雨を衝いて岐阜の中島屋さんの日本酒の会に出席した。
日本酒と美味しい料理が待っているのであれば雨も悪くはない。
岐阜駅を出ると雨脚はかなり強い。
駅前の歩道橋から見ると殺伐だった岐阜駅前のターミナルも気付かないうちに緑の植栽が植えられて、激しい雨に洗われて鮮やかな緑を光らせている。駅前の風景も漸く県庁所在地らしい体裁を整えてきている。

いつもの商店街の裏通りではなく、表通りを歩く事にする。アーケードがあるからだ。
開始30分前に到着するとまだあまり人数は多くない。受付を済ませ、「利き酒メモ」を受け取り、指定された席へ向かう。
今日の席は一番奥の席で、初めて座る場所だ。先客に三千盛のK氏ほか2名到着していた。
席に座り、「利き酒メモ」を見て、記載されている今日の出品酒一覧を見る。
毎月開催されるこの会も今日の会場和食彩「ざっぶん」で開かれる春夏秋冬の年4回は特別である。何しろ、1時から始まり終わりは酒の無くなる6時から7時まで約5~6時間のマラソン宴会である。ペース配分を間違えると途中で落伍し、最後のゴールにたどり着けなくなる。
一覧表をみながら番号をふっていくと、参加蔵・愛好者の持参酒を含めると25種類もある。
アナウンスされた参加者は20名である。仮に4号瓶ばかりとして、4×25=100→100合÷20名=5合(一人当たり)になる。1升瓶もあるだろうから、7合はあるだろう。遙かに致死量を超えている量である、これはペース配分が重要だ。
一覧表の顔ぶれを見てみると、最初の10本は新酒、次は、松の司の熟成酒の垂直飲み、しかも生と火入れの2本興業。次に長珍の純米大吟醸40新聞紙のH15BYとか千代の園昭和60年とかお宝ものが記載されている。最後の、参加蔵・参加者持参の酒もエース級が勢揃いしている。
一覧表に釘付けになっていた視線を上げた瞬間に、ペース配分を決めた。今日のマラソンは中盤から急峻な上り坂が続き、この坂を登り切った後、最後の心臓破りの丘がある。中盤までは抑え気味に行き、力を中盤以降に集中する事にした。
今日の参加蔵は、三千盛(みちさかり みちざかりではない)と所酒造(房島屋)の2蔵である。
雨の中、次々に参加者が到着し、定刻の1時には残り1人となった。皆、雨ニモ負ケズである。
酒の中島屋西川店主の開会の宣言があり、いよいよマラソン利き酒会のスタートのピストルが鳴った。
最初は抑え気味にと自ら言い聞かせながら、前の席の若い人は今日が初めての参加だそうである。しかも、日本酒の会の参加も今日が初めてだそうである。
そんな無茶な、こんなマラソン飲み会がデビュー戦とはと感心しながら、先輩面してペース配分を考えるようにとお節介を云う。
【今日の出品酒】
以下、今日の出品酒について筆者の寸評を書くが、本より筆者の個人的嗜好であり、しかも出品酒が多岐に亘り物差しが1本では無理な内容である。自分の好みの序列として点数を振ったに過ぎないので客観的なものではない。
(1)梅乃宿 純米吟醸 アンフィルタード 雄町
開会の乾杯酒である。これを空けてマラソンの開始である。

細かい澱の入った霞酒。立ち香あり。入り口甘いが、すぐにガツンと来る辛味・甘味が続き、香りも続く。舌触り丸いが、濃い味である。後口はやや重い。 評価7.0。
<本日の逸品>
(2)芳水 土用酒 吟醸生貯蔵
立ち香は感じない。甘い入り口。辛味はなく酸の味は穏やかで早目に終わる。麹の味わいが新酒らしい。後口は癖が無く良い。評価7.5。
(3)芳水 淡遠 純米吟醸生貯蔵
立ち香は感じない。軽めの入り口だが、少し辛い酸の厚みが続く。舌触り丸く、味の厚みがあるがスッキリとしている面白さがある。後口に癖はない。評価8.0。
(4)喜楽長 特別本醸造 生囲い
入り口甘く、酸と辛味が続く。味が広がらず中に固まる傾向がある。後口はピリ辛系で重い。評価7.5。
(5)喜楽長 特別純米 生囲い
蜜系の甘い立ち香。甘い入り口の後フルーティな酸が続く、途中から重くなり後口は辛く重い。評価7.0。
(6)房島屋 純米吟醸 山田錦 本生
甘い蜜の立ち香。フルーティな酸の生き生きとした味わいが続く、辛味はあるが抑えられている。フルーティな酸を感じさせる今人気の酒の一員である。後口に癖はない。評価8.0。
ぬる燗: 甘くなり、酸のフルーティさは穏やかになり落ち着く。後口は抑えられていた辛味系になる。評価7.8。
どちらかと言えば、冷やした方が良いが燗でもいける万能の酒である。
(7)南 純米吟醸
立ち香は仄かな薬香。甘い入り口スッキリとした酸の後辛味が来る。やや小さく固まる傾向がある。後口は良い。評価7.5。
(8)達磨正宗 激辛天国<リキュール>
立ち香は最初感じないが後から唐辛子の香。入り口は甘い古酒の味、熟成味は感じない、スッキリとした味わいで一休みした後、中盤から赤唐の辛味がやってくるが刺激的ではなくまろやかな味の厚みがある。汗の出る辛さは、夏の疲れた夕方、ロックか水割りにして飲むと、暑さに負けた心身に気合いが入りそうな気がする。評価8.0。
(9)正雪 純米吟醸
麹の立ち香。入り口はバランスの取れた味の厚みがあり後口は辛味系になる。バランスはよいが広がりが足りない。評価7.5。
(10)〆張鶴 吟撰 吟醸酒
立ち香は感じない。入り口甘く、バランスの取れた酸の厚みが続く。丸味はあるが、後口が辛く重い。評価8.0。
<熟成酒の垂直飲み>
先ずは、松の司 純米吟醸 竜王山田錦の生と火入れの垂直飲みである。
同じ蔵の同じ銘柄の酒を年次順に飲むと熟成の意味が体感できるので、貴重な体験になる。しかも、今回は生と火入れの2本立て興業である。松の司は熟成向きの酒である、真に面白い。

先ずは、生の垂直飲み。2008,2007,2005,2002の4本で時の流れの味を見る。
(11)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2008 生
1年の熟成酒である。
立ち香は感じない。味の厚みがあるがふくらみが足りない。早く味わいが終わる。まだ若い印象。後口は辛味系。評価7.5。
(12)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2007 生
2年物の熟成酒。
立ち香は感じない。甘い入り口。酸のふくらみが増す。後口は辛味系。評価7.8。
2008に比べると、酸のふくらみが増し味が厚くなる。熟成の意味を感じる事が出来る。
(13)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2005 生
4年の熟成酒。

立ち香は仄かにある。甘目の入り口。バランスの取れた味わい。味のふくらみ・厚さがあり豊かさがあるが、味の偏りは全くない。後口の癖もない。初めから終わりまで五味のバランスが取れ、刺激的なところが全くなく、ゆったりとした穏やかな熟成の世界である。評価9.0。
2007とは2年の差があるので2年の時の差を感じる事が出来る。この差は大きい。
(14)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2002生
7年の熟成酒。2005と3年の差がある。
立ち香は、今迄無かった仄かなカラメルの香。軽い入り口。滑らかなバランスの取れた味わい・舌触りの丸味がある。評価8.5。
2005年に比すと厚みが減少し、枯れた感じが進み、かなりの違いを感じる。どちらを選ぶかは好みの問題だが、筆者は、冷やでは2005年が良い。冷やで飲むには、2005~2003の3年間の間にピークを迎えると思われる。過去の経験を当てはめると2004であろうか。
次は、火入れの3本、2007,2006,2005。年次の飛びはない。
(15)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2007 火入れ
立ち香あり、仄かな熟成香あり。甘い入り口。バランスの取れた味の厚み・ふくらみがある後口良い。評価8.5。
(16)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2006 火入れ
甘い入り口。落ち着いた酸、滑らかな嫌味のない穏やかさがあるが、後口に何か残るものがある。評価8.0。
(17)松の司 純米吟醸 竜王山田錦 2005 火入れ
立ち香無し。甘い入り口。味のバランスはよいが、早目に終わる。味のふくらみはあまり無い。後口は辛味系。評価7.5。
今回の生と火入れの垂直飲みは興味深い経験になった。
定説では、熟成させるのは火入れが適しており、生は生老が起きやすく、熟成には向かないといわれる。確かに、実際定説通りの経験をした事も過去にあった。
併し、今日の経験は逆の結果になった。同じ2005の火入れと生を比べると、生の方がおおらかでゆったりとした大きさがあり後口の癖もなく自然にキレていった。火入れの方が味が薄く、後口も癖とは言えないが辛味系である。生は癖を感じなく、余韻がよい。
今日はブラインド評価ではないが、予見を持たずに利いたので、ブラインドでも差はなかったと思う。
銘柄に拠るのかも知れないが、生の熟成の道も存在する事が分かった。併し、個人の冷蔵庫で生が熟成できるかは難しい問題だ。温度の変化は避けられないが、箱に入れる事は最低条件だろう。
次は、長珍の最高級酒の1年熟成と4年熟成の聞き比べである。
(18)長珍 純米大吟醸 40 無濾過生 平成20BY
立ち香はあまり感じない。甘い入り口。広がりのある酸のふくらみ・厚みが続く。軽い発泡感がある。後口は軽い辛味系だが癖は感じなく良い。評価8.8。
(19)長珍 純米大吟醸 40 無濾過生 平成15BY

香りは軽いカラメル系。甘い入り口。酸の厚みあり、まだまだ力強い味わいでヘタレ感はなく、香りのカラメルが進まなければまだ熟成させたい印象である。後口は辛味系。評価8.5。
長珍も熟成に適した酒だが、今日は1年熟成の方が良かった。筆者の好みでは立ち香の差である。
H20はまだ発泡感を感じるので熟成酒らしいかと云えばそうではない。H15は味はまだまだ元気で熟成を進めたいところだが、立ち香の軽いカラメル臭がどうなるか分からない。
長珍の熟成酒は過去何回か経験があるが、林檎の様なフルーティな香りが立つものがあった。今日のH15は熟成温度が少し高かったのかも知れない。或いは、まだ熟成が足りないのかも知れない。
(20)千代の園 吟醸酒 昭和60BY(1985)

熟成酒の最後は 、お宝ものである。何と24年の熟成酒である。
立ち香は感じない、老香・熟成香は全く感じない。これが24年前の吟醸酒かと驚かされる。甘目の入り口。バランスの取れた味わいである。へこたれた薄味とか熟成味とかは全くない。後口は癖はないが、僅かに残るものがある。
熟成は冷蔵庫で箱入りで熟成されたものらしい、箱の存在が大きいかも知れない。評価8.5。
以前飲んだ神亀の昭和60年代の老香が立ち上る純米酒とは別世界である。
裏のラベルを見ると二級酒と表示されている、特定名称酒制度導入以前のものである。吟醸酒なのだが審査を受けなかったようで、二級で販売されている。当時の雑誌特選街のベスト日本酒に選ばれている。
<酒蔵・参加者の持参酒>
最後は、持参されたおみやげの酒だが、一級の酒揃いである。
(評点は馴染まないので省略。)
(21)三千盛 嶺萌(れいほう) 純米大吟醸
立ち香はあまり感じない。丸味のある酸の厚み、滑らかなバランスの取れた味。後半やや辛くなるが抑えられているので味の締まりになっている。この酒は、三千盛の季節限定の生酒。三千盛りの最高酒山田錦40%の生酒で、火入れして熟成させたものが「まる尾」になるそうである。
(22)三千盛 ひなたぼっこ 純米大吟醸
細かい澱の入った薄濁りの酒。立ち香はあまり感じない。スッキリしているがまろやかな厚みを感じる味わい。甘味は少なく辛口系、後口の癖はない。美山錦45%の季節限定酒、これを火入れして、熟成させたものが「悠釀」になるそうである。
(23)三千盛 悠釀 純米大吟醸
癖のない入り口。味の厚み・舌触りの丸味有り、味は後半に掛けて切れて行き重さを感じない。後口は癖無く良い。
三千盛りの大吟醸3種類を利いて改めて三千盛りの確固たる世界を感じた。
天麩羅ではこれしか合わせないとの参加者がいたので、筆者も天麩羅に合わせてみたが確かによく合う。
このブログでも何度か書いたが、筆者は鰻に三千盛を合わせるのが好きである。今日は穴子の押し寿司が出たので残しておき、三千盛りが登場してから合わせてみたが、よく合った。
単独で飲むと感じる軽い酸味が穴子を口に入れた瞬間無色透明になり、自己主張をしなくなり肴の旨さを引き出す。食中酒としての三千盛りの秘密が其処にある。
三千盛の純米大吟醸を置いている鰻屋はないだろうか。
(24)房島屋 純米大吟醸 山田錦 本生
今年期待の酒である。4月の飛騨美濃酒蔵の集いでは早々と売り切れてしまい、利き逃したものである。
立ち香は林檎系のスッキリした香。甘いフルーティな酸が続き、少し休んだ後発泡感を感じる。山田錦のゆったりとした透明な酸のふくらみが素直に感じられる、味わいは英勲の金賞受賞酒に近いと感じた。後口は辛味系でピリ感が少し残る。
1年刻みで熟成させて変化を見てみたい酒である。
(25)天の戸 純米 美稲(うましね)80 2007年2月
立ち香無し。甘い入り口。滑らかな酸バランスが良く、80%精米とは思えない。後口はピリ辛感があり、後を引く。