【齊籐酒造蔵見学】
刺繍会館を後にして、第2の目的地である齊籐酒造に向かう。
距離は遠くはないが、市街走行なので時間にして1時間ほどの行程である。
昼食の熱燗が回り始め、バスの市街走行の発進とブレーキの繰り返しで、酒の酔いなのか車の酔いなのか解らなくなり始めた頃、漸く齊籐酒造に着きましたとのバスガイドさんの声が天使の声に聞こえた。
バスを降りると、市街地のまっただ中である。
酒蔵は、地方ではまだ山紫水明の中にあることが多いが、流石、伏見は都会である。山も川も蔵周辺にはない。
齊籐酒造の方達のお迎えを受け、大きなマンションの隣にある事務棟に案内された。

事務室で、簡単にスケジュールの説明を受けた後、早速蔵見学である。蔵見学の後、利き酒があり、その後事務棟に戻り、講義を受ける予定である。

蔵は事務棟の隣にある。鉄筋コンクリート4階建(?)であり、白壁の蔵ではなかった。
中に入って、驚かされた。
綺麗である。工場である。機械がズラリと並んでいる。
地方の蔵にはまだある木造の白壁の薄暗い建物の中に、緑色のタンクが並んでいる光景はない。
明るく、清潔な製造工場である。綺麗に整頓が行われている。

説明を受けないと素人には解らない機械が並んでいる。


これは自動洗米機。大がかりな物で、自動制御されている。
機械化の目的は、労力の軽減が第一だが、品質の安定・維持も大きな目的である。

透明なビニールで囲われた金属製の槽。中は麹と思われた。
湿度、温度、雑菌の排除が目的のようである。
他の蔵では見たことがない風景である。
品質に拘る意志が感じられる。

酒米の液化装置。
初めて見た機械である。
通常、米は蒸してから、麹を付け、タンクに入れ、酵母により発酵させるが、此の装置では米をお湯に漬けて液化して、酵素を利用して糖化させ、発酵させるらしい。
齊籐酒造では、蒸しの工程は、最上級からレギュラーまで最適な方法が選択されている様だ。
レギュラーものは、液化による醸造方法をとっているらしい。これも、省力化と品質の維持である。
上級酒については、連続蒸し機を使っているそうである。
最上級酒については、説明は聞かなかったが、蔵内に中型の甑があったので、甑が利用されている様に想像された。
省力化と品質と工程の設計について明確な設計・管理が行われている様に素人目にも感じられた。
此の記事を書いている途中、齊籐酒造のサイトを見たところ、丁度、新醸造年度の吟醸酒の造りの様子がアップされていた。
想像通り、大吟醸クラスは、洗米・浸漬から蒸し・製麹まですべて手作業による伝統的な手法が採られている事がはっきりした。
http://www.eikun.com/
蔵元情報 純米大吟醸の初洗米・初蒸

コンベヤー式の製麹機と思われる。
杜氏さん達は中に入り、説明を受けたが、筆者は遠慮して、中に入らなかったので推測である。

回転式の製麹機と思われる。
製麹も複数の機械が使い分けられているらしい。

醸造タンク室。
醸造タンクには、通路が設置されており、上部から状態の把握が行うことができる。

温度管理、攪拌も自動制御されている。

当然のことながら、温度管理は完全に行われており、サーマルタンクも設置されている。

搾りは、通常のヤブタが設置されていた。
ヤブタの設置された部屋は空調室で温度管理がされている。
上級酒は袋搾り雫取りで行っている様子が講義の際のビデオで見られたので、ヤブタとの使い分けが行われている。

製品は、冷凍庫の様に寒かった冷蔵庫に保管されていた。
蔵見学が終わり、試飲である。
本醸造・古酒から金賞受賞酒まで6種類。


昼の熱燗とバスにすっかり酔ってしまっていた筆者は、試飲は香りだけに自重したが、此の金賞受賞酒だけは、いただいた。
英勲 大吟醸 平成20年金賞受賞酒
京都産米「祝」全量使用
精米35%
日本酒度 約+3.0
杜氏 森口隆夫(但馬杜氏)
口元に持ってくると、吟醸香が立ち上がってくる。
口に含むと甘味・酸味が口の中に膨らみ、広がりもあるが味もしっかりとある。後半にかけてスッキリと切れていくが、最後の後口は辛味系である。
大吟醸は女性に例えればスレンダーなスッキリとした美人が多いが、これは細くはない肉付きの良いふっくらとした美人である。棟方志功の版画に出てくる女人の様なイメージである。
純米大吟醸の世界に近い大吟醸である。
試飲が終わり、最初の事務棟の2階に戻り、全国新酒鑑評会で11年連続の金賞受賞の齊籐酒造の造りに関して講義していただいた。

講義があるとは聞いていなかったので、ノートをバスに置いてきてしまったので、記録を取っていない。
思い出せる事のみ書くが、素人の記憶なので正確は期しがたい。
・金賞受賞酒はどんなものか
軽い、綺麗、上品 を備えている。
・金賞受賞酒を知り、自分を知る。
金賞受賞酒のスタンダードを知る。ストライクゾーンを自覚する事が大切である。
自分の造る酒と金賞受賞酒が何処が違うのかをしっかりと知る必要がある。飲み比べて、官能的に違いを知る必要がある。
そのためには、利き酒能力が必要である。利き酒能力を鍛えなければいけない。
造りに関する技術的説明があったが、素人の筆者には理解できなかったので割愛する。
・蔵を清潔にする
生き物を相手にしている以上、蔵内は常に清潔に保たなければいけない。
・蔵内の意識
酒の品質に対する蔵内の全員の意識が大切である。造りは一人では出来ないので。全員の意識が一つにならないと良い酒はできない。
・酒米「祝」
過去10年は山田錦で金賞を受賞したが、20年の鑑評会は京都の酒米「祝(いわい)」で初挑戦した。
不安はあったが、努力の結果金賞が受賞でき、感慨深いものがある。
酒米「祝」:(以下 英勲のパンフレットより)
『酒造好適米の中でも「祝」は米粒が大きく芯白が鮮明にあらわれ、吟醸造りに適した酒米で、京の水に適したきめ細やかでやわらかくふくらみのある味わいを醸し出します。
祝米は昭和50年代に一度途絶えましたが平成4年に復活し、京都の酒造家の酒造りに対するたゆまぬ技術の研鑽の結果、その味わいは高く評価され、酒造好適米「祝」はその酒造適性おいてトップレベルと評価されるまでになりました。
また、京都府下だけで作られている京都特産の酒米であり、この「祝」で造った酒こそ本物の京都の味、京の酒を造るにふさわしい酒造好適米と言えるでしょう。』
講義が終わり、帰途につくことになった我々は、バスに乗り込み、休日に出社していただき懇切なる見学・講義をしていただいた齊籐酒造の皆様からお見送りまでいただき、バスの窓を開け、感謝を込めて「ありがとうございました」を繰り返しつつ、京都を後にし名古屋に向かった。
【感想】
1.松尾大社は変わることなく。醸造の神様として鎮座されていた。
造り手ではない筆者は、醸造の祈願に代えて飲酒の祈願をお願いした。
お酒を美味しく飲むことが出来る為には、まずは健康である。次に時間とお金であろうか。こうした物に恵まれなければ楽しく日本酒を楽しむ事は出来ない。
拘りの造り手が醸した最高の日本酒をいただく為には、健康が第一である。健康に感謝しなくてはならない。
祈願だけに終わらず、肝臓を大事にして、飲み過ぎることなく、身体を動かし汗を出すことも厭わない生活を続ける節度を保つことを自ら約束することが重要だ。
と思いを新たにした大社参拝である。
2.齊籐酒造見学
大きな衝撃を感じた蔵見学であった。湖東三山の紅葉も良かったが、齊籐酒造も格別であった。
時代の先端を行く蔵である。日本酒のトップランナーである。
酒造の博物館化した蔵ではなく、現代に生きる企業としての蔵であった。
①造り
行く前と後では全くイメージが異なった。全く予備知識無く行ったので、一層感じたのかも知れない。
11年連続金賞と言うことから、手造りに拘った芸術的な蔵かと思っていたが、外見は工場である。
しかし中にはいると、伝統的な手造りの造りが行われており、その技術の上に機械化が行われている。
技術と機械化、品質と機械化、技と経営といった二律背反の問題に果敢に取り組んで、ひとつのソリューションを具現化している蔵である。
現代の蔵としての一つの完成形の様に思われた。
②自負と余裕 すべてを磨く
11年連続金賞の自負もある故か余裕がある。同業者に対し蔵内を余すところ無く、麹室の中まで見学させ、金賞受賞の造り講義までしてくれるのは余裕である。
何も秘密にすることはない、どうぞ全て見ていって下さいという態度である。静岡の磯自慢の見学の際にも同様の印象があったが、自負・自信に裏付けられた余裕である。
講義を聴いて感じられたのは、金賞受賞に関して王道はない。王道があるとすれば、正攻法である。
蔵を清潔にし、蔵内の意識が大切というのは成功している企業の条件である。金賞受賞酒を知り自分を知ると言うことも観足下の実行であり、利き酒能力を磨くと言うことも日々の研鑽である。
磨くのは米だけではない、技術を磨き、感性を磨く事がなければ金賞受賞は出来ない。ひっくり返せば、金賞受賞は技・感性・蔵を磨く手段なのである。
機械を見て・話を聞いただけで金賞が取れるほど甘くはないことを逆に示していると行った方がよいのかも知れない。
どうぞ隅々まで見ていって下さい、そして蔵に帰ったら、清掃から始めて下さい、全てを磨き上げて下さいと言われている様な気がしたのである。
③外への発信
蔵見学から帰り、齊籐酒造のサイトを見たところ、企業としても活動的な企業であることが解った。
銘酒を醸すことは勿論のこと、WEBショップの営業、英勲を提供する飲み処、消費者が酒を造る機会の提供(嵯峨酒づくりの会)、メール会員クラブエイクンなど多彩な活動を行っている。
特筆すべきは、国内のみでなく海外にも発信している事である。サイトには、英文のページが作られ外国人もアクセス出来る様になっており、海外のコンクールにも積極的に参加し、銘柄の知名度向上を行っている。
サイトによれば、2008年度は、国内外4コンクールにて金賞、銀賞受賞とのことである。
常に品質の安定している酒を供給できる齊籐酒造は日本酒の輸出に適した蔵と言える。
◎第96回全国新酒鑑評会11年連続金賞受賞
英勲 大吟醸 祝35
(本年は京都産酒造好適米「祝」にて初受賞)
◎IWC(インターナショナル ワイン チャレンジ)SAKE部門にてGOLD受賞。(*IWC=イギリス ロンドンにて開催される世界最大規模のワインコンテストで2007年よりSAKE部門開催。 )
一吟 純米大吟醸
◎全米日本酒歓評会にて、GOLD受賞
(*全米日本酒歓評会=アメリカ ハワイにて開催される日本酒のコンテスト。)
一吟 純米大吟醸、古都千年 純米大吟醸(「祝」使用)
共に4年連続GOLD受賞。
◎ インターナショナル サケ チャレンジ 2008にてGOLD MEDAL受賞。(*インターナショナル サケ チャレンジ=東京で開催される。)
井筒屋伊兵衛 祝米 三割五分磨き 純米大吟醸 (「祝」使用)
◎インターナショナル サケ チャレンジ 2008にてSILVER MEDAL受賞。
井筒屋伊兵衛 純米大吟醸 (「祝」使用)
④肉付き豊かな大吟醸
筆者は大吟醸が好きである。香りが良く、爽やかな広がりがあり、澄んだ世界に引き込まれる様な感触があり、気品・余韻を感じる大吟醸である。
純米大吟醸は、味の厚みはあるが大吟醸に比べると気品余韻が足りない。純米大吟醸は大吟醸の世界に近づけるだろうかというのが筆者の関心である。
「英勲の大吟醸 金賞受賞酒」は、肉付きの良い大吟醸であった。純米吟醸のスペックで大吟醸の香り・気品を出すことは難しいが、大吟醸で純米大吟醸の膨らみ・豊かさ・肉付きを出すことは、可能であるという証明であった。
技術的に大吟醸の方が自由度が高いのだろう。
灘の酒蔵にしても、今回の伏見の酒蔵齊籐酒造にしても長い伝統を持ちながら、常に現在の顧客に接点を持ち、情報を発信しながら活動しているバイタリティを感じた。
長く生き続けてきた蔵には、伝統の力が脈打っているのを感じることが出来た蔵見学であった。
ミクシーの岡林信康さんのコミュニケにこの文章の一部(風詩)を拝借いたしました。とてもいい逸話だと思いましたので・・。ありがとうございます。