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2019年05月04日(土) 記事No.7539


天皇陛下の即位をお祝いする一般参賀が開催され、14万人に登る国民が皇居に集まり、お祝い申し上げた。


「天皇陛下、即位後初の一般参賀「手を携えて世界の平和願う」(令和元年54日)」


https://youtu.be/S6vKyfhJp-s



『一般参賀に14万人余 天皇陛下「国民の幸せと世界の平和を」
2019
54 1749

天皇陛下の即位を祝う一般参賀が4日、皇居で行われ、14万人余りに上る大勢の人が訪れました。天皇陛下は即位後初めて一般の人たちを前におことばを述べ、この中で国民の幸せと世界の平和を願われました。

3日前の今月1日に即位された天皇陛下の即位を祝おうと皇居には大勢の人が詰めかけ、皇居の正門の前には午前9時すぎの時点でおよそ5万人が集まり、予定より20分早く門が開けられました。待っていた人たちは二重橋を通って宮殿の前に向かいました。

天皇陛下は、皇后となられた雅子さまや皇位継承順位1位の「皇嗣」となられた秋篠宮さまなどの皇族方とともに宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに笑顔で手を振って応えられました。

皇后さまは黄緑色のロングドレス姿で、天皇陛下とことばを交わしながら笑顔を見せられていました。

そして天皇陛下は即位後初めて一般の人たちを前におことばを述べられました。

この中で、訪れた人たちからの祝意に感謝のことばを述べたうえで「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともに、わが国が諸外国と手を携えて世界の平和を求めつつ、一層の発展をとげることを心から願っております」と述べられました。

天皇陛下は4日一日で皇后さまや皇族方とともに合わせて6回ベランダに立ち、祝賀に応えられました。

東京の都心は最高気温が25度近くになり、天皇陛下は午後2時からの5回目以降には、これまでのおことばに加えて「暑い中、来ていただいたことに深く感謝いたします」と述べ、訪れた人たちへの気遣いを見せられていました。

宮内庁によりますと、4日参賀に訪れた人は141000人余りに上ったということで、平成以降の一般参賀では上皇さまの退位を前にしたことしの新年の参賀に次いで2番目に多い人数になりました。
上皇さまのおことば受け継ぐ
4日の天皇陛下のおことばは、29年前、上皇さまが即位を祝う一般参賀で述べられたおことばを受け継ぐ内容になりました。

前回の平成2年11月の参賀で上皇さまは、国民からの祝意に感謝の気持ちを表したうえで「ここに皆さんの幸せを祈り、わが国が世界の国々と相たずさえ、人類の平和と福祉を求めつつ、ともに発展することを心より念願いたします」と述べられました。

4日、天皇陛下は「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともにわが国が諸外国と手を携えて世界の平和を求めつつ、一層の発展をとげることを心から願っております」と述べ、上皇さまと同じように国民の幸せと世界の平和を願われました。
専門家「平成スタイルを踏襲」
象徴天皇制を研究している名古屋大学の河西秀哉准教授は、4日の天皇陛下が述べられたおことばについて、「平成は皇室が国民的な支持を受け、尊敬の具合、共感の具合が高かったがきょうのおことばは基本的には、平成のスタイル、形式をそのまま踏襲しているものだったと思う」と述べました。』
NHK NEWS WEB


ご退位の日は、遣らずの雨が降り続いた。
これは、お天気も感謝の涙だった。

今日は、風薫る春、お祝いに相応しいお天気だった。





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2019年04月01日(月) 記事No.7502


譲位による新天皇の時代が1月後に始まる。
その元号が今日決定し、公表された。

平成の時は、昭和天皇のご崩御を起点にしての決定だったから、突然の感覚から、平成と言う漢字になにか違和感を感じた。

今回は、譲位によるもので、準備が進んでいることは周知のことで、新元号の予想などが広く行われてきた。
そのため、「令和」という文字、典拠は「万葉集」と説明を受けると、スルスルと眼も耳も心も馴染んだ。

伝統を重んじる世界の習慣からすると、日本の古典「万葉集」を典拠としたことは画期的だった。

歌の内容も良い。
歌の言葉も快く響いている。



『新元号は「令和」と発表 日本の古典「万葉集」から初引用
4/1(
) 11:41配信FNN.jpプライムオンライン

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(画像:FNN PRIME

政府は41日「平成」に代わる新たな元号を「令和」と発表した。

続いて正午頃に安倍総理大臣が談話を発表し、新しい元号に込められた意義などについて、国民に直接伝えることにしている。

【画像】新元号「令和」発表の瞬間はこちら…

元号を改める政令は1日中に公布されて、皇太子さまが新天皇に即位される51日に施行され、その日の午前0時に元号が切り替わる。

新たな元号は、最初とされる「大化」から数えて248番目となる。

「令和」は日本最古の歌集「万葉集」にある「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」との文言から取られたもの。これまでの元号のほとんどが中国の古典から選ばれており、今回、初めて日本の古典から選ばれた。』
FNN PRIME





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2019年02月26日(火) 記事No.19


尾畠氏が、徒歩で大分まで帰る79歳の挑戦を断念していた。

そろそろ愛知県に入る頃かと思っていたが、24日に娘夫婦の車で、大分に帰ったそうだ。

理由は、交通事故に因る死亡などの事故を回避するためだそうだ。
TVで放映していることもあって、道中行く先々で、多くの人が待っていて、握手・サイン・会話攻めに会う、律儀な尾畑氏は丁寧に歓迎する人たちに応える。
道路は、車の停車が多くなり、交通渋滞を引き起こす可能性がある。
このまま続行すれば、危険なので、それを回避するために、心ならずも断念したそうだ。


『“スーパーボランティア”尾畠さん涙の断念…東京から大分まで歩く旅「人の命にはかえられない」
2/26(
) 19:03配信 東海テレビ

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FNN
の取材に応じる尾畠さん

“スーパーボランティア”として知られる尾畠春夫さんが東京から大分まで歩く旅に挑戦していたことはご存知の方も多いと思います。

静岡から愛知にまもなく入るということで取材をしたところ、意外な場所にその姿がありました。

一人でリヤカーを引き、歩き続けるスーパーボランティア尾畠春夫さん、79歳。

1月19日、東京を出発した後、大分の自宅までのおよそ1100キロをテントで寝泊まりしながら旅を続けてきました。

尾畠さんは、歩いているとのウワサを聞きつけ集まった住民たちが求めるサインや写真にも…。

尾畠さん:
「はい、お待たせしました」

住民:
「ありがとうございます」

尾畠さん:
「お次の方どうぞ」

時間をかけながら、“尾畠スマイル”で丁寧に対応します。中には、尾畠さんと会えて涙を流す男性も…。

感涙した男性:
「やっぱ感動しました。抱きしめてもらった時の力強さはちょっと(経験したこと)ないですね。それに感動しました」

リヤカーは、住民達から貰った差し入れが山積みに…。

尾畠さん:
「楽しみはみなさんとの出会い。一期一会ですかね。みなさんとたくさんお話をさせていただきたい」

そんな中、まもなく尾畠さんが愛知県にやってくるとの情報が。そこで…。

(記者リポート)
「愛知県豊橋市です。スーパーボランティア尾畠さんがまもなく静岡を横断してこちらの方にやってくるということです」

東海テレビの取材班が向かったのは、静岡と愛知の県境。

(記者リポート)
「静岡との県境に着きました。小さな川をはさんで東側が静岡、西側が愛知ということでこのあたりで尾畠さんを迎え入れたいと思います」

御年79歳…。尾畠さんの足取りを止めないよう、あくまでじっと待つことに。

(記者リポート)
「けっこう車通りはあるんですが、歩く人の姿はまったく見られませんね…」

リアルタイムな情報をつかむため、ツイッターでも検索してみますが、有力な手掛かりは得られません…。実は尾畠さんの姿が、24日から確認できなくなっていたんです。

そんな中、大分・日出町で25日、FNNの取材班が尾畠さんに接触することができました。尾畠さんは、すでに大分の自宅に帰っていたんです。

尾畠さん:
「帰ってきたばっかりでな。ちょっと寝てから休憩すりゃいいのにと思うかもしれんけど、次のボランティアで使うものを準備したり目についたことをすぐせんと気が済まん」

次のボランティアに向け、準備を整えていました。

尾畠さん:
「体力的な疲れはないけどね。精神的な疲れはなかなか抜けないね」

“精神的な疲れ”…一体何があったのでしょうか。

Q.
いつ大分に戻ったんですか?

尾畠さん:「24日の午後。日曜日に歩いたら地元の方やらが通行人が集まってるのを見て、車を左側にずっと止めて、ハザードをつけて交通渋滞になって。いつ事故が起きてもおかしくないなと思って、今回はここで一応旅を打ち切って身を引いた方がいいなと思って。だから誰にも知らせずにスッと身を引いたんです」

静岡県内を歩き続けた尾畠さんを一目見ようと住民たちが次第に殺到し、警察も出動する騒ぎに…。見物に来た人たちが事故に巻き込まれてはいけないという思いから、志半ばで旅を断念したのでした。

娘夫婦の車に乗せてもらい大分まで戻ったという尾畠さん、家の中にはリヤカーに積んでいたたくさんの差し入れが…。

尾畠さん:
「皆さんからたくさん支援物資やお声をいっぱいいただいて、身に余ることをいっぱいしてもらって、感謝の気持ちでいっぱいですけど。人の命にはかえられんから、人の道、仁義として(人命を)守るべきやなって。皆さんからもらった…励ましの言葉をもらったのに…途中でもうやめて逃げ帰ったみたいな状態だったけど。途中でやめてしまって本当に申し訳ないなって気持ちでいっぱいだけどね。私は受けた恩は絶対忘れないから必ずなんかの形で、恩返しはさせてもらいたいなと思ってます」

(東海テレビ)


TV
の放映下で、大分まで歩き続けることは困難だと思う。
何十人何百人の人が待ち構えていたら、その応接時間だけで終わってしまい、1歩も進めないことになる。
事故を回避するために、断念されたことは、小畑さんらしい決断だと思う。
また、別の形で全国の困っている人や悩んでいる人を元気づけていただく様希望する。



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2019年02月22日(金) 記事No.24


先に行われた順位戦C級の昇級がかかった試合には、杉本師匠も藤井聡太七段も負けてしまい、大方はがっかりした。

その後、藤井七段は朝日杯の連覇を達成し、落ち込むどころか一皮むけてパワーアップした事を感じさせファンを安心させた。

一方の杉本師匠も負けてはいなかった。
今日行われた対局に勝ち、七段昇段後公式戦190勝を達成し、八段昇段条件を満たした。

藤井七段の活躍も杉本七段の指導と愛情があってこそなので、この昇段は良かった。
杉本新八段も、まだまだ上を目指して頑張っている。その姿を見れば藤井七段も思う存分活躍ができる。

名古屋の将棋界を二人で引っ張って行ってほしいと思う。


『藤井七段の師匠・杉本昌隆七段、弟子より早く八段に昇段
2019/02/22 17:49
朝日新聞

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将棋棋士の杉本昌隆さん
(
朝日新聞)

将棋の高校生棋士、藤井聡太(そうた)七段(16)の師匠にあたる杉本昌隆七段(50)が22日に行われた対局に勝ち、八段への昇段を決めた。「七段昇段後、公式戦190勝」という昇段の条件を満たしたため。昇段は同日付。弟子の藤井七段よりも早く八段に昇り、師匠の貫禄を示した。

杉本新八段は名古屋市出身。故板谷進九段門下。1990年10月、四段に昇段し、プロデビュー。95年12月、五段昇段。2000年7月、六段昇段。06年2月に七段昇段。四段から七段へは15年余り、七段から八段へは13年がかりで、昇段を果たした。

弟子の藤井七段はスピード昇段。16年10月1日付で四段昇段、18年2月1日に五段昇段、同年2月17日に六段昇段、同年5月18日に七段に昇段した。プロ入り後、1年7カ月余りで四段から3回昇段して七段まで駆け上がった。

七段から八段へ昇段するには「七段昇段後、公式戦190勝」のほかに「(名人戦の予選にあたる)順位戦でA級昇級」「竜王位1期獲得」「タイトル2期獲得」という条件がある。

藤井七段が、いつ、どんな形で八段に昇段するかも注目されている。

終局後、記者の質問に対し、杉本新八段は「師匠の威厳を見せられたかなといったところでしょうか。(藤井七段には)早く追いついて欲しいなという気がします」と話した。また、日本将棋連盟を通じて「子どもの頃、将棋を覚えて棋士を志した時から、八段昇段は目標でした。これからも弟子に負けないように勝ち星を積み上げていきたいです」とコメントした。

また、師匠の昇段を受けて藤井七段は「八段昇段おめでとうございます。対局や普及に全力で取り組む師匠を尊敬しています。これからもますますご活躍されることを祈念しています」とのコメントを発表した。(佐藤圭司)』
(朝日新聞)




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2019年02月18日(月) 記事No.29


昨年はダークホースで気がついたら優勝していた感があったが、今年は本戦から参加で、マークされていた。

しかし、実力者揃いの本戦を勝ち抜いて優勝した。
特に、決勝は今最も強いと言える渡辺明棋王を圧倒しての勝利だった。
最早、早指しでは藤井七段が最も強い事を世の中に示したと言える。


『絶好調だった“永世二冠”渡辺明棋王に勝利 トップ棋士を次々に倒す藤井聡太七段の現在地
2019.02.17 08:30


216日の朝日杯将棋オープン戦で、藤井聡太七段(16)が昨年に続く優勝で、羽生善治九段(48)が2013年から3連覇して以来となる、史上2人目の朝日杯連覇を達成した。昨年も羽生九段、広瀬章人竜王(32、当時八段)、佐藤天彦名人(31)ら、将棋界のトップ中のトップを下して優勝したが、本戦から出場となった今年も順位戦A級棋士、朝日杯歴代優勝者、そしてタイトル通算20期を誇る超トップ棋士と、強豪たちに完勝といい内容で頂点まで駆け抜けた。果たして、藤井七段の棋界における立ち位置はどこまで上がっているのか。

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今期、朝日杯で倒したのは1回戦で稲葉陽八段(30)、2回戦で糸谷哲郎八段(30)がいずれもA級棋士。準決勝の行方尚史八段(45)は、朝日杯の第1回優勝者でタイトル挑戦経験もある。そして極め付きは、決勝の渡辺明棋王(34)だ。藤井七段は史上5人目の中学生棋士して話題になったが、その4人目が渡辺棋王。竜王位と棋王位でそれぞれ永世資格を持つ“永世二冠”で、タイトル通算20期は歴代5位に入っている。

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渡辺棋王にいたっては、実績だけではなく、今年度は絶好調だった。藤井七段に決勝で敗れるまで、直近20局はなんと191敗。しかも15連勝、敗れて直後に5連勝と、とにかく勝ちまくっていた。対局も「鬼の棲家」と称される順位戦B1組や、タイトル戦といったものが大半を占め、開催中の棋王戦五番勝負(20敗)、王将戦七番勝負(30敗)では、いずれもタイトルにあと1勝と迫っていた。力が衰えつつある“元トップ棋士”ならまだしも、現役バリバリのタイトルホルダーが、しかも絶好調だったにもかかわらず、藤井七段に完敗を喫したことは、昨年達成した史上最年少156カ月での棋戦優勝よりも、同じプロ棋士の中に走る衝撃は大きいかもしれない。

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改めて、今年度の藤井七段の成績と対戦相手を見てみれば、29連勝で沸きに沸いた1年目よりも、凄みを感じるものが浮かび上がってくる。今年度の成績は、広瀬竜王と勝利数でトップタイとなる407敗。勝率は、中原誠十六世名人が持つ最高記録0.8545478敗)に迫る.851で単独トップだ。昨年は61勝を上げ、勝率0.8356を記録したが、今年度は予選免除の棋戦もあり、順位戦もC1組に上がったことから、対戦相手のレベルが1ランク上がった。また、偶然にも対局前の振り駒で後手番となるケースが多く、今回の朝日杯では4局すべて後手番。今年度の全対局を見ても2/3が後手番だ。7敗のうち5敗は後手番で、巡り合わせ次第では29連勝に匹敵する連勝記録を打ち立てていた可能性すらある。

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ファンの間で愛用されている、棋士の現在の力を示す「レーティング」はいろいろあるが、藤井七段はトップ5に入っていることがほとんど。そのレーティングでもトップである渡辺棋王を破ったことからも、現在7人いるタイトルホルダー級の実力を兼ね備えていると言っても、過言ではない。少なくとも連覇を果たした朝日杯のような、若手有利とされる早指し棋戦では、もはや全棋士から「打倒藤井」とターゲットにされる存在になった。

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将棋ファン待望の藤井七段のタイトル獲得。現在、各棋戦で奮闘中だが、より近い将来に実現するだろうことを確信させる、そんな朝日杯連覇となった。
CAbemaTV
AbemaTV
https://abematimes.com/posts/5734577
より転載)



渡辺明棋王も自身のブログで、決勝の敗戦の反省と今後の藤井七段との勝負に対しての決意を述べている。


『朝日杯準決勝、決勝。
2019-02-16 |   
対局

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準決勝は千田六段戦。優勢ながら攻められて大変でしたが図の▲86桂ではっきりしました。以下は攻め合いでの1手勝ちで決勝へ。



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決勝、藤井七段戦。
図の△34歩に対して▲75銀と打つのが唯一のチャンスでしたが、全く気が付きませんでした。なので藤井七段は「図の1手前の△34歩では△75銀だった」という二回り上(こっちは▲75銀に気が付いてないので△34歩が疑問手なんて夢にも思わない)の反省をしていて、大盤解説で佐藤名人と二人掛かりでも先手が良くならなかったですね。
先手番で角換わりを拒否してまで作戦を主張して、相手の対策が十分ではない状況なら少なくとも「指し易い~やや有利」くらいにはなることが多いんですが(それが先手番の有利性でもある)
それを互角で乗り切られて、図の▲75銀しかチャンスが無い、なおかつこっちは全く気が付かないのに相手は全部読んでるってことがあるのかな、と()・・・
序盤も理解度が深いし、弱点が見当たらないんですが、たまには負けたり苦戦する将棋もあるはずなので、次回までにそれを研究したいと思います。』
(渡辺明ブログ
https://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/8ed18a93f4c6bc7747504feaf27f8e50
より転載)


勝負の分岐点の「▲75銀と打つのが唯一のチャンス」の話は、素人の筆者には理解出来ないが、渡辺明棋王が気づかないのに藤井七段は読んでいたそうなので、そこが反省点と述べている。

今後長時間の対局の経験を積めば、藤井七段はA
級クラスの実力を発揮できることは間違いない。




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