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2009年10月31日(土) 記事No.5936

2009/10/31(土) 旧暦:9月14日 ハロウィン 日出:6時01分 日没:16時47分 月出:15時00分 月没:3時07分 月齢:12.89己酉(きゆう,つちのととり) 六曜:仏滅 九星:三碧木星 選日:一粒万倍日


今日の季語: 敗荷(はいか、やぶれはす、やぶればす)
 (晩秋秋風の吹く頃、葉が破れ傷つき枯れ、茎も折れて無残な姿となった蓮)


 



(思いついた時に より転載)


夏前には天国のような高貴な花を咲かせていた蓮も、秋風に葉を翻したあと、日に日に枯れ、風雨に打たれ破れてゆく。
 冬は蓮にとっては一つの終わりの季節である。



敗荷の俳句:


 ・さればこそ賢者は富まず敗荷 蕪村
 
 ・敗荷や雨は静かに降りつづく 淡嵩


 ・敗荷の池に沈むに間ありけり 橋田憲明


 ・敗荷のもうこれ以上咎負へず 小山祐司


 ・敗荷を見飽かぬ人の横に居る 池田澄子



地球が太陽の周りを一周する間に蓮は美しい花を咲かせる。
花を一度でも咲かせることが出来れば、それで充分と言わなければならない。
「見飽かぬ人の横に居」てくれる人がいる人は幸せな人だ。



 

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2009年10月31日(土) 記事No.5937


(この記事は、愚痴の話なのでパソコンに関心のない人には時間の無駄なので読む必要はない。パソコンに苦労したことのある人は、同病の慰藉があるかも知れない。)


 


このところパソコンに振り回されている。


 


Vistaでは動かない古いカードを使いたくなり、放置してあったWindows2000のパソコンにインストールして使うことにした。


 


これが問題のはじまり。
試行錯誤と堂堂巡りのまっただ中に落ち込んだ。


 


Windows2000が起動しない。
DVD-ROM2台の内1台、HDDはCドライブだけ残し、起動するも立ち上がらない。Windows2000のLOGOの後で画面が消えてしまう。


 


システム修復ディスクが見つからなかったので、システムCD-ROMを挿入して修復を試みる。
前のマザーボードなのでBIOSの設定方法を忘れている。
マニュアルを探して構成・レイアウトを確認。
BIOSでCD-ROMを起動ディスクにして立ち上げ、修復を図る。
何度か修復を繰り返し、その都度BIOSと画面の推移を見続ける。試行錯誤の結果HDDから立ち上げることに成功した。


 


勇躍して、外していた1台のHDDを組み込み、再起動した。
巧く立ち上がった。
 次に、もう1台のHDDを組み込む、これも成功。
更に外してあったHDDを組み込む、これも成功。


 


上手く行った。これで目的のカードを使うことが出来る。
と思ったが、現実はそんなに甘くなかった。


 


カードを使う前にHDDの整理をする事にした。
区分けされていたパーティションを統合する為に、ファイルをコピーしてまとめ、空いたパーティションを削除し、統合した大きいパーティションにした。
 長い時間を掛けてFORMATして、統合されたパーティションにファイルを戻した。


 


LAN接続をして


 


新しいディスク構成が出来上がったので、再起動をかける。
NTLDRが見つからないと表示が出て立ち上がらなくなった。


 


双六で振り出しに戻される賽の目が出た心境だ。
やれやれ、又やり直し。


 


再びディスク関係を外し、HDD1台とDVD-ROMだけにして、システム修復を試みる。
 今度はブルー画面がでてシステムのインストールCDからも立ち上がらない。


 


BIOSを変更しながら何度試みても何ともならないので1度撤退。
VistaのマシンでIT上の情報を探してみる。
 ある情報でNTFSのファイルシステムを検証し、ディスクの検査、セクターの修復をしてみるのも良いと書かれていた。


 


VistaマシンにIDE-USB変換ケーブルを使い外付けディスクにするとディスクの内容は見えた。HDDは破損していなかった。
セクターの検査・修復をかけたが、異常はなかった。
プロパティのセキュリティで番号だけのユーザーをアクセス禁止に設定。


 


古いケースに戻し、LANケーブルは外しITには繋がらないようにして、インストールCDを挿入して起動する。
今度はブルー画面は出ず、CDから起動できた。


 


試行錯誤しながら、HDDの修復を行った。
立ち上がるようになったので、今度は修復ディスクをまず作成することにした。


 


修復ディスクはFDDで作成することになるので、TEACのUSB変換ケーブル接続のFDDを装着して起動する。
FORMATを済ませ、修復ディスク作成のメニューから作成しようとするとAドライブのFDDにディスクを挿入しろとのメッセージである。
 ところがTEACのUSB-FDDはBドライブに設定されている。Aドライブは接続していないが、Bと認識される。


 


USB-FDDをAドライブに変更する方法を、色々調べてみるが。出来ないとの情報ばかりだ。
 もう修復ディスクの作成は諦めようと思い、1度撤退した。


 


...時間が経過した。


 


Bドライブに修復ディスクを方法を調べれば良いのではとアイデアが浮かんだ。
 調べてみるとコマンドラインモードの操作で修復する方法が見つかった。
 コマンドラインで修復が出来れば、パラメーターのA:をB:に変えれば出来るはず。


 


真っ暗なコマンドラインモードでコマンドを1文字ずつ入力して操作、B:のUSB-FDDに必要なファイルをコピーすることが出来た。


 


バックアップファイルも作成し、事故対応準備が終わったところで、再びHDDを組み込みを行い、認識させることが出来た。


 


ここまで足かけ3日かかった。
暗中模索の中では、見通しが利かない。諦めればそれでお終いだ。しかし、努力すれば何とかなるかどうかは解らない、自分でも見通しは立たない。
 人生と全く同じ。諦めたら終わりだが、続けても目的地に辿り着ける保証はない。そんな暗中模索の中でどうするか。
 自分で決めるしか方法はない。


 


今は、一応立ち上がり動いている。
だが、次の瞬間、動かなくなる可能性は無しではない。一寸先は闇なのだ。
 むしろ問題は起こりそうな気がする。


 


問題はLAN接続だ。
接続した場合、MSとウイルス対策ソフトに繋がる。
ここで、問題が起きそうな気がする。


 


筆者はWndous2000の正規ユーザーであり、インストールディスクも持っているが、MS側で誤解している可能性もある。
これから先は、進んでみなければ解らない。


 


進むのは、精神衛生上、もしくは時間管理上、先に延ばすことにしよう。疲れから回復してから進む方が良いのは人生でも同じだ。


 



【参考】
コマンドラインによる修復ディスクの作成でお世話になったサイトは以下のwinFAQである。
有益な情報に感謝しつつ紹介したい。
http://winfaq.jp/


 



 

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2009年10月30日(金) 記事No.5938

2009/10/30(金) 旧暦:9月13日 十三夜 日出:6時00分 日没:16時48分 月出:14時33分 月没:2時08分 月齢:11.89戊申(ぼしん,つちのえさる) 六曜:先負 九星:四緑木星 選日:天一天上終、天赦日


今日の季語: 十三夜(じゅうさんや)、後の月(のちのつき)


 



 
(大阪本場青果卸売協同組合HP より転載)



『月見(つきみ)とは、満月など月を眺めて楽しむこと。観月(かんげつ)とも言う。


月見(お月見)とは、旧暦の8月15日と9月13日に月を鑑賞することである。前者の夜を「十五夜」、後者の夜を「十三夜」と呼ぶ。十五夜の月は、サトイモなどを供えることが多いため「芋名月」とも呼ばれる。一方、十三夜の月は、栗や豆を供えることが多いため「栗名月」又は「豆名月」とも呼ばれる。どちらか一方の月見だけをすることは、「片見月」として嫌われた。十五夜の月を鑑賞する習慣は中国から伝わったが、十三夜の月見は日本独特の風習であり、平安時代に貴族たちが集まって、月を見て詩歌を詠んだのが始まりといわれる。十五夜の月は「中秋の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)」とも呼ばれる[1]。


十五夜のグレゴリオ暦(新暦)での該当日はこちらの対照表を参照。


 概要
 月見の飾り古くから旧暦8月(グレゴリオ暦(新暦)では9月頃)は、北半球では太陽と月の角度が観月に最も良い時節(明るい)である。この夜は、月が見える場所などに、薄(すすき)を飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めた(お月見料理)、豊作を祈る満月法会など。このことから芋名月とも言う地方もある。


十五夜は、中国が始まりとされる。中国では中秋節として盛大に祝い月餅を作ってお供えする。この月餅が日本に伝わって、月見団子に変ったという。朝鮮にも伝わり「チュソク(秋夕)」と呼び、ソンピョン(松餅)を作る。韓国ではチュソク前日と翌日が公休日となり、休暇をとり帰省する者も多い。[2]


十三夜は、日本独自の風習があり、ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を豆名月または栗名月という。


江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」と言って遊女らに嫌われた。二度目の通いを確実に行うために、十五夜に有力な客を誘う(相手はどうしても十三夜にも来なければならないため)風習があった。


更に、地方によっては月待ちという風習があり、十七夜以降を立待月(たてまち-)、居待月(いまち-)、寝待月(ねまち-)、更待月(ふけまち-)、というのはこの名残である。二十三夜待ちまでを行う地域が多くを占めたが、二十六夜待ちまで行う地域があり、月光に阿弥陀仏・観音・勢至の三尊が現れる(『広辞苑』より)、という口実を付けて月が昇る(大体、深夜2時ごろ)まで遊興にふけった。この風習は明治時代に入ると急速に廃れていったようだ。


中国、日本では、月を愛でるという習慣が古くからあり、日本では縄文時代頃からあると言われ、平安時代頃から中国から月見の祭事が伝わると貴族などの間で観月の宴や舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗ったりして水面に揺れる月を楽しむ)など歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。


ヨーロッパでは満月は人の心をかき乱し、狂わせるものであるといわれ、月の女神が死を暗示したり、狼男が月を見て変身するというのは、その典型的な例で、とても月を眺めて楽しむという気分にはなれなかったようだ。日本では『竹取物語』に、月を眺めるかぐや姫を嫗が注意する場面があるため、中国から観月の風習が入るまでは月に対する考えがヨーロッパと似ていたようだ。


なお、中秋の夜に雲などで月が隠れて見えないことを「無月」、中秋の晩に雨が降ることを「雨月」と呼び、月が見えないながらもなんとなくほの明るい風情を賞するものとされる。また、俳諧では葉月十四日、十六日のことを特に「待宵(まつよい)」「十六夜(いざよい)」と称して、名月の前後の月を愛でるが、日本の関東以西では、この時期、晴天に恵まれる確率は低い。』(Wikipedia)



十三夜の俳句:


 ・飛雁の影や凡そ十三夜 成文


 ・泊る気でひとり来ませり十三夜 蕪村


 ・豆喰らふ月毛の駒に十三夜 几董


 ・浅草は風の中なる十三夜 高篤三


 ・木曽の痩もまだなほらぬに後の月 芭蕉



今日は陰暦九月十三夜、後の月である。


先人達は、月見、観月の風流を楽しんできた。
今の我々は、どうも気持ちに余裕がないが、2,3日後れても後の月を観る気持ちを大切にしたいものだ。
 豆大福でも良し、栗きんとんでも良し、月見酒ならなお良し。



 

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2009年10月29日(木) 記事No.5939

2009/10/29(木) 旧暦:9月12日 日出:5時59分 日没:16時49分 月出:14時07分 月没:1時10分 月齢:10.89丁未(ていび,ひのとひつじ) 六曜:友引 九星:五黄土星 選日:


今日の季語: 朱欒(ざぼん)、文旦(ぶんたん)


 



(季節の花300 より転載)


『ブンタン(文旦、学名:Citrus maxima、シノニムCitrus grandis (L.))は、柑橘類の一種である。標準和名はザボン(朱欒、香欒)。


 概要 [編集]
原生地は東南アジア・中国南部・台湾などであり、日本には江戸時代初期に渡来した。


ブンタンの名前については、清国広東省の通商船船長「謝文旦」(しゃぶんたん、潮州語 ジアブンタン)の名前から取ったといわれる。船が遭難して薩摩で助けられた礼として、朱欒(しゅらん)と白欒(はくらん)という珍しい柑橘類をくれたのを植えて育て、広まったといわれる。第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的であり、これはジアブンタン(謝文旦)の略と考えられるが、ジャボンから転じたザボンの名前については、ポルトガル語のzamboa(元の意味は「サイダー」[要出典])から転じたという説もある。


ブンタンの樹は3mほどまでに育ち、その果実は品種により直径15cmから25cm、重さ500gから2kgまで様々な大きさに育つ。果実は皮の厚さが特徴で大きさの50%程度を占める程であり、果肉は果汁が少ないが独特の甘みと風味を持つ。なお果実の収穫は年末頃に行われることが多いが、 採取したては酸味が強すぎるので、数ヶ月間貯蔵して酸味を減らした後に出荷される。


ブンタンは自然交雑により色々な品種を生み出しており、グレープフルーツ・ナツミカン・ハッサクなどはブンタンの血を引いている。ブンタンそのものも品種が多く、西日本(特に高知・熊本・鹿児島)では色々なブンタンが栽培されている。高知では「ウチムラサキ(ウチムラ)」と呼ぶ果皮の内側が薄紫の文旦に似た柑橘類があるが、実は水分に乏しくパサパサしており、味も文旦に劣る。「ウチムラサキ」が文旦の原種とも言われている。


 利用
果実は生食の他、ベトナム、カンボジア、タイ王国では果肉を和え物の素材とする。


加工食品の原料としても用いられ、皮や果肉を用いた砂糖漬け(ザボン漬け、文旦漬け)、マーマレード、ボンタンアメなどは有名。近年、香港で流行しているデザート楊枝甘露は、マンゴーと沙田柚を主原料にして作られる。


果皮は中国に於いて、光七爪、光五爪などと称し、生薬としても利用される。また、化州柚の果皮は毛橘紅と呼ばれる。いずれも、皮の内側を剥ぎ、乾燥させた上で、咳止めなどの喉の薬、食欲不振の改善などに用いられる。


特異的な香気成分としてノートカトンがある。ノートカトンは、グレープフルーツやナツミカン等のブンタンからの交雑種にのみみられる成分である。皮には他にサンショウと同じく、舌にしびれを感じさせる辛味成分も含んでいる。


 主なブンタンの種類
 土佐文旦阿久根文旦(本田文旦)
安政柑 - 日本原産で晩白柚に次いで大きい柑橘類
麻豆文旦
河内晩柑(美生柑)
土佐文旦(法元文旦)
大橘
平戸文旦
江上文旦
晩王柑
晩白柚-柑橘類で最大の果実
獅子柚 - 大柚や鬼柚などとも呼ばれ大型の柚子と間違えられがちだが実は文旦類
パール柑 - 文旦の一種で表面が滑らかなのが特徴
チャンドラポメロ - ポメロは文旦の意
沙田柚 - 中国広西容県産で、華南で一般的
化州柚 - 中国で皮を生薬の毛橘紅として利用
水晶文旦
紅まどか - 1993年に登録された新品種、食味がよく耐寒性があるのが特徴』(Wikipedia)



朱欒の俳句:


 ・磊塊と朱欒盛られて籠歪む 松本たかし


 ・朱欒かげ老母の古き物語 石田波郷


 ・ふるさとも南の方の朱欒かな 中村汀女


 ・塗り盆のザボンひとつに曇りけり 山尾玉藻


 ・朱欒熟れ産み月という瞳の力 川田蓉子



朱欒は実を食べた後も楽しみがある。
九州のお土産にある朱欒漬けである。
分厚い中綿を切って、あく抜きをして砂糖で煮込み、最後にグラニュー糖をまぶす。
 砂糖を食べているような甘さと後味のほろ苦さが微妙である。
昔は砂糖漬けは喜ばれたが、今はメタボの敵。
 時代とともに人気は変わる。



 

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2009年10月28日(水) 記事No.5940

2009/10/28(水) 旧暦:9月11日 日出:5時58分 日没:16時50分 月出:13時41分 月没:0時13分 月齢:9.89丙午(へいご,ひのえうま) 六曜:先勝 九星:六白金星 選日:一粒万倍日、三隣亡


今日の季語: 温め酒(あたためざけ、ぬくめざけ)
(陰暦九月九日の重陽の節句の日に健康祈願のため温めて飲む酒)


 



(新・飲み食いブログ より転載)


『あたためざけ 【暖め酒/温め酒】
燗(かん)をして温めた酒。また、身を温めるために飲む酒。古く、陰暦九月九日を境とし、この日以降は式事の酒を温めて用い、また、この日温めた酒を飲むと病気にならないという言い伝えがあった。ぬくめざけ。[季]秋。』(三省堂 大辞林)



温め酒の俳句:


 ・温め酒汲むや子が居は山近き 及川貞


 ・舌うちし温め酒の名は問はず 後藤夜半


 ・老いぬればあたゝめ酒も猪口一つ 高浜虚子


 ・火美し酒美しやあたためむ 山口青邨


 ・温め酒夫の心妻は知る 大橋越央子


燗酒というと一般的だが、温め酒は季節感が備わった表現になる。
菊の酒と同じで重陽の節句を境にして秋あがりした酒を温めて飲むようにする区切りである。


「温め酒」を銘柄名にしている酒もある。人気の獺祭である。
「獺祭 純米大吟醸50 温め酒」 山田錦50%精米





(フォト蔵  mchさんのページ より転載)


 秋の夜長、一人で飲むのも悪くはないが、穏やかにしみじみと酌み交わすのもいい時間だ。


  しらたまの歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり (若山牧水)


 



(若山牧水記念館HP より転載)


この色紙では、牧水自身、文末を「けれ」と揮毫している。
「けり」より「けれ」のほうが趣意に沿っている。



 

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2009年10月27日(火) 記事No.5941


アレルギーは、色々なものが存在するが、多くの人が困っているアレルギーが花粉症と食物アレルギーだ。
 花粉症は春の杉花粉だけでなく秋の花粉症もある。食物アレルギーは大変だ。どこにアレルギー食品が入っているか解らないので外食が困難だ。
 困っている人も多い。


最近の報道でアレルギー対策としてアレルギーの元を使う逆療法が成果を上げていると報じられている。
 アレルギーの元からミゲルのではなく、逆にアレルギーの元を体内に取り入れて身体を慣らしてしまおうという療法だ。
 医学的には減感作療法と呼ぶそうだ。


『花粉症対策、口からエキスも有効 実用化に期待
2009年10月26日(月)18:26
 東京都は26日、食パンに含ませた花粉エキスを口の粘膜から吸収する舌下減感作療法を花粉症患者142人に実施した結果、約7割で症状が消えたり、軽減したりし、重い副作用は1例もなかったと発表した。減感作療法はアレルゲンと呼ばれる原因物質を体内に取り込み、症状緩和を期待する治療法。都は「これほどの規模で舌下減感作療法の有効性が確認されたのは初めて。実用化を期待したい」という。』(KYODONEWS)


TVでは、民間の医療機関が子どもの食物アレルギーの治療について成果を上げている例を報道していた。


牛乳アレルギーの子に、医学的管理下の下、牛乳を毎日少しづつ飲ませていく。半年位続けると牛乳を飲んでもアレルギー反応が出なくなるそうである。逆療法である。
 牛乳に対して身体を慣れさせる、言い換えれば訓練していくと身体が日々成長してアレルギーの元に対して耐性を持つのである。


心も身体も鍛えることが大切なのだ。
逃げていては問題は解決しない。



 

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2009年10月27日(火) 記事No.5942

 2009/10/27(火) 旧暦:9月10日 日出:5時57分 日没:16時51分 月出:13時14分 月没:---- 月齢:8.89乙巳(いつし,きのとみ) 六曜:赤口 九星:七赤金星 選日:



今日の季語: 零余子飯(むかごめし)


 



(たんとの四季折々写真俳句 より転載)


 



(踏青_徒然日記 より転載)



『むかご(零余子)とは植物の器官のひとつで栄養繁殖器官である。葉の腋や花序に形成され、植物体から離れ、地面に落ちるとやがて発根し新たな植物体となる。


葉が肉質となることにより形成される鱗芽(オニユリなどにできる)と、茎が肥大化して形成された肉芽(ヤマノイモなどにできる)に分けられ、両者の働きは似ているが、形態的には大きく異なるものである。前者は小さな球根のような形、後者は小さな芋の形になる。いずれにせよ根茎の形になる。その点で、地上部の形で発生する不定芽とは異なる。


栽培に利用できるが、農家でも個人でも行われる趣味的な栽培でもあまり行われることはない。


日本で一般的な食材として単に「むかご」という言葉を使うときはヤマノイモのむかごを指す。灰色で球形から楕円形、表面に少数の突起があり、葉腋につく。塩でゆでる、煎る、米と一緒に炊き込むなどの食べ方がある。また零余子飯は秋の季語である。』(Wikipedia)



零余子飯の俳句:


 ・こぼしつつむかご飯くふ子供かな 岡安迷子


 ・ブラジルは世界の田舎むかご飯 佐藤念腹


 ・寂しくばたらふく食しねむかご飯 日野草城


 ・むかご飯民話後半妻に継がす 目迫秩父


 ・零余子飯炊けさうなほど手に溢れ 稲畑汀子



先日の楮の会で零余子飯をいただいた。
秋の季節感をいただいた。


零余子の味を表現するのは難しい。
零余子の味はどう表現したらよいのだろう。
調理の仕方によるのだろうが、一般的なものは蒸して塩を振る、もしくは塩味で蒸す。零余子飯でも濃い味ではない。
 少し土のような木の皮のような香りを山の幸、季節の味として楽しむには薄味の方がよい。


零余子を肴に日本酒を飲むとホクホクとした食感と淡白な塩味が酒の味を素直に出してくれる。酒の友として良いものをもっている。



 

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2009年10月26日(月) 記事No.5943

2009/10/26(月) 旧暦:9月9日上弦 日出:5時56分 日没:16時52分 月出:12時44分 月没:23時15分 月齢:7.89甲辰(こうしん,きのえたつ) 六曜:大安 九星:八白土星 選日:不成就日


今日の季語: 菊の酒


 



(はっとり幸子 ハートフルメッセージ より転載)


『重陽(ちょうよう)とは五節句の一つで、9月9日のこと。旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれる。


陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれる。奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として節句が行なわれていたが、九は一桁の数のうち最大の「陽」であり、特に負担の大きい節句と考えられていた。後、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったものである


邪気を払い長寿を願って、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝ったりしていた[1]。また前夜、菊に綿をおいて、露を染ませ、身体をぬぐうなどの習慣があった。しかし、現在では、他の節句と比べてあまり実施されていない。』(Wikipedia)



菊の酒の俳句:


 ・草の戸や日暮れてくれし菊の酒 芭蕉


 ・ときめきし炮ろく蒸しや菊の酒 井月


 ・よもぎふや袖かたしきて菊の酒 一茶


 ・草の戸の用意をかしや菊の酒 太祇


 ・生き上手はなし上手や菊の酒 台迪子



最近、重陽の節句に菊の酒の習慣が無くなったのは、新暦の所為だ。新暦9月9日には菊の花は咲いていない。
 今日こそ菊の季節、旧暦9月9日には菊の酒を楽しむゆとりを持ちたいものだ。


蔵元・酒販店は、10月1日の日本酒の日も良いが、旧暦9月9日の重陽の節句の菊の酒を大きく取り上げて欲しい。
 平安時代から続いてきた風習を、今断絶して良い訳はない。



 

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2009年10月25日(日) 記事No.5944


2009/10/25(日) 旧暦:9月8日 日出:5時56分 日没:16時53分 月出:12時11分 月没:22時17分 月齢:6.89癸卯(きぼう,みずのとう) 六曜:仏滅 九星:九紫火星 選日:


今日の季語: 藤袴、蘭草、香草、香水蘭、あららぎ


 



 (風の詩より転載)



『フジバカマ(藤袴、学名:Eupatorium fortunei)とはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の一つ。


特徴
本州・四国・九州、朝鮮、中国に分布している。原産は中国ともいわれるが、万葉の昔から日本人に親しまれてきた。8-10月、散房上に淡い紫紅色の小さな花をつける。


また、生草のままでは無香のフジバカマであるが、乾燥するとその茎や葉に含有されている、クマリン配糖体が加水分解されて、オルト・クマリン酸が生じるため、桜餅の葉のような芳香を放つ。


中国名:蘭草、香草 
英名:Joe-Pye weed;Thoroughwort;Boneset;Agueweed(ヒヨドリバナ属の花)
かつては日本各地の河原などに群生していたが、今は数を減らし、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧(NT)種に指定されている。また「フジバカマ」と称する植物が、観賞用として園芸店で入手でき庭にも好んで植えられる。しかし、ほとんどの場合は本種でなく、同属他種または本種との雑種である。


薬草としての藤袴
利尿剤
風呂の湯に入れる


意匠
満州国の紋章


文学の中の藤袴
万葉集:秋の七草:「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)
源氏物語:夕霧は玉鬘に藤袴を差し出して「おなじ野の露にやつるゝ藤袴あはれはかけよかことばかりも」と詠いかける。
「むらさきのふぢばかまをば見よと言ふ二人泣きたきここち覚えて 晶子」(与謝野晶子の『源氏物語』訳より) 』(Wikipedia)



藤袴の俳句:


 ・藤袴歌に詠むべき名なりけり 佐藤紅緑


 ・あさっての花も済みたり藤袴 金子晉


 ・肉体というやっかいなもの藤袴 大西泰世


 ・みづからをすこし咎めて藤袴 友岡子郷


 


1946年(昭和21年)10月25日は、原口統三の忌日。


『原口 統三(はらぐち とうぞう、1927年1月14日 - 1946年10月25日)は、日本の詩人である。


朝鮮半島の京城府(現在のソウル)生まれ。大連一中を経た後旧満州国の所々を転々として一高文科に入学。この間の流転が彼の精神に深く影響を与えたようだ。一高入学後は上級生である清岡卓行(のちに作家となった)と親交を結び、フランスの詩人ランボーに傾倒する。寮内では眉目秀麗な秀才詩人として有名であったが、フランス会や文芸部の2, 3の友人を除き交友もほとんどなく孤独であったという。一高3年在学中の10月2日に自殺未遂、そして10月25日逗子海岸で入水自殺を遂げた。遺著『二十歳のエチュード』は、夭折した詩人の書として若年層男女の間で一定の人気に投じている。彼の自殺については唐木順三の『自殺について』(1950年)でも扱われている。』(Wikipedia)


芥川と共に青春以前に通過する里程が原口統三。
夭折したものの特権で、その後を生きた同時代人達(清岡卓行、森有正、橋本一明)の心の中に生き続けた。


ガラスのようなベルエポックは、清岡卓行の「海の瞳―原口統三を求めて」に留められている。



 

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2009年10月24日(土) 記事No.5945


以前はパソコンを自作する目的は安くできる事が大きな理由だったが、メーカー製のパソコンが安くなった今、自作すると反って高くなる。
 では目的は何だろう。


 


高級志向のマニアは、最高級のパーツを集めてメーカー製品のスペックを凌駕すること。ベンチマークの数値にこだわる爆速派。
筆者はこの趣味はない。


 


又、拡張性に意味もある。
パースが発売されれば、新しい機能を追加することが可能だ。


 


しかし、良いことばかりではない。メーカー製品はトラブルがあればメーカーが対応してくれるが、自作の場合は自己責任だ。


 


以前、ビデオの編集中に突然シャットダウンする事態が発生し困ったが、CPUのオーバーヒートらしいのでCPUクーラーを取り付けた事があった。作業は結構大変だった。
 トラブルが発生すると1日~数日かかりになることも予想されるので、土・日、連休でないと危険だ。


 


今回は、PCIスロットに拡張機能のカードを挿す作業を行った。
NETの情報ではハードのインストールの問題は流れていなかったので、簡単に済ませる積もりだったが、そうはいかなかった。


 


新しいカードを挿して、ケースを元に戻し、配線をし直し電源を入れたところ、画面は真っ暗なまま立ち上がらない。
恐れていたことが起きた。


 


配線を外し、新カードも外し、元の状態に戻して、再起動してみたが同じ症状で立ち上がらない。
 一瞬青くなったに違いない
 こんな時、パニックに落ちてはいけない。
過去の経験がそう自分に言い聞かせる。


 


マザーボードの内蔵電池を取り外し、マザーボードのリセットをして、電源を入れる。矢張り立ち上がらない
 試行錯誤で粘り強くするしかない。
ビープ音は、ピー、ピッピツピツピツ。
マニュアルを探して調べるとVGAカードを認識していないらしい。


 


VGAカードは触っていないのに不思議なことだ。


 


以前のトラブルでも同じような経験があったので、すべてカードは一旦取り外す。


 


本体にモニター、キーボード、マウスの最小構成で組む。
これでも駄目。
 解らない、理由が分からない。今迄良かったものが何故?


 


VGAカードのスロットを今迄使っていなかった右端のスロットに位置を変えてみた。
 これで起動した。


 


もう一度、新カードをVGAカードのスロットから最も遠いPCIスロットに挿した。
 電源を入れると立ち上がり、新カードのドライバーを入れると問題なくカードは認識された。
 やれやれである。


 


丸1日費やしてしまったが、これでブログも出来る。


 


いったい何だったのだろう。
理由は分からないが、動き始めたから良いことにしよう。
素人だから原因が分からなくても困ることはない、動けばよいのだ。


 



 

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