば良いのだ。


その後は、餡が落ちることも、一方に偏ってしまうこともなく安心して団子を食べることが出来た。
 これから行く人は是非参考にして欲しい。



 
昭和35年ころ、参道にだんご茶屋が並び参拝帰りのお客は列をなしていた頃の風景が模型となっていた。
 これはお花見のころだろう。古き良き時代である。



 
紅葉の頃には人が席を争う席も今日は誰もいない。
みんな暑さを避けて、冷房の効いた建物内に居る。


 
茶屋を出て歩き始めると、道端に芙蓉が咲いていた。


 
手が加えられていない参道は緑が深く、風は涼しい。


 
法多山は参道が二筋あるようで、きた時とは違っていた。


 
こちらが表の参道のようで立派な仁王門があった。


 
あまり怖くなさそうな仁王様が二体鎮座されておられた。


法多山の詳細は以下のHP参照。
http://www.hattasan.or.jp/index.html



灼熱の車に戻り、次の目的地掛川に向かう。



 
掛川方面に右折し、途中車の窓から「エコパアリーナ」見えた。
かのベッカムもきたこともあるスタジアムを含む多目的運動総合施設である。
 今では信仰の法多山よりアリーナでイベントの際には、車が溢れ、法多山の駐車場まで一杯になるそうだ。


9月早々には、「EXILE LIVE TOUR 2010 "FANTASY"」が開催される予定だが、チケットは売り切れらしい。 



遅い昼食は、掛川の「うな助」。老舗のうなぎ屋さんだ。


 


 


 
うな重の上は、メロンとサラダが付いている。


 
焼き方は、表面の焼きは強くないが上手に焼かれており、中も柔らかく美味しいものだった。
 ただ、お米が大好きな笑山にとってはご飯はモッチリと炊かれ美味しいのだが量が少なかった。


 
肝吸いは、伝統を感じさせるものだった。
肝は焼いていないように思われたが全く生臭くなく、汁も生臭くなく、みつばの香りが爽やかで、塩加減も丁度良かった。


うな助 (宇奈助)の店舗情報
http://r.tabelog.com/shizuoka/A2202/A220203/22002939/



掛川で所用を済ませて、夕方から帰途につく。
高速道路に乗り、直ぐ小笠PA(下り)に入る。
目的は「食事処 鐘庵」の桜えびのかき揚げ。


 
これで三度目のはずだが、このかき揚げは美味しい。
衣がサクサクとして自己主張をせず桜えびを主役にしている。
桜えびは香ばしく美味しい。
家庭では無理だから、敢えて立ち寄る価値がある。


店舗情報
http://www.c-exis.co.jp/sapa/detail_2/012230125.html



 
浜名湖SAで一休み。
暮色の浜名湖が綺麗だった。


日替落ちれば、高速道路はベルトコンベヤーの上を流れていく状態。
 岡崎豊田間は渋滞したがこれは当然の渋滞だろう。


久しぶりのドライブで疲れたが、良いことが少なかった7,8月のお祓いを済ませて、計画通りに物事が運んだ良い一日だった。



 

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2010年08月30日(月) 記事No.5407

2010/8/30 (月) 旧暦: 7月21日    日出: 5時11分  日没: 18時12分  月出: 20時38分  月没: 10時05分  月齢: 19.99  壬子 (じんし,みずのえね)  六曜: 先負  九星: 六白金星  選日: 一粒万倍日、八専入


今日の季語: 西瓜


 



(ジェイアール九州商事HP より転載)


『スイカ(西瓜、学名: Citrullus lanatus)は、果実を食用にするために栽培されるウリ科のつる性一年草。また、その果実のこと。


 概要
原産は、熱帯アフリカのサバンナ地帯や砂漠地帯。 日本に伝わった時期は定かでないが、室町時代以降とされる。西瓜の漢字は中国語の西瓜(北京語:シーグァ x?gu?)に由来し、スイカという発音も広東語のサイクワァが日本語に訛り変化したものである。中国の西方(中央アジア)から伝来した瓜とされるためこの名称が付いた。


夏に球形または楕円形の甘味を持つ果実を付ける。果実は園芸分野では果菜(野菜)とされる[1]が、青果市場での取り扱い[1]や、栄養学上の分類[2]では果物あるいは果実と分類される。
・・・
 実
果実の外観は緑色に深い緑色の縦縞が入ったものが一般的であるが、薄緑色のものや黒に近い深緑色のものもある。同じウリ科の果菜類であるメロンは、主として甘く熟した果皮の部分を果肉として食べるが、スイカの果皮は内側の薄い層しか甘く熟せず、主に種子をつける胎座の部分を食用とする。果皮はキュウリを僅かに甘くしたような味だが、生のまま果皮まで食べることは少ない。


日本で縦縞模様の品種が広まったのは昭和初期頃と言われ、それまでは黒色の無地で「鉄かぶと」と呼ばれていた。果肉の色は赤もしくは黄色。大玉の品種で糖度 (Brix) は11~13度程度。果実中心及び種子周辺の果肉の糖度が最も高い。


果肉は、水分が多く90%以上。様々な品種があるが、一般に果肉は紅、甘くて多汁である。


 野生スイカ
野生のスイカは、ほとんど甘みがないが、水分だけは胎座部分に大量に蓄えられている。自生地が乾燥地帯であるため、野生動物は水分を目当てにスイカの果実を摂食することになり、胎座の水分ごと種子を飲み込んで糞とともに排泄し、種子散布が行われる。人類によるスイカの利用もこの水分を目当てに始まり、同時に脂肪と蛋白質に富んだ種子をも食用にするようになったと考えられる。


 利用
 切り分けた果実果実を薄切りにしたり、小片に切ったりし、好みによって食塩を少量振りかけて食す。特殊なものとしては源五兵衛(げんごべえ)と呼ばれる品種があり、幼果を粕漬けにする。果肉を食べ終えた後の皮は、外側の固い薄皮を除いて、漬物や酢の物、煮物や汁物などに使える。生のままだとキュウリ、煮ると冬瓜に似た食感になる。
...』(Wikipedia)



西瓜の俳句


・畠から西瓜くれたる庵かな 炭 太祇


・こけさまにほうと抱ゆる西瓜かな 去 来


・瓜西瓜ねんねんころりころり哉 一茶


・すかすかと西瓜切るなり秋のかぜ 伊賀-陽和


・もてなしは冷し西瓜と湖の風 尾形 柿園


・モンロー忌今日と知らずに西瓜食ふ 皆吉司



西瓜はまるごと買うと量が大きすぎ、冷蔵庫に持て余す。
切り売りを買うのもいまいましいので、自宅で食べる機会が減っている。
 訪問先でもてなしで出されることも確かに多い。


モンローと西瓜は関係ないはずだが、西瓜の赤とモンローの唇が通じているのだろうか。
 モンロー忌は8月6日である。



 

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2010年08月29日(日) 記事No.5408

 


2010/8/29 (日) 旧暦: 7月20日    日出: 5時10分  日没: 18時13分  月出: 20時04分  月没: 9時06分  月齢: 18.99  辛亥 (しんがい,かのとい)  六曜: 友引  九星: 七赤金星  選日: 三隣亡


今日の季語: 星月夜(ほしづくよ、ほしづきよ)
      晴れて星の光が月のように明るい夜。
      《季 秋》(大辞泉)


 



(リフレクションズ より転載)


 


星月夜の俳句:


・われの星燃えてをるなり星月夜 高濱虚子


・山国の空をあまさず星月夜 檜 紀代


・星月夜ピアノの蓋の開いてゐる 仙田洋子


・サイパンの諸霊またゝく星月夜 河野南畦


・今は無き星かも知れず星月夜 平井操



毎日猛暑がつづいている。
星月夜には、まだ少し時間がかかりそうだ。
俳句の世界は一歩先を行くので、もう星月夜だ。


星月夜にピアノが弾けたらいいのだが、広大な別荘でもあれば別だが、現実にはなかなか難しい。
 星を眺めながら、句を考えることならできる。


夜空の無数の星は、よく言われるように御霊だ。
サイパンだったり、ミッドウエーだったり、沖縄だったりするかも知れないが英霊の御霊であることには変わりない。


宇宙空間の尺度は非人間的だ。
光が到達するのに1万年もかかる距離というのは想像も難しい。
だから、今見えている星の多くは1万年前にはあったが今はないのかもしれない。
 見ることと存在の問題には認識論の大きな問題が存在する。



 

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2010年08月28日(土) 記事No.5409


今日のレンズは、 SIGMA ZOOM 28-80mm f3.5-5.6 MACRO。
マウントはNIKON F用。DタイプのAFレンズである。
現行のGタイプは、絞り環が無いので他のカメラで流用することは出来ないが、これは旧タイプなので絞り環がある。


マイクロフォーサーズ用のアダプターを利用すれば、LUMIX G1で使うことができる。この場合、画角が56-160mmの中距離マクロになる。


 




左がレンズ。オークションで2300円で入手したもの。
右がNIKON Fマウント用のM4/3アダプター。
RAYQUAL(宮本製作所)のNF-M4/3、精度の良さで定評があるアダプターだが、割引価格でも14,700円(税込)する。
レンズより遥かに高価だ。


 
【試写】


 
光の階調がよく撮れている。


 
石段も石段らしい。


 
ナンキンハゼの葉。街路樹には適しているが強いので厄介者だ。


 
若い葉の質感も自然だ。


 
80mmの遠端で、マクロスイッチを入れると、更に近寄ることができる。
赤の発色もかぶらなくて良い。


  




赤い小さな花に接近していると、負けじと蝶が飛んできた。




 
絞りを開放にすると、ボケはグルグルボケになり、余り気持ちよいボケではない。


  
F8まで絞れは、マクロでもボケは素直になり、花の撮影もOKだ。


 
離れれば、スッキリと撮れる。


 


接写の質感も思ったより良い。


 
凌霄花が一輪咲いていた。
背景のボケが自然だ。



 
テッポウユリが、あちらこちらに自生している。

  



マクロの質感もZOOMにしてはいい感じだ。


ピントのあったところの質感は良く、絞り込めばボケも素直になる。
 G1に付けると、花の写真に使えそうなレンズだ。



 

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2010年08月28日(土) 記事No.5410

2010/8/28 (土) 旧暦: 7月19日    日出: 5時09分  日没: 18時14分  月出: 19時35分  月没: 8時09分  月齢: 17.99  庚戌 (こうじゅつ,かのえいぬ)  六曜: 先勝  九星: 八白土星  選日: 不成就日



今日の季語: 天の川


 



(雷音丸のトロ箱日記 より転載)


『天の川あるいは天の河[1](あまのがわ、あまのかわ)は、夜空を横切るように存在する雲状の光の帯のこと。銀河とも。


 概要
東アジアの神話では夜空の光の帯を、川(河)と見ている。(→#東アジアの神話)


一方、ギリシャ神話では、これを乳と見ている。それが継承され英語圏でもMilky Way(ミルキーウェイ)と言うようになった。(→#ギリシャ神話)


この光の帯は天球を一周しており、恒星とともに日周運動を行っている。


日本では、夏と冬に天の川が南北に頭の上を越える位置に来る。これをまたいで夏には夏の大三角が、冬には冬の大三角が見える。他の星も天の川の周辺に多いので、夏と冬の夜空はにぎやかになる。[2]


現在では「天の川」や「Milky Way」という言葉で、天球上の(視覚的な)帯だけでなく、地球を含む星の集団、つまり天の川銀河を指すこともある。(→#天文学における天の川 )


 東アジアの神話
中国・日本など東アジア地域に伝わる七夕伝説では、織女星[3]と牽牛星[4]を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。(詳細は七夕の項目が参照可。)


 派生 [編集]
『西遊記』の猪八戒は、玉帝より天蓬元帥職を任され、天の川の管理をしていたことになっている。
日本では『万葉集』において、大伴家持の歌に、天漢(あまのがわ)とも記されている。
 ギリシャ神話 [編集]
ギリシャ語では夜空の光の帯を「γαλαξ?α?(galaxias)」もしくは「kyklos galaktikos」と言う。kyklos galaktikosは「乳の環[5]」という意味。


それにまつわるギリシャ神話を紹介する。


ゼウスは、自分とアルクメネの子のヘラクレスを不死身にするために、女神ヘラの母乳をヘラクレスに飲ませようとしていた。しかし、嫉妬深いヘラはヘラクレスを憎んでいたため母乳を飲ませようとはしなかった。一計を案じたゼウスはヘラに眠り薬を飲ませ、ヘラが眠っているあいだにヘラクレスに母乳を飲ませた。この時、ヘラが目覚め、ヘラクレスが自分の乳を飲んでいることに驚き、払いのけた際にヘラの母乳が流れ出した。これが天のミルクの環になった。


英語での名称「Milky Way」もこの神話にちなむ。


 天文学における天の川
天文学の進展とともに、「天の川」ないし「Milky Way」の実体は膨大な数の恒星の集団であると次第に理解されるようになった。


現在では、我々の地球を含む太陽系は、数ある銀河のひとつ(=「天の川銀河」)の中に位置しており、我々はこの銀河を内側から見ているために天の川が天球上の帯として見える、と解説される。


天の川銀河の中心は射手座の方向にある。なお、天の川のあちこちに中州のように暗い部分があるのは、星がないのではなく、暗黒星雲があって、その向こうの星を隠しているためである。


 名称の指し示す対象の変化
星の巨大集団の学術的な呼称としては、ギリシャ語系の表現「galaxy」があてられた[6]。この地球を含む星の集団は「the Galaxy」と、大文字で区別して(つまり固有名詞として)表現されることになった。


日本語では「銀河」という言葉がそれにあてられた。「銀河」という言葉も、「天の川」同様に、本来視覚的にとらえた天球上の光の帯を(メタファーで)指す言葉であったが、現在では、学術用語的に用いられ、星の巨大集団全般を表す言葉として使われるようになった。それとともに「銀河」は天球の光の帯の意味で用いられることは少なくなった。 地球を含む星の巨大集団は特に区別して、「銀河系」と呼ぶ[7]。


現在、英語の「Milky Way」も日本語の「天の川」も、文脈によって天球上の光の帯を指すこともあれば、天体としての「天の川銀河」を指すこともある。


 天の川を見る方法
天の川の光は淡いため、月明かりや、人工光による光害の影響がある場合は確認が難しい。日本では、1970年代以降(高度成長期の終了以降)、天の川を見ることができる場所は少なくなってしまった。天の川を見るには、月明かりの無い晴れた夜に、都市から離れたなるべく標高の高い場所に行くと良い。(詳細は、天体観望の項目が参照可)


天の川は一年中見ることができるが、天の川銀河の中心方向が夏の星座であるいて座にあるため、夏の天の川は比較的光が強く確認し易い。逆に、冬の天の川は淡く確認が難しい。


 天の川による影
光害がなく透明度の高い夜空が見えるオーストラリアの砂漠では、天の川の光で地面に自分の影ができる[8]。なお、地球上の物体に影を生じさせる天体は、太陽、月、金星、天の川の4つのみである[8]。


 天の川にまつわる行事
岡山県美作市では、「天の川火祭り」が、毎年開催される。迫力の手筒花火、優雅な天文字焼きが行われる。 』(Wikipedia)


 


天の川の俳句:


・あらうみや佐渡に横たふ天の川 芭蕉


・うつくしや障子の穴の天の川 小林一茶


・あくびする口に落ちけり天の川 正岡子規


・やがて死ぬわれら仰ぎて天の川 小坂順子


・天の川ひとの命とかかはらず 長谷川櫂



芭蕉も一茶も俳人の美意識で天の川を見ている。
常に死と隣り合わせに生きた子規は天の川と遊んでいる。


天の川を見る二つの態度がある。


一つは詩人。
天体というものはちっぽけな人間的尺度では量りきれない対象だ。其処に多くの人間は恐怖・恐れを感じる。其処に詩が生まれる。小坂は詩を詠んでいる。


もう一つは、科学者。
感情無く知的に対象を見ている。
科学者の眼は詩を詠まない。
長谷川は科学者のように事実を語るが、矢張り詩を詠んでいる。



 

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2010年08月27日(金) 記事No.5411


ディズニー映画には、名曲が沢山ある。
「星に願いを」もその一つだ。
日本とは違って流星でなくとも、願い事を叶えてくれるディズニーの世界は優しい。



『星に願いを


『星に願いを』(ほしにねがいを、原題: When You Wish upon a Star)はネッド・ワシントン作詞、リー・ハーライン作曲の1940年に発表された歌。日本語訳は島村葉二。


 曲の来歴
1940年のディズニー映画『ピノキオ』の主題歌としてジミニー・クリケット(コオロギ)が歌った。実際にはジミニーを演じたクリフ・エドワーズが歌い、その年のアカデミー賞の歌曲賞を獲得した。なお、この曲はアメリカ映画協会による、映画史における偉大な歌百選の第7位(ディズニー関連作品では最高位)に入っている。


ディズニー・クルーズ・ラインの周遊船のうちディズニー・マジックとディズニー・ワンダーは『星に願いを』の最初の7音を鳴らすエアホーンを装備している。


スウェーデンとノルウェーではクリスマスソングになっており、ベツレヘムの星について歌っている。スウェーデン語ではSer du stjarnan i det blaとといい「青(い空)の中に星を見る(か)」という意味である。


ルイ・アームストロングのアルバム『サッチモ・シングス・ディズニー』のバージョン等、多くのカバー・バージョンが存在する。』(Wikipedia)



『When You Wish upon a Star
作曲:Leigh Harline
作詞:Ned Washington 



When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you


If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do


Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing


Like a bolt out of the blue
Fate steps in and sees you through
When you wish upon a star
Your dream comes true』



--------拙訳


星に願いをかける時
誰だって同じ
心が望むものは
なんだって
叶うもの


心を願いに満たしていれば
外れる願いなんてありはしない
星に願いをかける時は
夢見る人がするように


女神は親切なの
愛する人には
うまい結末をもたらしてくれる
彼らの秘めた願いのね


びっくりするように
女神は突然やってきてくれる
星に願いをかける時
夢は叶うもの


 


ディズニー映画の『星に願いを』
http://www.youtube.com/watch?v=7sORP5C1PoQ&feature=related


サッチモの『星に願いを』
http://www.youtube.com/watch?v=ZWFJW_u1E3U



 

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2010年08月27日(金) 記事No.5412

2010/8/27 (金) 旧暦: 7月18日    日出: 5時08分  日没: 18時16分  月出: 19時08分  月没: 7時13分  月齢: 16.99  己酉 (きゆう,つちのととり)  六曜: 赤口  九星: 九紫火星  選日:


今日の季語: 流星、流れ星


 



(撮影:大川 拓也氏 2001年しし座流星群ギャラリー(2)より転載)


『流星(りゅうせい、meteor, shooting star)とは、天体現象の1つで夜間に天空のある点で生じた光がある距離を移動して消える現象である。一般的に流れ星とも呼ばれる。原因としては流星物質と呼ばれる太陽の周りを公転する小天体が、地球(または他の天体)の大気に衝突、突入し発光したものである。


 概要
-3等から-4等程度よりも明るい流星は、火球と呼ばれる。中には満月より明るい光を放ち、夜空全体を一瞬閃光のように明るくするものもある。


流星の元になる小天体は、0.1mm以下のごく小さな塵のようなものから、数cm以上ある小石のようなものまで様々な大きさがある。こうした天体が地球の大気に秒速数kmから数十kmという猛スピードで突入し、上層大気の分子と衝突してプラズマ化したガスが発光する(小天体が大気との空力加熱などにより燃えた状態が流星として見えているわけではない)。これが地上から流星として観測される。通常流星は地上より150kmから100km程度の高さで光り始め、70kmから50kmの高さで消滅する。しかし、元の小天体が特に大きい場合などには、燃え尽きずに隕石として地上に達することがある。なお、見た目に消滅する場合にも流星塵として地球に降り注いでいる。


流星の元になる小天体は、主に彗星から放出されたものである。彗星は太陽に近づく度に無数の塵(小天体)を放出している。これらの塵は太陽の周りをほぼ彗星の軌道と同じ軌道で公転する。その残された塵が地球に降り注ぐことで、流星を発生する。


これに対して、主に小惑星軌道から来たものは通常の流星よりもかなり明るく輝き、火球と呼ばれる。まれに隕石となって地上に落下する天体は、小惑星軌道の物が多く、空で観察された場合には火球となって飛んでいることになる。火球はその明るさのため夜間だけではなく、昼間に観察されたり撮影された場合もある。それに対して流星は大気圏内で燃え尽きるため、地上に直接落下するものはなく、小さなちり(宇宙塵)となって地上にふりそそぐ。


流星が流れた後の大気はイオン化され電離層が発生する。この電離層が電波を反射させて、遠方にあり通常では聞こえることがないFM放送を短時間だけ聞くことができる。このことを利用して、流星電波観測などが行われている。最近では、電波を常時送信するアマチュア無線ボランティア局の電波を利用して、同様の観測が行われている。


毎年ある決まった時期になると、天球上のある1点から流星が放射状に飛び出してくるように見える事がある。これを流星群と呼ぶ。これは主に彗星が通った後に残された塵の集合体がある空間に、地球が公転運動によって差し掛かる事により発生する現象である。また、流星が飛び出してくる点を放射点、または輻射点と呼ぶ。年間数十個以上の流星群が知られている。流星群に属する流星を群流星と呼ぶ。これに対して、流星群に属さない流星は散在流星と呼ばれる。同じ流星群に属する流星は速度などが同じようになる傾向がある。


流星を観測する方法としては、流星電波観測、流星眼視観測、流星写真観測、流星TV観測がある。
...』(Wikipedia)


 


流星の俳句:


・流星は旅に見るべし旅に出づ 大串章


・流星や旅の一夜を海の上 下村ひろし


・流星の滴る島に泊つるなり 正木ゆう子


・流星の消えゆき願ひのみ残る 水野有子


・寝袋の声とび交ひて流星追ふ 中山フジ江


・流星の使ひきれざる空の丈 鷹羽狩行


・流星に眼を洗はれてゐたりけり 御子柴弘子



流星は、旅に見るもののようだ。
束の間の生命を自覚する旅人と一瞬の生命の流星と響き合うものがあるのだろう。
 星は有機体ではない、だから生命体ではない。これは、科学の話だ。
 詩の世界では、生まれて滅びる星も生命なのだ。


「流れ星が消えるまでに願い事を3回となえると,願い事がかなう」という日本のことわざがある。
 願いのみ残ることは避けたいものだ。
いつ星が流れてもいいように常に願いを明確にしておきたい。
水野の残った夢はどうなった。



以前、流星群を御岳の山の上で見たことがある。
仲間と一緒に寝袋にくるまって。
 地上はまだ秋だったが、山の上は厳冬で、寝袋は霜がびっしりと白く付いていた。


冬の夜空を見ることは恐ろしいので、プレーヤーに入れたバッハのハープシコード曲をイヤホンで聴きながら、現われては消えていく流星を見続けていた。



 

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2010年08月26日(木) 記事No.5413

2010/8/26 (木) 旧暦: 7月17日    日出: 5時07分  日没: 18時17分  月出: 18時42分  月没: 6時18分  月齢: 15.99  戊申 (ぼしん,つちのえさる)  六曜: 大安  九星: 一白水星  選日: 天一天上終、天赦日


今日の季語: 蜩(ひぐらし)


 



(相模の国の自然スケッチ より転載)


『ヒグラシ(Tanna japonensis)は、カメムシ目(半翅目)・セミ科に属するセミの一種。日本を含む東アジアに分布する中型のセミで、朝夕に甲高い声で鳴く。


日本ではその鳴き声からカナカナ、カナカナ蝉などとも呼ばれる。漢字表記は蜩、茅蜩、秋蜩、日暮などがあり、秋の季語にもなっている。
 
 特徴
成虫の体長はオス28-38mm、メス21-25mmほど。オスの腹部はメスよりも明らかに太くて長く、オスメスの区別がつけ易い。また、オスの腹腔内は大きな共鳴室が発達しているためほとんど空洞で、光が透けるほどである。体色はほとんど赤褐色だが、頭部の複眼付近、前胸の縁と背面中央は緑色をしている。ただし体色は個体群によって変異することがあり、山地のものはより黒っぽくなる傾向がある。


なお、おもにヒグラシの成虫の寄生虫としてセミヤドリガ(Epipomponia nawai、Dyar, 1904)というガの一種が知られ、成虫の腹部に1匹-数匹の蛆虫型のセミヤドリガの幼虫が外部寄生していることがある。またニクバエ科の一種・ヒグラシヤチニクバエ(ヒグラシヤドリバエ、Angiometopa cicadina、Kato, 1943)も稀にヒグラシに寄生するとされる。


 生態
日本では北海道南部から奄美大島(原名亜種。亜種イシガキヒグラシは下記参照)の広範囲に生息する。日本以外では中国大陸に分布(朝鮮半島には分布しない。かつて記録されたことがあったが、現在は誤記録とされる)。広葉樹林やスギやヒノキの林に生息し、北海道から九州北部では平地から山地まで見られるが、九州南部以南ではやや標高の高い山地に生息する。


俳句では秋の季語とされ、晩夏に鳴くセミのイメージがあるが、実際には(地域にもよるが)成虫は梅雨の最中の6月下旬頃から発生し、ニイニイゼミ同様、他のセミより早く鳴き始める。以後は9月中旬頃までほぼ連日鳴き声を聞くことができる。


オスの鳴き声は甲高く、「キキキキキ…」「ケケケケケ…」「カナカナカナ…」などと聞こえる。標準的な聞きなしとしては「カナカナ」が使われる。日の出前、または日の入り後の薄明時によく鳴くが、曇って薄暗くなった時、気温が下がった時、または林内の暗い区域などでは日中でも鳴く。夕方の日暮れ時に鳴く(稀に夜中の2時ぐらいにも鳴くことがある)ことから、「日を暮れさせるもの」としてヒグラシの和名がついた。また奄美大島産は鳴き声が本土産と多少異なるが、後述のイシガキヒグラシほどではない。


朝夕に響く声は涼感や物悲しさを感じさせ、日本では古来より美しい声で鳴くセミとして文学などの題材にも使われてきた。テレビ番組などでも「夏の夕暮れ」を表す効果音としてこの鳴き声がよく用いられる。しかし間近で聞く声はかなり大きく、遠くで聴く「物悲しい」印象とは異なるともいう。』(Wikipedia)


 


蜩の俳句:


・寒いぞよ軒の蜩唐がらし 小林一茶


・奥木曽の蜩すべての蝉やみて 山畑禄郎


・暁の夢のきれぎれ蜩も 大野林火


・蜩の一本道を来りけり 大峯あきら


・面白う聞けば蜩夕日かな 河東碧梧桐



ヒグラシは、朝・夕や薄暗い天気に鳴くそうだ。
カナカナカナと鳴くそうだ。


昼の騒がしい蝉とは違い、独り鳴く。
影に鳴く蜩に日本人は物悲しさを感じている。


今年の残暑は激しい。
まだまだ猛暑が続くと気象予報士が画面で話している。
だが、夜風には昼の夏の先に近づいている秋を感じる。
蜩の声はその風情だろう。



 

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