2008/06/28 驢鞍橋 上巻-10 (その2) - 菜花亭日乗

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2008-06-28 (Sat)  22:45

2008/06/28 驢鞍橋 上巻-10 (その2)


【註】

愚癡(ぐち): 仏法の真理を理解することができないこと。案愚癡舞(あんぐちまい)の義。無明、無智、無顕と同義。



不生不滅: 「生ずるのでもなく、滅するのでもない」という「空」。



三悪趣(さんあくしゅ): 三悪道、三悪、三途(さんづ)ともいう。
『三悪趣(さんあくしゅ)とは、仏教において、悪行を重ねた人間が死後に「趣く」といわれる3つの下層世界(地獄・餓鬼・畜生の3つ)を指す。三悪道(さんあくどう)、あるいは三悪、また三途(三塗とも、さんづ/さんず)などともいう。



<概要>
三悪趣は、五趣あるいは六道のうち、人間が生前に犯した下劣な振る舞いの果報としてその罪悪によって、死後に苦しい生活を送る事になる場所といわれる。



畜生趣 - 下品(げぼん)の十悪業を犯した者が趣く
餓鬼趣 - 中品(ちゅうぼん)の十悪業を犯した者が趣く
地獄趣 - 上品(じょうぼん)の十悪業を犯した者が趣く
一般的には、悪業を犯した者が趣く世界とされるが、のちに現世での悪業によるその人の精神的な境涯を表しているとも解釈される。



なお、六道の下層3位を三悪趣と呼ぶのに対し、その上層3位である修羅・人間・天上を三善趣(さんぜんしゅ)と呼び、区別する場合もある。




<三塗>
『四解脱経』の説による。「塗」は「途」の義である。



火途 - 地獄道では猛火に焼かれる
血途 - 餓鬼道では互いに食い合う
刀途 - 畜生道では刃物に脅される
この世とあの世の分かれ目とされる三途の川は、ここから由来しているとも言われている。』



六道(りくどう、ろくどう):
『六道(りくどう、ろくどう)とは、迷いあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。



天道(てんどう、天上道、天界道とも)
人間道(じんかんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
地獄道(じごくどう)
餓鬼道(がきどう)
 

観音菩薩の導きで六道世界より救われるという観音信仰がある。その六つの世界に応じたそれを六観音とよび天台宗と真言宗とでは、人間道のそれが不空羂索観音と准胝観音とで異なっている。七観音とよばれるものは、この二観音を含めたものである。



六道 真言宗の六観音 天台宗の六観音
天道 如意輪観音 如意輪観音
人間道 准胝観音 不空羂索観音
修羅道 十一面観音 十一面観音
畜生道 馬頭観音 馬頭観音
餓鬼道 千手観音 千手観音
地獄道 聖観音 聖観音



仏教では、輪廻を空間的事象、あるいは死後に趣(おもむ)く世界ではなく、心の状態として捉える。たとえば、天道界に趣けば、心の状態が天道のような状態にあり、地獄界に趣けば、心の状態が地獄のような状態である、と解釈される。


 


なお一部には、天狗など、この輪廻の道から外れたものを俗に外道(魔縁)という場合もある(ただし、これは仏教全体の共通概念ではない)。




<六道一覧>
・天道
天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれていない。天人が死を迎えるときは五つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。



・人間道
人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。また、佛になりうるという救いもある。



・修羅道
修羅道は修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。



・畜生道
畜生道は牛馬などの世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、使役されなされるがままという点からは自力で佛の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。



・餓鬼道
餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。旧暦7月15日の施餓鬼会はこの餓鬼を救うために行われる。



・地獄道
地獄道は罪を償わせるための世界である。詳細は地獄を参照のこと。
このうち、地獄から畜生までを三悪趣(三悪道、あるいは三悪、三途)と呼称し、これに対し修羅から天上までを三善趣と呼称する場合がある。また地獄から修羅までを四悪趣と称することもある。



また六道から修羅を除いて五趣(五道)と称すこともある。初期仏教では、地獄・餓鬼・畜生・人間・天上を五趣とし、修羅はなかった。つまり五趣の方が六道より古い概念とされる。これは当初、修羅(阿修羅)が、天部に含まれていたもので、大乗仏教になってから天部から修羅が派生して六道となった。したがって、これらを一括して五趣六道という。』



 

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最終更新日 : 2019-03-15

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