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2018年05月20日(日) 記事No.403


第71回カンヌ国際映画祭の授賞式が19日に開催され、是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞である「パルムドール」を受賞した。
今村昌平監督の受賞以来21年振りの快挙である。

過去、パルムドールを受賞した日本人監督は衣笠貞之助、黒澤明、今村昌平(2度受賞)の3人しかいない。
これで是枝裕和監督は日本映画史の栄光の一ページを飾ることになった。

アカデミー賞は、興行性が重視されるが、パルムドールは作品の質・完成度・独創性が評価されるので、受賞は監督として名誉が高い。

これから日本映画の時代が来ることが期待される。



「是枝監督にパルムドール カンヌ映画祭 「万引き家族」」


https://youtu.be/o-3FZPETZG0




「是枝監督、キャストが仲良く手をつないで登場/映画『万引き家族』カンヌレッドカーペット」


https://youtu.be/0sULV1vAEzc






『カンヌ映画祭 是枝裕和監督「万引き家族」パルムドール受賞!日本作品21年ぶり5作品目の快挙
03:20
スポニチアネックス

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最新作「万引き家族」がカンヌ国際映画祭の最高賞「パルムドール」に輝き、笑顔の是枝裕和監督(C)2018「万引き家族」製作委員会
(
スポニチアネックス)

フランス南部で開催されていた第71回カンヌ国際映画祭の授賞式が19日夜(日本時間20日未明)に行われ、コンペティション部門に日本から出品された是枝裕和監督(55)の長編14作目となる最新作「万引き家族」(6月8日公開)が最高賞「パルムドール」を受賞した。日本作品としては、1954年の衣笠貞之助監督「地獄門」、80年の黒澤明監督「影武者」、今村昌平監督の83年「楢山節考」、97年「うなぎ」に続く21年ぶり5作品目の快挙となった。

家族の在り方を問い続けてきた是枝監督が、今度は東京の下町を舞台に万引で生活費を稼ぐ一家を描く入魂作。息子・祥太(城桧吏)と協力して万引を重ねる父・治をリリー・フランキー(54)、その妻・信代を安藤サクラ(32)、信代の妹・亜紀を松岡茉優(23)、家族の“定収入”として年金をアテにされる祖母・初枝を樹木希林(75)が演じる。

是枝監督のカンヌ映画祭参加は7回目、コンペティション部門出品は「海街diary」以来3年ぶり5回目。04年の「誰も知らない」は当時14歳の柳楽優弥が男優賞、13年の「そして父になる」は審査員賞。今回、ついに頂点に輝いた。

日本映画のコンペ部門への複数出品は5年ぶりとなったが、新鋭・濱口竜介監督(39)の最新作「寝ても覚めても」(9月1日公開)の受賞はならなかった。

今年のコンペ部門は全21作品、審査委員長は女優ケイト・ブランシェット(49)。』
(スポニチアネックス)




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万引き家族は、6月8日より全国ロードショーで公開される。

「映画「万引き家族」本予告編」


https://youtu.be/yl0Xf41hfJk


詳しい情報は、下記の公式サイトで見ることができる。


【データ】

是枝裕和 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AF%E6%9E%9D%E8%A3%95%E5%92%8C


万引き家族 公式サイト

http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/




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2014年01月11日(土) 記事No.3124

 


お正月に映画「永遠の0」を見に行った。

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beautiful world
http://blogs.yahoo.co.jp/ycmariza1121/11665319.html?from=relatedCat
より転載)

最近つまらない番組を見ていると眠ってしまうこともあるので、隣の人に眠ったら起こしてもらうように頼んだ。

だが、結局その必要は無かった。
導入からラストシーンまで眠くなることはなく、しっかりと見ることができた。

百田尚樹の原作は読んでいないが、かなり大部の小説だそうなので、シナリオ化は難しいところもあったはずだが、展開が良く、見る人を最後まで惹きつける作品になっている。

あらすじは、敢えて書かない。
これから見る人は、あらすじを知らないほうが感興が深いからだ。

見る人に差し障りがない程度に、感想を少し書いてみたい。

【感想】

(1)
まずは、この作品のテーマ。
至高の価値の相克による人間のディレンマ・葛藤だ。

今は、平時である。
色々な事故・事件は起きるが、日本の国民は平和を満喫している。
贅沢を言わなければ、職業選択は自由だし食べていくことに困ることはない。日本にも貧困はあるが、国民の大部分が食べるにも困る状態ではない。
頑張って勉強したり、仕事をしたりすれば、その成果は自ら受け取ることが出来る。
言い換えれば、今の日本は自分次第なのだ。自分にすべてが委ねられている。

だが、この状況は常ではない。
70
年前、日本は戦争下にあった。
戦時にあっては、国のために戦う(この表現は誤解されやすいので、両親や兄弟、妻・子供を外敵から守るといった方が良いかもしれない)ことと自分の命との間で二者択一を迫られる状況になる。
自分の命を大切に、命の続く限り充実した人生を過ごしたいと誰もが思うことだ。
一方、外敵が攻めてくれば家族を守るために戦わなければならない。
この二つは、戦時においてはどちらを選択するかを一人一人が求められることになる。

よく知られている国際比較のアンケート結果がある。
「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という質問に対する各国の比較だ。
2000年、18歳以上の男女1000人へのアンケート。
詳細は以下を参照。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/5223.html

日本は15.5%で世界最低である。
アメリカは63.3、韓国は74.4、中国89.9だ。
先頃、あるTV番組で、日本の若者に同じ質問を街頭でアンケートを行っていた。

ある若者は、“それは、自衛隊がやってくれるでしょ”と言った。
ある若者は、“そう言われても、実感がわかない”と答えた。
徴兵制度のない日本で、英和な日常生活を送っている若者にとってこの質問は、現実離れしていると感じるのも無理は無い。

だが、70年前にはあった。
二者択一を迫られた時代があった。
その中で、若者たちはそれぞれ結論を出していた。

その事実を、知って欲しい。
その上で、感じて欲しい。
これが、テーマのような気がする。


(2)
島根の塔の碑文。
このブログで何度も取り上げているが、沖縄のひめゆりの塔近くにある島根県の戦没者慰霊碑に彫られている詩。


美しく花開くためには

のかくれた根のたえまない

営みがあるように
私達の


平和で心静かな日々には


この地に散ったあなた達


の深い悲しみと苦しみが


そのいしずえになっている


ことを思い
ここに深い祈


りを捧げます


昭和四十四年三月
島根県知事田部長右衛門


写真等詳細は以下の記事参照。
2012/05/30 沖縄旅行2日目(その3) 糸満市米須霊域島根の塔」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/caf6b338a81be6075f9ffb777354cd48


この詩で島根県知事田部長右衛門氏が改めて心で祈っていることと「永遠の0」が読者に語りかけたいことはほとんど重なっているように思う。

二者択一を迫られない平和を生きていることを我々は感謝しなければならない。

だがしかし、平和は保障されてはいない。
自国の利益のためには戦争も辞さない国が現に存在する。
二者択一が迫られる時が、来た場合どうするか、その覚悟は必要だ。

戦争で亡くなった人、戦後日本の復興に汗を流し日本を先進国にした先人たちの苦労を思い、その結果今の日本があることを感謝しなければならない。


(3)
言葉・シーンなど
映画や小説が進んでいく内、心に残る言葉が登場人物の口から出る。
それが、後になってキーワードだったり、作者の関心を示すものだったりする。

(a)
ストーリーテラーである若者が、二度目に右翼の大物に会って、漸く話が出来たシーン。
話し終わった大物は、別れを告げる若者に突然近寄り、今風の表現をすればハグをする。
そして言う“若い男が好きなんだ”

(b)
主人公が、短い休暇で家に帰った時、妻に語る。
“死んでも帰ってくる”
昭和2066日、宮川三郎軍曹は、ホタルになって帰ってくると食堂のおばちゃんに話してから知覧特攻機地から出撃した。そしてその夜、ホタルになって帰ってきた。
これは、実話である。

この映画で、帰ってきたのは何だったかは、見ての楽しみだ。

(c)
ラストシーン
具体的には話さないが、ラストシーンは必要なのだろうか。
人間の行動は、必ずしも合理的ではない。言うこととやることはほとんど違っている。
謎は謎のままでも良いような気がする。




【データ】

百田尚樹 Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%94%B0%E5%B0%9A%E6%A8%B9


「作家の百田尚樹さん」

http://youtu.be/VPw6UMWuRJQ

原作者百田尚樹が、映画「永遠の0」について、原作の執筆動機、方法としてのTVと小説、書く目的etcについて語っている。
ラジオ番組で、42
分と長いが、原作、映画で感動した人ならば最後まで聴くことが出来る。




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2011年11月16日(水) 記事No.4603


映画のスターは、美男子でなければならない。
だから、韓国の整形男みたいなものが人気がある。
この類のスターは勿論のことだが、美しさを売り物にするようなスターには関心がない。


俳優は役を演じるものだから、本人と映画の役どころは違う。
極端に言えば、俳優本人は存在せず、常に役どころに化けてしまうのが名優かもしれない。
 だが、矢張り役者といっても、その人なりの個性があってこそ存在感もあり、映画史に残る名優になるのではないかと思う。
 だから、演技は下手だが名優は存在する。うるさい小津に愛された笠智衆は自分を大根だと言っている。


外国の男のスターの中で、魅力を感じるのは多くはないが、ジョージ・クルーニーはその一人だ。
 知性とかウイットとか皮肉とか遊び心とか役割を超えた本人の存在感を感じる。


ジョージ・クルーニーが自殺を考えたことがあると言うニュースが流れているので驚いた。


 
(風のリボンのひとりごと より転載)


『ジョージ・クルーニー、自殺も考えた過去を告白
2011年11月16日(水) 15:23 映画.com


苦しんだ過去を告白したクルーニー写真:Rex Features/アフロ監督・俳優として活躍するジョージ・クルーニーが、米ローリング・ストーン誌のインタビューで、ショッキングな過去のエピソードを告白した。


クルーニーは2005年、アカデミー賞助演男優賞を受賞した政治サスペンス「シリアナ」(スティーブン・ギャガン監督)の撮影中に、脊髄を損傷する大ケガを負った。あまりにも痛みが激しく、歩くことも困難な状況に悲観して、自殺が頭をよぎったという。「病院のベッドで、点滴を受けながら横になっていた。動くこともできず、脳梗塞のようなひどい頭痛がした3週間くらいの間に、なにかもっと思い切った手段にでる必要があるかもしれないと考え始めたんだ」


遺された人たちに迷惑をかけたくなかったクルーニーは、ガレージの車の中で命を絶つことを考えたそうだ。「それが最善の方法に思えた。でも、実際に自分がそこまでやるとは考えていなかった。それは、自分(の演じるキャラクター)がどうやって生き残るかを模索していたからだ」。その後、苦痛を軽減させるためにアルコールに頼るようになったが、手術が成功し、今ではときどき頭痛がするだけの状態まで回復したと明かしている。


クルーニーは、11月16日に米公開されたアレクサンダー・ペイン監督による主演作「ザ・ディセンダンツ(原題)」が批評家に好評で、同作はアカデミー賞ノミネートが期待されている。
』(映画.com)


前から思っていたことだが、ジョージ・クルーニーは007のボンド役にぴったりだ。


ショーン・コネリーがボンドを卒業した後、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグと続いてきたが、ブロスナンはややましだが他はパッとし無い。
 むくつけき野性の男では駄目で、かと言って優男では駄目で、腕力も知力も遊び心も感じさせる男でなければならない。
 ジョージ・クルーニーはその条件を満たしていると思う。


だが、おそらくジョージ・クルーニーは、ボンド役を引き受けないと思うから実現しないだろう。


実生活では、ジョージ・クルーニーは、ボンドのように浮名を流しているのだが...


『G・クルーニー、元女子プロレスラーの新恋人とレッドカーペット登場
2011年10月18日 16:38


 
新恋人とツーショット
写真:Startraks/アフロ


[映画.com ニュース] 米俳優ジョージ・クルーニーが10月16日、新恋人のステイシー・キーブラーとニューヨーク映画祭のレッドカーペットに登場した。


リンカーン・センターで行われた、クルーニー主演の新作「ザ・ディセンダンツ(原題)」のプレミア上映に出席したもの。元女子プロレスラーのキーブラーは、リアリティ番組「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」で人気を集め、現在はテレビ女優として活動している。クルーニーは、今夏から交際が噂されていたキーブラーと、今回初めてカップルとして公の場で2ショットを披露した。


アレクサンダー・ペイン監督による「ザ・ディセンダンツ」は、ハワイ・オアフ島で家族と幸せな人生を送っていたマット・キング(クルーニー)が、妻がボート事故でこん睡状態となった後、娘から妻が不倫していたことを知らされるというストーリーだ。クルーニーはこの作品で、第15回ハリウッド映画祭(10月20日~24日)の男優賞を受賞することが決定している。11月18日に全米公開。』(映画.com)



 

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2009年08月29日(土) 記事No.6049


NHK BS2でカメラマンの宮川一夫の特集を放送しているが、8月26日は小津安二郎の名作「浮草」だった。


都会の少し上流な家庭を舞台にする小津には珍しく、全国を旅から旅に興行して回る旅芸人一座を舞台にしている。


座長の駒十郎は、座員の吉之助が一座の金を持ち逃げした事により、一座をたたまなければならなくなる。
 この災難を機に、長年の浮き草稼業から足を洗い、昔子供を産ませた女お芳と一緒に暮らそうかと思う。
 子どもの清は自分の様な根無し草のと違い、学校に行かせて一流会社に行かせたいと思い、充分な仕送りをしてきたが、この際、父親として名乗りを上げ、親子三人で暮らしたいと思う。
 しかし、こどもの清は、今更そんな父親は要らないという。


駒十郎は、お芳に清の言う通りだと言い。一座が立派に再建できたら又帰ってくるといい旅に出る。
 駅に着くと、そこには仲違いした一座のすみ子がいた。
二人は贔屓を頼って桑名に行くことにする。



この頃の映画を見ると、今のパロディタッチのドラマと違って人間の心が正面から捉えられている。
 人間像が正直で誠実である。笑いの中に打算を含ませるようなことはない。諍いになろうが、傷つくことになろうが真正面から迫る人間ばかりである。
 笑いながら逃げ回っている今の人物像とは違っている。


時代の違う映画なので、年老いた姿しか知らない京マチ子も若尾文子も本当に美しく綺麗だ。
 若いことはそれだけで美しい。



小津のこの映画の主題は何だろう。
時に流されて生きる人間の姿のように思う。
毎日毎日、努力して生きているがその努力が報われる日が来るのかどうかは解らない。
 自分が良かれと思ってしても相手はその様に受け止めないかも知れない。
 物事は、自分が希望する道筋を辿らないかも知れない。


先の見えない時の流れの中で、精一杯生きている人間。
悪い人間もいるが、大方は善良な人間ばかりだ。
そんな人間がここでもそこでも生きているが、時はすべてを押し流していく。


諦念と言っては正確ではない、穏やかな悟りのような気持ちが、旅に出る駅舎の中での駒十郎とすみ子の呼びかけを繰り返す何か明るい口調から伝わってくる。


 




見終わった後の余韻は、日本酒に例えれば、解脱を通り越した大古酒の雑味の無さ、後口の気品のようである。


 


【データ】
(以下、キネマ旬報映画データベース より転載した。)
「浮草 」
[製作国]日本
[製作年]1959
 
<スタッフ>
 監督: 小津安二郎 オヅヤスジロウ
 製作: 永田雅一 ナガタマサイチ
 企画: 松山英夫 マツヤマヒデオ
 脚本: 野田高梧 ノダ
        小津安二郎 オヅヤスジロウ
 撮影: 宮川一夫 ミヤガワカズオ
 照明: 伊藤幸夫 イトウユキオ
 音楽: 斎藤高順 
 録音: 須田武雄 スダタケオ
 美術: 下河原友雄 シモガワラトモオ


<キャスト(役名)>
 中村鴈治郎 ナカムラガンジロウ (嵐駒十郎)
 京マチ子 キョウマチコ (すみ子)
 若尾文子 ワカオアヤコ (加代)
 浦辺粂子 ウラベクメコ (しげ)
 三井弘次 ミツイコウジ (吉之助)
 潮万太郎 ウシオマンタロウ (仙太郎)
 伊達正 ダテタダシ (扇升)
 島津雅彦 シマヅマサヒコ (正夫)
 田中春男 タナカハルオ (矢太蔵)
 中田勉  (亀之助)
 
<解説>
 「お早よう」のコンビ野田高梧と小津安二郎の共同脚本を小津安二郎が監督したもので、ドサ廻り一座の浮草稼業ぶりを描いたもの。撮影は「鍵(1959)」の宮川一夫が担当した。 


<ストーリー>
 志摩半島の西南端にある小さな港町。そこの相生座に何年ぶりかで嵐駒十郎一座がかかった。座長の駒十郎を筆頭に、すみ子、加代、吉之助など総勢十五人、知多半島一帯を廻って来た一座だ。駒十郎とすみ子の仲は一座の誰もが知っていた。だがこの土地には、駒十郎が三十代の頃に子供まで生ませたお芳が移り住んで、駒十郎を待っていた。その子・清は郵便局に勤めていた。お芳は清に、駒十郎は伯父だと言い聞かせていた。駒十郎は、清を相手に釣に出たり、将棋をさしたりした。すみ子が感づいた。妹分の加代をそそのかして清を誘惑させ、せめてもの腹いせにしようとした。清はまんまとその手にのった。やがて、加代と清の仲は、加代としても抜きさしならぬものになっていた。客の不入りや、吉之助が一座の有金をさらってドロンしたりして、駒十郎は一座を解散する以外には手がなくなった。衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、駒十郎はそれを皆の足代に渡して一座と別れ、お芳の店へ足を運んだ。永年の役者稼業に見切りをつけ、この土地でお芳や清と地道に暮そうという気持があった。事情は変った。清が加代に誘われて家を出たまま、夜になりても帰って来ないというのだ。駅前の安宿で、加代と清は一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。駒十郎は加代を殴った。清は加代をかばって駒十郎を突きとばした。お芳はたまりかねて駒十郎との関係を清に告げた。清は二階へ駆け上った。駒十郎はこれを見、もう一度旅へ出る決心がついた。夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。すみ子は黙って駒十郎の傍に立って来た。所詮は離れられない二人だったようだ。 



 

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2009年02月05日(木) 記事No.6405


テレビ愛知主催の映画試写会で「ベンジャミン・バトン数奇な人生」を観た。


仕事を終えて、会場に急いだが既に長蛇の列であるのに驚かされた。
 仕事を持っている人は籠の鳥、此処に集まっている人は籠の外。



2月7日(土)から一般公開されるので、これから観る方が大多数なので、あらすじとか書くのは止めて感想だけにする。


【感想】
・2時間47分の大作であるが、展開が速いので飽きずに最後まで観られた。監督の才能であろう。
・来るアカデミー賞に13部門でノミネートされているらしい。
・アメリカ映画だが、バイオレンス、ヒーロー、ドタバタ映画ではなくまじめな映画である。これらの映画が好きな方には勧められない、やや重い内容の映画である。テーマのある映画を素直に見る人には勧められる映画である。
・テーマは「生まれて、生きて、死ぬ」ということ。
・映像は美しい。
 生まれたばかりの赤ん坊を父親が抱いて闇の中を走るシーンは、パンフォーカスの奥行きのある画面でTVでは見ることが出来ない、本当の映画でしか観られない映像である。
「市民ケーン」を思わせる立体感のある、空間を感じさせる画面である。
 ディジーが月夜の舞台で裸足になってバレーを踊るシーンも幻想的で美しい。
・台詞回しは観念的な台詞が突然出てくるので戸惑うが、テーマが重いだけにやむを得ないかも知れない。
・キーワード
 -永遠というのはあるだろうか?
 -人生は分からない
 -やってみなければ何も分からない
 -胸が煮えくりかえっても、お迎えが来たら行かなければならない。
・偶然と必然
 偶然のあらゆる組み合わせの内実現したものが必然。
 筆者が試写会に行ったことは、必然なのか偶然なのか?
 偶然の所産としか言いようがないが、他の選択肢が実現しなかったことは必然か。
・自由意志と運命
 今使っているパソコンの電源を切るのも切らずに続けるのも自由である。思いのままである。しかし、本当にそうだろうか?
次の瞬間に大地震が派生して、全くパソコンは続けられなくなるかも知れない。その可能性は自由意志から離れている。自由意志の及ばない世界を運命といえば、運命を愛することが出来るかどうかが重要なことだ。
・この映画を観て、映画館から外に出ると、外の世界、家族、友達、自分を取り巻く人々の姿は違って見えるかも知れない。
 親と子と友達と人々と共に生きる、時を共にすることはどのようなことなのか。
・この映画のテーマと岡林信康の「風詩」の世界とは同じである。
 「 ♪秋の終わりに鳴く虫の音は
そばにお前が居るのに淋し
だからこうして合い寄り添うて
巡り逢えたを噛みしめましょう
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ



旅の終わりが来たその時は
しかと心に問わねばならぬ
惚れて愛して愛して惚れて
深く此の世を旅したかいな
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ
・・・
今度此の世に生まれてきたら、
どんな具合にお前と歩む
夫婦、親子か兄妹とか
もっと今より大事にします
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ
...
♪」



【データ】


『 ベンジャミン・バトン 数奇な人生


 



1920年代にF・スコット・フィッツジェラルドが執筆した、80代で生まれ、そこから若返っていくひとりの男の姿を描いた短編の映画化作品。普通の人々と同じく彼にも時の流れを止めることはできない。ニューオーリンズを舞台に、1918年の第一次世界大戦から21世紀に至るまでの、ベンジャミンの誰とも違う人生の旅路を描く。


主人公、ベンジャミンが触れ合う人々や場所、愛する人との出会いと別れ、人生の喜び、死の悲しみ、そして時を超えて続くものを描きあげた、一生に一本、心に残る愛の詰まった感動巨編。出演はブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン。監督は時代を代表する監督のひとりになったデビッド・フィンチャー。(作品資料より)



監督: デヴィッド・フィンチャー 
原作: F・スコット・フィッツジェラルド 
音楽: アレクサンドル・デスプラ
脚本: エリック・ロス 
キャスト:
 ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン)
 ケイト・ブランシェット(デイジー)
 ティルダ・スウィントン(エリザベス・アボット)
 ジェイソン・フレミング(トーマス・バトン)
 イライアス・コティーズ(ガトー)
 ジュリア・オーモンド(キャロライン)
 エル・ファニング(デイジー(7歳))
 タラジ・P・ヘンソン(クイニー)』(goo映画)



この映画を観てもう一つ思い出したことがある。
先日読んだ不死の生命体の話。
不死なんてあるはずがない!が常識だが、
実は不死の生命体があるらしい。


不死の生命体とは、クラゲのことである。


『危機を迎えると再分化する不死のクラゲ
2009年2月2日(月)17:55


(Photographs courtesy Stefano Piraino (inset) and Maria Pia Miglietta)
 まさに、“深海のベンジャミン・バトン”だ。年齢をさかのぼる能力をもった“不死の”クラゲが世界中の海で静かに繁殖し、次々と群れを成していることが最近の研究で明らかになった。


 映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2月7日公開)はブラッド・ピット演じる主人公が80代の男性として誕生し、徐々に若返っていく物語。このクラゲはその主人公と同様に大人から赤ちゃんに変身するが、映画とちょっと違うのはそれを何度も繰り返せるという点だ。ただし、あくまでも緊急措置として行っているらしい。


 このクラゲは「Turritopsis dohrnii」という学名で、成長すると人の小指のツメほどの大きさになる。1883年に地中海で発見されたのだが、そのユニークな能力が発見されたのは1990年代になってからだった。


 Turritopsis dohrniiは通常、海中を漂う精子が卵に出会うという昔ながらの有性生殖を行い、ほとんどの場合は普通にその一生を終える。「だが、飢餓や体の損傷といった存続の危機に見舞われると、死を待つ代わりに、既存のすべての細胞を未成熟の状態に転換する」と話すのは、論文を発表したペンシルバニア州立大学の研究者マリア・ピア・ミグリエッタ氏。


 このときTurritopsis dohrniiは、まず嚢胞(のうほう)に変身してから、ポリプ(イソギンチャクのように岩などに固着する形態)のコロニーに成長する。ポリプは本来、クラゲの一生の中では初期の段階に当たる。この過程でクラゲの細胞は再分化する場合が多く、筋細胞が神経細胞になったり、精子や卵になったりすることもある。ポリプのコロニーはやがて無性生殖を行い、遺伝子的に同一のクラゲ(元の成体のクラゲのほぼ完璧なコピー)を何百匹も産み出す。


 このようにユニークな手段で苦境を乗り越えて、Turritopsis dohrniiの群れは世界中の海に広がることになったようだ。


 ミグリエッタ氏とパナマにあるスミソニアン熱帯研究所のハリラオス・レシオス氏は、スペイン、イタリア、日本、フロリダ、パナマなどでこのクラゲを採取してDNAを比較し、2008年6月号の「Biological Invasions」誌に研究成果を発表した。


 世界各地で収集したにも関わらず、調査したすべての標本の遺伝子が同一であることを発見して、両氏は驚いた。遺伝子的に同一のクラゲの群れが単に海流に乗るだけでこれほど広範囲に分布するとは考えられないため、長距離の貨物船に乗って運ばれたのではないかとミグリエッタ氏は推測している。クラゲは船のバラスト水(船を安定させるために積載・排出される海水)に取り込まれて移動することがよくあり、その間にポリプが船体に固着する可能性もある。


 もう1つの謎は年齢をさかのぼるという驚くべき能力の仕組みだが、このクラゲは非常に効率的な細胞修復のメカニズムを持っていて、そのために時間が経過しても“老化”しないで年齢を重ねることができるのではないか、とミグリエッタ氏は考えている。


 イタリアのサレント大学の生物学者ステファノ・ピライノ氏によると、このクラゲは人間の健康にとって最大の脅威の1つである癌(がん)の治療に役立つ可能性があるという。


「死ぬはずだったクラゲの一部の細胞は、ある遺伝子のスイッチをオフにして、他の遺伝子のスイッチをオンにすることができる。そうすることで、ライフサイクルの初期段階で使っていた遺伝子プログラムを復活させている。この仕組みを詳しく研究すれば、癌細胞のような静かに急速に広がる侵入者への対抗手段を発見できるかもしれない」と、ピライノ氏は話している。Ker Than for National Geographic News 』


人間が不老長寿の薬を手に入れた時、世界は地獄となるに違いない。
 全ての人が死ななければ、地球は狭すぎるのだ。



 

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