2017/12/30  日記  日記果つ - 菜花亭日乗

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2017-12-30 (Sat)  07:30

2017/12/30  日記  日記果つ

2017/12/30 (土) 旧暦: 1113日 祝日・節気:  日出 : 650分 日没: 1636分 月出: 1411分 月没: 304分月齢: 11.85 干支: 辛卯 六曜: 大安 九星: 一白水星

今日のあれこれ:
日記果つ

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より転載




『日記(にっき)とは、日々の出来事を紙などに記録したものである。単なる記録として扱われるものから、文学として扱われるものまで、その内容は様々である。ある人物の生涯にわたって記されるような長期にわたるものから、ある旅、ある職務、ある事件などの間だけ記された短期のものまで、期間・分量も様々であり、西洋・東洋を問わず、世界的に存在する。
...
日本人と日記
日本は、世界でも最も古い時期から大量に、かつ質の高い日記が作成され、残されてきた国である。[要出典]そのため当然のことながら、日記は日本の歴史を解明するために欠かすことのできない史料の一つとして、同じく古くから数多く残されている古文書などとともに重要視されてきた。しかし、だからといって古来から残されてきたそれら日記の、日本における文化史的な位置付けや、社会史的な機能といったものが明らかにされてきたかというと、そうではないようである。

このような意見については、例えば『土佐日記』や『蜻蛉日記』などを例に挙げて反論される者も多い。確かに古典として認められている、これら平安時代の日記については実に数多くの研究がなされている。しかし、これらの少数の著名な日記は、周知の通り作者が同時性をもって記していったものではなく、後のある時期に一つの作品として仕上げられたものである。また、同時代に作成された日記のごく一部に過ぎないはずで、これらの作品を花開かせた数多くの無名の日記群が、これらの土壌として存在する。

河盛好蔵は「日記について」という文章で、「私たちが日記をつけておいてよかったと思うのは、自分の古い日記を読むとき」であり、そのことによって「自分の人生について多くのことを反省させ」ると述べている。また、ある人の説として日記は三つの会話、つまり「自己自身との会話、友人や肉親との会話、偉大な創造者との会話」から成り立っているとして個々の場合について例を挙げ説明を試みている。

日本人は日記好きとよくいわれる。例えば、日記専門の出版社があり、年末になると多種多様の日記が書店の店頭を飾るのは日本だけということである。この点、多田道太郎・加藤秀俊の対談による「日記の思想・序説」では、その理由として個人的な会話が下手なことや、欧米諸国と異なり、夜寝る前の神に対するお祈りがないことなどが挙げられているが、原因はそのような表面的なものではなくもっと深いところにあると考えられる。この点について最も印象深い指摘は、ドナルド・キーンが『百代の過客ー日記にみる日本人ー』の序の中で触れられている第二次大戦中の日本兵の日記(米軍ではつけることが禁じられていた)の話である。ここでキーンが戦場に遺棄された日本兵の日記を翻訳する職務の経験から達せられた結論の一つは、「日記を付けるという行為が、日本の伝統の中にあまりにも確固たる地位を占めている」という。
...』(Wikipedia



日記果つの俳句:



・加護を謝すこと多かりし日記果つ  園多佳女



・こそばゆき事も記して日記果つ  遠藤とく



・何もない一日が宝日記果つ  中上馥子



数え日ももう指2本あれば足りる。
日記も後2ページ残っているのみ。

拝借した写真は、PHPの「3年連用日記 wish」。
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年目ならもう左右見開きの最下段が残るのみ。
押し迫った最終章だ。

日記に何を書くかは、決められていない。
人それぞれ、こそばゆいことや、秘密なことを書く人もいれば、敬虔な人は神様・仏様、家族や友人や世の中に感謝の言葉を書き連ねる。

連用日記の場合、3年ものなら3年間を縦に眺められる。
最初の年なら、次の2年は何があるか。2年目なら去年はどうだったか。3年目なら今年と過去三年を振り返ることができる。

問題は、空白だ。
空白のページは、何もなかったことを意味してはいない。
山盛りの事に忙殺されて、日記を書く時間などなかったのが事実かもしれない。

空白ばかりなら、日記帳を買う必要もないが、記憶だけではあやふやになる。
記憶は自分の都合で変わってしまう。
日記は本当のことを書いていれば、それが事実。10年前の自分が別人で、理解できないことも事実として受け入れることができる。

日記をつけるなら、毎日書く時間を決めることが欠かせない。
書けない時はメモに残し次の日に書くことも許さなけれな続かない。


残すところ2ページと言っても、新しい日記を買えば、前途は洋々で未来は開けている。
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年分の空白のページを見て、すべて埋めてやると言う気迫があれば生き抜くことができる。




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最終更新日 : 2019-03-15

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