2009年03月08日 - 菜花亭日乗
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菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。 散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

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2009-03-08 (Sun)

2009/03/08 日記 貝母の花と修行僧

2009/03/08 日記 貝母の花と修行僧

2009/3/8(日) 旧暦:2月12日 日出:6時02分 日没:17時42分 月出:14時34分 月没:3時59分 月齢:11.06壬子(じんし,みずのえね) 六曜:先勝 九星:四緑木星 選日:八専入今日の花: 貝母(ばいも)の花、網笠百合、春百合、初百合      母栗 (今日の庭 より転載)『ばいも(貝母、フリチラリア、瓔珞百合) Fritillaria thunbergii 【ゆり科ばいも属】  原産地 中国ほか 10月に植える    3~6月咲...

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2009/3/8(日) 旧暦:2月12日 日出:6時02分 日没:17時42分 月出:14時34分 月没:3時59分 月齢:11.06壬子(じんし,みずのえね) 六曜:先勝 九星:四緑木星 選日:八専入



今日の花: 貝母(ばいも)の花、網笠百合、春百合、初百合
      母栗


 






(今日の庭 より転載)


『ばいも(貝母、フリチラリア、瓔珞百合) Fritillaria thunbergii
 【ゆり科ばいも属】  原産地 中国ほか 
10月に植える    3~6月咲き   花径4センチまで
外来種は赤色や黄色など多色あり  高温多湿を嫌う
日当たり地の排水の良い場所へ植える  苦土石灰を施す
葉先の曲がりが面白い  下向きに咲く花の内部に模様あり
乾燥した鱗茎(りんけい)を薬用とした  咳や痰に効く
日本では近種に黒百合や小貝母がある
鱗茎が2枚貝の形に似ているので名前がついた
草丈1Mまで、支柱が必要だ』(花図鑑)


 


貝母の花の俳句:



 ・貝母憂し母は白寿を疾くに過ぎ 中田モト子



 ・白き蝶貝母の花にまぎれくる 大場白水郎



 ・こヽろやさしくなる花貝母蕾して 及川貞



 ・やうやくに咲きし貝母はさびしき花 森田峠


 


修行僧だから、修行しているから地獄に堕ちないという保証はない。人間の心は六道を輪廻している。
 自分の心の有り様を自覚していることが心の修行には必要なので、僧だから、弁護士だから、教師だから出来るものではない。あくまでその人次第。
 酒の肴に仏道の話でもしたのだろうか。酒は楽しむもの、酩酊する為のものではない。
 貝母の花の姿を見て、自分の心の姿を自覚すれば良いのに。


『修行僧が酒飲み口論、同僚つき落とし死なす 滋賀の寺2009年3月8日2時12分


 滋賀県警は7日、同僚の男性修行僧を寮の縁側から突き落として死なせたとして、同県東近江市永源寺高野町、臨済宗永源寺派大本山永源寺の修行僧内山忠昭容疑者(52)を傷害致死の疑いで逮捕したと発表した。


 東近江署の発表によると、内山容疑者は6日午後11時半ごろ、境内にある寮1階の自室で、男性修行僧(47)を縁側から約50センチ下のコンクリートの路面に突き落とし、死亡させた疑い。男性修行僧は頭を強く打ち、同市内の病院に搬送されたが、7日午後1時ごろに死亡した。


 内山容疑者は同日午前11時ごろ、同署に出頭してきたという。自室で2人で飲酒中に口論となり「かっとなって縁側から突き落としてしまった」などと話しているという。永源寺などによると、寺には十数人の修行僧がおり、内山容疑者は20年近い修行歴があり指導する立場だったという。』(asahi.com)



 

2009-03-08 (Sun)

2009/03/08 驢鞍橋 上巻-29

2009/03/08 驢鞍橋 上巻-29

【原文】一日、去者草分を誦損ずるを呵して曰、我文もつづかざれども、汝等が為に、心の及程書曲て置に、年来左右に乍居、是を見分ぬと云様な無道心なる事有んや。扨もでかひ耻不知哉。爰に有は、只我をたらして、飯を心安く喰ん為か、其面にて我前に好出る事也。夫げな心にて、先々にて我を売り回り、我にも耻を与ゆる也。乍去我耻は、もはや二三年の耻也。汝が永劫閻魔の前の耻を顧ずや。扨々不義至極の者哉。我処に在ば、仏行は...

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【原文】
一日、去者草分を誦損ずるを呵して曰、我文もつづかざれども、汝等が為に、心の及程書曲て置に、年来左右に乍居、是を見分ぬと云様な無道心なる事有んや。扨もでかひ耻不知哉。爰に有は、只我をたらして、飯を心安く喰ん為か、其面にて我前に好出る事也。夫げな心にて、先々にて我を売り回り、我にも耻を与ゆる也。乍去我耻は、もはや二三年の耻也。汝が永劫閻魔の前の耻を顧ずや。扨々不義至極の者哉。我処に在ば、仏行は大形にしてなりとも、先我書を見分、不審も有ば問窮置べきに、文字さゑ見分ざるは、余り慚愧の事也。只汝は追出して乞食させたるが慈悲なるぺし。思ひ切、世縁をづんと離れ、身を捨て乞食し、乞出せば食し、若乞出ずんば餓死せんと、思ひ切って天道に任て行脚せば、楽に居て飲喰し、仏行を作たるよりも増なるべし。必ず無縁乞食修行すべしと也。



【要約】
 ある日。ある者が麓草分を読み損じたのを叱って言われた。
「自分の文章も充分ではないが、お前達のために考えが及ぶ限りのこをを書いておいたが、常日頃近くにおりながら、是が理解出来ていないというような怠け心であっていいだろうか。本当に極まった恥知らずだ。
 此処にいるのはただ自分を騙して飯を安心して食べる為なのか、その顔で良く自分の前に出る事が出来るものだ。その様な心根であちらこちらで自分を言いふらし、自分にも恥をかかせることだろう。しかし、自分の恥はもう二、三年の事である。お前の恥は永久に閻魔王の前での恥である事に思い至らないのか。それにしても悪い奴だ。
 自分の処にいるのならば、仏道修行は大凡にしても、まず自分の著書を良く理解して、解らないことがあれば質問してはっきりさせておくべきであるのに、文字さえ読めないことは、きわめて反省すべき事だ。
 ただ、お前はここから外へ追い出して、乞食修行させた方が慈悲の心になる。思い切って、世俗の関係から遠ざかり、自分を捨てて乞食修行をし、乞うて得られればそれを食べ、得られなければ餓死しても良いと思い切って、天上界への道を辿って行脚すれば、怠けて安心し飲み食いし、仏道修行するよりましだろう。必ず、知らない人への乞食修行を行いなさい。」と。



【註】
 麓草分(ふもとのくさわけ): 正三の主著の一つ。出家した僧のために修行の心得を書いている。17条の見出しを掲げ、一条ずつ解説している。
 
乞食(こつじき): 本来は仏教用語である。比丘(僧侶)が自己の色身(物質的な身体)を維持するために人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)。また托鉢。十二頭陀行(じゅうにずだぎょう)の一つで、これを清浄の正命と定める。もし自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命であると定める。
上記の事項が転じて、僧侶でない者が路上などで物乞いをすることを乞食(こじき)と呼ぶようになった。 (Wikipedia)



天道: 仏教でいう六道の一。天上にあるとされる世界。天上界。また、天上界へ通じる道。


 


【寸言・贅言】
正三の仏道修行は身命を賭したものである。死を日常化する、覚醒した心の状態を保つことが修行者には必要であると考える。
 毎日その日暮らしで安逸に流れ向上心を持たない出家に対しては厳しい態度で迫る。この僧は激しい叱責を受けている。今時の会社でこの様な叱責をすればパワハラと言われかねない。しかし、正三は人を見て法を説く人である。無闇に寺を出て乞食修行をすると言う若者には逆に寺に留まるように諭している。正三が見ているのは、弟子の心・人となりである。
〔三十二〕では、それを自ら応機説法と言っている。"