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2019年03月23日(土) 記事No.7479


今上天皇の在位期間も残り少なくなった。
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1日桜の花が日本を美しく彩る刻、新元号が発表される。

そして桜の花が散り、長い連休の過ごし方に関心が集まる頃、譲位は目前になる。

この番組を見て、今上天皇の偉大さを改めて理解できた。

被災地で国民に寄り添うお姿から、穏やかで優しいお人柄と思ってきたが、それは確かだが、それだけでは語り尽くせない幅も奥行きもあるお人柄であると理解できた。

非常に積極的で、ある意味攻撃的なお考え方だと思った。
まず、先例に囚われないお考えだ。
伝統的な歴史を持つ世界ではありがちなことだが、前例・先例に従えば、問題がないということになりがちだ。
悪く言えば、事なかれ主義だ、ところが今上天皇は必ずしも先例には囚われないお考えだ。
・お妃を民間から迎えられた
・お子様を手元に置かれて、養育された
こうしたことは、勇気があり大胆でなければ最後まで考えを貫くことは出来ない積極果敢な勇敢さが必要だ。

この番組でも、その勇敢さが現れたご活動を紹介している。
・被災地に足を運び国民に直接お話をされる
・中国に歴代初めて訪問され、先の大戦についてお話をされ、中国国民の理解を深められた
・戦地への慰霊の旅を国内外で続けてこられた

特にそう感じたのは、譲位の発案の件だ。
将来を見て用意周到に準備して、今まで無いものを作り出されてしまう。
元侍従長を含め皇室関係者を集め、譲位を提案されたのは今上天皇だった。
皇室典範にも憲法にも譲位の規定はない。

側近の人たちは、お務めは皇太子に任せ、皇位は其の侭続けられるように進言したが、今上天皇は一歩も退くこと無く、お務めと皇位は切り離せないと主張されたそうだ。

そして、もう間もなく譲位が行われようとしている。
これは、他の誰かが起案したものではなく、今上天皇が将来を考え、行動を起こして、実現されたことだ。

言葉で言うのは簡単だが、実行することは難しい。
前例、仕来りのある世界では、因循姑息な考え方が一般的であり、これに屈すること無く、新しいことを行うことは勇気と実行力と用意周到さが無ければできることではない。

今日、改めて思った。
今上天皇は、国民に寄り添う穏やかな優しいお人柄なのだが、それだけではなく、事によっては、用意周到に手順よく難しいことを新しい考え方で実現まで持っていく勇猛果敢なお人柄だ。

日本人は、敬愛できる天皇陛下をいただいて、幸せな国民だ。


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NHK
http://www4.nhk.or.jp/taii-sokui/x/2019-03-23/21/26446/2926048/
より転載)


良い番組だった。
「天皇 運命の物語」シリーズ全4回は、429日に纏めて再放送される。

見逃すことは出来ない。





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2017年08月15日(火) 記事No.856


休戦記念日の今日、19:30NHKスペシャルでは、最も無謀な作戦と言われるインパール作戦を取り上げていた。
山中の13度目の防衛戦を見るつもりだったが、この番組を見ているうちに負けてしまった。

兵站を無視した神懸りな荒唐無稽の作戦が実行され、3万人の兵士が、戦闘より飢えと病気のために命を落としてしまった。その失敗の責任は追求されることもなくうやむやにされてしまった。


作戦の失敗が色濃くなった頃、牟田口廉也司令官は患部将校たちを集めて訓示した。

“諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…。”

このような司令官の作戦が成功するはずもない。

インパール作戦が立案され、実行され、驚くべき兵の命がジャングルの中に失われ、その後責任を取る者はいなかった。
この失敗は多面的な問題を抱えており、一つの観点からだけでは全体が見えない。

牟田口司令官の狂気のような功名心が引き起こしたことは間違いないが、それだけではない。誰が作戦を許可したのか、神懸りの作戦を検討する人・組織はなかったのか、作戦を立案・実行した上層部は戦後を生きたが何故責任を取らなかったのか。
様々な問題点があり、反省点として今後に活かす必要がある。


死線を彷徨った後英軍の捕虜となり、戦後を生き証言者となった斎藤光圀元少尉は番組の最後で、“日本の軍隊の上層部が、悔しいけど兵隊に対する考えはそんなもんです。(内実を)知っちゃったら辛いです”と号泣する。
この辺りは、陸士から陸大へ進んだ高級将校の教育に問題があった。

陸軍の組織としての問題、教育の問題、同期・仲間意識の問題は、インパール作戦だけの問題ではないが、インパール作戦に最も先鋭的に出ている。

戦争証言アーカイブスで見ることが出来る以下の番組が参考になる。

「ドキュメント太平洋戦争 第4集 責任なき戦場 ~ビルマ・インパール~」
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001200005_00000



番組を見て思ったことは、日本の組織は今でも変わっていない。
東日本大震災で爆発した福島第一原発。津波が予見できたことは明らかなのに、電源喪失の対策をとらず事故を引き起こした責任は、政府も東電も誰も責任をとっていない。

神輿に乗る人担ぐ人の組織原理は、永田町でも大企業でも官庁でも今だに活きている。



【データ】

インパール作戦Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BD%9C%E6%88%A6


牟田口廉也Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F


見逃した人は、826日に再放送があるようだ。
【総合】826() 0:50(金曜深夜)



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2017年01月17日(火) 記事No.1157


秋田のなまはげはお大晦日に行われる行事だが、元々は小正月に行われたものらしい。

岩手県野田村で行われるなまはげに似た行事「なもみ」は未だに小正月の行事として行われているそうだ。



『悪いわらしはいねぇが~ 洋野で「なもみ」
デーリー東北新聞社1/16() 11:05配信

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なもみに抱かれて泣きじゃくる子ども=15日午後020分ごろ、洋野町のJR種市駅前

悪いわらしはいねぇが―。洋野町大野の林郷地区に伝わる習俗「なもみ」が15日、同町のJR種市駅前などで披露された。大きな鬼の面を着けた林郷青年会(西君治会長)のメンバーが大声で叫び、子どもらの健やかな成長を祈念した。

200年の歴史を持つなもみは、小正月に家々の厄をはらい、無病息災や家内安全、子どもの成長を願う伝統行事。2006年に旧種市町と旧大野村が合併してからは、融和の願いを込め、同じ時期に地区外でも活動している。

駅前には、会員3人が鬼の姿で登場。思わず泣き叫ぶ子どもを抱き上げ、「悪い子は山に連れてくぞ」「お母さんの言うこと聞けよ」などと呼び掛けた。

同町種市の岩脇千奈ちゃん(4)は「すごく怖かった。絶対に良い子にする」と目に涙を浮かべていた。

青年会はこの日、道の駅おおのでも披露。夜は林郷地区の家々を回った。
最終更新:1/16() 11:05
』(デーリー東北新聞社)


最近、NHKおはよう日本でなまはげの今を取り上げていた。
本来なまはげは、子供のいる家に押しかけ、悪い子はいないかと探して回る。
恐ろしい鬼にさらわれそうになった子どもたちは、泣き叫び良い子になる、親の言うことは聞くと約束して許される。
地域社会での子供の教育をする伝統行事だ。

ところが、今は、探しても子供がいない。
居るのは年寄り・老人ばかりだ。

老人は、脅しても怖がらない。
怖がらないどころか喜んでくれる。
なまはげが来てくれるのが嬉しいのだ。

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歳を越えたある老人夫婦宅では、老人たちはなまはげが来るのを待ちわびていた。
奥さんは3日前からもてなしの料理を作って、和服の着物居住まいを正して今かと待っている。
鬼たちがやってくると、用意してあった酒肴でおもてなしの始まりだ。
主人は、笑顔で「いやーよく来たな!」と迎え、奥さんは準備していた料理をさっそく振る舞う。
主人の「飲めい飲めい!」の言葉に、なまはげはお酒をごちそうになる。

鬼たちは老人には優しい言葉をかける。身体を大事にする様にと、来年また来るからと言う。

なまはげと老人たちの宴の光景は、良いものだった。
これが、地域社会、これが共同体、これが地縁だ。

なまはげの今は、老人のための行事になって立派に存続している。


『なまはげは、大晦日に秋田県の男鹿市と三種町、潟上市の一部の各家々で行われる伝統的な民俗行事。本来は小正月の行事であった。

「男鹿(おが)のナマハゲ」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。


風習の内容
「なまはげ」は怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる使者(鬼・妖怪の類い)である。年の終わりに、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持ち、鬼の面、ケラミノ、ハバキをまとって、なまはげに扮した村人が家々を訪れ、「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と奇声を発しながら練り歩き、家に入って怠け者、子供や初嫁を探して暴れる。家人は正装をして丁重にこれを出迎え、主人が今年1年の家族のしでかした日常の悪事を釈明するなどした後に酒などをふるまって、送り返すとされている。

名称
冬に囲炉裏(いろり)にあたっていると手足に「ナモミ」 「アマ」と呼ばれる低温火傷(温熱性紅斑)ができることがある。“それを剥いで”怠け者を懲らしめ、災いをはらい祝福を与えるという意味での「ナモミ剥ぎ」から「なまはげ」 「アマハゲ」 「アマメハギ」 「ナモミハギ」などと呼ばれるようになった。したがってナマに「生」の字を当て「生剥[1]」とするのは誤り。

一般的に、赤面がジジナマハゲ、青面がババナマハゲとされているが、違う地域もある。

名称の異なる同類の風習
同様の行事は同じ秋田県秋田市のやまはげ、秋田県能代市のナゴメハギ、山形県遊佐町のアマハゲなど、主に本州北部の日本海沿岸部各地に存在し、新潟県村上市や石川県能登地方にはあまめはぎが伝えられ、福井県には語源は異なるがあっぽっしゃなどの呼び名でも分布する。太平洋側でも北東北地方の岩手県大船渡市三陸町は吉浜のスネカがある。江戸時代に東北から藩主が入った愛媛県宇和島地方では、前述の低温火傷を「あまぶら」といって、あまぶらができるような怠け者が便所に入ると、「あまぶらこさぎ」という者があまぶらを取り去るという[2]

ルーツ
妖怪などと同様に民間伝承であるため、正確な発祥などはわかっていない。秋田には、「漢の武帝が男鹿を訪れ、5匹の鬼を毎日のように使役していたが、正月15日だけは鬼たちが解き放たれて里を荒らし回った」という伝説があり、これをなまはげの起源とする説がある[3][4]

一方、なまはげは鬼とは無縁の来訪神であったが[5][6]、近代化の過程で鬼文化の一角に組み込まれ、変容してしまったという説もある[6]
...』(Wikipedia





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2016年12月24日(土) 記事No.1192


科学の世界では、今までわからなかった新発見があり、そのロマンを求めて科学者は研究する。

歴史の世界にも、人知れず埋もれていた物の新発見がある。

今回、なんでも鑑定団で見つかった4個目の曜変天目茶碗にもロマンがある。

国宝級の発見にしては、鑑定額2500万円はたしかに安い。
国宝の曜変天目茶碗は、持ち主が変わって所蔵されてきたが、昔から来歴がはっきりしている、言い換えれば由緒正しい。
今回の曜変天目は、三好長慶に関係するものだそうだが、来歴が今のところはっきりしない。
三好長慶の刀剣は、来歴がはっきりしていて国宝として認定されている。
東京国立博物館所蔵の「国宝 太刀 長光 (名物大般若長光)」は、将軍足利義輝から三好に下賜されたもので、三好長慶→織田信長→徳川家康→奥平信昌→松平忠明と伝わった来歴がはっきりしている。

茶碗も戦国の世に宝物として扱われたのは、刀剣と同じ。
そう考えると、この茶碗も同じような伝わり方をしてもよいのだが...

そのところのモヤモヤが評価につながっているらしい。
骨董品は来歴・由緒も評価の内なのだろう。


『「曜変天目に間違いない」中島誠之助さん 鑑定額は2500万円 テレ東の鑑定番組「開運!なんでも鑑定団」で発見


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新たに見つかった、世界に3点しかないとされる「曜変天目茶碗」とみられる陶器=徳島市

テレビ東京は20日、鑑定番組「開運!なんでも鑑定団」の収録で、世界に3点しかないとされる「曜変天目茶碗」とみられる陶器が、新たに見つかったと発表した。現存する3点はいずれも国宝に指定されている。

テレビ東京によると、徳島県のラーメン店経営の男性が番組に鑑定を依頼。大工をしていた男性の曽祖父が、戦国武将・三好長慶の子孫が暮らす屋敷の移築を請け負った際、買い受けた骨董品に交ざっていたらしい。

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男性は20年以上前に譲り受けたが、押し入れにしまったままだった。最近、気になって調べると、天目茶碗に似ていたため、鑑定を依頼した。20日夜に放送された番組で古美術鑑定家の中島誠之助さんが「曜変天目に間違いない」とし、2500万円の鑑定額を付けた。
』(産経ニュース)



『「鑑定団」、曜変天目茶碗に2500万円 「意外と安い」と思われるワケ
2016/12/21 19:06

  
テレビ東京系の「開運!なんでも鑑定団」で、番組開始(1994年)以来「最大の発見」が放送された。鑑定を依頼された茶碗について、お馴染みの古美術鑑定家、中島誠之助さんが、「世界に3点しかない」(同番組)とされてきた「曜変天目茶碗」の4点目だと断言した。

   2016
1220日に放送された同番組で、この茶碗には「2500万円」の鑑定額がついた。高額鑑定にスタジオは騒然となったが、ツイッターなどでは、意外と安いな、といった反応も出ている。「世界に3点しかない」「3点はいずれも日本で国宝」という情報を考えると、もっと高額かと思った、というわけだ。

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静嘉堂文庫美術館所蔵の「国宝 曜変天目(稲葉天目)」(同美術館サイトより)


三好長慶の子孫から買い取った
  
鑑定の依頼人は、徳島県のラーメン店店主(56)。持ち込んだ「天目茶碗」は、曾祖父が、戦国大名の三好長慶の子孫から買い取った骨董品のうちの一品だという。

  
「天目茶碗」とは、京都国立博物館サイトの説明によると、「日本での呼び名で、中国浙江省にある天目山の寺院で使われていた黒いうわぐすりのかかった茶碗を日本人のお坊さんが持ち帰ったため、そう呼ばれるようになったといわれて」いる。のちには「日本でも天目茶碗がマネして」作られ、こうした日本製のものも天目茶碗と呼ばれるようになる。

  
また、番組説明によると、その模様の特徴などから、「曜変天目」や「油滴天目」などに分類される。最上品とされる「曜変天目」は、「大小さまざまな斑紋が浮かび、その周りには鮮やかな玉虫色を帯びて」おり、「満天の星のごとく」という意味から「曜」の文字が使われている。「世界にわずか3点しかない」「いずれも日本にあり、国宝になっている」との解説もあった。

  
天目茶碗に関する説明が終わると、中島さんの鑑定儀式が始まる。依頼人の本人評価額は「100万円」。価格表示の場面になると、「一、十、百、千、万、十万、百万...」まできた所で「500万円」の表示が出ると、司会の今田耕司さんが「えっ!」と驚きの声をあげるが、表示はさらに続き、最終的に「2500万円」になった。依頼人は「何これ?」と信じられない様子だった。

中島誠之助「曜変天目に間違いございません」
  
中島さんの解説が始まる。番組開始以来の「最大の発見」だとし、1213世紀の中国の南宋時代、福建・建窯で焼かれた「曜変天目に間違いございません」と断言。曜変天目は世界に3点しかなく、「4点目が確認された」とも言い添えた。さらに、

   
「もし、(三好長慶から伝わった)この茶碗が、(織田)信長、(豊臣)秀吉、そして徳川家康が持っていて現在に伝わったのなら、国宝になっていたかもしれない」

と説明し、「大名品です」と太鼓判を押した。

  
放送をうけ、ツイッターなどでは驚きが広がった。ただ、「2500万円」の鑑定額をめぐっては

   
「安っ!」
   
「たったの2500万円らしいですね。倍額の5000万円でもオークションに出したら、即決だと思います」
   
「曜変天目茶碗が2500万円は安すぎる」

といった声が出ていた。中には、相続税への配慮から2500万円に鑑定額が抑えられたのではないか、といった推測を書き込む人も。「2500万円」が、生前贈与に特別控除を認める「相続時精算課税制度」の限度額である事からの類推なのかもしれない。

  
放送の翌21日、番組内容は新聞記事にもなり、同日付の日経新聞朝刊(第2社会面、東京最終版)などが報じた。

「国宝所蔵」美術館の学芸員に話をきくと...
  
また、番組内容について、放送を見たという美術関係者に21日、J-CASTニュースが話を聞くと、「番組では触れていなかったようだが、あくまで『完全な形で残る』曜変天目が3点ということ。『4分の3』など、完全に近い曜変天目は他にもある」と指摘した。

  
国宝の「曜変天目」を所蔵する美術館は、どう受け止めているのか。「3点」をそれぞれ所蔵するのは、静嘉堂文庫美術館(東京都)と大徳寺龍光院(京都市)、「藤田美術館」(大阪市)だ。静嘉堂文庫美術館の学芸員によると、

   
「番組は見ましたが、実物を見たわけでも触ったわけでもないので、勿論、『曜変天目』なのかどうか、否定も肯定もできません」

としつつも、

   
「とは言っても、とてもワクワクするし、楽しい話題だな、と思っています」

と、関心の高まりを好意的に受けとめている様子だった。

  
同館サイトによると、同館の「国宝 曜変天目(稲葉天目)」は、「もと徳川将軍家所蔵であったものが、三代将軍・家光の時代、春日局を経て、後に淀藩主となる稲葉家へ伝えられたとされる」逸品だ。現在は展示しておらず、展示予定も「未定」だそうだ。

  
こちらの国宝の「曜変天目」の値段は、どれくらいになるのだろうか。ある全国紙の元・美術担当記者や都内の美術関係者らに話を聞くと、「静嘉堂さんのは、3点の中でも一番美しいとされ、数十億円はするでしょうね」「10億円は、くだらんでしょうな」などと話していた。』
JCastニュース)




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2016年03月17日(木) 記事No.1651


クローズアップ現代が、今日で終わってしまった。
真に残念だ。

後継番組もあるが、女性アナウンサーが日替わりで交代する番組が、後継に成れよう筈もない。
クローズアップ現代は、国谷裕子無しでは成立しない番組だ。

人間には、容姿がある、佇まいがある、人となりがある。
謂わく言いがたい姿がある。

国谷キャスターを、最初にTV画面で見た時、驚いた。
世の中に、このように美しくまた知性を感じさせる女性がいるのだと。

美しい女性、可愛い女は世に溢れている。
枚挙にいとまがない。
極論すれば若ければ皆チャーミングとも言える。

しかし、この人の場合は、それだけでは終わらない。
明眸の中の黒い瞳は、知性のバランスを見せ、意志の輝きを感じさせる。

姿が語るものは言葉だけではない。
数日前から、コメンテーターを務めた経営コンサルタントの学歴詐称が問題になっている。kuniya
この男は、いい男で美声の持ち主とやらで人気があった。

しかし、この男は嫌いだった。
まっとうなニュース番組に出演し、コメントするのだが、何を言いたいのかわからない。手入れされた無精髭で装った顔と低音の声で語るコメントは、いつも核心から離れている。周辺の事を話し、つまるところ核心に対する彼の見解は聴くことができない。
なぜ、今回、学歴の裏を取られることになったかは知らないが、同じような感じを受け取った人が疑問を持ったのだろう。

国谷キャスターは、この男とは対極にいる。
「問わず語り」と言う言葉があるが、「人がたずねないのに、自分から語りだす」と言う意味だが、語るのは言葉だけではない、姿も語るのだ。


『クローズアップ現代
最終回…国谷さん「大きな区切り」

毎日新聞20163172037分(最終更新 3172331分)

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国谷裕子キャスター=松田嘉徳撮影

NHKの報道番組「クローズアップ現代」が17日、最終回を迎えた。1993年4月の開始から番組を支えてきた国谷裕子キャスター(59)は「長い間続けることができたのは多くのゲストや視聴者のおかげ」と23年間を振り返り、番組を締めくくった。

国谷さんは番組終了後、NHK広報局を通じ、「時代が大きく変化し続ける中で、物事を伝えることが次第に難しくなってきたが、今日という日を迎えて、自分の人生に大きな区切りをつけることができた」とのコメントを出した。

番組は「クローズアップ現代+(プラス)」と名前を変え、4月4日から毎週月~木曜午後10時の放送となる。国谷さんは降板し、女性アナウンサー7人が日替わりでキャスターを担当する。【丸山進】』
(毎日新聞)


国谷キャスターの涙が、番組の価値を定めた話は、下記の記事に書いだ。

2010/05/31 クローズアップ現代「風の画家・中島潔 “いのち”を描く」」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/3f12ca352fce7f605c8cea87eec2cc5b

あれから、もう6年近くになる。


『国谷裕子キャスター「今夜が最後に…」 NHK「クローズアップ現代」最終回
2016.3.17 22:02

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国谷裕子キャスター(撮影・桐山弘太)【拡大】

NHKの報道番組「クローズアップ現代」が17日、最終回を迎え、最後の出演となった国谷裕子キャスターが「長い間続けることができたのは、協力いただいた多くのゲストの方々、そして、何より番組を見てくださった視聴者のおかげだと感謝しています。本当にありがとうございました」と述べ、深々と頭を下げた。

国谷キャスターは番組の最後、「23年間担当してきた番組も、今夜が最後になりました。この間、視聴者の皆さまから、おしかりや戒めも含め、大変多くの励ましをいただきました」と発言。

その上で、「番組が始まった平成5年からの月日を振り返ると、国内、海外の変化の底に流れるものや、静かに吹き始めている風をとらえようと、日々もがき、複雑化し、見えにくくなってきた現代に少しでも迫ることができれば、との思いで番組に携わってきました」と振り返った。

この日の番組では、「未来への風~“痛み”を越える若者たち~」と題し、社会で声を上げる若者たちを特集。学生団体「SEALDs(シールズ)」中心メンバーの奥田愛基さんや歌人の鳥居さんらの活動を取り上げた。

番組は4月4日から、月~木曜午後10時に放送時間を移し、「クローズアップ現代+(プラス)」としてリニューアルする。

国谷キャスターは番組終了後、NHKを通じてコメントを発表した。

「23年前に『クローズアップ現代』という番組に出会って以来、見えないゴールに向かって走り続けてきたように思えます。

時代が大きく変化しつづける中で、物事を伝えることが次第に難しくなってきましたが、今日という日を迎えて、自分の人生に大きな区切りをつけることが出来たとの想いです。

番組を通して出会った人々から得られた多くのことを今後に活かしていきたいと想っています。

平成28年3月17日 国谷裕子」
』(SsankeiBiz


職員の不祥事が続き、経営トップの見識の無さに揺れるNHKだが、クローズアップ現代をを解体し、正体不明のコメンテーター番組にするのなら、NHKに未来はない。

昨日の番組の最後で、お別れの言葉を語る国谷キャスターは、こころなし寂しそうだった。
だが、ここで「大きな区切り」。
人生いたるところに青山あり、新しい居場所で思う存分活躍して欲しい。


【データ】


Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%B0%B7%E8%A3%95%E5%AD%90

 

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