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  • 2007年09月 の記事一覧

2007年09月30日(日) 記事No.7233


9月30日(日)丁卯 旧八月廿日 先負 一粒万倍日



『9月30日生の性格:
 正義感が強く、困っている人を見るとほうっておけません。
 やや怒りっぽいのが玉にきずですが、単純で根に持たない性質なので、怒ってもすぐ忘れてしまいます。 』




『9月30日の誕生花は「「シュウメイギク」「秋明菊」
花言葉は「忍耐」




 



キンポウゲ科。多年草。
原産地は、中国の湖北省。
草丈は、50センチ~1メートルほど。
花期は、9~10月にかけて。
直径5~7センチほどの花を、枝分かれした茎の先に1輪ずつ咲かせます。
秋風に揺れる姿は、コスモスをさらにシンプルにした感じで、なかなかの風情。
花色は白、ピンク、紅紫など。一重咲きと八重咲きがあります。』
(366日・誕生花の辞典
http://www.366flower.net
 より転載)




朝から雨のぐずついた日になった。
今日は、ウィル愛知(財)あいち男女共同参画財団で日本酒の会の「板さんの料理教室」に参加した。
 参加記は、稿を改めて書くことにする。
今や男子厨房に入るべしの時代である。時宜にかなった企画である。



男女の家庭に対する内閣府の意識調査の報道があった。



『「妻は家庭」に反対、初の過半数=離婚否定派は大幅増-内閣府調査
2007年9月29日(土)17:04
 

 内閣府は29日、男女共同参画社会に関する世論調査結果を発表した。「夫は外で働き、妻は家庭を守る」との伝統的家庭観に反対と答えたのは2004年の前回調査比3.2ポイント増の52.1%で、初めて半数を超えた。賛成は0.4ポイント減の44.8%。内閣府は「性別による固定的な役割分担意識は弱まり、多様なライフスタイルを尊重する傾向が強まっている」としている。



 一方、結婚観をめぐる「相手に満足できないときは離婚すればよいか」との質問には、反対が47.5%と前回比7.4ポイントの大幅増で、逆に賛成は4.6ポイント減の46.5%。離婚容認派は1997年調査の54.2%をピークに減少傾向で、今回84年以来23年ぶりに否定派が多数に戻った。』[時事通信社]


 


この調査票は見ていないので知らないが、質問の性格上収入の前提条件が必要と思う。
 夫婦の収入だけを前提として、持ち家・子供二人の教育費(学習塾、私立大学進学、仕送り)を考えた場合、若くして夫の年収800万円のような恵まれた環境にあれば、外に出るか家にいるかの意識調査も意味があるだろう。しかし、年収400万を前提にすれば、意識の問題ではなく必要上共働きにならざるを得ないだろう。



笑山の見解は、親の遺産で家・財産はあるとか年収1000万以上あるとか、恵まれた環境を前提にすれば、妻が働きに出る必要はないだろう。社会見学も結婚までの経験で充分である。
 家庭は夫と妻だけの物ではない、子供が大きな構成要素である。子供の養育は、親は遊び回り、子供は自由放任で万事目出度く収まるほど能天気な問題ではない。
 特に家にいる奥様は、家庭が家族の維持のための擬制であることを十分理解して子供に接する必要がある。そうでないと、子供がある日斧を買って振りかざしたりすることも起きる。そんなことになるとは思っても見なかったでは遅いのである。




 

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2007年09月30日(日) 記事No.7234


日本酒の会sake Nagoya 特別企画「板さんの料理教室」に参加した。

 日時: 2007/09/30(日) 13:00~18:30
 場所: ウィル愛知(名古屋市東区上堅杉町1番地)
      2階 料理スタジオ
 講師: 板さんご夫妻 (「和食 加寿也」店主)
 「和食 加寿也」: 名古屋市中区錦二丁目12-2
               後藤ビル1F
          tel/fax 【052-201-6040】
          定休日:日曜・祝日
          営業時間:【昼】11:30-14:00
               【夜】18:00-23:00
          サイトhttp://wasyoku18.com/index.htm




生憎の雨模様となった。ウィル愛知は行ったことがないが、吉田屋の近くだと見当を付けて久屋大通駅から傘をさして歩く。
 日曜日なので吉田屋は閉店している。ウィル愛知に近づくに連れて、女性の姿が多くなる。数人の女性が歩いていく方向に目的地は在るだろうと考え従う。



 ウィル愛知は近代的な大きな建物であった。なかに入ると女性が一杯である。雨の日曜日だというのに、女性は元気である。
 2階は、1階の中空に回り廊下のように配置されている。料理スタジオはどこか彷徨いながら行くとガラス越しに見慣れた姿が見えた。閉じられていたドアを手前に引き、挨拶をしながら入室すると、既に板さんは、料理の下ごしらえ中であった。
 定刻の10分前だがまだ全員揃ってはいないようだった。


 




 講師の板さんは大根のかつらむきから刺身のツマを作成中。



この企画は、日本酒好きは肴にうるさい人が多い、日本酒も料理も勉強したい女性が多い、そんな人のための企画である。
 プロの板さんの指導の下6種類の料理を作り、できあがりの美味しいところを秋上がりの日本酒で楽しもうという企画である。
 贅沢な話ではある。


 


おっつけ全員が揃い、料理教室の始まりである。
料理スタジオには、料理道具、皿、茶碗、箸、流し、ガス器具必要な物はすべて用意されている。
 材料は、板さんがすべて用意して頂いている。参加者は、ただ教えて頂き、作り、食べ、飲むだけである。感謝の他はない。



【料理の献立】

次の6品を造る事になっている。
①いくら醤油漬け
②筑前煮
③秋刀魚の刺身
④秋刀魚のつみれ汁
⑤秋刀魚の蒲焼
⑥なめ茸と長芋のかんたん合え



5時までのタイムテーブルは、
 13:00 いくら
 13:20 筑前煮
 13:50 サンマを三枚に下ろす
 14:20 刺身、つみれ、和え物
 15:30 試食
 14:30 片づけ
 15:00 終了



①いくら醤油漬け
最初は、いくらの醤油漬けである。

・ボールのお湯(60°C)に酒・塩を入れる。海水と同じ濃度、かなり多い。


 




・筋子をボールに入れ、ほぐれやすくなるまで待つ。冷たい筋子が湯で温められる。


 




・つぶさないようにほぐす。
 〔技〕指先を使わない、卵が潰れてしまう。指の腹で押すようにする。筋子の皮と卵と分離し、皮は捨てる。


 




・ザルにあげ、筋子の皮のゴミ等を取り綺麗にする。
 ザルからボールに移したいくらは、赤い真珠のように光り輝いている。
 




 


・ボールに移し、醤油を入れ、いくらの表面を直接ラップで覆い、冷蔵庫に2時間置く。


 




 


②筑前煮
 材料: 鶏腿肉、にんじん、牛蒡、里芋、蒟蒻、干し椎茸、蓮根、さやインゲン、ごま油



《下ごしらえ》
・干し椎茸 前日から水につけて戻して置く。


 




・にんじん 皮をむき、乱切りにする。
 〔技〕皮むき器を使うとき、にんじんを持った手の平を上に向けない。皮がにんじんにへばりつく。手の平を60°くらいに傾けると、むけた皮は下に落ちる、それを水切りに直接落とせば、皮の片づけも必要なくなる。



・里芋 皮をむくとき、厚めに剥く。
 〔技〕素人は皮を見て、薄く芋の形に沿って剥こうとする、その結果、できあがりは超多面体の芋になる。プロの板さんは厚く皮を剥く。できあがりのイメージが頭にあり、そのイメージに合わせて剥いていく。完成すると、八角形の太鼓型の里芋になる。



・牛蒡 皮を剥き、斜めに薄く切る。



・蓮根 皮を剥き、穴に沿って縦に、四つ切りにしてから乱切りにする。


 




・蒟蒻 サイコロ状、捻りかりんとう状お好みで切る。
 〔技〕サイコロ状、角切りの場合は、味のしみこみのために斜めに格子状に刃を入れておく。


 




・さやインゲン 斜めに切り、緑の彩りのため、湯に通して色を良くする。


 



 



 




《調理の手順》
・最初に肉を炒め、後に野菜を炒める。
 〔技〕肉は皮を下にして、フライパンに入れる。


 



 



 



 



・鍋に干し椎茸の戻し汁・酒・砂糖を入れ、野菜に火が通るまで煮る。
〔技〕野菜に火が通るまで醤油は入れない。


 




・濃い口醤油を入れ煮る。


 



 


・アクを取り、味を見て、整える。
 〔技〕煮詰めた状態を考えて味を調整する。


 



 



 


・煮詰める。




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2007年09月30日(日) 記事No.7235


【秋刀魚の大名おろし】
秋刀魚の3種類の料理を作る前に、秋刀魚の下処理。
秋刀魚の大名おろしである。
(大名おろしとは、三枚に下ろすのだが、中骨に身が多く残る贅沢なおろし方なのでこの呼び名が付いている。秋刀魚や鱚(きす)等身の細い魚や小型の魚をおろすのに向く他、冷凍魚を半解凍の状態でおろすのにも適しているとのことである。)



〔手順1〕
秋刀魚の鱗を包丁を使ってとる。秋刀魚にも鱗はあります。黒い鱗が取れてきます。
 




〔手順2〕
 頭を落とし、腹に刃を入れ、内臓を取り出す。
  〔技〕腹に刃を入れる場合、肛門から刃先を入れ、上に向かって裂くと開きやすい。腹を取り出すとき、蛇口の流水に流しながら内臓を取り出す。俎板も汚れない。内臓を出した後、腹を歯ブラシで掃除すると、仕上がりが綺麗になる。


 




〔手順3〕
 頭の方を右に置き、刃を背骨のすぐ上に当て、背骨に沿って左の方に裂いていく。
 〔技〕
  ・包丁が片刃か両刃で角度を調整する。家庭用の包丁は両刃なので寝かせると良い。
  ・包丁はノコギリのようにギーコギーコし無い。刃に力が入る中央部分で引きながら切る。そのため、向こうに刃を動かすときは送るだけにし、引くときに力を込めて小骨を切る。
  ・左手の指で秋刀魚を押さえすぎない。秋刀魚は身が柔らかいので、身が潰れてしまう。
 
 



 




 



〔手順4〕
 片側が捌けたら、ひっくり返して同様に背骨に沿って捌く。

 




〔手順5〕
 腹の骨を除く。
 〔技〕頭を手前にして尻尾を上に向けて縦に置く。身の中央に近いところに刃を置き、腹の骨を大きめに取る。
 



 もう半身は、頭を上にし、尻尾を手前にし、同様に腹の骨を取る。
 


 



 




綺麗に三枚に下ろせました。大名おろしの完成です。
 



 


飲むだけではなく、釣りも得意で、魚の扱いに慣れた幹事さん達もレベルアップの努力は惜しみません。



 





これで、秋刀魚の下処理が終わりました。
これから、料理を始めます。上手く下ろせた身は刺身にし、中ぐらいの物は蒲焼きに、身が潰れたり、切れてしまった物はツミレにします。




③秋刀魚の刺身
 三枚に下ろした身を刺身にするには、皮を取ることと真ん中の背骨に付いていた小骨を取る必要があります。


 〔手順1〕
  皮を引く。
  〔技〕
   ・尻尾の方に刃を入れて、身と皮をくっつけている筋を切ります。この時皮まで切ってしまわないように、皮だけ残す。
 



 


   ・筋を切ったところの皮の上に包丁の刃の根元を置き、皮を押さえる。
 




   ・包丁は動かさずに固定し、左手の指で、皮を左に引く。皮を引くのみで、包丁は固定したまま動かさない。包丁で押すのではなく、皮の方を引く。皮の位置を持ち替えて、最後まで引く。



〔手順2〕
 小骨を取る。
 〔技〕片身を縦に置き、背骨骨の位置に残っている骨の左右に、上の方から下の方に刃を引いて切る。片身が真ん中で左右に切り分かれる。
 






 



〔手順3〕
 身を背から腹の方向に、横から3等分し、刺身皿に3段に積み重ねる。
 



 






④秋刀魚のつみれ汁

 〔手順1〕
  半身の皮を引き、細かく切り、包丁で叩きミンチ状にする。
 





 〔手順2〕
  すり鉢に入れ、擂る。途中、赤みそ、生姜、玉子、片栗粉を入れる。最後に葱を入れる。
 


 



 



 




 〔手順3〕
  昆布出汁を取り、味付けをし、つみれを左手で握り、親指と人差し指の間から頭が丸くなるように押しだし、ヘラですくい取り、出汁の中に落とす。つみれが一煮立ちしたら火を止める。


 


 



 





⑤秋刀魚の蒲焼
 三枚に下ろした片身をそのまま使います。皮を引く必要はありません。

〔手順1〕
 小麦粉を器にいれ、その上に片身を乗せ、上に小麦粉をかける。
 





小麦粉の白くなった部分は余分なので落とす。
 




〔手順2〕
 フライパンを強火で加熱し、油を引く。油の加熱が終わったら、小麦粉の付いた片身を、皮の方をしたにしてフライパンに置く。
 





〔手順3〕
 皮側に焦げ目が付いたら、ひっくり返す。
 


 






 



〔手順4〕
 火を止め、蒲焼きのたれをからませる。
 



 



〔手順5〕
 葱を繊維方向に切り、水に晒して白髪葱を作り、乗せれば完成。
 


 



 





⑥なめ茸と長芋のかんたん合え


 〔手順1〕
  長芋を短冊に切る。

 〔手順2〕
  海苔を炙る。

 〔手順3〕
  長いも、海苔、貝割れ大根を合わせる。
  最後に、なめたけ瓶詰めを入れる。
  〔技〕なめたけの瓶詰めは、食べる直前に合わせると水っぽくならない。


 





 

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2007年09月30日(日) 記事No.7236


予定の時刻を大幅に超過しましたが、とうとう料理が完成しました。
 




いくらは、冷蔵庫の中で冷やされています。



いよいよ、待ちかねた試食会です。
 





3グループに分かれて、テーブルに料理を並べます。


 





秋の秋刀魚料理に合わせた、冷やおろしを頂きながら。試食します。


 




料理のできばえ、お酒の話しに話が弾んでいます。



冷蔵庫のいくらは、釜揚げのご飯に乗せて、いくら丼で頂きました。あれだけの量のいくらがぺろりと無くなりました。
料理に関心のある人達である。流石に健啖家揃いである。


 




今日の料理に合わされた冷やおろしの銘酒たち。
左から
臥龍梅  純米吟醸
貴    特別純米
而今   純米吟醸
房島屋  純米吟醸
陸奥八仙 特別純米 瓶火無濾過



冷やおろしの解禁日は10月1日、幹事さんの力で1日早く、料理に合わせて頂くことが出来ました。


 写真には写っていませんが、もう一本 「I スペシャル」がありました。
 何でも大吟醸と純米酒のブレンドとのこと。



どの酒も冷やおろしらしく落ち着いて味が乗っていました。
個人の嗜好で、敢えて料理に最も合った物を選べば、臥龍梅、陸奥八仙の順であった。




【感想】

①以前から希望の多かった企画が漸く実現した。初心者にとって秋刀魚はちょっと難しかったが、何とか3種類の秋刀魚料理を頂くことが出来た。刺身、蒲焼きは特に美味しかった。つみれ汁は工程が多く作るのが大変な料理であることが理解できた。



②和食加寿也さんご夫妻が手押し車一杯の、新鮮な秋刀魚以下の食材を準備して頂いて、料理の講習、ゴミの処分すべてやって頂いた。感謝の他はない。



③プロの仕事と素人の仕事が実際に包丁を握ってみると、如何にレベルの違う物かが理解できた。
 三枚に下ろした秋刀魚の肌が全然違う。ご主人のそれは滑らかに平面が仕上がっている。我々のはデコボコである。
 里芋は出来上がりのイメージに合わせて皮が剥かれる。出来上がった物は八面体の美しい太鼓である。我々の物は超多面体の美しくない形のものである。



④大名おろしの仕方が、理解できたような気がする。忘れないうちに、この報告を復習しながら、練習してみよう。
 終了後、次回は天ぷらの講習の希望が出ていたが、テーマは何にせよ、加寿也さんに次回の講習をお願いしたいものである。



【雑句】

 ・男また料理教室秋時雨

 ・里芋を太鼓に剥きて筑前煮

 ・湯通しのインゲン若き萌葱色

 ・湯浴みして筋子は赤き珠の色

 ・旬秋刀魚三枚にしてお造りに

 ・三枚に秋刀魚下ろせずつみれかな

 ・包丁で秋刀魚を切らず指を切る

 ・蒲焼きの秋刀魚飾らん白髪葱

 ・新米の釜揚げ盛りていくら丼

 ・長芋に海苔貝割れになめこ合え

 ・冷やおろし技を伝えて而今(じこん)なり

 ・秋上がり臥龍梅の姿良し

 ・八仙は秋刀魚おろして冷やおろし

 ・房島屋味よ丸みよ秋上がり



 

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2007年09月29日(土) 記事No.7237


9月29日(土) 丙寅 旧八月十九日 友引 三隣亡



『9月29日生の性格:
 ファッションセンスの鋭さは自他共に認めるところ。
 カルチャー通で仲間の情報源になっている人も多いはず。
 マスコミ関係の仕事に向いてます。 』




『9月29日の誕生花は「ゲッカビジン」「月下美人」
花言葉は「はかない美」


 




夜開く、美しくかぐわしい大輪の花。
サボテン科。多年草。
メキシコ~ブラジルの中南米が原産地。
草丈は、2~3メートルにもなります。
花期は、7~11月にかけて。



直径20~30センチにもなる、アイボリーホワイトの大輪の花を咲かせるのは、夜。
辺りが暗くなってから開き、真夜中過ぎには、閉じてしまいます。
わずか数時間の「花の命」ですが、気温が低いと、明け方まで開いていることもあるようですね。まさに「月下の美人」。



じつは、この名前、「昭和天皇」にゆかりがあるんですって!
(いまの天皇陛下のお父様、ですね)
皇太子だった大正12年、台湾を訪れた際に、この花に目を留められました。
そして、付き添っていた総督に名前をお尋ねになり・・・
総督は知って知らずか(たぶん正式名称は知らなかったんでしょうね)、とっさに「月下の美人」と答えたそうな。
それ以降、この詩的な名前が定着した、とされています。』
(366日・誕生花の辞典
http://www.366flower.net
 より転載)


 


昨日までの陽気が嘘のような、肌寒さを感じるような天気となった。雨が降るような、降らないようなハッキリとしない空模様を押して、秋を求めて家から出ることにした。



今日のウオーキングは「初秋の木曽駒高原「きのこまつり」散策と旧中山道福島宿を歩く」である。
 きのこ汁をいただき、木曽福島の「くりこ餅」をいただき、秋の一日を楽しんで、帰宅。



夜はK1にGP開幕戦のTV観戦。



斯く一日は暮れた。

 

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2007年09月29日(土) 記事No.7238


雨が降るのか、降らないのかハッキリしない日になったが、秋の風物を求めて家を出た。


 


先週は、コース通り歩いたため祭り会場に着く頃には、目的の一つであった、松茸他の茸の網焼きが終わってしまっていた。
 今日は、コースを逆回りすることとした。



道の駅日義を通り山道にさしかかると、すでに山から多くの人達が下りてくる。手に茸の沢山入った袋をぶら下げている人もちらほらと目に付く。
 先方は下り意気揚々と歩いてくる、2車線の道路に付けられた広めの歩道で、足元はよい。こちらは登り、急坂ではないが延々と登りがつづくので結構疲れる。



会場近くになると「木曽駒高原きのこまつり」の立て看板と旗が目に入る。
 道路に駐車車両が見え始め、交通整理の係員が車を誘導するところまで来ると、ブラスバンドの音楽が聞こえてくる。


           


 



祭り会場はあまり広くない。テントが10個ぐらい張ってあり、町・村が店を張っている。
 五平餅・きのこご飯・朝もぎトウモロコシ・松茸・ぼうず茸等がパックされて売られている。
 トウモロコシの試食をする。甘くて美味しい。荷物になるので買い物は後回しにする。
 


 




第2会場の方では、きのこ汁のふるまいがあるというので行ってみる。天気が悪く人出が少ないのか、先着2000名の所為か、まだ終了していなかった。


 



 

味噌仕立てのきのこ汁である。ぼうず茸、キクラゲのような茸、袋茸など色々な茸の他に大根、牛蒡、里芋が入っている。薄めの味だが、秋の味が一杯である。お代わりをしてしまった。





第1会場に戻り、鮪のカマ焼きをおかずにきのこご飯を食べ、茸・トウモロコシを買おうとしたら、すべて売り切れていた。商店ではない補充はないので、荷物を厭わず、先に買っておくべきであった。



帰りの道は、下りである、足は軽い。坂の中間位に、木曽駒文化園と宿泊施設駒王がある。日帰りで風呂も入ることが出来るようである。施設前の広い庭と借景の山に白い雲がかかっている。
 心の広がる空間である。


 





次の目的の木曽福島の散策に向かう。


 


国道19号から福島の宿にはいると、大きな鳥居が目に入る。これは鳥居ではなく、関所の所在を示す門であった。
 道路を左にはずれ、直進すると木曽福島の関所跡である。入り口右には石碑、左には説明板がある。



     


 


福島関所は、1600年に近い頃、中山道の守りとして創設され 碓氷・箱根・新居と共に四大関所であった。
 廃関後施設は取り壊されて、域内も右半分は道路に使用され、民家も建ってしまって、往時を偲ぶ物は無かったが、昭和50年代から発掘整備が行われたと書かれている。比較的新しい施設である。


 



 


 


関所跡から市街道路に降り、散策マップを片手に歩く。木曽福島の造り酒屋七笑が目に入る。入ると時間を取られるので、表から覗くだけとする。


 




 


木曽福島の町並みは江戸期の景観の保存はほとんど無い。奈良井・妻籠・馬籠のように江戸の景観が多くのこり、再現されている町並みとは違う。
 4百年以上にわたり、この地を治めた山村代官の所在地であり、この地域の中心地であったため、明治以後の江戸破却が大きかったのだろう。
 江戸の町らしいところは上の段地区に僅かに再現されている。


 



 


有名な蕎麦屋くるまやの前を通りかかる。きのこ祭りでいただいた後であり、空腹ではなかったが、折角なので軽く蕎麦をいただく事にする。
 表は静かであるが、引き戸を開けて中にはいると、昼時はとっくに過ぎているが人で一杯である。
 片隅の席に座り、冷たい蕎麦をいただいた。


 




いわゆる冷やしたぬきである。蕎麦、天かす、刻み海苔、葱、ワサビがのっている。
 蕎麦は、玄蕎麦である。香りはよいがこしは強くない。出汁は甘からずしょっぱからず、こなれた熟成された味わいで大変に良い。
 食べ終わると、蕎麦猪口に5mmくらいの深さで出汁を入れて、急須に入れた蕎麦つゆがでた。頼まなくても出してくれるのは、意外性があって良いサービスである。
 蕎麦つゆは灰色に近い色をしており、とろみがあるもの。出汁だけ味見してみると、矢張りこなれた落ち着いたものである。たぬきそばの残り汁と比較すると、残り汁の方が葱・ワサビの薬味の味に天かすの旨みも乗って美味しい。
 蕎麦つゆで割るとどちらも美味しく頂けた。


 





くるまやの前には、木曽漆の専門店よし彦がある。特に目当ての物があった訳ではないが、店内に入る。
 良いものが置いてある店で、見ている内に欲しくなるから不思議だ。片口に良いものがある、欲しい物で比較的安いもので17000円の値段が付いている、衝動買いは避けて、最近古びてきた箸を買うこととした。


 



 


マップに従って歩いていると菓子田ぐちの前に出た。入りやすい明るい店で、すでに先客の女性が5名ほど買い物をしている。
 中にはいると、店の右半分が和菓子、左半分がショートケーキ中心の洋菓子である。
 



 季節柄、栗子餅と栗きんとんをおみやげにする。
(帰宅後いただいたが、栗子餅は真ん中の餅にたっぷりとした栗餡がまいてあり、栗のほっくりとした味の後、仄かに甘い柔らかい餅の食感がつづく上品な物であった。栗きんとんも良いが「すや」のものとそう変わりはない。栗子餅はお薦めである。)
 





木曽川もこの辺りは、そこの見えるまだ透明な水が流れている。
 


 








橋を右手に折れ、暫く歩くと、山村代官屋敷跡である。
山村氏は鎌倉幕府に祖を持ち、木曽氏の重心として仕え、関ヶ原の戦いに軍功があり、徳川時代を通じて代々木曽谷・福島関所を治めてきた家であり、強大な権力を持っていた。
 文政11年には、庭が20カ所そのうち築山泉水の庭が5カ所、その一つが現存する代官下屋敷跡である。


 



 


 


下屋敷を出て先に進むと、東門跡がある。ここに思いがけなく也有の句碑があった。句碑と言っても通常の物と違い、石垣の積石を平らに削り、そこに句と謂われが刻んであるが、風雪の重さに摩耗しているが、彫られている文字が近くの説明板に書かれている。
 1745年4月尾張藩主徳川宗勝が江戸から名古屋に帰る際、山村邸に一泊した。
 その時藩主に随行した家老の也有が紀行文「岐岨路紀行(きそじきこう)」に書かれている文が刻まれている。
「俎板のなる日はきかずかんこ鳥」
「けふは福島にて山村氏が亭に入らせたまふ家居つきづきしくのしめ裃にてもてさわぎて何くれともてなしたてまつる。鯛鰤などの膳にひろごりたるけふは山家めきたる心地せず」と刻まれている。
 ここで也有の句に出会うとは幸いであった。


 


     


 






【雑句】


 ・代官の守り伝えし木曽に秋



 ・木曽行けば秋のお江戸を辿る道



 ・木曽路来て栗子餅は仄甘し



 ・木曽谷の太き杉にまたの秋



 ・木曽の酒七笑いして秋に酔う


 


 

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2007年09月28日(金) 記事No.7239


9月28日(金)乙丑 旧八月十八日 先勝 不成就日



『9月28日生の性格:
 去るもの追わず、来るもの拒まずという付き合い方。
 友人に自分の方から積極的にはたらきかけるということがあまりありません。 』




『9月28日の誕生花は「ダンギク」「段菊」
花言葉は「忘れ得ぬ思い」


 




クマツヅラ科。多年草。
原産地は、中国・台湾・朝鮮半島や日本南部にかけての東アジア一帯です。
草丈は、30~60センチほど。
花期は、9~10月です。
花色は、青紫のほか、白やピンクもあります。



「忘れ得ぬ思い」を抱きつつ飾れば、きっと、美しい姿で癒やしてくれることでしょう。』
(366日・誕生花の辞典
http://www.366flower.net
 より転載)



家に帰る時間を調整するために、高島屋の日本酒売り場を見てみた。
 なかなか良い品揃えである。全国の銘酒と東海地方のコーナーがある。
 全国は、北海道から九州まで品揃えがある。男山、出羽桜、大七、菊姫、天狗舞、酔鯨、香露etc
 新潟の越乃寒梅の白ラベル、金無垢が正価で販売されていた。和歌山の黒牛が置いてあったのは嬉しかったが、純米酒だけで吟醸酒はなかった。
 李白酒造の試飲即売をやっており斗瓶取りの大吟醸を飲ませて頂いた。落ち着いた吟醸香の後、吟醸酒の世界が広がる。美味しい酒を飲んで李白の詩を読んでその世界に遊べば、世の中も美しく見えようというもの。



隣のチーズ売り場に寄り、いつもの通り「オールド・アムステルダム」を購入し、時間の調整を終わり帰った。


 

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2007年09月28日(金) 記事No.7240


日本企業が、アメリカ企業から事業の買い物をして、大損するケースが跡を絶たない。
 ニューヨークの高層ビルを買い失敗し、ソニーが放送会社を買い失敗し、日立はIBMが手放したHDD事業を赤字事業のまま売却するらしい。IBMが手放す物を日立はどうして成算有りと思ったのだろう、当時の社長・担当者に聞いてみたいものである。このような大失敗は、株主総会で追及されないといけないがどうなっているのだろう?
 原子力事業を買い取った東芝は大丈夫なのだろうか。過去の歴史を見る限り楽観は出来ない。



幕末から明治にかけて日本の金銀の交換比率が欧米に比し、銀に有利金に不利なのを知った欧米は、大量の銀を日本に持ち込んで、大量の金を日本から持ち去った。
 アメリカの国債を買った生保業界を中心とする機関投資家は、円高ドル安で大損したのはそれほど昔のことではない。大量のドルを保有しても、放出しようとすれば暴落する。自縄自縛である。フランスとか中国は金を買うそうだが、経済理論の理想論はおいて、ドルを金に換えることも考えるべきではないか。



植民地を経営した国の企業を手放す物を、植民地経営に遅れて参加し煮え湯を飲まされた国の企業が、買い取って上手く行くと考えるのは、歴史を知らない所行ではないか?



『日立製作所、経営課題の「HDD事業」売却を検討
2007年9月27日(木)21:51
 

 日立製作所が、不振のハードディスクドライブ(HDD)事業の売却に向けて検討を始めたことが27日、明らかになった。



 投資銀行を通じて既に複数の投資ファンドと売却交渉に入った模様だ。交渉次第では、事業の一部売却にとどまる可能性もある。日立は「業績改善を図るため、あらゆる方策を検討している」(広報部)と説明している。



 日立は2003年に約2000億円を投じて米IBMのHDD事業を買収した。しかし、主力のノートパソコン向け製品で競争が激化して製品単価が下落、HDD事業の子会社は04年3月期から4期連続で営業赤字が続いている。



 今期も当初は約330億円の営業赤字を予想するなど、HDD事業の再建は日立の最大の経営課題となっている。』(YomiuriOnline)


 


 

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2007年09月27日(木) 記事No.7241


9月27日(木)甲子 旧八月十七日 赤口 甲子



『9月27日生の性格:
 スケールの大きい人。
 ロマンチストで、将来のいろいろな夢をもっています。
 たとえ現実離れした夢でもきっとかなえそうなたくましさが、あなたの魅力でしょう。 』




『9月27日の誕生花「コスモス」、別名「あきざくら(秋桜)」。


花言葉は「乙女の真心」


 




キク科・一年草。  
園芸交配種で、メキシコが原産とされています。
草丈は、品種によって差がありますが、50センチ~2メートルほど。
花色は豊富で、桃色、白、紅、赤、黄など。茶色の品種もあります。



「チョコレートコスモス」と言って、色はもちろん、香りもココアっぽい!驚きです。
意外に思われるかもしれませんが、
実は、肥料分の少ない「やせた土」の方が生育に適しているんです。
茎も葉も繊細な感じですが、生命力の強さはかなりのもの。
可憐な乙女も、芯はとっても強靱なのでしょう・・・・。』


(366日・誕生花の辞典
http://www.366flower.net
 より転載)



2,3日前から地下鉄のエスカレーターが長蛇の列である。いつもはもっと階段を上る人が多いのだが、急に涼しくなったので、夏の疲れが出て身体がダルイのだろうか。
 一方、昼時の天ぷら屋さんは、夏とは違って、長蛇の列である。何事にも季節感はあるものだ。



 ・秋風や天ぷら屋前人の列




 

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2007年09月27日(木) 記事No.7476


         


「その時歴史が動いた 日中国交正常化」を昨晩見た。
今年は日中国交正常化35周年に当たるそうだが、30年も立つと歴史の評価が定まってくる事が解る、そのような感慨を持たせる番組であった。


田中角栄は常に光と影の存在である。
光は、政策立案能力、構想力、実行力、コンピューター付ブルドーザー、庶民宰相、今太閤、そして日中国交回復である。
影は、金権政治、数の政治、派閥政治、闇将軍、ロッキード汚職etc
 政治評論家の三宅がTVで良く発言する。「仕事も出来るが、悪いこともする政治家と悪いことはしないが仕事も出来ない政治家とどっちが良いか?」と。
 勿論、田中角栄は前者である。


佐藤栄作退陣の後を受けて、優勢を伝えられた福田を多数派工作で形勢逆転し首相になった田中は直ちに日中国交正常化のために中国に飛んだ。
 2日目の交渉は暗礁に乗り上げた。田中の「迷惑をかけた」という挨拶が、中国の怒りを呼んだ。あの大人の周恩来の目が怒気を含んでいる珍しい写真を見た。田中は、慌てず誠意を持って切り返した。


周恩来の言葉
「ご迷惑とは、中国では道ばたでうっかり女性のスカートに水をかけたときにわびる言葉でしかありません。それをあなたは、日中間の不幸な過去の説明に使ったのです。」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より。


田中角栄の言葉
「日本語で迷惑をかけたとは、万感の思いを込めてお詫びをするときにも使うのです。この言い方が中国語として適当かどうかは自信がない。」


人間田中の存在感である。


下の番組紹介では書かれていないが、田中の存在感を示すエピソードが番組に見える。


①日中の事務方の打ち合わせが行き詰まり、大平を代表とする事務方が憔悴・消沈して宿舎に帰ってきたとき、迎えに出た田中角栄は明るくこういったそうだ。
「こういう修羅場では、大学出は駄目だな~」
また、どうするか聞かれて
「これからどうしたら一番良いか、どういう案にするか、それを考えるのが大学出だ」。


②突然、周恩来が田中を引っ張り出してある場所に向かった。そこに待っていたのは毛沢東であった。
 日本を背負う責任者として毛沢東と会談した田中は宿舎に帰ってから、随行の女性医師を呼んだ。
 鼻血を出したのである。血圧が振り切れるほどの緊張の中、明るく振る舞っていたのである。
 女医に、鼻血のことは言っちゃいかんと3回繰り返し、口止めしたそうである。


③調印式が済んだ後、祝賀会の席で、
周恩来が正統的に
「これで日中間の新しい1ページが始まりましたね」
と発言した後、
田中角栄は、手にした盃(老酒?)を口に付けるのではなく、一息にぐいと飲み干し、周囲を見回して、こう言った。
「今日はもうこれで会議がないから大いに飲もう!」
 周囲の中国の要人達も、思わずどっと笑いの渦に包まれた。
人間田中の存在感である。


独自外交でアメリカの怒りを買った田中は、ロッキード事件で引きずり下ろされ、裁判で有罪、脳梗塞で倒れるという茨の道を歩む。
 国交正常化後20年の平成4年総書記であった江沢民が目白の田中邸を訪問し、中国へ招待する。


中国側の言葉
「田中先生は国交正常化に最も貢献した方。中国は永遠に忘れない」


病気の後遺症で半身不随、言語不自由な田中は色紙に自分の気持ちを書き、田中真紀子に代読させる。
「首相当時の決断が間違っていなかったことを確信したい一心で訪れた。私はこの20年間片時も目を離さず、日中関係を見つめてきたものである」


「大夫 棺を蓋いて事始めて定まる」(杜甫)
田中の歴史的評価も定まりつつあるようである。



【データ】 NHK オンライン番組紹介より転載


『その時歴史が動いた第300回 日中国交正常化 
 

放送日 
(本放送) 平成19年9月26日 (水) 
22:00022:43 総合 全国 
(再放送) 平成19年10月1日(月)
16:05016:48 総合 全国(北海道地方のぞく)
平成19年10月12日(金)
2:3503:18(木曜深夜) 総合 全国 
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。  
出演者 
キャスター 松平定知(まつだいら・さだとも)アナウンサー 
スタジオゲスト  石井 明(いしい・あきら)さん
(東京大学名誉教授 専門は国際政治学) 
インタビュー出演  橋本 恕(はしもと・ひろし)さん
(外務省中国課長(当時)、元駐中大使)
栗山尚一(くりやま・たかかず)さん
(外務省条約局長(当時)、元外務省事務次官、元駐米大使)
下條ゑみ(しもじょう・えみ)さん
(訪中団随行医師、宗仁会病院院長) 
 

番組概要 
その時: 昭和47(1972)年9月29日 
出来事: 日中共同声明に調印 
 

昭和47年9月25日、ときの総理大臣・田中角栄が北京を訪れた。戦後日本外交の一大課題、中華人民共和国との国交正常化のためだ。悲願の達成を間近に控え、メディアは交渉の順調ぶりを伝えていた。
しかし実際の外交交渉の現場は紛糾していた。日本の戦争責任についての謝罪をどう表現するのか?日本は、中国が認めない台湾との関係をどう清算するのか?4日間を予定した交渉は2日目ですでに暗礁に乗り上げていた。そして最大の争点は「日中戦争はいつ終わったのか」という問題に絞られていく。台湾と日華平和条約を結んだ昭和27年に日中戦争は終わったと主張する日本。しかし、中華人民共和国側は、日華平和条約は無効であり、日中戦争は今回の共同声明の公表の日に終了すると主張。両国の主張は平行線をたどった。それがなぜ、残り2日の話し合いで合意にたどりつくことができたのか。 
息詰まる外交交渉の裏側を、当時の関係者の証言を軸に、日中双方の豊富な記録を交えて描く。 
番組の内容について 
その時歴史が動いた「放送300回」について
2000年の放送開始以来、再放送等をのぞく放送の回数が、今回で300回を迎えました。
番組の構成について
両国の交渉の内容については、外務省に保管されている「日中国交正常化交渉記録」をベースに構成しています。
それ以前の国内での田中の動勢については、田中角栄の秘書の回顧録や、田中の中国政策のブレーンとして動いた、外務省中国課長(当時)の橋本恕氏をはじめとする、当時の外務省職員への直接の取材を元に構成しています。

 

登場人物の言葉 

田中角栄の言葉
「今回の訪中を是非とも成功させ、国交正常化を実現したい」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より。

周恩来の言葉
「日中両国には様々な違いはあるが、小異を残して大同につき、合意に達することは可能である」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より。
なお、日本では「小異を捨てて大同につく」というが、中国語では「小異を残して大同につく」というのが自然な表現であり、交渉の場でも周恩来がそのように発言したことは中国側関係者の複数名が証言している。
(「記録と考証 日中国交正常化」岩波書店より)


高島条約局長の言葉
「日中戦争の講和や賠償の問題は日華平和条約で終わっている。今回は日中の外交関係樹立によって生じる将来の問題について話し合いたい」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より、一部意訳。

 

周恩来の言葉
「ご迷惑とは、中国では道ばたでうっかり女性のスカートに水をかけたときにわびる言葉でしかありません。それをあなたは、日中間の不幸な過去の説明に使ったのです。」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より。


田中角栄の言葉
「日本語で迷惑をかけたとは、万感の思いを込めてお詫びをするときにも使うのです。この言い方が中国語として適当かどうかは自信がない。」
「姫鵬飛回顧録」より。
また、中国外交部档案館にある中国側の公式記録「日中国交正常化交渉記録」にも同様の記述が残っていることが矢吹晋「激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実」(日経BP社)にも記述されている。


周恩来の言葉
「日本と台湾が条約を結んだ昭和27年には、台湾の国民政府は大陸から逃げ出していた。彼らが全中国を代表して戦争を終わらせたなど、とんでもない話だ。」
日本外務省「日中国交正常化交渉記録」より。


大平正芳の言葉
「日中両国のこれまでの関係は『不自然な状態』と表現できないだろうか」
今回の番組での橋本恕中国課長への取材、並びに「記録と考証 日中国交正常化」(岩波書店)内での橋本中国課長の証言より。


毛沢東の言葉
「けんかはもうすみましたか けんかはさけられないものですよ」
「記録と考証 日中国交正常化」(岩波書店)より。また、今回番組スタッフが取材した中国側通訳、王効賢さんの証言より。


毛沢東の言葉
「あなたがたはあの『ご迷惑』問題をどのように解決しましたか」
『矢吹晋「激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実」(日経BP社)』に引用されている、中国外交部档案「日中国交正常化交渉記録」より。

 

田中角栄の言葉
「我々は中国の習慣に従って改めるよう、準備しています」
『矢吹晋「激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実」(日経BP社)』に引用されている、中国外交部档案「日中国交正常化交渉記録」より。

 

毛沢東の言葉
「しかし迷惑をかけたという言葉の使い方は日本の首相の方がうまいようですね」
日本に帰国した田中が自民党で行った報告会での発言より引用。1972年10月1日付毎日新聞記事等に記載あり。

 

周恩来の言葉
「これで日中間の新しい1ページが始まりましたね」
1972年9月30日 読売新聞朝刊記事より。

 

田中角栄の言葉
「今日はもうこれで会議がないから大いに飲もう!」
1972年9月30日 読売新聞朝刊記事より。

 

中国側の言葉
「田中先生は国交正常化に最も貢献した方。中国は永遠に忘れない」
1992年8月29日 毎日新聞記事より。


田中の言葉
「首相当時の決断が間違っていなかったことを確信したい一心で訪れた。私はこの20年間片時も目を離さず、日中関係を見つめてきたものである」
1992年8月29日 毎日新聞記事より。 』

 

 

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