(6)俳句 - 菜花亭日乗
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2019-10-07 (Mon)

2019/10/07  「芋の露連山影を正しうす」(飯田蛇笏)の解釈

2019/10/07  「芋の露連山影を正しうす」(飯田蛇笏)の解釈

「芋の露連山影を正しうす」の解釈について迷ったこと。 季語は何? 芋は俳句では里芋のことで秋の季語。 露も秋の季語。 どちらも秋の季語で、季重なりと言えなくも無いが、加えて「芋の露」もそれ自体、秋の季語らしい。 結局、季語はどれでも、秋で良い。 季語はどれでも良いが、問題は蛇笏が見ている風景がわからない。 秋の冷気を感じる爽やかな...

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「芋の露連山影を正しうす」の解釈について迷ったこと。


季語は何?
芋は俳句では里芋のことで秋の季語。
露も秋の季語。
どちらも秋の季語で、季重なりと言えなくも無いが、加えて「芋の露」もそれ自体、秋の季語らしい。
結局、季語はどれでも、秋で良い。

季語はどれでも良いが、問題は蛇笏が見ている風景がわからない。

秋の冷気を感じる爽やかな朝、目の前の芋畑の向こうに連山が空の明るさを背景に威儀を正して影を見せている。

其処までは良いのだが、連山が影を作っているのは視界全体なのか露の中なのかと言う問題。


写真の世界では、雫の中の風景が一つのモチーフになっている。

一例を挙げさせて頂く。


clip_image002
kagayakuhanaさん                               <a https://www.photo-ac.com/profile/764274
写真AC
https://www.photo-ac.com/
より転載)

白い花びらの上の水滴に向こうの赤い花が映って、水滴の中に赤い花がある。


蛇笏が見たのは、芋の露の中に威儀を正して居る連山ではないのか。

どちらでも良いのだが、調べてみた。

蛇笏の研究家でもある角川源義の「飯田蛇笏」にはこう書かれている。


『芋の露連山影を正しうす

『山廬集』所収、大正三年作。多くの代表作のなかでも、もっとも人に親しまれているのが、この「芋の露」の句である。山梨県は日本中央高地の盆地を中心とする特異な地形、複雑な地質構造を見せている。南方には聳え立つ富士山を中心に烏帽子山、春日山、御坂山、神座山。北方には八ヶ岳、金峰山、国師ケ岳、甲武信岳。西には南アルプスの山々、白根山を主峰とする白根連峰、甲斐駒、鳳凰山と接する。
 
東には大菩薩嶺、源次郎岳、小金沢山、黒岳と四囲連峰にかこまれている。この句にも乙字は「正しうす」という語の主観味が露骨に過ぎて「真摯の俳句境涯ではないやうに受取れる」という。この句は「芋の露」で切れている。「芋の露」に連山の影が正しく宿っていると解してはつまらない。里芋の広葉にしとどな露をやどしている秋暁をまず呼び出しているのだ。旭ののぼるにつれて、たたなわる山また山が、その山姿を明らかにして来る。旭のひかりによって山々の明暗がきわやかで、山襞までも刻明になって来たことを感じさせる。「正しうす」には、襟をただすというふうな語感も乙字のいうようにあったかもしれぬ。だが、連山がその影を「正しうす」という表現はきびしい。この句の面白味は、「芋の露」だ。どの芋の広葉にも、一つずつ大きな露をやどして、旭のひかりに、きらきら光っている。それがすこし風でも吹けばころころころがる。その不安定さと、「連山影を正しうす」の重厚さとが対比されていて面白い。川端茅舎の句に「芋の露直径二寸あぶなしや」がある。「芋の露」の不安定さだけを訴えているのだ。「直径二寸」というわり切った表現とともに、 「あぶなしや」という働きかけが面白いのである。茅舎らしい感覚であり、表現である。
』(飯田蛇笏 鑑賞篇 p187-188


角川源義は『「芋の露」に連山の影が正しく宿っていると解してはつまらない。』と切り捨てている。
この解釈が、大方の解釈だと思う。



それではと、蛇笏自身は何か言っていないのか調べてみた。
蛇笏の「自選自註五十句抄」の中に書かれていた。


『 芋 の 露 連 山 影 を 正 う す
同年作。
今日に至るまでの歳月の中で最も健康がすぐれなかった時である。隣村のY-医院へ毎日薬壜を提げて通っていた。南アルプス連峰が、爽涼たる大気のなかに、きびしく礼容をととのえていた。身辺の植物(植物にかぎらず)は、決して芋のみではなかったのである。』
(飯田蛇笏集成 第五巻鑑賞Ⅱ 自選自註五十句抄)


はっきりとは書いていないが、どうやら、角川の解釈に近い。


負け惜しみを言えば、
儚い露の中でも威儀を正す連山。
時が経ち、露が転がり落ちても、影は失せても、連山の威儀は変わることはない。
と解釈しても、「つまらない」ことではないのではないか。

作品の解釈は、読み手に任されているのだから。





No Subject * by 河嶋克彦
朝の山を知っていれば分かる句だと思います。朝露が我が足を濡らす頃、朝日が神々しく山を彩ります。自分の位置から西の山なら明るいが東の山なら黒く見えます。蛇笏が何処で読んだかはわかりませんが、コレは崇高な叙事詩だと思います。

Re: コメントありがとうございます * by nabanatei
公開が遅くなり失礼しました。
最近は、コメントはSPAMものばかりで、注意が足りませんでした。
記事の内容に無関係なコメントは困ります。

そうですね。
空と山、陽の光と影が織りなす彩り。
露の中にも夢幻ではなく、確かに在ります。

2019-10-03 (Thu)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その1)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その1)

蛇笏忌を機に、蛇笏の句の世界を理解するために彼の俳句を集めてみた。ネット上で読むことのできる句を集めたのだが、流石に大家なので1300を越える句を集めることができた。これくらいの数になるとコピーを取ってからの整理もかなり手間がかかった。一人の俳人に近づき、理解をするには、その作句を数多く読むのが、正しい方法だと思う。蛇笏の代表句として有名な句は、『・芋の露連山影を正しうす(1914年作、『山廬集』所収)・...

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蛇笏忌を機に、蛇笏の句の世界を理解するために彼の俳句を集めてみた。

ネット上で読むことのできる句を集めたのだが、流石に大家なので1300を越える句を集めることができた。

これくらいの数になるとコピーを取ってからの整理もかなり手間がかかった。

一人の俳人に近づき、理解をするには、その作句を数多く読むのが、正しい方法だと思う。

蛇笏の代表句として有名な句は、
・芋の露連山影を正しうす(1914年作、『山廬集』所収)
・死病得て爪うつくしき火桶かな(1915年作、『山廬集』所収)
・たましひのたとへば秋のほたるかな(1927年作、『山廬集』所収)
・なきがらや秋風かよふ鼻の穴(1927年作、『山廬集』所収)
・をりとりてはらりとおもきすすきかな(1930年作、『山廬集』所収)
・くろがねの秋の風鈴鳴りにけり(1933年作、『霊芝』所収)
・誰彼もあらず一天自尊の秋(晩年の句、『椿花集』所収)
だそうだが、これ以外にも良い句が沢山見つけられるはずだ。

個人的には、俳句の格調、幅、言葉の多彩さでは、高濱虚子よりも飯田蛇笏のほうが上だと思う。

(但し書き:
・以下の句はネット上で蛇笏の句と書かれていたものを集めたもの。
・間違って記載している人もいるかも知れない。
・句集で裏付けはしていないので、厳密性は保証できない。
・とりあえず、蛇笏の句を多く読むための資料としての位置づけ。
・蛇笏の世界の理解を深める動きが出ている様で、(その5)の末に【飯田蛇笏データ】として掲載した。
・頭の数字は単なる番号で意味はない。



0001 十字架祭看護婦いでて秋花剪る 
0002 桐一葉月光噎ぶごとくなり 
0003 苔庭に冷雨たたへてうすもみぢ 
0004 山雲にかへす谺やけらつゝき 
0005 岩礁の瀬にながれもす鮑取 
0006 こころざし今日にあり落花ふむ 
0007 日輪にひゞきてとべる薔薇の虫 
0008 大空に富士澄む罌粟の真夏かな 
0009 清水湊富士たかすぎて暮の春 
0010 山藤の雲がかりしてさきにけり 
0011 日にむいて春昼くらし菊根分 
0012 麦の秋山端の風に星光る 
0013 涼あらた畦こす水の浮藻草 
0014 渓橋に傘さして佇つや五月雨 
0015 恋ごころより情こもる菊枕 
0016 貧農は弥陀にすがりて韮摘める 
0017 蘭あをく雨蕭々とくすり掘る 
0018 老鶯も過ぎし女院の膝の前 
0019 夏雨や川虫淵をながれ出る 
0020 白牡丹萼をあらはにくづれけり 
0021 雪解富士樹海は雲をあらしめず 
0022 青踏むや鞍馬をさして雲の脚 
0023 中年の保養に倦みし藍浴衣 
0024 旅舎の窓遅月さしてリラの花 
0025 菱採のはなるる一人雨の中 
0026 人肌のつめたくいとし秋の帽 
0027 滝のぼる蝶を見かけし富士道者 
0028 虻せはし肉うちふるふ洗ひ馬 
0029 昏々と病者のねむる五月雨 
0030 舟に落ちて松毬かろし餘花の岸 
0031 夏空に地の量感あらがへり 
0032 焼嶽に月のいざよふ雪解かな 
0033 夏真昼死は半眼に人をみる 
0034 病牛がサフランねぶる春の影 
0035 河鹿なきおそ月滝をてらしけり 
0036 山裾のありなしの日や吾亦紅 
0037 冬の蝿ほとけをさがす臥戸かな  (病中)
0038 音にして夜風のこぼす零余子かな 
0039 うち水にはねて幽かや水馬 
0040 土器にともし火もゆる神楽かな 
0041 山深き瀬に沿う路の寒旱 
0042 塩漬の梅実いよいよ青かりき 
0043 三四本花さく萱の伏しにけり 
0044 どんよりと夏嶺まぢかく蔬菜園 
0045 わがこゑののこれる耳や福は内 
0046 葦の間の泥ながるるよ汐干潟 
0047 なきがらのはしらをつかむ炬燵かな 
0048 薔薇つけし葉のきわやかに甕の水 
0049 湯婆こぼす垣の暮雪となりにけり 
0050 みな月の日に透く竹の古葉かな 
0051 とどめたる男のなみだ夏灯 
0052 山牛蒡の咲きたる馬柵の霧がくれ 
0053 冬灯死は容顔に遠からず 
0054 黄落のつゞくかぎりの街景色 
0055 燈台に灯すこころや秋隣り 
0056 抱へたる大緋手鞠に酔ふごとし 
0057 啓蟄のいとし児ひとりよち~と 
0058 南無鵜川盆花ながれかはしけり 
0059 深草のゆかりの宿の端午かな 
0060 ことごとくつゆくさ咲きて狐雨 
0061 夕霧に邯鄲のやむ山の草 
0062 慾なしといふにもあらず初浴衣 
0063 形代やたもとかはして浮き沈み 
0064 夏襟をくつろぐるとき守宮鳴く 
0065 蝉なきて夜を氾濫の水ふえぬ 
0066 はつ秋や嫁姑と一と日旅 
0067 秋たつや川瀬にまじる風の音
0068 高浪にかくるる秋の燕かな 
0069 三伏の月の小ささや焼ヶ嶽 
0070 後架にも竹の葉降りて薄暑かな 
0071 葦咲いて蜑の通ひ路ながし吹く 
0072 盆の昼人に背見せて閑談す 
0073 滝津瀬に三日月の金さしにけり 
0074 雪晴れて大瀬波うつスキー行 
0075 対岸の模糊に鶯うつりけり 
0076 秋の昼一基の墓のかすみたる 
0077 夏寒くあるく園生の青すゝき 
0078 夜は夜の白雲靆きて秋の嶽 
0079 高嶺並む広袤に住み鍬はじめ 
0080 日に顫ふしばしの影や鶏乳む 
0081 鳳輦は沼津につきぬ雪解富士 
0082 こたへなき雪山宙に労働歌 
0083 初袷流離の膝をまじへけり 
0084 またおちてぬれ葉にとまる茄子の花 
0085 ほととぎす鳴きて遠めく山の滝 
0086 深山空寒日輪のゆるるさま 
0087 はつ雁に暮煙を上ぐる瀬田の茶屋 
0088 情婦を訪ふ途次勝ちさるや草相撲 
0089 いち早く日暮るる蝉の鳴きにけり 
0090 鼈(すつぽん)をくびきる夏のうす刃かな
0091 八重椿蒼土ぬくくうゑられぬ 
0092 露ざむの情くれなゐに千草かな 
0093 秋たつときけばきかるる山の音 
0094 牛曳いて四山の秋や古酒の酔 
0095 夏至白夜浪たちしらむ漁港かな 
0096 山の童木菟とらへたる鬨あげぬ 
0097 冬ぬくく地の意にかなひ水移る 
0098 靴下の淡墨にしてさくら狩り 
0099 南蛮の日向すずろにふまれけり 
0100 小降りして山風のたつ麦の秋 
0101 芽牡丹やみつのごとくに御所の雨 
0102 没日影葵をそめて竹落葉 
0103 余花の峰うす雲城に通ひけり 
0104 終戦の夜のあけしらむ天の川 
0105 薮なかや朽ち垣ぬらす初時雨 
0106 頬あかきグリルのをとめ聖週期 
0107 滝おもて雲おし移る立夏かな 
0108 露の瀬にかゝりて螻蛄のながれけり 
0109 収穫すキャベツ白磁に蔬菜籠 
0110 汁なくて厭き~くらふ雑煮かな 
0111 高波にかくるゝ秋のつばめかな 
0112 万斛のつゆの朝夕唐からし 
0113 遊楽の夜を蒸す翳に謝肉祭 
0114 開帳の破れ鐘つくや深山寺 
0115 極月やかたむけすつる枡のちり 
0116 放心にひまなくもゆる除夜の炉火 
0117 冬の水すこし掬む手にさからへり 
0118 水門や木目にすがる秋の蝿 
0119 みすゞかる信濃をとめに茸問はな 
0120 うつうつと大獄の昼躑躅咲く 
0121 木曽人は花にたがやす檜笠かな 
0122 はや吊りて夢幻のおもひ高燈籠 
0123 金華山軽雷北に鵜飼了ふ 
0124 ぬぎ捨てし人のぬくみや花ごろも 
0125 夏館老尼も泊りながし吹く 
0126 水喧嘩墨雲月をながしけり 
0127 ふた親にたちまちわかれ霜のこゑ 
0128 白昼のむら雲四方に蕃茄熟る 
0129 船暑し干潟へおろす米俵 
0130 罠のへにたちどまりたる鶫かな 
0131 負馬の眼のまじ~と人を視る 
0132 蝶颯つと展墓の花を摶ちにけり 
0133 うつりすぐ善女善男鴛鴦の水 
0134 一時領七谷植うる木の実かな 
0135 鮒膾瀬多の橋裏にさす日かな 
0136 老鹿の眼のたゞふくむ涙かな 
0137 寒波きぬ信濃へつづく山河澄み 
0138 草いきれ女童(めろ)会釈してゆきにけり 
0139 街路樹に旧正月の鸚鵡館 
0140 秋の山國土安泰の相(すがた)かな 
0141 はつ機の産屋ヶ岬にひびくなり 
0142 かりかりと残雪を喰み橇をひく 
0143 年木割かけ声すればあやまたず 
0144 八重むぐら瀬をさへぎりて梅雨湿り 
0145 東風の月祷りの鐘もならざりき 
0146 くちなしの花さき闇の月贏(や)せぬ 
0147 禽むるる大椿樹下に黐搗けり 
0148 夏草に五月の雉子のたまごかな 
0149 単衣着の襟の青滋にこゝろあり 
0150 柚の花につきてぞ上る烏蝶 
0151 葉ざくらに人こそしらね月繊そる 
0152 北辺の聖夜にあへる樹氷かな 
0153 こくげんをわきまふ寒の嶽颪 
0154 とりすてゝ鈴蘭の香の地に浮く 
0155 春暑く旅人づれの肉を焼く 
0156 雹晴れて渡舟へんぽんと山おろし 
0157 初湯出しししむら湯気をはなちけり 
0158 深山の日のたはむるる秋の空 
0159 雲しろむけふこのごろの花供養 
0160 寒の凪ぎ歩行のもつれ如何せん 
0161 いくもどりつばさそよがすあきつかな 
0162 落日に蹴合へる鶏や鳳仙花 
0163 市街の灯見るは雲の間夜の秋 
0164 南方の空のむら雲鶏頭花 
0165 芋の花月夜をさきて無尽講 
0166 高原の夜に入る天の夏ひばり 
0167 大つぶの寒卵おく襤褸の上
0168 皿を垂りしづくす秋の大山女魚 
0169 児をだいて日々のうれひに鰯雲 
0170 雲漢の初夜すぎにけり磧 
0171 磯貝の潮がくり咲く薄暑かな 
0172 濁流に日影かするる青すすき 
0173 炭焼きて孤りが年を惜しまざる 
0174 後山へ霜降月の橋をふむ 
0175 秋冷のまなじりにあるみだれ髪 
0176 水底に仰向きしづむおちつばき 
0177 みづどりにさむきこゝろを蔽ひけり 
0178 三月や廊の花ふむ薄草履 
0179 落飾の深窓にしてはつ日記 
0180 法廷や八朔照りのカンナ見ゆ 
0181 湖波の畔にたゝみて蓼涵る 
0182 宵浅く柚子そこはかと匂ふなる 
0183 物おちて水うつおとや夜半の冬 
0184 弥生尽山坂の靄あるごとし 
0185 籠にして百草夏のにほひかな 
0186 山寺や斎の冬瓜きざむ音 
0187 夏旅や俄か鐘きく善光寺 
0188 大揚羽ゆらりと岨の花に酔ふ 
0189 渓川のしのつく雨に盆送り 
0190 家路の娘玉菜を抱きて幸福に 
0191 ふりやみて巌になじむたまあられ 
0192 日短くつくづくいやなふかなさけ 
0193 夏の雨草井に日影残りけり 
0194 行秋や案山子の袖の草虱 
0195 凍てに寝て笑む淋しさを誰か知る 
0196 河岸をゆく羽織たらりと霜日和 
0197 陶に似て窓のアルプス聖母祭 
0198 大巌にまどろみさめぬ秋の山 
0199 かな~の鳴きうつりけり夜明雲 
0200 風冴えて高嶺紺青雪のこる 
0201 ゆく秋や案山子の袖の草虱 
0202 晴るる日も嶽鬱々と朴咲けり 
0203 強霜や朝あかねして駒の嶮 
0204 豌豆の手の枯れ竹に親すずめ 
0205 撃ちとつて艶なやましき雉子かな 
0206 鉄橋に水ゆたかなる冬日和 
0207 閑談のふところにして寒卵 
0208 雲水の跫音もなく土凍てぬ 
0209 たぎつ瀬にえびづるのつゆしたたれり 
0210 児を抱いて尼美しき霊祭 
0211 なきからや秋風かよふ鼻の穴 
0212 秋虹をしばらく仰ぐ草刈女 
0213 火山湖の高浪をきく余寒かな 
0214 芋の露連山影を正うす 
0215 寒灸や悪女の頸のにほはしき 
0216 蕗隠しに轡かかりて暮雪ふる 
0217 蘆花旧廬灰しろたへに春火桶 
0218 筆硯に多少のちりも良夜かな
0219 草川のそよりともせぬ曼珠沙華
0220 鞴火のころげあるきて霜夜かな 
0221 国原の水たてよこに彼岸鐘 
0222 東風の陽の吹かれゆがみて見ゆるかな 
0223 しもつきや大瀬にうかぶ詣船 
0224 死火山の膚つめたくて草苺 
0225 雲表にみゆる山巓初昔 
0226 雪幽くつのりて軍靴湧くごとし 
0227 降る雪や玉のごとくにランプ拭く
0228 就中学窓の灯や露の中
0229 雪山を匐ひまわりゐる谺かな
0230 灯をさげて観音寺みち秋の夜 
0231 寒濤に鴨たちあがる日和かな 
0232 渓沿ひに女礼の登る深山寺 
0233 水仙に湯をいでて穿く毛足袋かな 
0234 盆の雨車前草はやくぬれにけり 
0235 夜の蝶人をおかさず水に落つ 
0236 笛ふいて夜涼にたへぬ盲かな 
0237 冬瀧のきけば相つぐこだまかな 
0238 秋日和なかなか売れぬ樒かな 
0239 ふりやみていはほになじむ玉あられ 
0240 大乳房たぷたぷ垂れて蚕飼かな 
0241 戦死報秋の日くれてきたりけり
0242 山かけて朝虹ちかく茄子咲けり 
0243 とくはしる水蜘蛛ありて秋の虹 
0244 雲ふかく蓬莱かざる山廬かな 
0245 海ぬれて砂丘の風に桃咲けり 
0246 つかのまの絃歌ひびきて秋の海 
0247 たらの芽やからびしをれて籠の目に 
0248 郭公啼く青一色の深山晴れ 
0249 文机にめむきうたたね春嵐 
0250 秋の雪北嶽たかくなりにけり 
0251 ひややかに人住める地の起伏あり 
0252 先着にあな幣尊と紅葉山 
0253 雲はうてつゆあけの嶺遠からぬ 
0254 秋が見てゐる陶の卵かな 
0255 月光をふるはす桐の虫一つ 
0256 ねざめたるはだへひやゝか蚊帳の闇 
0257 秋の像ともがきをみつ父をみる 
0258 双燕のもつれたかみて槻の風 
0259 仲秋や火星に遠き人ごゝろ 
0260 去年今年闇にかなづる深山川 
0261 荒藪の鉄線花咲く欅の木 
0262 帯の上の乳にこだはりて扇さす
0263 唾はいて幽かに石蕗の月に閉づ 
0264 ねむる間に葉月過ぎるか盆の月 
0265 神は地上におはし給はず冬の虹 
0266 報恩講後山西日の影流れ 
0267 山百合にねむれる馬や靄の中 
0268 口紅の玉虫いろに残暑かな 
0269 茶の木咲きいしぶみ古ぶ寒露かな 
0270 浮き草にながあめあがる落花かな 
0271 喬槻に渓のとどろき夏来る 
0272 天をとび樋の水をゆく蒲の絮 
0273 陽にむいて春昼くらし菊根分 
0274 雪に辞す人に手燭をこゝろより 
0275 山風に北窓閉すやところせく 
0276 地と水と人をわかちて秋日澄む 
0277 二三人薄月の夜や人丸忌 
0278 一生を賭けし俳諧春の燭 
0279 名月や宵すぐるまの心せき 
0280 キヤベツとる娘が帯の手の臙脂色 
0281 夏風や竹をほぐるゝ黄領蛇(さとめぐり) 
0282 山滝に日射すとみゆれ懸巣翔ぶ 
0283 おほぎやうに牡丹嗅ぐ娘の軽羅かな 
0284 寝しづみて老が火を吹く寒の闇 
0285 あしおともたてず悪友霜を来ぬ 
0286 碧落に日の座しづまり猟期来ぬ 
0287 小富士訪ふ閉山季の法印と 
0288 山茱萸の風にゆれあふ実を択りぬ 
0289 山塊を雲の間にして夏つばめ 
0290 薔薇園一夫多妻の場を思ふ
0291 日ざかりやおのが影追ふ蓬原 
0292 樋水ます雨に花さく野蒜かな 
0293 日も月も大雪渓の真夏空
0294 果樹園をぬけて産院四温光 
0295 お涅槃に女童の白指触れたりし 
0296 遠足児よどむに乳牛尾をふりて 
0297 胃洗ふて病院桐の秋濶し 
0298 頬を掌におきてしんじつ虫の夜 
0299 蜆川うす曇りして水の濃き 
0300 寒を盈つ月金剛のみどりかな 




2019-10-03 (Thu)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その2)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その2)

0301 麥秋の米櫃におく仏の燈 0302 寒鯉の黒光りして斬られけり 0303 青巒の月小ささよたかむしろ 0304 谷川に幣のながるる師走かな 0305 月いよよ大空わたる焼野かな 0306 冬の風人生誤算なからんや 0307 山風や棚田のやんま見えて消ゆ 0308 つぶらなる汝が眼吻はなん露の秋 0309 水仙や暮色漂ふて鯉動く 0310 山梨熟れ穂高雪渓眉の上 0311 竹落葉渓の苔岩乾るまなき 031...

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0301 麥秋の米櫃におく仏の燈 
0302 寒鯉の黒光りして斬られけり 
0303 青巒の月小ささよたかむしろ 
0304 谷川に幣のながるる師走かな 
0305 月いよよ大空わたる焼野かな 
0306 冬の風人生誤算なからんや 
0307 山風や棚田のやんま見えて消ゆ 
0308 つぶらなる汝が眼吻はなん露の秋 
0309 水仙や暮色漂ふて鯉動く 
0310 山梨熟れ穂高雪渓眉の上 
0311 竹落葉渓の苔岩乾るまなき 
0312 泪眼をほそめて花の梟かな 
0313 空を率て末ひろがりに春の川 
0314 灯してさざめくごとき金魚かな 
0315 手どりたる寒の大鯉光りさす 
0316 扇おくこゝろに百事新たなり 
0317 胴着きて興ほのかなる心かな 
0318 死ぬばかりあまく妖しき木の実かな 
0319 晒引く人涼しさを言ひ合へり 
0320 夏山の意になじみたる雲のいろ 
0321 春暁のうすむらさきに枝の禽 
0322 山火事に蔵戸ほのかや鶏謡ふ 
0323 高原の雨やむ湿気翁草 
0324 襟巻や思ひうみたる眼をつむる 
0325 杣山や鶲に煙ながれたる 
0326 をりとりてはらりとおもきすすきかな 
0327 雪中のわけてもしるき万年青の実 
0328 除夜の鐘幾谷こゆる雪の闇 
0329 花蓼のつゆに小固き草履の緒 
0330 常楽会あづまの旅に出て会へり 
0331 山寺の扉に雲遊ぶ彼岸かな 
0332 患者群れ苑のクローヴア花咲けり 
0333 谷雲に夏鶯は枝のさき 
0334 山凪ぎにこころ聾する秋日影 
0335 後山の雲を高みに虹消ゆる 
0336 日輪に消え入りて啼くひばりかな 
0337 万歳にたわめる藪や夕渡し 
0338 つゆむぐら雨ふる淵瀬たぎちけり 
0339 月光のしみる家郷の冬の霧 
0340 夏蝶のやさしからざる眸の光り 
0341 夏山や風雨に越える身の一つ 
0342 夏萩に水ゆたかなる山の池 
0343 月の輪の佗びねに光る大晦日 
0344 煮るものに大湖の蝦や夏近し 
0345 瀧おもて雲おし移る立夏かな 
0346 砂走りの夕日となりぬ富士詣 
0347 竈火赫っとただ秋風の妻を見る 
0348 寝しづみしひとの黒髪連翹忌 
0349 霜溶けの囁きを聴く猟夫かな 
0350 鶴は病み寒日あゆむことはやし 
0351 山門に赫つと日浮ぶ紅葉かな 
0352 窓開けてホ句細心や萩晴るゝ 
0353 雪山に照る日はなれて往きにけり 
0354 しめかざりして谷とほき瀑の神 
0355 深山木に雲ゆく蝉の奏べかな 
0356 岬の濤のけぞる宙の凍てにけり 
0357 新渋の一壺ゆたかに山廬かな 
0358 西霽(は)れて窓の木がくれ白椿 
0359 富士渡し姉妹の尼に浅き春 
0360 行くほどにかげろふ深き山路かな 
0361 夏菊に桑かたむきて家陰かな 
0362 花桐に草苅籠や置きはなし 
0363 ねざめよき児が透く秋の枕幃 
0364 白蓮やはじけのこりて一二片 
0365 風邪の子の餅のごとくに頬豊か 
0366 春の霜身が窶る詩を念へども 
0367 秋風や野に一塊の妙義山 
0368 雨水に杉菜ひたりて夕蛙 
0369 寒の月白炎曳いて山を出づ 
0370 一鷹を生む山風や蕨伸ぶ 
0371 月光とともにただよふ午夜の雪 
0372 山茶花に入日を惜しむ時津風 
0373 あつ過ぎる行水にさす夕日影 
0374 冷やかに人住める地の起伏あり
0375 出水川とどろく雲の絶間かな 
0376 奥嶺よりみづけむりして寒の渓 
0377 小正月寂然として目をつむる  (正月六日より流感に罹りて臥床十余日)
0378 大原や日和定まる花大根 
0379 廬の盛夏窓縦横に太き枝 
0380 落葉ふんで人道念を全うす 
0381 ふぐ食うてわかるゝ人の孤影かな 
0382 インディアン唇くれなゐに夜涼かな 
0383 うす虹をかけて暮秋の港かな 
0384 はつ嵐真帆の茜に凪ぎにけり 
0385 零余子おつ土の香日々にひそまりぬ 
0386 海に向き絶壁の凍て暁けしらむ 
0387 供花をきる盛夏のこころ澄みにけり 
0388 霜がるる萩のうら花とどまれり 
0389 夏蝶の歯朶ゆりて又雨来る 
0390 冬山に枯木を折りて音を聞く 
0391 地蜂焼く秋の崕土ぬくもりぬ 
0392 聴きとむるゆかりの宿のはつ鼓 
0393 くにはらの水縦横に彼岸鐘 
0394 蕗ひたる渦瀬にかかり鮠をつる 
0395 秋の繭しろじろ枯れてもがれけり 
0396 飼ふ雉子の鳴く音しづみて昼の虫 
0397 うらうらと旭いづる霜の林かな 
0398 ならひ吹く葬儀社の花しろたへに 
0399 たちよれば深山ぐもりに桷の花 
0400 蛇の血の水にしたゝり沈みけり 
0401 弓初め大山祗は雲かゝる 
0402 門前にそびゆる嶽や秋霞 
0403 絨毯に手籠の猫子はなたれぬ 
0404 山塊の日あたりながら霜気満つ 
0405 春愁のまぼろしにたつ仏かな 
0406 山に住み時をはかなむ春北風 
0407 大濤のとどろと星の契りかな 
0408 山國の虚空日わたる冬至かな 
0409 揚げ船に鶏鳴く磯家初凪す 
0410 牡丹しろし人倫をとく眼はなてば 
0411 丹波路やまだ夜を翔ける野分雲 
0412 大串に山女魚のしづくなほ滴るる 
0413 とり入るる柴の凍雪炉におちぬ 
0414 こころよき炭火のさまや三ヶ日 
0415 無花果を手籠に旅の媼どち 
0416 蛇穴をいでて耕す日に新た 
0417 ききとむる寒鴎のこゑ浪にそひ 
0418 天体のくらみをめでて夏帽子 
0419 手まくらにラヂオ快調蝿うまる 
0420 木瓜あかし小雨の底の市原野 
0421 いきいきと細目かがやく雛かな 
0422 秋立つや川瀬にまじる風の音 
0423 壷にさす水引草つかねあまりけり 
0424 ぺかぺかと午後の日輪常山木咲く 
0425 藁積むや冬大峰は雲の中 
0426 雲通る百姓寺の曝書かな 
0427 胡麻刈るやしばらく土の朝日影 
0428 河童に梅天の亡龍之介 
0429 深山に炭焼き暮るるひとりかな 
0430 なりふりにかまけておくる葭戸かな 
0431 秋蝉のなきしづみたる雲の中 
0432 草にねて山羊紙喰めり黄蜀葵 
0433 きさらぎの門標をうつこだまかな 
0434 秋の草まつたく濡れぬ山の雨 
0435 なやらふやこの國破るをみなこゑ 
0436 田を截つて大地真冬の鮮らしさ 
0437 晒布うてば四月の山辺応へけり 
0438 磧ゆくわれに霜夜の神楽かな 
0439 刈草に尾花あはれや月の秋 
0440 よろよろと尉のつかへる秋鵜かな 
0441 谷の戸や菊も釣瓶も霧の中 
0442 立春の雨やむ群ら嶺雲を座に 
0443 ひえびえと闇のさだまる初秋かな 
0444 関の戸や水ノ口まつる田一枚 
0445 胡瓜生るしたかげふかき花のかず 
0446 花弁の肉やはらかに落椿 
0447 山風の温微にゆるる鉄線花 
0448 鮎汲や糧を忘れし巌高き 
0449 夜にかけて卯の花曇る旅もどり 
0450 うたよみて老いざる悲願霜の天 
0451 蚊ばしらや眉のほとりの空あかり 
0452 雪片のはげしく焦土夜に入る 
0453 外濠の鴨を窗辺に年用意 
0454 鯒釣るや濤声四方に日は滾る 
0455 蛞蝓のながしめしてはあるきけり 
0456 鷹舞ふて音なき後山ただ聳ゆ 
0457 飾り臼みづの青藁仄かにも 
0458 春愁や派手いとへども枕房 
0459 ほこりだつ野路の雨あし夏薊 
0460 秋の虹ほのくらく樹をはなれけり 
0461 北風吹く葬儀社の花白妙に 
0462 くれなゐのこころの闇の冬日かな 
0463 渓の樹の膚ながむれば夏きたる 
0464 気おごりて日輪をみる冬景色 
0465 とりいでし錦繍バッグ墓詣 
0466 ころころところがる杣や茸の毒 
0467 はつはるの紋十郎にをんなの香 
0468 夜の客に翅ひびかせて秋の蝿 
0469 光陰をほづえにわする冬の鵙 
0470 あをあをと盆会の虫のうす翅かな 
0471 皹の娘のほてる手に触はられぬ 
0472 くろがねの秋の風鈴鳴りにけり 
0473 初飛行つづく裏富士雲を見ず 
0474 蕎麦をうつ母に明うす榾火かな 
0475 秋暑したてゝしづくす藻刈鎌 
0476 花葛のあかるき後山驟雨すぐ 
0477 すきものの歯のきこきこと海鼠たぶ 
0478 兜虫ふみつぶされてうごきけり 
0479 八方の岳しづまりて薺打つ 
0480 雲ふかく結夏の花の供養かな 
0481 髪梳けば琴書のちりや浅き春 
0482 古き世の火色ぞ動く野焼かな 
0483 ゆづり葉に暁雲うすき山家かな 
0484 みめよくてにくらしき子や天瓜粉 
0485 麻刈つて渺たる月の渡しかな 
0486 瀾掠む微雨かがやきて夏薊 
0487 手をふれてぬくとき墓に詣でけり 
0488 たましひのたとへば秋のほたるかな 
0489 大峰を日わたりて晦き清水かな 
0490 夜の秋の雲をへだつる障子かな 
0491 暖かや仏飯につく蝿一つ 
0492 氷下魚釣獣の香をはなちけり 
0493 ちかよりて老婦親しく日向ぼこ 
0494 ふところに暮冬の鍵のぬくもりぬ 
0495 古妻や針の供養の子沢山 
0496 月光に花梅の紅触るるらし 
0497 荒潮におつる群星なまぐさし 
0498 鵜篝のおとろへて曳くけむりかな 
0499 とぢまけて春眠の眼の疲れけり 
0500 桃咲いて畦畑の麦そろひたる 
0501 孤つ家の桐葉がくりに盆燈篭 
0502 恍として高濤の月はつ昔 
0503 帰廬の雨語りもならず炉火による 
0504 星詩なきあとの郡や寒返る 
0505 百姓のみな灯をひくく春祭 
0506 羊朶もえて岩滝かけるきぎすかな 
0507 八重山をうづむる雪に機はじめ 
0508 望は翌夜空にたたむ雲の冷え 
0509 地に墜つも草にすがりて秋の蝉 
0510 いたどりに樋の水はやし雨の中 
0511 初機のやまびこしるき奥嶺かな 
0512 種芋や兵火のあとの古都の畠 
0513 マスクしてしろぎぬの喪の夫人かな 
0514 この島におなじ日輪花菜季 
0515 父祖の地に闇のしづまる大三十日 
0516 河岸船の簾にいでし守宮かな 
0517 秋鶏が見てゐる陶の卵かな
0518 針売も善光寺路の小春かな 
0519 紅梅のさきしづまりてみゆるかな 
0520 花の月全島死するごとくなり 
0521 笈磨れの尊き肩や二日灸 
0522 山柿や五六顆おもき枝の先 
0523 母の乳のしぼみ給へる種痘かな 
0524 霜降の陶ものつくる翁かな 
0525 百千鳥酣にして榛の栗鼠 
0526 醍醐より夜をとふ僧や花の冷え 
0527 雲遠き塔に上りて春をしむ 
0528 雪解や渡舟に馬のおとなしき 
0529 山寺の扉に雲あそぶ彼岸かな 
0530 吹き降りの淵ながれ出る木の実かな 
0531 耳さとくねて月遠し秋のかや 
0532 遠き瀬の緒とはなれては秋出水 
0533 乳牛に無花果熟るゝ日南かな 
0534 閑かさはあきつのくぐる樹叢かな 
0535 懐紙もてバイブルの黴ぬぐふとは 
0536 数珠の手に花種を蒔く尼ぜかな 
0537 うす箋に愁ひもつづり夏見舞 
0538 行き行きて余花くもりなき山の昼 
0539 ある夜月に富士大形の寒さかな 
0540 行水のあとの大雨や花樗 
0541 くらやみに水落つ音や大社みち 
0542 神がくれせる童を拾ふ恵方嶺 
0543 秋澄める暁雲といふものの紅 
0544 蛤や鳴戸の渦にあづからず 
0545 ひえ~と鵜川の月の巌かな 
0546 雲うらをかすむる機影鬼ゃらひ 
0547 ひぐらしの土に染み入る沼明り 
0548 白樺にとまりおよぎの秋鴉 
0549 幽冥へおつるおとあり灯取蟲 
0550 炉ほとりの甕の澄む日や十二月 
0551 日蝕にいぶかしげなる秋の軍鶏 
0552 木蓮に日強くて風さだまらず 
0553 水神をまつる日虧けて夏隣 
0554 秋の星遠くしづみぬ桑畑 
0555 水芹に雪ちる山井溢れけり 
0556 信心の母にしたがふ盆会かな
0557 人々の座に置く笠や西行忌 
0558 倒したる大樹をわたる霜の杣 
0559 秋海にたつきの舟の曇りけり 
0560 荒海の千鳥ぶちまく枯野かな 
0561 妹が腹すこし身に触り更衣 
0562 老いがたくこころにしみるはつみそら 
0563 おとのして夜風のこぼす零余子かな 
0564 菜園の暑気鬱としてふまれけり 
0565 盆市の一夜をへだつ月の雨 
0566 霜燻べ河港はひたにしづまりて 
0567 農の閑愛書ひたすら冬凪す 
0568 雨あしのさだかに萌ゆるよもぎかな 
0569 蝦夷富士は春しぐれする蝶の冷え 
0570 鶸ないてこがゑの風にかすみけり 
0571 露涼し鎌にかけたる葛の蔓 
0572 温泉の神に燈をたてまつる裸かな 
0573 鳥追や顔よき紐の真紅 
0574 春燈やはなのごとくに嬰のなみだ 
0575 吊れば鳴る明珍火箸餘寒なほ 
0576 海鳴れど艫は壁にある夜長かな 
0577 新月の環のりんりんとつゆげしき 
0578 渓声に山羊啼き榛の花垂りぬ 
0579 いとどしく星河うすれて淡路女忌 
0580 蘭しげる滝口みえて春の虹 
0581 恋めきて絨毯をふむ湯ざめかな 
0582 倒れ木を越す大勢や順の峰 
0583 こくげんをたがへず夜々の青葉木菟 
0584 霜月や大瀬にうかぶ詣船 
0585 月しろのしばらく間ある露葎 
0586 乱鶯のこゑ谷に満つ雨の日も 
0587 春隣る嵐ひそめり杣の炉火 
0588 みぞるゝや雑炊に身はあたたまる 
0589 炎天を槍のごとくに涼気すぐ 
0590 夏痩や死なでさらへる鏡山 
0591 山中の螢を呼びて知己となす 
0592 旧山河こだまをかへし初鼓 
0593 草童のちんぽこ螫せる秋の蜂 
0594 高原光地蜂焼く火のおとろへず 
0595 寒林の陽を見上げては眼をつぶる 
0596 老いそめて花見るこゝろひろやかに 
0597 繊々と樅雲を曳く十六夜 
0598 句をえらみてはちかむ死か銀懐炉 
0599 鷹翔ける影ほのかにて雪解富士 
0600 ひぐらしの鳴く音にはづす轡かな 




2019-10-03 (Thu)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その3)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その3)

0601 隠棲の藪木の啄木にゆきぐもり 0602 老の蟇ぶらさげて歩くかな 0603 よき娘きて軍鶏流眄す秋日かな 0604 昼月や雲かいくぐる山燕 0605 初山や高く居て樵る雲どころ 0606 滝風に吹かれあがりぬ石たたき0607 鷹舞うて神座の高嶺しぐれそむ 0608 初月に京女をつれて真葛原 0609 サルビヤに情熱の些も曇るなし 0610 青萱の出穂のしづかに盆の空 0611 ほたる火や馬鈴薯の花ぬるる夜...

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0601 隠棲の藪木の啄木にゆきぐもり 
0602 老の蟇ぶらさげて歩くかな 
0603 よき娘きて軍鶏流眄す秋日かな 
0604 昼月や雲かいくぐる山燕 
0605 初山や高く居て樵る雲どころ 
0606 滝風に吹かれあがりぬ石たたき
0607 鷹舞うて神座の高嶺しぐれそむ 
0608 初月に京女をつれて真葛原 
0609 サルビヤに情熱の些も曇るなし 
0610 青萱の出穂のしづかに盆の空 
0611 ほたる火や馬鈴薯の花ぬるる夜を 
0612 とくゆるく雪虫まひて蘇鉄寺 
0613 海月とり暮れ遅き帆を巻きにけり 
0614 谷梅にとまりて青き山鴉 
0615 流燈やひとつにはかにさかのぼる 
0616 歓楽の灯を地にしきて冬星座 
0617 女たるしぐさがかなしく菜を間引く 
0618 日短く棺さしのぞくうからかな 
0619 空林の霜に人生縷の如し 
0620 寺山や穂麦にたわみ竹実る 
0621 病よし日がつよすぎる夏衾 
0622 秋の蝉蟹にとられて鳴きにけり 
0623 日輪の午に入るあそび五月山
0624 聖樹灯り水のごとくに月夜かな 
0625 鬱々と蒼朮を焚くいとまかな
0626 咲きさかり落ちざる椿花荒し 
0627 月影に種井ひまなくながれけり 
0628 わらんべの溺るるばかり初湯かな 
0629 石垣や雨降りそそぐ蔦明り 
0630 にぎやかに盆花濡るる嶽のもと 
0631 葉むらより逃げ去るばかり熟蜜柑 
0632 燈籠の一つにはかにさかのぼる 
0633 橇馬の臀毛少なに老いにけり 
0634 寒の内まくらのにほひほのかなる 
0635 辣韮の花咲く土や農奴葬 
0636 熟桃の古風なる香をめづるかな 
0637 大木を見つゝ閉す戸や秋の暮 
0638 人の着て魂なごみたる春着かな 
0639 さくら餅食ふやみやこのぬくき雨 
0640 鵲の巣に白嶽の嶮かすむなし 
0641 紅爪の五指をそろえて雪見舞 
0642 霜とけの囁きをきく猟夫かな 
0643 厳寒の多少のゆるび夜の豪雨 
0644 雪ふかく蓬かざる山廬かな 
0645 三伏の月の穢に鳴く荒鵜かな 
0646 愁ふるとなくたのしまず枯れすすき 
0647 竹落葉午後の日幽らみそめにけり 
0648 雪山をゆく日とどまるすべもなし 
0649 初汐にものゝ屑なる漁舟かな 
0650 菜の花の夜目に白さや摩耶詣 
0651 谷雲にそれてながるる破魔矢かな 
0652 黒坂やしぐれ葬の一つ鐘 
0653 刈るほどにやまかぜのたつ晩稲かな 
0654 子は危篤さみだれひゞきふりにけり 
0655 婢を御してかしこき妻や蕪汁 
0656 おぼろ夜や本所の火事も噂ぎり 
0657 飯あつきにほひにむせぶたままつり 
0658 たたずみて秋雨しげき花屋跡 
0659 春の雷まひるの山を邃(ふか)うせり 
0660 山賎に葱の香強し小料理屋 
0661 夏めくや霽れ雷の一つぎり 
0662 凍揚羽翅のちぎれては梢より 
0663 山梔子に提灯燃ゆる農奴葬 
0664 写真師の生活ひそかに花八つ手 
0665 初富士や樹海の雲に青鷹 
0666 ゆかた着の帯は錦繍鵜飼船 
0667 地に近く咲きて椿の花おちず 
0668 冬川に出て何を見る人の妻
0669 凩の山に日あるや厠出て 
0670 法要の箸とる僧や雪起し 
0671 墓皆の影曳く中を参りけり 
0672 鬱々とまた爽やかに嶽の白昼 
0673 石狩の雨おほつぶに水芭蕉
0674 寒明けの幣の浸りし泉かな 
0675 ロンヂンに大根なます詩昨今 
0676 和歌の浦あら南風鳶を雲にせり 
0677 山藤の風すこし吹く盛りかな 
0678 浪々のふるさとみちも初冬かな 
0679 齢ふけて夏手袋の黒き艶
0680 淀の魚竹瓮にまよふ一つかな 
0681 きりさめや歯朶ふみいづる山男 
0682 春めきてものの果てなる空の色 
0683 草童に向日葵の顔うつろへり 
0684 山川に流れてはやき盆供かな 
0685 繭賣つて骨身のゆるむ夫婦かな 
0686 空梅雨に緋とかげしづむ拓地かな 
0687 牧婦織り帰燕すずろに鳴きにけり 
0688 案山子たつれば群雀空にしづまらず 
0689 冬の日のこの土太古の匂ひかな 
0690 朝日より夕日親しく秋の蝉 
0691 初夏のみちぬれそむ雨に桑車 
0692 こだまして昼夜をわかつ寒の渓 
0693 螽焼く燠のほこほこと夕間暮 
0694 北陵の春料峭と鳶のこゑ 
0695 山越えて来てわたる瀬や柳鮠 
0696 覇王樹の影我が影や風光る 
0697 上古より日輪炎えて土の春 
0698 日影して孔雀いろなる草の市 
0699 鴛鴦うくや林間の瀬のあきらかに 
0700 月に鳴く山家のかけろ別れ霜 
0701 登高や秋虹たちて草木濡れ 
0702 木の実だく栗鼠木がくれに秋しぐれ 
0703 ぬぎすてし人のぬくみや花ごろも 
0704 菖蒲ひく賤の子すでに乙女さび
0705 帰省子の気がやさしくて野菜とる 
0706 冬に入る真夜中あらき月の雨 
0707 雁風呂や笠に衣脱ぐ旅の僧 
0708 秋口の星みどりなる嶽の上 
0709 塵取に尚吹く風や鳥交る 
0710 月さして鴛鴦浮く池の水輪かな 
0711 花吹雪と浴びし磴高し 倉橋弘躬
0712 蓮植うやぼろ~廃つ浮御堂 
0713 花祭みづやまの塔そびえたり 
0714 大艦を撲つ鴎あり冬の海 
0715 風雨やむ寺山裏の添水かな 
0716 鈴のおとかすかにひびく日傘かな 
0717 冬日さす古金襴の匂ひかな 
0718 しほしほと飾られにけり菊雛 
0719 葱の香に夕日の沈む楢ばやし 
0720 白昼を京のかすみて添水鳴る 
0721 冴えかへる山ふかき廬の閾かな 
0722 渓沿ひにつゆくさのさく黍畑 
0723 鰻掻くや顔ひろやかに水の面 
0724 遠のきて男ばかりの田植かな 
0725 しろたへの鞠のごとくに竃猫 
0726 あら浪に千鳥たかしや帆綱巻く 
0727 盆の時化ただよふ靄のあるごとし 
0728 命尽きて薬香さむくはなれけり 
0729 秋の霜懺悔こころに郷土ふむ 
0730 窓の樹に水乞鳥や返り梅雨 
0731 一望にあらきの起伏春の霜 
0732 青草をいつぱいつめしほたる籠 
0733 山神楽冬霞みしてきこえけり 
0734 晒井にたかき樗の落花かな 
0735 梵妻を戀ふ乞食ありからすうり 
0736 夜の雲にひゞきて小田の蛙かな 
0737 おんじきの器を土に弥生尽 
0738 樹のうろの藪柑子にも実の一つ 
0739 一管の笛にもむすぶ飾りかな 
0740 きくとなく山端の風の春の蝉 
0741 寒夜読むや灯潮の如く鳴る 
0742 洗ひ馬背をくねらせて上りけり 
0743 燃えたけてほむらはなるゝ焚火かな 
0744 古き代の漁樵をおもふ霞かな 
0745 山柿のひと葉もとめず雲の中 
0746 鼈をくびきる夏のうす刃かな
0747 落葉松に峡田のすきて目借時 
0748 死病えて爪うつくしき火桶かな 
0749 炭馬の運命をしりてあるきけり 
0750 やまびとや採りもつ歯朶も一とたばね 
0751 解氷期クラブの緑樹灯にあふる 
0752 採る茄子の手籠にきゆァとなきにけり 
0753 松伐りし山のひろさや躑躅咲く 
0754 山の春神々雲を白うしぬ 
0755 風だちし弓張月を春の炉に 
0756 老いそめし己れをしりて花壇ふむ 
0757 温泉ちかき霽れまの樺に秋の蝉 
0758 夏よもぎ急雨香だちて降りにけり 
0759 苗代に月の曇れる夜振かな 
0760 ありあはす山を身近かに今日の月 
0761 はなやぎて煙れる注連や竃神 
0762 木戸出るや草山裾の春の川 
0763 えびづるのここだく踏まれ荼毘の径 
0764 破魔弓や山びこつくる子のたむろ 
0765 瀬をあらびやがて山のすほたるかな 
0766 桐一葉咫尺すおとの真暗がり 
0767 旧山廬訪へば大破や辛夷咲く 
0768 秋耕のみち通じたる山泉 
0769 友情をこころに午後の花野径 
0770 空也忌の魚板の月ぞまどかかな 
0771 猟の音雪にきこえて山泉 
0772 夏山の又大川にめぐりあふ 
0773 旅人に遠く唄へり蓴採 
0774 誰彼もあらず一天自尊の秋
0775 寒潮の濤の水玉まろびけり 
0776 藍藍と五月の穂高雲をいづ 
0777 後山に葛引きあそぶ五月晴
0778 山桜桃熟れ老農夙に畦をぬる 
0779 鉄皿に葉巻のけむり梟の夜 
0780 たまきはるいのちにともるすずみかな 
0781 鴨もろく飛雪に遠く撃たれけり 
0782 三月の雲のひかりに植林歌 
0783 刈田遠くかゞやく雲の袋かな 
0784 濁り江や茂葉うつして花あやめ 
0785 新月に花をひそめし苜蓿 
0786 水月に雨がきらりと枯れ蓮 
0787 高潮の雁行月にしづみけり 
0788 夕風や垂穂にあるく片鶉 
0789 竹林に透く日となりし茶山かな 
0790 朝曇り墓前の土のうるほひぬ 
0791 初霜や湖に青藻も霧がくれ 
0792 雪見酒一とくちふくむほがひかな 
0793 布團たゝむ人を去来す栄華かな 
0794 春分を迎ふ花園の終夜燈 
0795 遺児の手のかくもやはらか秋の風 
0796 大江戸の街は錦や草枯るる
0797 書初や草の庵の紅唐紙 
0798 草の香に南蛮熟るる厄日明け 
0799 はつかすみして苑の巌またねむる 
0800 緑金の虫芍薬のたゞなかに 
0801 冬水や古瀬かはらずひとすぢに 
0802 元日や前山颪す足袋のさき 
0803 桔梗やまた雨かへす峠口 
0804 凍空の鳴らざる鐘を仰ぎけり 
0805 雨あしの広場にしぶきユッカ咲く 
0806 日も月もわたりて寒の闇夜かな 
0807 くちつけてすみわたりけり菖蒲酒 
0808 この蒲團熱冷えて死ぬ己れかな 
0809 かたつむり南風茱萸につよかりき 
0810 ぱらぱらと日雨音する山椿 
0811 山池のそこひもわかず五月雨るゝ 
0812 埃りだつ野路の雨あし夏薊 
0813 叔母逝いてかるき悼みや若楓 
0814 花よりも水くれなゐに洫の木瓜 
0815 餅花に髪ゆひはえぬ山家妻 
0816 月光のしたたたりかかる鵜籠かな 
0817 ゆく年の雪に手燭の油煙たつ 
0818 廊わたる尼袖あはせ若楓 
0819 月光に燭爽かや灯取虫 
0820 雪をゆく二押し三押し猫車 
0821 神の梅寒雲は夜もほのかなる 
0822 棕櫚さきて夕雲星をはるかにす 
0823 露晴るるほすすきの金ただにゆれ 
0824 掃き了へて落葉をとむる箒かな 
0825 潰えゆく藁火にひしと寒の闇 
0826 壷にして葉がちに秋の山あざみ 
0827 稲雀大菩薩嶺はひるかすむ 
0828 無花果にゐて蛇の舌見えがたし 
0829 三日月に清宵の鷺すごもりぬ 
0830 楡がくり初夏の厨房朝焼す 
0831 芥火に沈丁焦げぬ暮の春 
0832 裏富士のすそ野ぐもりに別れ霜 
0833 梨むくや故郷をあとに舟下る 
0834 水浴に緑光さしぬふくらはぎ 
0835 炭賣の娘のあつき手に触りけり 
0836 老鶯に谷ひえびえとこだましぬ 
0837 身にしむや白手套をみるにつけ 
0838 深山の風にうつろふ既望かな 
0839 腹這ひにのみて舌うつ飴湯かな 
0840 寒禽を捕るや冬樹の雲仄か 
0841 蔦の芽の風日にきざす地温かな 
0842 神鎮む大嶺の靄にはつ詣 
0843 風鐸のかすむと見ゆる塔庇 
0844 こしかけて山びこのゐし猿茸 
0845 比良よぎる旅をつづけて盆の東風 
0846 つりそめて水草の香の蚊帳かな 
0847 高西風に山桐の蟲音をたえず 
0848 山こえてきてわたる瀬や柳鮠 
0849 夏川や砂さだめなき流れ筋 
0850 雛の日や遅く暮れたる山の鐘 
0851 かりそめに灯籠おくや草の中 
0852 吾子に購ふ鉢鬼灯のゆれあへり 
0853 穴さむく土音のして牛蒡ほる 
0854 繭玉に燈明の炎を感じけり 
0855 中央寺院の天にてりて柳絮とぶ  (哈爾賓にて)
0856 天一物も与ふなきこの冬日影 
0857 雪山の夕かげふみて猟の幸 
0858 ふもと井や湯女につまるる鴨足草 
0859 地の靄に花は疎なりき枝垂れ桃 
0860 なつまけの足爪かゝる敷布かな 
0861 幻燈の別に映る灯夜の凍て 
0862 鎌かくる露金剛のあかざかな 
0863 夏に入る喬樹の大枝見えにけり 
0864 いかなこと動ぜぬ婆々や土用灸 
0865 伯母逝いてかるき悼みや若楓 
0866 夏雲むるるこの峡中に死ぬるかな 
0867 畑耕すにはあらねども菜を間引く 
0868 鉄塔下くさむら夏のにほひかな 
0869 温石の抱き古びてぞ光りける 
0870 雲に啼き西湖にうつるひばりかな 
0871 耕耘にくもるつゆくさ瑠璃あせず 
0872 浪花女の夏風邪ひいて座に耐へぬ 
0873 滝尻の渦しづかにて雪の中 
0874 落葉踏んで人道念を全うす 
0875 蝉おちて鼻つく秋の地べたかな 
0876 早乙女や神の井をくむ二人づれ 
0877 鵜かがりのおとろへてひくけむりかな 
0878 時のかなた昇天すもの日のはじめ 
0879 高原の秋惜しむ火や土蜂焼く 
0880 帰省子にその夜の故園花幽き 
0881 翁草日あたりながら春驟雨 
0882 はや秋の思ひのなかにあり 松村蒼石
0883 空は北風地にはりつきて監獄署 
0884 鈴蘭の香強く牀に置きがたし 
0885 かりくらに鳶ひるがへる焚火かな 
0886 洟かんで耳鼻相通ず今朝の秋 
0887 あるときは雨蕭々と冬いちご 
0888 白菊のあしたゆふべに古色あり 
0889 一瞬時地上に芋の茎かわく 
0890 夜風たつ菊人形のからにしき 
0891 初弓や遠く射かけてあやまたず 
0892 寒中の風鈴が鳴る四温かな 
0893 耕のせか~するよ道境ひ 
0894 花卯木水模糊として舟ゆかず 
0895 後山の月甕のごとし初昔 
0896 花の風山蜂高くわたるかな 
0897 春袷人中に眼を偸み見る 
0898 解夏草をむすびてかたし観世経 
0899 老鶴の天を忘れて水温む 
0900 大原のとある農家の羽子日和 




2019-10-03 (Thu)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その4)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その4)

0901 冬水の韻きにそひて墓畔ゆく 0902 入梅や墓さむげなる竹のつゆ 0903 菜園やつぶさにしげきちちろ虫 0904 夏旅や温泉山出てきく日雷 0905 腰縄の刀いかつくて鮑取 0906 水替へて鉛のごとし金魚玉 0907 山平老猿雪を歩るくなり 0908 花ちりて秋暑に耐へぬ山の百合 0909 門松や雪のあしたの材木屋 0910 太祇忌や秋の湖邊の蒲焼屋 0911 雲井なる富士八朔の紫紺かな 0912 ...

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0901 冬水の韻きにそひて墓畔ゆく 
0902 入梅や墓さむげなる竹のつゆ 
0903 菜園やつぶさにしげきちちろ虫 
0904 夏旅や温泉山出てきく日雷 
0905 腰縄の刀いかつくて鮑取 
0906 水替へて鉛のごとし金魚玉 
0907 山平老猿雪を歩るくなり 
0908 花ちりて秋暑に耐へぬ山の百合 
0909 門松や雪のあしたの材木屋 
0910 太祇忌や秋の湖邊の蒲焼屋 
0911 雲井なる富士八朔の紫紺かな 
0912 さるほどにしどみ咲く地のあをみけり 
0913 水あかり蝸牛巌を落ちにけり
0914 冬耕の婦がくづをれてだく児かな 
0915 はせを忌や月雪二百五十年 
0916 しつけ糸ふくむ愛憐秋袷 
0917 思想ありけさ春さむの眼をみはる 
0918 夕虹に蜘蛛のまたげる青すすき 
0919 雪の香に炉辺の嬰児を抱きて出ぬ 
0920 はかなきは女人剃髪螢の夜 
0921 後山の葛引きあそぶ五月晴 
0922 雪どけや渡舟に馬のおとなしき 
0923 蓮枯れて晴れのむら雲姫路城 
0924 残雪を噛んで草つむ山の子よ 
0925 万寿山仲春にしてリラの雨 
0926 鯵釣や帆船にあひし梅雨の中 
0927 山脈に富士のかくるる暮春かな 
0928 空だきに月さす松のすいとかな 
0929 昼雨に玉蜀黍畑のきりぎりす 
0930 槻たかく鳳蝶上る土用明け 
0931 眼をほそめ頸をすくめてシヨールきる 
0932 わが浴むたくましき身に夏の空 
0933 山水に夏めく蕗の広葉かげ 
0934 送行の雨又雲や西東 
0935 舟をりをり雨月に舳ふりかへて 
0936 寝食のほかはもろとも春しぐれ 
0937 菜園の夜露あきらか山日待 
0938 白日傘睫毛を上げて驚きぬ 
0939 かりがねに乳はる酒肆の婢ありけり 
0940 溪水に雨つゆ滴るつるもどき 
0941 ふた親のなみだに死ぬ子明け易し 
0942 香じゅ散保養の月におこたりぬ 
0943 ほたる火を叩みてきたる河童子 
0944 爪もろく剪るに甲斐なし冬籠 
0945 奥山の寒蝉月になきにけり 
0946 枯萩や忙しき針に情夫無し 
0947 冬の蟇川にはなてば泳ぎけり
0948 青梅のおちゐて遊ぶ精舎の地 
0949 雲に古る扉の花鳥彼岸寺 
0950 渓梅にとまりて青き山鴉 
0951 秋蝿もとびて大堰の屋形船 
0952 秋爽の地におりたちし身のひとつ 
0953 積雪に月さしわたる年の夜 
0954 獏まくらわりなき仲のおとろへず 
0955 松過ぎの後山に淀む炭煙り 
0956 暁くらく春雪樹々をおほひけり 
0957 みにしみてつめたきまくらかへしけり 
0958 紫蘇の葉や裏ふく風の朝夕べ 
0959 夏来れば夏をちからにホ句の鬼 
0960 石山の驟雨にあへる九月かな 
0961 ころもより僧の布施透く盆会かな 
0962 春もやや光りのよどむ宙のさま 
0963 書樓出て日寒し山の襞を見る 
0964 ゆく水に暮春の墓のうつりけり 
0965 凍てゆるむ麦生畠の早桃はも 
0966 ぎんねずに朱ヶのさばしるねこやなぎ 
0967 黍熟れて刈敷の萱穂にいでぬ 
0968 閨怨のまなじり幽し野火の月
0969 はなびらの肉やはらかに落椿 
0970 眞澄みなる苗田の水に鎌研げる 
0971 炭竈や春頼母しく峯の松 
0972 川波の手がひらひらと寒明くる 
0973 山中の巌うるほひて初しぐれ 
0974 観瀑の月いやたかくなりにけり 
0975 邯鄲や日のかたぶきに山颪 
0976 一二泊して友誼よき褞袍かな 
0977 なまなまと白紙の遺髪秋の風 
0978 洞然と白昼の庭梅もどき 
0979 ひらひらと蛭すみわたる種井かな 
0980 啄木鳥に日和さだまる滝の上 
0981 ゆく春や流人に遠き雲の雁 
0982 夢さめてただ青ぬたの古草廬 
0983 風鈴の夜陰に鳴りて半夏かな 
0984 雲はやしあだかも文月七日の夜 
0985 ほそぼそと月に上げたる橇の鞭 
0986 春かへるやま川機婦にかなでけり 
0987 春北風白嶽の陽を吹きゆがむ 
0988 ころがりてまことに粗なる落葉籠 
0989 雪光に炎ばしる猟の大焚火 
0990 墓濡れて桐咲くほどの地温あり 
0991 涸れ滝へ人を誘う極寒裡 
0992 冬ふかく風吹く大地霑へり 
0993 樺の咲く山なみ低くどこまでも 
0994 後山の虹をはるかに母の佇つ 
0995 地靄してこずゑにとほく春鶫 
0996 梅若忌日もくれがちの鼓かな 
0997 山川をながるる鴛鴦に松すぎぬ 
0998 かけ橋やいざよふ月を水の上 
0999 潮ゆたにもぐりし蜑や油照り 
1000 後山の蘭にあそびて梅佳節 
1001 ちかよりて踏ままく止むやけむり茸 
1002 しばぐりのいろづくほどにいがの数 
1003 雨やんで巌這ふ雲や山帰来 
1004 樺嵐嶺々をつらねて養花天 
1005 初潮にものの屑なる漁舟かな 
1006 旅名残り雲のしかかる立夏かな 
1007 盆波やいのちをきざむ崕づたひ 
1008 蜂とぶや鶴のごとくに脚をたれ 
1009 海凪げるしづかさに焼く栄螺かな 
1010 わが事に妻子をわびる冬夜かな 
1011 山墓に薄暑の花の鬱金かな 
1012 わらべらに天かがやきて花祭 
1013 ひたひたと寒九の水や厨甕 
1014 老ぼれて子のごとく抱くたんぽかな 
1015 金輪際牛の笑はぬ冬日かな 
1016 十月の日影をあびて酒造り 
1017 打水のころがる玉を見て通る 
1018 たましひのしづかにうつる菊見かな 
1019 健康のもつともセルに勝れけり 
1020 夜々むすぶ夢の哀艶きくまくら 
1021 遺児と寝て一と間森ンたる冬座敷 
1022 汗の吾子ひたすらにわが眼を追へり 
1023 なきひとのおもかげにたつ麦青し 
1024 ハープひく漁港の船の夏至白夜 
1025 渓下る大揚羽蝶どこまでも
1026 春蘭の花とりすつる雲の中 
1027 四ツ橋やどろ舟遅々とはるの昼 
1028 冬の果蒲団にしづむ夜の疲れ 
1029 手毬つく唄のなかなるお仙かな 
1030 初栗に山上の香もすこしほど 
1031 山塊にゆく雲しろむ秋思かな 
1032 虫絶えて冬高貴なる陽の弱り 
1033 甘藍の玉つきそめて郭公啼く 
1034 太刀のせてあはれさかへる衾かな 
1035 雪解けぬ跫音どこへ出向くにも 
1036 火山湖にとほく小さき皐月富士 
1037 寒明けし月ややひずむ旧山河 
1038 秋蛍夕ひと刻のものあはれ 
1039 初蝉に忌中の泉くみにけり 
1040 生き疲れただ寝る犬や夏の月 
1041 大揚羽娑婆天国を翔けめぐる 
1042 秋の闇したしみ狎れて来たりけり 
1043 手花火のほをつぐまなと思ひけり
1044 久遠寺へ閑な渡しや雉子の声 
1045 夜あらしのしづまる雲に飛燕みゆ 
1046 水の日に浮きてゆられぬ藻掻竿 
1047 啓蟄の夜気を感ずる小提灯 
1048 ぱつぱつと紅梅老樹花咲けり 
1049 雨に剪つて一と葉つけたる葡萄かな 
1050 ほたる火のくぐりこぼるる八重むぐら 
1051 あかあかと白樺を透く雪解川 
1052 料峭と鵯ひそかなる渓の梅 
1053 雷やみし合歓の日南の旅人かな 
1054 冬空や大樹暮んとする静寂 
1055 高西風に吹かれて飄と岩魚釣 
1056 流觴の鳥ともならず行方かな 
1057 鯖釣や夜雨のあとの流れ汐 
1058 萩紫苑瑠璃空遠く離れけり 
1059 一片の葉の真青なる柚の実かな 
1060 炉をひらく火の冷え~と燃えにけり 
1061 冬凪ぎにまゐる一人や山神社 
1062 玉虫の死にからびたる冬畳 
1063 ひぐらしのこゑのつまづく午後三時 
1064 たちいでて年浪流る夜の天 
1065 竃火赫つとただ秋風の妻をみる 
1066 合歓を巻く蛇を見かけぬ茸狩 
1067 卓の果てに明治のランプ冬座敷 
1068 牧へとぶ木の葉にあらぬ小禽かな 
1069 大榾火煙らはで炎のあるきゐる 
1070 春立つや鹿島浦曲の小家がち 
1071 ふんべつをこゝろに春の夜宴行 
1072 葉がくれに水蜜桃の臙脂かな 
1073 二三顆のあけびさげたる岩魚釣 
1074 虹に啼き雲にうつろひ夏雲雀 
1075 おもかげを児にみる露の日夜かな 
1076 切株において全き熟柿かな
1077 われを視る眼の水色に今年猫 
1078 凍光に方針の刻ペチカもゆ 
1079 戸袋にあたる西日や竹植うる 
1080 人かげにうりばえさとく夏の露 
1081 萱草の芽に雨しみる田経かな 
1082 えんやさと唐鍬かつぐ地蜂捕 
1083 梓川風波だちて残花ちる 
1084 ありあけの月をこぼるゝ千鳥かな 
1085 はたと合ふ眼の悩みある白日傘 
1086 雪やみて山嶽すわる日の光り 
1087 馬の耳うごくばかりや花曇り 
1088 深山路に雲ふむ尼僧孟蘭盆会 
1089 日触の大露ふみて草刈女 
1090 師をしたふこゝろに生くる卯月かな 
1091 草木瓜にかげろふたつや埴輪より 
1092 苔咲いて雨降る山井澄みにけり 
1093 炉火ぬくく骨身にとほる寝起きかな 
1094 風の吹く弓張月に春祭 
1095 山風にながれて遠き雲雀かな 
1096 峯の火のけむらずもゆる爽気かな 
1097 蓑を着てみのむしうごく空明り 
1098 花桃の蕊をあらはに真昼時 
1099 新緑の風にゆらるるおもひにて 
1100 秋風やいのちうつろふ心電図 
1101 曳き水の野路よこぎりて稲みのる 
1102 朴の葉や秋天高くむしばめる 
1103 極寒のちりもとどめず巌ふすま 
1104 更衣爬虫のいろに蜂腰(すがるごし) 
1105 よるべなく童女のこゑの日々寒し 
1106 竜胆をみる眼かへすや露の中 
1107 新年のゆめなき夜をかさねけり 
1108 おく霜を照る日しづかに忘れけり 
1109 春は夜風四段五段と吹きにけり 
1110 花薊露珊々と葉をのべぬ 
1111 万緑になじむ風鈴夜も昼も 
1112 帷子や汗ひえびえと座にたゆる 
1113 古駅や塀沿ひ曲る蛭の川 
1114 嬰児だいてさきはひはずむ初月夜 
1115 白靴に岩礁はしる潮耀りぬ 
1116 山柿の一葉もとめず雲の中 
1117 大峰の月に帰るや夜学人
1118 秋風や眼前湧ける月の謎
1119 初年の雲ゆく瀑のみゆるかな 
1120 女人の香亦めでたしや老の春 
1121 山中の蛍を呼びて知己となす 
1122 ふるさとの雪に我ある大炉かな 
1123 門畑に牛羊あそぶ社日かな 
1124 人遠く胡麻にかけたる野良着かな 
1125 汗疹して娘は青草のにほひかな 
1126 御嶽の雲に真つ赤なおそ椿 
1127 葦の水真澄みに杉菜涵りけり 
1128 見下して滝つぼ深き冬木かな 
1129 夏至の雨娘ひとり舟ただよはす 
1130 ゆふかげの身にしむ花卉のほとりかな 
1131 雪晴れて我が冬帽の蒼さかな 
1132 揚羽とぶ花ぬれてゐるむぐらかな 
1133 身のしゞに越瓜を匍ふちゝろむし 
1134 すたすたと宵闇かへる家路かな 
1135 草籠の蔭に雉子や春の山 
1136 とぶなべに影ほのかなる瓜の虫 
1137 こだまする後山の雪に豆を蒔く 
1138 原爆忌人は孤ならず地に祈る 
1139 やまみづの珠なす蕗の葉裏かげ
1140 小野の鳶雲に土りて春めきぬ 
1141 肩寄せての国の山眠る 安斎郁子
1142 郷の地を一途にふみて春暑き 
1143 行水や盥の空の樅の闇 
1144 夏山や又大川にめぐりあふ 
1145 冷え冷えと闇のさだまる初秋かな 
1146 短日のはや秋津嶋灯しけり 
1147 墨するや秋夜の眉毛うごかして 
1148 みだれたる秋鵜の羽のしづくかな 
1149 饗宴の灯にとぶ虫や菊膾 
1150 春耕の子をいたはりて妻老いぬ 
1151 白猫の見れども高き帰燕かな 
1152 菊畑や大空菊の気騰る 
1153 老の愛水のごとくに年新た 
1154 秋の風富士の全貌宙にあり 
1155 津軽よりうす霧曳きて林檎園 
1156 時雨霽れ香椎の宮で見る帆かな 
1157 春仏石棺の朱に枕しぬ 
1158 ましろにぞをとめがてどるかがみもち 
1159 秋晩く雲に紅さす巽空 
1160 高浪もうつりて梅雨の掛け鏡 
1161 土の香のなにかたのしく翁草 
1162 苅籠やわけて虎杖いさぎよし 
1163 酪農の娘が恋しりて初日記 
1164 正月の油を惜しむ宮の巫女 
1165 火なき炉の大いさ淋し春の宿 
1166 地靄たつ青なんばんの名残り花 
1167 双燕の啼き交ふあふち花ざかり 
1168 八方に秋嶽そびえ神祭 
1169 新月や掃きわすれたる萩落葉 
1170 あるときは春潮の鴎眞一文字 
1171 ゑのこ草風雨あとなく曲りけり 
1172 向日葵の葉にとぶ蝿や南風 
1173 春の夜をはかなまねども旅の空 
1174 如月の大雲の押す月夜かな 
1175 冬鵙のゆるやかに尾をふれるのみ 
1176 赤貧にたへて髪梳く霜夜かな 
1177 ゆく春や僧に鳥啼く雲の中 
1178 いわし雲大いなる瀬をさかのぼる 
1179 秋雨や田上のすゝき二穂三穂 
1180 画廊出て夾竹桃に磁榻ぬる 
1181 雲うすく夏翳にじむお花畠 
1182 つゆさむやすこしかたむく高峯草 
1183 凍て街路ちらばる命拾ひあふ 
1184 月いでて見えわたりたる梅雨入かな 
1185 早蕨や風の蝶とぶ二子山 
1186 後架灯おくやもんどりうちて金亀子 
1187 貝寄や南紀の旅の笠一つ 
1188 父と疎く榾焚く兄の指環かな 
1189 明けのこる霧に羽うちて川鴉 
1190 蔬菜園朝虹たちて花いちご 
1191 雪山のそびえ幽らみて夜の天 
1192 冬といふもの流れつぐ深山川 
1193 凪ぎわたる地はうす眼して冬に入る 
1194 星合の後山を拂ふ巽風 
1195 荒れなぎて囲の蜘蛛黄なる山泉 
1196 爽かに日のさしそむる山路かな 
1197 木瓜噛むや歯の尖端に興動く 
1198 三日月にとりわすれたる卵かな 
1199 六月の人居ぬ山の大平ら 
1200 ひと燃やし初山けむりいちはやく 



2019-10-03 (Thu)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その5)

2019/10/03 飯田蛇笏 俳句集成(その5)

1201     空ふかく蝕ばむ日かな竹の秋  1202     爪かけて木原の斜陽冬深む 1203     山の霧罩めたる柿の雫かな 1204     抱き納む屍は冷くて夏暁かな 1205     太箸やいただいて置くしづごころ 1206     虫の夜の更けては葛の吹きかへす  1207     滋賀の雨...

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1201    
空ふかく蝕ばむ日かな竹の秋 
1202    
爪かけて木原の斜陽冬深む
1203    
山の霧罩めたる柿の雫かな
1204    
抱き納む屍は冷くて夏暁かな
1205    
太箸やいただいて置くしづごころ
1206    
虫の夜の更けては葛の吹きかへす 
1207    
滋賀の雨花菜つづきに竹の秋
1208    
滝川に吹かれあがりぬ石たたき
1209    
人妻よ薄暑の雨に葱や取る
1210    
草庵の壁に利鎌や秋隣
1211    
文月や田伏の暑き仮り厠
1212    
寒流の奥嶽を去る水けむり
1213    
とび梅にうすもやこめし山社
1214    
蛞蝓のはかなき西日青胡桃
1215    
今日もはく娑婆苦の足袋の白かりき
1216    
乳を滴りて母牛のあゆむ冬日かな
1217    
桑の実に顔染む女童にくからず
1218    
鯉つづきめぐりて野山錦せり
1219    
薺つむかたびらゆきのふまれけり
1220    
はつ汐にものの屑なる漁舟かな
1221    
白梅のさかりの花片まへるあり
1222    
大秋と謂ひ早世す曼珠沙華
1223    
春の星戦乱の世は過ぎにけり
1224    
太祗忌や秋の湖辺の蒲焼屋
1225    
秋しばし寂日輪をこずゑかな
1226    
父逝くや凍雲闇にひそむ夜を
1227    
或夜月に富士大形の寒さかな
1228    
月に眠る峰風強し葱を盗る
1229    
蕎麦さきて機影あしたの雲にみゆ
1230    
身延山雲靆く町の睦月かな
1231    
炎天の山に対へば山幽らし
1232    
秋の蜂巣をやく土にころげけり
1233    
うまいものをやればみてゐるとかげかな
1234    
みちばたの墓に落花す風のまま
1235    
炉におちしちちろをすくふもろ手かな 
1236    
山椒の雨あきらかに実のそみぬ
1237    
日影して脈ふとき鶏や芹の水
1238    
山泉橿鳥蔓の実を啄めり
1239    
明月に馬盥をどり据わるかな
1240    
槍の穂に咎人もなし秋の風
1241    
温泉山みち賤のゆき来の夏深し
1242    
福鍋に耳かたむくる心かな
1243    
いんぎんにことづてたのむ淑気かな
1244    
むらさきのこゑを山辺に夏燕
1245    
たかどのに唯ある春の炬燵かな
1246    
刈草のしどみつぶらに露しめり 
1247    
折りとりてはらりとおもき芒かな
1248    
富士垢離のほそほそ立つる煙かな
1249    
新藁の香のこのもしく猫育つ 
1250    
柳絮おふ家禽に空は夕焼けぬ
1251    
夜の秋や轡かけたる厩柱 
1252    
翠黛に雲もあらせず遅ざくら 
1253    
炉をきつて出るや椿に雲もなし
1254    
ゆく水に紅葉をいそぐ山祠
1255    
うす靄をこめて菜園夏ふかむ
1256    
花菜かげ蝶こぼれては地にはねぬ
1257    
温泉けむりに別府は磯の余寒かな
1258    
山川は鳴り禽猛く胡桃熟る
1259    
高西風に秋たけぬれば鳴る瀬かな
1260    
春浅き灯を神農にたてまつる 
1261    
ゆすらとる童に山鵲は揺曳す
1262    
国葬の夜を厨房のほたるかご
1263    
炉火たのし柴もて鍋の芋さしぬ
1264    
唐黍をつかみてゆるる大鴉
1265    
夜をこめて東風波ひゞく枕かな 
1266    
神農祭聖らなる燈をかきたてぬ
1267    
桃青忌夜は人の香のうすれけり
1268    
六波羅へぼたん見にゆく冬至かな
1269    
夏山辺あかつきかけて夜鷹啼く
1270    
秋風やみだれてうすき雲の端
1271    
山国の虚空日わたる冬至かな
1272    
雲を出て青鷹北に狩の場
1273    
あきつとぶ白樺たかき夕こずゑ
1274    
涙ぐむしなあえかなる雪眼かな
1275    
冬日影人の生死にかかはらず
1276    
山霧に蜻蛉いつさりし干飯かな
1277    
厳冬の僧餉をとりて歯をみせず
1278    
春たつや山びこなごむ峡つゞき
1279    
寒雁のつぶらかな声地におちず
1280    
花びらの肉やはらかに落椿
1281    
白樺の大露に咲く鳥兜
1282    
野いばらの青むとみしや花つぼみ 
1283    
仏壇や夜寒の香のおとろふる 
1284    
雁ゆきてべつとりあをき春の山
1285    
橡の実の山川まろぶひとつかな
1286    
山雪に焚く火ばしらや二月空
1287    
秋の雲しろじろとして夜に入りし
1288    
灯をはこぶ湯女と戦ぐ樹夏のあめ
1289    
彼岸会の故山邃まるところかな
1290    
山風にゆられゆらるゝ晩稲かな
1291    
灯をかゝげ寒機月になほ織りぬ
1292    
大旱血を曳く蛭のしづみをり 
1293    
忌へ連れて雲水飄と寒日和
1294    
河童忌あまたの食器石に干す
1295    
豌豆の咲く土ぬくく小雨やむ
1296    
雨ふれば瀬はやくすみてくづれ簗
1297    
秋めくと日影ふまるる八重山路
1298    
おしなべて懈怠の山河燕来る
1299    
山寺や高々つみてお年玉 
1300    
悔いもなく古年うせる侘寝かな
1301    
窖ちかく雪虫まふやのべおくり 
1302    
しづかさや日盛りの的射ぬくおと
1303    
新雪に出て橇犬のふる尾かな
1304    
竹の実に山寺あさき日ざしかな
1305    
山桑の花ひたにぬれ春驟雨
1306    
貧農のこばなしはずむ囲炉裏かな
1307    
刈草の櫨子つぶらに露しめり
1308    
月いでて冬耕の火をかすかにす
1309    
炉がたりも気のおとろふる三日かな
1310    
山桐の葉を真平らにつゆしぐれ
1311    
上布着て媼肥えしたる尼の膝
1312    
埋火に妻や花月の情鈍し
1313    
秋さむや瑠璃あせがたき高峯草
1314    
山びこのひとりをさそふ栗拾ひ
1315    
風あらぶ臥待月の山湯かな
1316    
死骸や秋風かよふ鼻の穴
1317    
地蔵盆負ふ児曳く児に蛍籠
1318    
田水満ち日いづる露に蛇苺
1319    
葬人の歯あらはに哭くや曼珠沙華
1320    
野分つよし何やら思ひのこすこと
1321    
霊芝とる童に雲ふかき甌窶かな
1322    
眼がみえぬ人の夜を澄む寒さかな
1323    
束の間の林間の日や茎洗ふ
1324    
昨今の心のなごむ褞袍かな
1325    
春星のあたりの夜気の鮮しき
1326    
林間の篠分くる瀬の氷りけり 
1327    
萬緑に滲みがたくしてわかかへで
1328    
春あつく旅人づれの肉を焼く
1329    
これやこのつむりめでたき野良蚕 
1330    
郁子いけて白蚊帳秋となりにけり
1331    
水洟や喜劇の灯影頬をそむる
1332    
野ざらしも波がくれなる秋出水
1333    
うばたまの夜学の窓をあけし儘
1334    
伊達の娘がみて通りたる社会鍋
1335    
クロス垂る市場の婆々も聖週間
1336    
相まみえざりしや草の花 毛呂刀太郎
1337    
めづらしやしづく尚ある串の鮎
1338    
ばさ~と秋耕の手の乾きけり
1339    
山川のとどろく梅を手折るかな
1340    
ほとびては山草を這ふ梅雨の雲
1341    
つらなりて雪嶽宙をゆめみしむ
1342    
はしり火に茶棚のくらし冬隣
1343    
昼月に垂り枝のゆれて冬桜
1344    
軒菖蒲庭松花をそろへけり
1345    
向日葵や炎夏死おもふいさぎよし




【飯田蛇笏データ】


格調高 俳人 飯田蛇笏
https://www.pref.yamanashi.jp/koucho/fureai/documents/vol28-14-15.pdf


「なきがらや秋風かよふ鼻の穴」100発問
http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/14014?print=true


ふらんす堂
飯田蛇笏
http://furansudo.com/archives/188


山廬文化振興会
https://www.sanrobunka.com/blank-5


~山廬文化振興会の役割について~
https://www.yafo.or.jp/2015/02/27/2543/


蛇笏の俳諧堂復元へ
https://densho-sha.co.jp/furubi/appreciation/dakotsu





2019-05-11 (Sat)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その1)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その1)

ネット上にある、松本たかしの句を集めてみた。 彼の句は、「只管写生」を原点としているが、それだけではなく景に照応する想いを調べのある言葉一言を加え表現している。  そこに、世界が広がり、奥行きが生まれ、読む人を導いていく優しさがある。  愛される所以であろう。 (注: 頭の番号が単なる整理のためのもので、意味はない。) (1)        麦打ちの見えて音なき遠さ...

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ネット上にある、松本たかしの句を集めてみた。

彼の句は、「只管写生」を原点としているが、それだけではなく景に照応する想いを調べのある言葉一言を加え表現している。
 そこに、世界が広がり、奥行きが生まれ、読む人を導いていく優しさがある。
 愛される所以であろう。

(注: 頭の番号が単なる整理のためのもので、意味はない。)


(1)       
麦打ちの見えて音なき遠さかな
(2)       
雪を消す雨の降りをり落椿
(3)       
玉と呼び絹と称ふ島波うらら
(4)       
瓢箪の出来の話も残暑かな
(5)       
から/\と欠け風鈴や秋の風
(6)       
砂丘行き秋燕を見しばかりなり
(7)       
目白の巣我一人知る他に告げず
(8)       
庭山の茸とらであり我等故
(9)       
焚火跡濡れゐる上に散紅葉
(10)     
盆の月消えし燈籠にさしゐたり
(11)     
夜学児の暗き頸のくぼみかな
(12)     
芥子坊主一つ出来たる淋しさや
(13)     
開かれし炉あり炉辺に何もなし
(14)     
秋水に映れる森の昃りけり
(15)     
鉦講のあらかしましの十夜かな
(16)     
松蝉の鳴きたつ森へ道向ふ
(17)     
蘂白く夕暮れにけり落椿
(18)     
露けさに物音ありぬ寺修理
(19)     
東京へ行く汽車音よ避暑地の夜
(20)     
海棠に法鼓とどろく何かある
(21)     
月明の中空にあり妙義町
(22)     
椿咲く一度も雪をかふむらず
(23)     
芭蕉葉の雨音の又かはりけり
(24)     
叔父の僧姪の舞妓や大石忌
(25)     
乱鶯に山藤が散る通草が散る
(26)     
苗代を見て来し心美しき
(27)     
木蓮の花間を落ちて来たる雨
(28)     
凍りたる雪著いてあり花椿
(29)     
大霧の霽れかゝるより小鳥狩
(30)     
べら釣の小舟がゆれて島ゆれて
(31)     
消え/\の枯蔓の実の真赤かな
(32)     
土間広し二組羽子をつきにけり
(33)     
鉄の甲胄彳てる暖炉かな
(34)     
彳めば昴が高し花畑
(35)     
雪田の雪の止み間の淋しさよ
(36)     
淡路より眠る紀の山見ゆるかな
(37)     
小夜時雨してゐたりけり傘を呼ぶ
(38)     
客設けしつつすぐれず花の雨
(39)     
はる/\と慕ひ来りし賀客かな
(40)     
蟻地獄在り山中の暦日に
(41)     
惜春や乗りても見たる川蒸気
(42)     
蛤を買うて重たや春の月
(43)     
藪の空ゆくばかりなり宿の月
(44)     
皆ほむる秋の山あり庵の前
(45)     
大嶺の集まり眠る国境
(46)     
上目せば向山桜見ゆるなり
(47)     
先づ萌ゆる花壇の外の唯の土
(48)     
藤植ゑてつくかつかぬか軒うらゝ
(49)     
古屏風の剥落とどむべくもなし
(50)     
紅梅や赤城颪によろめきて
(51)     
温泉の流煙れる門の夕紅葉
(52)     
ひさ/\の杖を手にして春めきし
(53)     
氷りたる滝ひつ提げて山そそる
(54)     
一時雨濡れし日和や紅葉見に
(55)     
たんぽゝの閉づれば天気変るなり
(56)     
つく杖の銀あたゝかに蝶々かな
(57)     
南の海湧き立てり椿山
(58)     
小鼓のポポとうながす梅早し
(59)     
金雀枝の黄金焦げつつ夏に入る
(60)     
雨あとの石あらはなる坂紅葉
(61)     
百姓の足袋の白さや野辺送り
(62)     
濃紅葉に日のかくれゐる美しさ
(63)     
桃の小屋梨の小屋あり春暮るゝ
(64)     
コスモスの夕やさしくものがたり
(65)     
濃山吹墨をすりつゝ流し目に
(66)     
大木の栗の小さきが落ちそめし
(67)     
夜長なる呆け瞼の眉の影
(68)     
天草撰る坐り仕事や小屋の前
(69)     
沢水は春も澄みつつ山葵生ふ
(70)     
杓のもと小さくかなしや甘茶仏
(71)     
這ひのぼり失せし日かげや谷紅葉
(72)     
父の世の如金屏と寒牡丹
(73)     
炭竈の火を蔵したる静かかな
(74)     
客を待つ炉火のかげんをいたしけり
(75)     
釣竿のぴかり/\と水草生ふ
(76)     
屋根越しに見ゆる実梅に端居かな
(77)     
雨音のかむさりにけり蟲の宿
(78)     
下闇に遊べる蝶の久しさよ
(79)     
白露や何の果なる寺男
(80)     
枯桑に雪ありそめて利根細る
(81)     
父の室の父が描きし絵雛かな
(82)     
山深し朴の落葉に目そばだつ
(83)     
爐火いよよ美しければ言もなし
(84)     
パンジーの畑蝶を呼び人を呼ぶ
(85)     
湯女どちと深雪月夜を一つ温泉に
(86)     
時雨るゝや並びて同じ三つの堂
(87)     
板屏風立てし板間の大炉かな
(88)     
来て止る雪片のあり紅椿
(89)     
踊らまくさかさ頬冠したりけり
(90)     
人人に年惜めやと鼓打つ
(91)     
野に出れば稲架の日向もかんばしや
(92)     
しどみ掘る力込めつゝ笑ひをり
(93)     
風花にやがて灯りぬ芝居小屋
(94)     
桃林に柴積んであり腰かけぬ
(95)     
影ひいて枯鶏頭の静かな
(96)     
佇ば流れ寄りたる椿かな
(97)     
鶏頭のほとほと暮れてまだ暮るゝ
(98)     
荒れ/\し人も神輿も息みをり
(99)     
出刃の背を叩く拳や鰹切る
(100)   
夕まで初富士のある籬かな
(101)   
この夏の一番甘き西瓜なり
(102)   
十棹とはあらぬ渡しや水の秋
(103)   
秋晴や何かと干せる村の橋
(104)   
庭の月一瞬ありし野分かな
(105)   
空蒼し放たざらめや吾が雲雀
(106)   
月待つや指さし入るる温泉の流
(107)   
金魚大鱗夕焼の空の如くあり
(108)   
朴の葉の大きくぞなり落ち来る
(109)   
蟹二つ食うて茅舎を哭しけり
(110)   
羽子板の判官静色もやう
(111)   
木の間なる人語りゆく浮寝鳥
(112)   
輸飾を掛けし其他はすべて略
(113)   
磐石を刳りて磴とす散紅葉
(114)   
牡丹の残りし花に法事かな
(115)   
チューリップの花には侏儒が棲むと思ふ
(116)   
漕ぐ舟を廻せば銀河まはるなり
(117)   
目つむりて春日に面さらしをり
(118)   
天龍に沿うて霧たつ盆地の夜
(119)   
物干に女出て来て都鳥
(120)   
茶の花の垣たえ/\に草の中
(121)   
手をば刺す穂麦の中を来りけり
(122)   
眼つむれば駆けりゐる血や日向ぼこ
(123)   
花咲ける一木の梨に棚づくり
(124)   
左右より芍薬伏しぬ雨の径
(125)   
枯菊にさはれば粉がこぼれけり
(126)   
打仰ぎ落葉する木にもたれけり
(127)   
あまたゝび雪にいたみし椿咲く
(128)   
通夜までをすこし暇の昼蛙
(129)   
けふの日の燃え極まりし日向ぼこ
(130)   
卯の花や流るるものに花明り
(131)   
山吹を見れば芽ぐめり庭焚火
(132)   
野路晴れて我杖に飛ぶ曼珠沙華
(133)   
人来ねば鼓打ちけり花の雨
(134)   
秋水のおのづからなる水輪かな
(135)   
いたみたる椿ころげぬ雪の上
(136)   
干柿をはづしに立ちし火燵かな
(137)   
鶏頭に目がけ飛びつく焚火かな
(138)   
枯菊に虹が走りぬ蜘蛛の糸
(139)   
一夏の緑あせにし簾かな
(140)   
木曽谷の日裏日表霜を解かず
(141)   
小屋の炉に焼けゐる鳥や渡鳥
(142)   
炭窯の火を蔵したる静かな
(143)   
病床に上げし面や下萌ゆる
(144)   
山雨なほ轟き落ちて夏爐もゆ
(145)   
四段張にして十間の小鳥網
(146)   
雲去れば月の歩みのゆるみつゝ
(147)   
霜柱倒れつつあり幽かなり
(148)   
木曽谷の奈落に見たる銀河かな
(149)   
輪飾を掛けて使はず外厠
(150)   
金粉をこぼして火蛾やすさまじく
(151)   
山垣やひとり雪置く遠浅間
(152)   
山かこむ枯野の中の山一つ
(153)   
花野来て白き温泉に浸りけり
(154)   
十日経れば箱庭のはや年古りし
(155)   
草庵をめぐる径や月を待つ
(156)   
夏めくや庭を貫く滑川
(157)   
初暦翁格子の襖かな
(158)   
脱衣著衣浴女出で入り雪散華
(159)   
縁側の団扇拾うて下り立ちし
(160)   
水洟を貧乏神に見られけり
(161)   
初雷の一くらがりや遊園地
(162)   
掃かれ来る落葉の柵をはなれけり
(163)   
逗留や立待月に立ちまじり
(164)   
蓮の實を取つて呉れては棹させり
(165)   
朴の葉のつゝ立ちてすみやかに落つ
(166)   
鶏頭の老いさらぼへる風情かな
(167)   
門川の野茨の或は匂ひ来て
(168)   
飯食うてしのぐ寒さや昨日今日
(169)   
葉を巻いてトマト病みをり梅雨の庭
(170)   
萩むらに夕影乗りし鶏頭かな
(171)   
日を追うて歩む月あり冬の空
(172)   
スケートの左廻りや山囲む
(173)   
愁あり歩き慰む蝶の晝
(174)   
緑陰や蝶明らかに人幽か
(175)   
葛城の神の鏡の春田かな
(176)   
蒲の穂の飛び赴いて行方かな
(177)   
秋蝶の心ゆくままなる日かな
(178)   
月見草蛾の口づけて開くなり
(179)   
鎌倉に春の雪積む一夜かな
(180)   
松蝉の松の下草深き寺
(181)   
橙に天照る日ある避寒かな
(182)   
月見草すくなく咲きて月明し
(183)   
秋晴のどこかに杖を忘れけり
(184)   
包丁を取りて打撫で桜鯛
(185)   
又通る彼の女房や藪椿
(186)   
屏風絵の煤竹売が来るところ
(187)   
木々枯れて鴉も居らぬ上野かな
(188)   
ふと~と氷一字の旗よろし
(189)   
世に交り立たなんとして朝寝かな
(190)   
旅衣濡れしをあぶる夏炉あり
(191)   
花人の酔に与せず汽車に在り
(192)   
葉牡丹の深紫の寒の内
(193)   
よき雛の數多からず飾りたる
(194)   
行人の背にある蝿や麦の秋
(195)   
惜春やすこしいやしき紫荊
(196)   
大恵那の尾根や端山や鳥渡る
(197)   
大仏の後ろ見て住む枯木宿
(198)   
雲近く通る姥子の月を見たり
(199)   
田楽の味噌ぽつたりと指貫に
(200)   
杉本寺まつくらがりの秋の風
(201)   
雨音につつまれ歩く若葉かな
(202)   
するすると涙走りぬ籠枕
(203)   
虚子庵に至り坐りぬ花疲
(204)   
日がなゐて夕しづもりの炬燵かな
(205)   
水仙や古鏡のごとく花をかかぐ
(206)   
返り咲く小米花あり門の春
(207)   
屋の棟の一八枯れぬはねつるべ
(208)   
渋柿の滅法生りし愚さよ
(209)   
仰ぎてし椿の上に廻り出し
(210)   
烏瓜映る水あり藪の中
(211)   
刈込みし山美しや小鳥網
(212)   
一籠の鯵を抱へて戸に戻る
(213)   
春雨に降り込められぬそれもよし
(214)   
宵闇に漁火鶴翼の陣を張り
(215)   
蒲の穂の飛ぶを仰げば昼の月
(216)   
せゝらぎつゝ揺れつゝ芹の生ひにけり
(217)   
一つ櫛使ふ夫婦の木の葉髪
(218)   
搦手の木曾川へ落つ露の徑
(219)   
氷りたる滝の柱に初音せり
(220)   
蓮広葉芭蕉広葉も今朝の秋
(221)   
鶏頭を目がけ飛びつく焚火かな
(222)   
ゆき当り瀬石をまはりゆく椿
(223)   
道の端大藁塚の乗出せる
(224)   
霧の道現れ来るを行くばかり
(225)   
一円に一引く注連の茅の輪かな
(226)   
崖氷柱刀林地獄逆しまに
(227)   
夕月のまだかまつかの紅ほのか
(228)   
うかゞひて杓さし入れぬ花御堂
(229)   
草山に浮き沈みつつ風の百合
(230)   
夕月の既に朧や藪の空
(231)   
玉簾の滝の千筋のもつれなく
(232)   
雪中に牡丹めぐめり谷の坊
(233)   
水仙を活けて鼓をかざりけり
(234)   
ころがりて又ころがりて田螺かな
(235)   
鎌倉はすぐ寝しづまり寒念仏
(236)   
榾の宿群書類聚そなへあり
(237)   
目白来てゆする椿の玉雫
(238)   
流れつゝ色を変へけり石鹸玉
(239)   
藤黄葉蔓あきらかに見ゆるかな
(240)   
茸多く朴の落葉の夥し
(241)   
もの皆の縁かがやきて春日落つ
(242)   
歩きつれ憩ひつれつゝ春惜む
(243)   
霜柱次第に倒れいそぐなり
(244)   
彼の船の煙いま濃し秋の海
(245)   
やはらかな粟打つてゐる音ばかり
(246)   
かなかなや欅屋敷と称へ古り
(247)   
流れゆく椿を風の押とゞむ
(248)   
温泉の宿の昼寝時なる長廊下
(249)   
朝ぼらけ林檎咲く家へ牛乳買ひに
(250)   
麥笛を吹けば誰やら合せ吹く
(251)   
板屏風どうと据ゑたる炉辺かな
(252)   
正月や炬燵の上の朱短冊
(253)   
鶏頭に飛び来る雨の迅さかな
(254)   
菊日和浄明寺さま話好き
(255)   
干布団してある縁に賀客かな
(256)   
事古りし招魂祭の曲馬團
(257)   
青蔦の蔓先の葉の小さきかな
(258)   
八方に稲架出来てゆく盆地かな
(259)   
枯木中居りたる雲のなくなりし
(260)   
(うすもの)をゆるやかに著て崩れざる
(261)   
餅花の凍てゝ落つるや少なからず
(262)   
主はや炉をひかへたりこぼれ萩
(263)   
水茎の古りにし反古や雛をさめ
(264)   
一面の著莪にさゞめく洩日かな
(265)   
枯蘆の水に濯げる男かな
(266)   
洗髪乾きて月見草ひらく
(267)   
貼替へていよ/\古し障子骨
(268)   
鳴子繩引きたしかめて出来にけり
(269)   
むらさきの散れば色無き花樗
(270)   
かたはらの榻よりかけてこぼれ萩
(271)   
春霜や袋かむれる葱坊主
(272)   
花人のこの廟所まで来るは稀
(273)   
灯の数のふえて淋しき十夜かな
(274)   
立仕事坐仕事や浜遅日
(275)   
山越えて伊豆に来にけり花杏
(276)   
枯菊と言捨てんには情あり
(277)   
鎌倉の夏も過ぎけり天の川
(278)   
海棠を見にほつ/\と人絶えず
(279)   
秋水の藪の中ゆく響かな
(280)   
後の月庭の山より上りけり
(281)   
死の如き障子あり灯のはつとつく
(282)   
閉ぢがちとなりし障子やこぼれ萩
(283)   
岩橋に立とゞまりて躑躅見る
(284)   
地の底に在るもろもろや春を待つ
(285)   
たんぽゝの大きな花や薄曇
(286)   
海棠のうつろふ花に開宗会
(287)   
花時の近よる園の蝌蚪の水
(288)   
雪解の打うなづける椿かな
(289)   
ふと羨し日記買ひ去る少年よ
(290)   
燈火の揺れとどまらず虎落笛
(291)   
またたきて枯木の中の星は春
(292)   
凍滝の寂莫たりし解けはじむ
(293)   
池に浮く鴨もそぞろや草萌ゆる
(294)   
大空に唸れる虻を探しけり
(295)   
煤掃に用なき身なる外出かな
(296)   
目のあたり浴泉群女深雪晴
(297)   
春山の大圏の中高知城
(298)   
鶏頭の首を垂れて枯れんとす
(299)   
山坂に爪立ち憩ふ紅葉かな
(300)   
かかり羽子ふと舞ひ下りぬ松の昼




2019-05-11 (Sat)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その2)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その2)

(301)    狐火の火を飛び越ゆる火をみたり (302)    一片の落花の行方薮青し (303)    月光の走れる杖をはこびけり (304)    睡蓮の葉に手をかけて亀しばし (305)    秋晴れてまろまりにける花糸瓜 (306)    山椿撰び折り来て実朝忌 (307)    虫時雨銀河いよいよ撓んだり (308)    手違ひの多く...

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(301)   
狐火の火を飛び越ゆる火をみたり
(302)   
一片の落花の行方薮青し
(303)   
月光の走れる杖をはこびけり
(304)   
睡蓮の葉に手をかけて亀しばし
(305)   
秋晴れてまろまりにける花糸瓜
(306)   
山椿撰び折り来て実朝忌
(307)   
虫時雨銀河いよいよ撓んだり
(308)   
手違ひの多くて暮るゝ冬の雨
(309)   
泳ぎ子のひとり淋しや岩に上り
(310)   
さしのぞく木の間月夜や浮寝鳥
(311)   
鶏頭の夕影並び走るなり
(312)   
菊畑に菊剪る姥や浄妙寺
(313)   
小人数の親しき中の初句会
(314)   
我訪へば彼も達者や夏衣
(315)   
枇杷咲いて長き留守なる館かな
(316)   
暮遅くとざす御苑の門幾つ
(317)   
炭竃に塗り込めし火や山眠る
(318)   
人中に十夜の稚子の遊び居り
(319)   
立てひらく屏風百花の縫ひつぶし
(320)   
ぽかり真っ黄ぽかりと真っ赤チューリップ
(321)   
百日紅こぼれて庫裡へ石畳
(322)   
罌粟咲けばまぬがれがたく病みにけり
(323)   
又一つ病身に添ふ春寒し
(324)   
稲架の裾吹き抜く風の夜道かな
(325)   
日もすがら落葉を焚きて自愛かな
(326)   
見下ろせば来馴れし谷や探梅行
(327)   
水澄むやはやくも莟む藪椿
(328)   
夏場所のはねし太鼓や川向ふ
(329)   
木曾人は雨寒しとて夏炉焚く
(330)   
芹や摘まん芝を焼かん君来たり
(331)   
刀豆の棚の中にも葉鶏頭
(332)   
浜淋し打上げし藻に蝿生れ
(333)   
えごの花かゝりて蜘の糸見えず
(334)   
借覧す甲子夜話あり榾の宿
(335)   
下りかけて止めたる谷の紅葉かな
(336)   
前山や初音する時はろかなり
(337)   
多摩の水三条に断れて涸れゐたり
(338)   
甲斐駒の雲塊憎し五月晴
(339)   
春泥に映りてくるや町娘
(340)   
雨落つる空がまぶしき木槿かな
(341)   
ゆく春の牡丹桜の一木かな
(342)   
そくばくの粟束ねあり後の月
(343)   
沸沸と田螺の国の静まらず
(344)   
鴨を得て鴨雑炊の今宵かな
(345)   
塔の上の鐘動き鳴るクリスマス
(346)   
かい抱く大三宝や年男
(347)   
庭山の小谷もありて栗茸
(348)   
爐框に置く盃や十三夜
(349)   
初蝶を見し束の間のかなしさよ
(350)   
この庭の霧すさまじき紅葉かな
(351)   
炭ひいて稍まぎれたる愁かな
(352)   
地に置し梅の落花や貝の如
(353)   
鎌倉の空紫に花月夜
(354)   
裏山に登れば遅日尚在りぬ
(355)   
このわたに唯ながかりし父の酒
(356)   
鳴神や暗くなりつつ能最中
(357)   
一日のゆふべの雨の萩に灯す
(358)   
小鼓の稽占すませし端居かな
(359)   
落花踏んで見知らぬ庭に這入りをり
(360)   
あたたかや砂に黄色き防風の芽
(361)   
もの芽出て長き風邪も忘れけり
(362)   
橙の木の間に佇ちつ避寒人
(363)   
網の面にかゝり輝く小鳥かな
(364)   
炉ほとりにさす春日とはなりにけり
(365)   
霜除の日南なつかし歩をとむる
(366)   
菜の花の月夜の風のなつかしき
(367)   
麦秋の藤沢在の閑居かな
(368)   
湯気たちておのづからなるもつれかな
(369)   
牡丹の葉を起しつゝ開き行く
(370)   
三つ池の二つが見ゆる土間焚火
(371)   
鶏頭の影走りつゝ伸びにけり
(372)   
汗かきて日々恙なくありにけり
(373)   
ロンロンと時計鳴るなり夏館
(374)   
いづくかに月夜囃子や祭月
(375)   
ふさぎたる窓の外なる干菜かな
(376)   
凭り馴れて句作柱や夜の秋
(377)   
起出れば秋立つ山の八方に
(378)   
宿はづれ急に山路や夜の秋
(379)   
腐りたる杭の空洞に萌ゆる草
(380)   
何としても掘れぬしどみや山の春
(381)   
石に腰下せば一葉かたはらに
(382)   
早苗束放る響の谷間かな
(383)   
虚子庵に不参申して寝正月
(384)   
桐の花散りひろがりぬ掃かぬまゝ
(385)   
色町にかくれ住みつつ菖蒲葺く
(386)   
訃を聞いて暫くありて百舌鳥高音
(387)   
泳ぎ子に萩咲きそめぬ山の池
(388)   
鎌倉に馬車あり乗りて初詣
(389)   
紐のごとこんぐらかりし枯木かな
(390)   
炭をひくうしろ静の思かな
(391)   
雲霧の何時も遊べる紅葉かな
(392)   
佳墨得てすり流しけり春を待つ
(393)   
すこし待てばこの春雨はあがるべし
(394)   
蚊帳の中に見てゐる藪や今朝の秋
(395)   
藪に立つ欅三本鵙の秋
(396)   
吹き当ててこぼるる砂や枯薄
(397)   
幟の尾垂れたる見えて夕庇
(398)   
木の芽中那須火山脈北走す
(399)   
島人の墓並びをり十三夜
(400)   
桑枯れてあからさまなる住居かな
(401)   
干茸に時雨れぬ日とてなかりけり
(402)   
蘆原に浮める屋根と進む帆と
(403)   
柄を立てて吹飛んで来る団扇かな
(404)   
一本の櫻大樹を庭の心
(405)   
水仙にかゝる埃も五日かな
(406)   
すかんぽをくはへし顔やこちら見る
(407)   
口ンロンと時計鳴るなり夏館
(408)   
落葉掃く音山にあり移りゆく
(409)   
屏風立てゝ結界せばき起居かな
(410)   
蝌蚪生れて未だ覚めざる彼岸かな
(411)   
篝火の火の粉が高き無月かな
(412)   
蜥蜴の子這入りたるまま東菊
(413)   
行き消えて又行き消えて枯野人
(414)   
学園の寒林の中牧師棲む
(415)   
立ち浮む瑞の茅の輪をくぐりけり
(416)   
ものゝ芽にいとゞ輝ある日かな
(417)   
末枯の桑の果なる町灯る
(418)   
温泉澄みて湯気も立たずよ梅二月
(419)   
朝々の独り焚火や冬たのし
(420)   
風の中寒肥を撒く小走りに
(421)   
こつ/\とこつ/\と歩す堂の秋
(422)   
親王の墓ある山の百千鳥
(423)   
女夫仲いつしか淡し古茶いるる
(424)   
炉框に置く盃や十三夜
(425)   
古蘆の動くともなし水温む
(426)   
胼の手を盗み見られつ話し居り
(427)   
遊女屋の使はぬ部屋の秋の暮
(428)   
菜の花は濃く土佐人の血は熱く
(429)   
蝉涼し絵馬の天人身を横に
(430)   
鶏頭のおのづからなる立並び
(431)   
避暑人の住み交りをり圓覚寺
(432)   
紅梅の花大きくて乏しけれ
(433)   
炭おこすとぼしき火種ねもごろに
(434)   
代々の船場住居や敷松葉
(435)   
踊見る踊疲れを憩ひつゝ
(436)   
連翹の枝多からず交へたる
(437)   
我見たりなかのりさんの木曾踊
(438)   
曼珠沙華潰えたる門をつくろはず
(439)   
水亭の腰窓の辺の菖蒲の芽
(440)   
菜の花が汽車の天井に映りけり
(441)   
湯気たてて起居忘れし如くなり
(442)   
暦売古き言の葉まをしけり
(443)   
雪柳一ト朝露を綴りけり
(444)   
木曾人に噴くあたゝかの冬の水
(445)   
盆梅の枝垂れし枝の数へられ
(446)   
春泥に映り歪める女かな
(447)   
咲き疲れひれ伏しにけり黄水仙
(448)   
山川の秋は来にけり黄鶺鴒
(449)   
桑黄葉暮れつつありぬ汽車灯る
(450)   
柿の棹梢にわたしありにけり
(451)   
枯蔓をはらひ/\て山仕事
(452)   
戀猫やからくれなゐの紐をひき
(453)   
柿紅葉地に敷き天に柿赤し
(454)   
入海の更に入江の里の秋
(455)   
鈴懸の緑陰よろしテニス見る
(456)   
山の上の日に貼替し障子かな
(457)   
物の芽のほぐれほぐるる朝寝かな
(458)   
眼にあてて海が透くなり桜貝
(459)   
大空へうすれひろがる落花かな
(460)   
歳時記に聞きて冬至のはかりごと
(461)   
帷子を軒端に干せば山が透く
(462)   
椅子に在り冬日は燃えて近づき来
(463)   
玉虫を含めりにけり福寿草
(464)   
落椿海に放りて島に遊ぶ
(465)   
とことはの二人暮しの年用意
(466)   
晩涼の杉本寺は鐘も撞かず
(467)   
菖蒲見の人にまじりて禰宜そちこち
(468)   
起出でゝ木曾の朝寒ひとしほに
(469)   
ものの芽にふまへひろげし両の足
(470)   
この夏を妻得て家にピアノ鳴る
(471)   
柿をもぐ籠を梢にくゝりけり
(472)   
山茶花の散りつゞきたるそこらまで
(473)   
竹伏して堰き止めにけり落椿
(474)   
こぼれたるまゝ芥子萌えぬ沢山に
(475)   
菊の香の身に移されし芸すこし
(476)   
大佛の俯向き在す春日かな
(477)   
海中に都ありとぞ鯖火もゆ
(478)   
炉火いよよ美しければ言もなし
(479)   
洞門の曲りゐて吹く秋の風
(480)   
大入日野分の藪へ轟然と
(481)   
實朝忌春動かなとしてためらふ
(482)   
霜除や今日の日うすく並びゐる
(483)   
貝寄風の風に色あり光あり
(484)   
曼珠沙華に鞭れたり夢覚むる
(485)   
受けて来し七福神は置き並べ
(486)   
預けある鼓打ちたし冬の梅
(487)   
庭荒れて白藤棚にあふれたり
(488)   
一つ家を叩く水鶏の薄暮より
(489)   
年を守り炉を守るのみの身にしあれど
(490)   
苗代の二枚つづける緑かな
(491)   
祀りある古き湯釜や時鳥
(492)   
裸木も霞みそめたる藪穂かな
(493)   
竹馬の影近づきし障子かな
(494)   
夢に舞ふ能美しや冬籠
(495)   
象頭山その他春山皆似たり
(496)   
温泉の香のたゞよひゐるや夕紅葉
(497)   
父酔うてしきりに叩く火桶かな
(498)   
末枯や掘れば現はる古き池
(499)   
いま一つ椿落ちなば立ち去らん
(500)   
木蓮の花びら風に折れてあり
(501)   
父に似し弟一人残る菊
(502)   
枯菊の幽にそよぎはじめけり
(503)   
あの雲が飛ばす雪かや枯木原
(504)   
虹消えて春の山ありもとのまま
(505)   
風鈴や早鳴り出る懸くるより
(506)   
大稲架に突き立てゝある案山子かな
(507)   
バナナの香フルーツパーラー昼暗く
(508)   
鶏頭のぐわばとひれ伏す霜の土
(509)   
ありふれし鶏頭立てり我の庭
(510)   
梅に在り紅梅にある文目かな
(511)   
稚子が降らす花を拾ひし十夜かな
(512)   
胡桃の実見えて寝ころぶ避暑の宿
(513)   
添へ竹をはなれ傾き菊枯るる
(514)   
ひく波の跡美しや桜貝
(515)   
西瓜より冷きものゝのぼりけり
(516)   
雪しんしん出湯こんこんと尽くるなし
(517)   
榛名湖を見て戻りたる一ト昼寝
(518)   
四阿の輪飾落ちぬ雪の上
(519)   
炭竃に日行き月行く峡の空
(520)   
青籬の霜ほろほろと初雀
(521)   
燕の飛びとどまりし白さかな
(522)   
もの書きて日を経るほどに葉山吹
(523)   
酒庫の紋それ/\や梅の村
(524)   
いてふ散り来り地に着く時早く
(525)   
鳥雲に身は老眼の読書生
(526)   
残菊の黄もほとほとに古びたる
(527)   
露草のおがめる如き蕾かな
(528)   
青麦の丘の近道知りて訪ふ
(529)   
栗飯の洒落た家あり不動道
(530)   
ともすれば十夜の稚子の手を合せ
(531)   
山吹の日陰へ蝶の這入りけり
(532)   
柊の花もこぼれぬ箒先き
(533)   
盆梅のしだれし枝の数へられ
(534)   
女の手ますます赤し菜を洗ふ
(535)   
松蟲を聞きに来にけり城ケ島
(536)   
年賀受け年賀状受け籠りをり
(537)   
雪解や現れ並ぶ落椿
(538)   
燕の飛びとどまりて返しけり
(539)   
福寿草一鉢置けば座右の春
(540)   
猫と居る庭あたたかし賀客来る
(541)   
逗留の我に客ある爐辺かな
(542)   
川蟹の垣にのぼり来昼寝宿
(543)   
喰積にさびしき夫婦箸とりぬ
(544)   
或る谷の四五戸隠るる薄かな
(545)   
ややねびし人の春著の濃紫
(546)   
芥子も一重衣も単風渡る
(547)   
正しくも時の歩みやお元日
(548)   
炭斗に炭も満ちたり宿の春
(549)   
冬山の拒み塞げる行手かな
(550)   
日は遠く衰へゐるや軒簾
(551)   
あたたかき茶を秋雨の庭に捨つ
(552)   
室咲や一誌出さうずはかりごと
(553)   
山日和すこし崩れぬ紅葉狩
(554)   
花深く煤の沈める牡丹かな
(555)   
雪嶺に三日月の匕首飛べりけり
(556)   
正月も古りつゝ福寿草たもつ
(557)   
山清水ささやくままに聞入りぬ
(558)   
古池や藤咲きたれてゐもり浮く
(559)   
三日月の大きかりける沈丁花
(560)   
山裾に立もたれたる日向ぼこ
(561)   
山川の鶺鴒の黄の朝まだき
(562)   
掃き納め又掃き始む枯菊に
(563)   
女郎花やゝ略したる床の間に
(564)   
中庭の掃かで塵なき牡丹かな
(565)   
熊の皮干して戸板に余りけり
(566)   
侘助の莟の先きに止まる雪
(567)   
梨棚の跳ねたる枝も花盛
(568)   
昼顔に認めし紅の淋しさよ
(569)   
先へ行く紅葉がくれや下山人
(570)   
風花の峡の小村の二日かな
(571)   
大木の揉まれ疲れし野分かな
(572)   
葛の谷行けばだんだん家貧し
(573)   
朝寒の淵に下り来し日ざしかな
(574)   
余花の雨布団の上の鼓かな
(575)   
書を購ひて暫く貧し虫の秋
(576)   
泳ぎ子や獣の如くすこやかに
(577)   
この雨はつのるなるべし春惜む
(578)   
ひそかなる枯菊に年改る
(579)   
颱風の北進し来る恵那山の月
(580)   
炭竈に塗込めし火や山眠る
(581)   
在りし世の羽子板飾りかくれ住む
(582)   
手巾の白々として男かな
(583)   
干柿も其まゝ黒し宿の春
(584)   
一円を立てて茅の輪に内外あり
(585)   
花園に晩涼の蝶一しきり
(586)   
木魚居る畳に坐り夜学かな
(587)   
秋晴や黄色き花の糸瓜垣
(588)   
渦巻の残りすくなき蚊遣香
(589)   
蒲の穂の飛ぶを眺めて憩はゞや
(590)   
葉牡丹の火むら冷めたる二月かな
(591)   
磊塊と朱欒盛られて籠歪む
(592)   
夕待つ岐阜提灯の空(うつろ)かな
(593)   
上州の風ひりひりと野良の梅
(594)   
秋深しピアノに映る葉鶏頭
(595)   
門前の秋の出水や滑川
(596)   
朴の葉の落ちて重なる山静か
(597)   
白樺の雨に来て張るキャンプあり
(598)   
炉框の早や傷きし新居かな
(599)   
撫で下す顔の荒れゐる日向ぼこ
(600)   
唯うすき岐阜提灯の秋の草




2019-05-11 (Sat)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その3)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その3)

(601)    枯蔓の蔓先を見る断れて無し (602)    拱きて稲を負ひくる少女かな (603)    流れ行く椿を風の押し止む (604)    二人ゐてよそよそしさよ芹摘めり (605)    青蔦の這うて暗しや軒の裏 (606)    響き来る音まち/\や餅日和 (607)    今年の二度ある梅雨や額の花 (608)    臘八の聴衆ま...

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(601)    枯蔓の蔓先を見る断れて無し
(602)   
拱きて稲を負ひくる少女かな
(603)   
流れ行く椿を風の押し止む
(604)   
二人ゐてよそよそしさよ芹摘めり
(605)   
青蔦の這うて暗しや軒の裏
(606)   
響き来る音まち/\や餅日和
(607)   
今年の二度ある梅雨や額の花
(608)   
臘八の聴衆まばらや大伽藍
(609)   
水馬交み河骨知らん顔
(610)   
あら草に負けて夏芝あはれなり
(611)   
一条の激しき水や青薄
(612)   
粟扱のあまり見られし不興かな
(613)   
いと古りし毛布なれども手離さず
(614)   
村人に倣ひ暮しぬ吊し柿
(615)   
冬庭の落込んでゐて離室あり
(616)   
傘雫いつか絶えたる木の芽かな
(617)   
蒲の穂の行き違ひつつ飛ぶもあり
(618)   
通ひ路の一礼し行く神も留守
(619)   
行燈をさへぎる梅や一の午
(620)   
蘆の穂の夕風かはるけしきあり
(621)   
藪の穂の春光こぼれ交しつつ
(622)   
春愁や稽古鼓を仮枕
(623)   
宵闇や盲し如く墓の道
(624)   
春草や光りふくるる鳩の胸
(625)   
霙るるや小蟹の味のこまかさに
(626)   
桑畑を山風通ふ昼寝かな
(627)   
ふは/\と朴の落葉や山日和
(628)   
枯蔓をかぶらぬはなし山椿
(629)   
二ひらの花びら立てゝ螢草
(630)   
大島と久に逢ひ見て梅雨晴れぬ
(631)   
ますぐなる香の煙や涅槃像
(632)   
庭山の朴の木立や後の月
(633)   
かまつかのからくれなゐの別れ蚊屋
(634)   
橙の木の間に伊豆の海濃ゆし
(635)   
桑畑の枯れゆく里の障子かな
(636)   
窓開けし人咳きぬ畑の霜
(637)   
処女みな情濃かれと濃白酒
(638)   
深雪晴非想非非想天までも
(639)   
庭山の手入はかどる鵙日和
(640)   
かくるゝが如く寮あり冬椿
(641)   
花葛山守る神は髪豊か
(642)   
門に積む菜に降り溜まる霙かな
(643)   
道標のみ便り行く夏野かな
(644)   
チチポポと鼓打たうよ花月夜
(645)   
たんぽゝや一天玉の如くなり
(646)   
騒がしき風吹く春を惜みけり
(647)   
輪蔵の後ろに落つる冬日かな
(648)   
恵那の雪ひとまづ消えし小春かな
(649)   
腰かけしまゝ寝ころびぬ縁の春
(650)   
後々と日和まさりに三ヶ日
(651)   
棚瓢片隅なるが大きけれ
(652)   
爽かに弓ン手の肌を脱ぎにけり
(653)   
竹薮の空ゆく月も十四日
(654)   
露けぶるむらさき捧げ紫苑立つ
(655)   
水鳥の争ひ搏ちし羽音かな
(656)   
窓の灯のありて句をとむ虫の原
(657)   
目を細むあまり枯枝の細かさに
(658)   
蜩や杉本寺のあさゆふべ
(659)   
くらくなる物芽をのぞき歩きけり
(660)   
吹き渡る葛の嵐の山幾重
(661)   
柿吊つて相かはらざる主かな
(662)   
弾初や古曲を守る老女あり
(663)   
天竜も行きとどこほる峡の冬
(664)   
かへりみる吾が俳諧や年の暮
(665)   
湯気立ちておのづからなるもつれかな
(666)   
寺町に尼寺一つ花御堂
(667)   
東京の上の冬雲襤褸のごと
(668)   
門川の冰りたるより音もなし
(669)   
朝寒く夜寒く人に温泉(いでゆ)あり
(670)   
大勢に一人別るゝ霜夜かな
(671)   
手にありし菫の花のいつかなし
(672)   
軒低し干柿したる竿斜め
(673)   
一日の煤浮みけり潦
(674)   
我宿の内も外もなき野菊晴
(675)   
雲雀みな落ちて声なき時ありぬ
(676)   
春寒や貝の中なる桜貝
(677)   
あなどりし四百四病の脚気病む
(678)   
打離れ枯菊の辺に残る雪
(679)   
崖氷柱我をめがけて殺気かな
(680)   
風寒し破魔矢を胸に抱へくる
(681)   
干網をくゞり/\て秋の浜
(682)   
寒明や寺の裏なる隠居寺
(683)   
花人やいつ夕月の影をひき
(684)   
灯に染みし雪垂れてをり深庇
(685)   
声高く読本よめり露の宿
(686)   
永りたる瀧ひつ提げて山そそる
(687)   
雲嶺に三日月の匕首飛べりけり
(688)   
屋根替の萱つり上ぐる大伽藍
(689)   
ゆるやかに落葉降る日を愛でにけり
(690)   
裃の古びし老や能始
(691)   
桐の花散りひろごれり寺静
(692)   
玉椿落ちて冰れる田水かな
(693)   
いただきのふっと途切れし冬木かな
(694)   
顔見世で逢ふまじき妓と出逢ひけり
(695)   
花に葉に花粉たゞよふ牡丹かな
(696)   
秋雨に濡れて船頭不興かな
(697)   
抱き画く大提灯や祭人
(698)   
釣人にえごの落花も絶えしかな
(699)   
いさゝかの草履埃や梅日和
(700)   
杉寒し枯葉しきりに吹き落ちて
(701)   
萍に松の緑を摘み捨てし
(702)   
頭上過ぐ嘴脚紅き都鳥
(703)   
懐手して万象に耳目かな
(704)   
残桜や見捨てたまひし御用邸
(705)   
末枯や一番遅れ歩きをり
(706)   
提灯のしづかになりぬ稲架のかげ
(707)   
椎の花古葉まじりに散り敷きし
(708)   
波除に大年の波静かかな
(709)   
橋の燈の雪をまとひて灯りけり
(710)   
屏風絵の鞴祭の絵ときなど
(711)   
枯菊にさし向ひ居り炭をひく
(712)   
干柿の蠅またふえぬ上天気
(713)   
青天にたゞよふ蔓の枯れにけり
(714)   
散らばりし筆紙の中の桜餅
(715)   
ベラ釣の波乗小舟島端に
(716)   
赤く見え青くも見ゆる枯れ木かな
(717)   
傷のごと山の額に残る雪
(718)   
柿干して日当りのよき家ばかり
(719)   
小鳥狩したるその夜の小句会
(720)   
池に落つ温泉のたちけぶる良夜かな
(721)   
コレラ出て佃祭も終りけり
(722)   
花の上の月星遠し谷の坊
(723)   
妙本寺法輪の大海棠 二句
(724)   
漣の下に連翹映りをり
(725)   
揚舟のかげにまはれば千鳥たつ
(726)   
我庭の良夜の薄湧く如し
(727)   
嫁ぐなる別れの雛にかしづきぬ
(728)   
春雨にすこし濡れ来て火桶かな
(729)   
物芽出て指したる天の眞中かな
(730)   
みんなみの海湧立てり椿山
(731)   
誰よりも疲れし我や夕紅葉
(732)   
貯へておのずと古りし梅酒かな
(733)   
花茶屋の古りに古りたる面白さ
(734)   
抱きし子に持たせて長き破魔矢かな
(735)   
コスモスの倒れぬはなき花盛り
(736)   
さざ波にさざれ石あり浜千鳥
(737)   
どん底を木曾川のゆく枯野かな
(738)   
ものゝ芽の古葉吹き飛ぶ日なりけり
(739)   
菊よろし紫ならず赤ならず
(740)   
空色の水飛び飛びの枯野かな
(741)   
花火見の彼の幇間も老しかな
(742)   
冬蝶の濃き影を見る芝の上
(743)   
師へ父へ歳暮まゐらす山の薯
(744)   
囲炉裏火に照り輝くや板屏風
(745)   
夜の芝生ありけば露や弾き飛ぶ
(746)   
逝春や風雨の土に花苺
(747)   
木を組みて仮に釣りたる鐘の秋
(748)   
買初の小魚すこし猫のため
(749)   
玉蟲を含めりにけり福寿草
(750)   
萍に亀乗りかけてやめにけり
(751)   
枯蔓の引ずる水も涸れにけり
(752)   
茶の花のとぼしきまゝに愛でにけり
(753)   
春水の大鏡ある木の間かな
(754)   
町に入る飛騨街道や小六月
(755)   
残雪に椿落ちたり谷の坊
(756)   
明らかに鵯の嘴より落ちしもの
(757)   
静かなる雲二つ三つ枯木中
(758)   
一つづゝ田螺の影の延びてあり
(759)   
夜の如き帷垂れたる牡丹かな
(760)   
庭すこし荒れて好まし葉山吹
(761)   
藁塚にはや家々のとざゝれし
(762)   
書屋あり実梅落つ音筆擱く音
(763)   
蚊遣火や夕焼冷むる淡路島
(764)   
雪嶺の無言に充てる太虚かな
(765)   
スキーヤー伸びつ縮みつ雪卍
(766)   
葉牡丹に鉢の木をこそ謡ひけれ
(767)   
庭山や薪積みたる著莪の中
(768)   
影遠く逃げてゐるなり砂日傘
(769)   
春雨やゆつくり入りし和倉の湯
(770)   
秋雨の土間より見えて病み臥せる
(771)   
左右には芹の流れや化粧坂
(772)   
仕る手に笛もなし古雛
(773)   
おばしまの走りかくれて青簾
(774)   
薄目あけ人嫌ひなり炬燵猫
(775)   
我が椿いたむる雪や実朝忌
(776)   
草あやめ茶屋の男に掘らしめし
(777)   
枯芭蕉八柱立てり初日射す
(778)   
遠き家の朝な夕なや葉鶏頭
(779)   
萱草や昨日の花の枯れ添へる
(780)   
春水の落つるをはさみ二タ座敷
(781)   
牡丹の一弁落ちぬ俳諧史・・・松本たかし死す
(782)   
うつし世の月を真上の踊かな
(783)   
村中に椿の塵の殖えにけり
(784)   
鶸焼くや炉縁にならぶ皿小鉢
(785)   
やり過ごす紅葉の茶屋の一時雨
(786)   
一筋の落花の風の長かりし
(787)   
木曾川の出水を苗木城趾より
(788)   
二三枚重ねてうすし櫻貝
(789)   
子規忌すみあと話しゐる萩の雨
(790)   
妙義嶺の傾倒し来る簗を守る
(791)   
牡丹の花に暈ある如くなり
(792)   
鬚はねて甚長し飾海老
(793)   
童顔の永久にあはれや茅舎の忌
(794)   
箱庭を貧しき庭に置きにけり
(795)   
茅舎死後四日夏炉を焚きゐたり
(796)   
菊に羞づ菊を詠ぜし我詩かな
(797)   
桑摘む娘呼ぶや飼屋の二階より
(798)   
炭竃の火を蔵したる静かかな
(799)   
日蔽舟扇使ひの人見ゆる
(800)   
薄紅葉せる木立あり歩み入る
(801)   
滝の上に出て滝見えず青嵐
(802)   
落椿砕け流るゝ大雨かな
(803)   
日曜の人にかげろひそめにけり
(804)   
紫苑の芽暗く甘草の芽明るし
(805)   
泳ぎ子や光の中に一人づつ
(806)   
古馬車に痩馬つけて御者の春
(807)   
葉交りの花に遊びぬ薄日和
(808)   
藪の空ゆく許りなり宿の月
(809)   
格子戸をはめし岩屋や春寒し
(810)   
さみどりの瓜苗運ぶ舟も見し
(811)   
我宿の桃も桜もおくれがち
(812)   
春蘭に支那めかしたる調度かな
(813)   
骨傷む障子いたはり貼りにけり
(814)   
枯菊を焚きて遣りたる想ひかな
(815)   
登山バス霧がかかればゆるやかに
(816)   
白々とハンカチーフや老紳士
(817)   
帷子の洗ひ洗ひし紺の色
(818)   
萩一枝石に乗りゐてすがれけり
(819)   
吹雪きくる花に諸手をさし伸べぬ
(820)   
白洲ある古き舞台の能始
(821)   
垂れてゐる花に蕾に雨の玉
(822)   
渋川や四万へ伊香保へ夜寒人
(823)   
大石の馬をもかくす枯野かな
(824)   
いつくしみ育し老の菊枯れぬ
(825)   
歌留多読む声のありけり谷戸の月
(826)   
日の障子太鼓の如し福寿草
(827)   
紫陽花の大きな毬の皆褪せし
(828)   
竹山に春の虹立つ間近さよ
(829)   
水音に暫し沿ひゆく枯野かな
(830)   
雪残る汚れ汚れて石のごと
(831)   
野蒜掘れば強きにほひや暮の春
(832)   
山墓の屯す如し草紅葉
(833)   
生けてある秋海棠は庭のもの
(834)   
月星に氷柱は牙を磨きをり
(835)   
柿取の棹をあつかふ梢かな
(836)   
稀といふ山日和なり濃竜胆
(837)   
蘆原を焼拂いたる水とびとび
(838)   
橋裏に吸ひ着いてゐる蓮広葉
(839)   
天龍も行きとどこほる峡の冬
(840)   
炭斗の侍せるが如き屏風かな
(841)   
蚊帳除れて黍の葉擦に寝る夜かな
(842)   
餅花やもつれしまゝに静まれる
(843)   
左右より萩ひざまづく石に腰
(844)   
海棠の落花してゐる柵の内
(845)   
雪だるま星のおしゃべりぺちゃくちゃと
(846)   
篝火に飛び込む雪や白魚舟
(847)   
老の荷を背負ひて来る十夜かな
(848)   
もの芽出て指したる天の真中かな
(849)   
鴨向きをかへてかはしぬ蘆の風
(850)   
炭竃に燃えつづく火の去年今年
(851)   
屏風絵の蘆より鴨を追ふところ
(852)   
柊の花のともしき深みどり
(853)   
大いなる暗き帆のゆく蘆の上
(854)   
玉の如き小春日和を授かりし
(855)   
山人は客をよろこぶ夏炉かな
(856)   
渡鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ
(857)   
正月をして出てゆきぬ鮪船
(858)   
柿落葉いちゞるしくも光るなり
(859)   
取出し著たる昔の透綾かな
(860)   
晴天にたゞよふ蔓の枯れにけり
(861)   
海苔つけし粗朶一片や波のまゝ
(862)   
菊畑にあまり夜焚火近かりし
(863)   
小鳥小屋飛騨街道も一目なり
(864)   
山々に木曾の踊も終りけり
(865)   
一日や竹伐る響竹山に
(866)   
老の手のわなゝきかざす火桶かな
(867)   
汗じみし人のからだとさはりけり
(868)   
古絵馬に四万六千日来る
(869)   
水浅し影もとどめず山葵生ふ
(870)   
影抱へ蜘蛛とどまれり夜の畳
(871)   
庭に出て夕餉とるなり月見草
(872)   
江の島のせばき渚や後の月
(873)   
すぐ前に塀がふさがる釣忍
(874)   
鳥交る母が襁褓は干しなびき
(875)   
咲のぼり梅雨晴るゝ日の花葵
(876)   
山荘に終る句会や夕霞
(877)   
冬山の倒れかかるを支え行く
(878)   
山深く逢ひし焚火や一あたり
(879)   
小戸の露流れ消ゆるもありにけり
(880)   
大松の家と呼ぶ屋の注連作
(881)   
嶺せまる大きしじまに鷽のこゑ
(882)   
美しく並ぶ端山に鳥屋二つ
(883)   
盆梅の仕立し枝やうらおもて
(884)   
遠雷や波間波間の大凹み
(885)   
たんぽぽの咲き据りたる芝生かな
(886)   
町を行く夜番の灯あり高嶺星
(887)   
やはらかにま直ぐな枝の木槿かな
(888)   
蕨萌え山水落つる庭を有つ
(889)   
月の穢に妙にも黄なる月見草
(890)   
蒲公英の咲き据りたる芝生かな
(891)   
乾山の彼の鉢出でぬ笹粽
(892)   
砂日傘小犬がくゝりあるばかり
(893)   
鶏頭育つ花壇の外の唯の土
(894)   
流木を上げんと待てり秋出水
(895)   
流木の行くを天日寒く瞰る
(896)   
豆菊の這ひ浮みたる水の上
(897)   
麦踏も庵の眺の一つかな
(898)   
冷房の高島屋あり街の夏
(899)   
水仙や大きからざる観世音
(900)   
日覆に針のやうなる洩れ日かな





2019-05-11 (Sat)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その4)

2019/05/11 松本たかし句集成 (その4)

(901)    大空に莟を張りし辛夷かな (902)    水垢と椿と吹かれ別れけり (903)    山栗の大木のあるなつかしき (904)    厩ある姥子の宿の秋の暮 (905)    ぢり/\としぼむ芙蓉やむし暑し (906)    秋の山縁広ければ臥して見る (907)    やう/\に三の鳥居や初詣 (908)    風ふけば流れる椿ま...

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(901)    大空に莟を張りし辛夷かな
(902)   
水垢と椿と吹かれ別れけり
(903)   
山栗の大木のあるなつかしき
(904)   
厩ある姥子の宿の秋の暮
(905)   
ぢり/\としぼむ芙蓉やむし暑し
(906)   
秋の山縁広ければ臥して見る
(907)   
やう/\に三の鳥居や初詣
(908)   
風ふけば流れる椿まはるなり
(909)   
橙の大木にして避寒宿
(910)   
鉄の甲冑彳てる暖炉かな
(911)   
干茸に時雨れぬ日とてなかりけり
(912)   
つくばひにこぼれ泛めり杉の花
(913)   
追ひかけて届く鯛あり大晦日
(914)   
卒然と風湧き出でし柳かな
(915)   
こぼれ萩受けてあたかも浮葉かな
(916)   
雪沓をしつかと着けぬ吹雪きをり
(917)   
避暑町の少しさびれぬ花木槿
(918)   
裏白のからびまろまり藁を纏き
(919)   
初冬や龍胆の葉の薄紅葉
(920)   
桑原を飛びつつ雲のさみだるる
(921)   
うす青き銀杏落葉も置きそめし
(922)   
はからずも旭川翁と御慶かな
(923)   
杭の蜷ほろ/\落つる夕日かな
(924)   
全山の葛のしじまの破れざる
(925)   
枯菊に日こそはなやげまぐれ雪
(926)   
蝋涙に肩打たれたる十夜かな
(927)   
割竹を編んで敷いたり庭の春
(928)   
時雨るゝと著せたまはりし真綿かな
(929)   
今日となり明日となりゆく石蕗の花
(930)   
蓆戸を上げて顔出す鳥屋の主
(931)   
たまに居る小公園の秋の人
(932)   
ストーブの口ほの赤し幸福に
(933)   
越後路の軒つき合す雪囲
(934)   
納屋の屋根山につかへて落葉積む
(935)   
足もとに来る芝火を踏み越えぬ
(936)   
夕霞片瀬江の島灯り合ひ
(937)   
飲食に汚れし爐邊や草の宿
(938)   
絶壁につららは淵の色をなす
(939)   
曼珠沙華つゝがなかりし門を出づ
(940)   
柿の木に籠をくはへて登りけり
(941)   
プレゼント大きく軽し毛糸ならむ
(942)   
柿日和浄明寺さまてくてくと
(943)   
でんがくと白く抜いたり赤暖簾
(944)   
うち透きて男の肌白上布
(945)   
避けがたき寒さに坐りつづけをり
(946)   
山間の打傾ける枯野かな
(947)   
真白き障子の中に春を待つ
(948)   
静かなる自在の揺れや十三夜
(949)   
夏萩のとぼしき花の明らかに
(950)   
旅先の軽き恙のそば湯かな
(951)   
枯木中行きぬけたりし雲一つ
(952)   
枯桑の向ふに光る茶の木かな
(953)   
前山に雲みてかげる庭芒
(954)   
氷食ふ二階の欄にまたがりて
(955)   
避暑人の佇む海人が門火かな
(956)   
月高く炉火さかんなれ十三夜
(957)   
藪中の空溝深し竹落葉
(958)   
春月を濡らす怒涛や室戸岬
(959)   
炭斗の出てゐし部屋や秋の雨
(960)   
三河女と早苗取ろうよ業平忌
(961)   
三度来て水仙咲きぬ瑞泉寺
(962)   
菖蒲田の夕日に浮ぶ花となりぬ
(963)   
人形なき廊下の菊に憩ひけり
(964)   
遅れゐし雪どつと来し椿かな
(965)   
春昼やものの細かき犬ふぐり
(966)   
青笹に冰れる水の岐れけり
(967)   
乗鞍は凡そ七嶽霧月夜
(968)   
夏まけとかくしがたなくやつれけり
(969)   
籠二つ地に在り雲雀空にあり
(970)   
木洩日にうなづき止まぬ椿かな
(971)   
花静か天守の人語聞えつゝ
(972)   
時雨傘開きたしかめ貸しにけり
(973)   
夜遊びや炉辺から炉辺にたちまはり
(974)   
山国の藁塚木菟に似て脚もてる
(975)   
一ト火あり又一ト火あり冬山家
(976)   
とつぷりと後暮れゐし焚火かな
(977)   
茸山の深き落葉に藁草履
(978)   
徐ろに黴がはびこるけはひあり
(979)   
向日葵に剣のごときレールかな
(980)   
京言葉大阪言葉濃白酒
(981)   
棧も今は安けし葛の花
(982)   
踏青や野守の鏡これかとよ
(983)   
一人とる遅き朝餉や梅日和
(984)   
我癒えて今春草を踏み得たり
(985)   
行人や吹雪に消されそれつきり
(986)   
春水の浮き上り見ゆ木の間かな
(987)   
誰をかも待つ身の如し春炬燵
(988)   
枯蔓の吹つ切れてゐる椿より
(989)   
花過て山吹咲る木陰かな
(990)   
山の端に庵せりけり薄紅葉
(991)   
蘆を焼く火先を追うて人走る
(992)   
足袋をぬぎ袴をとりて涼しけれ
(993)   
ものの芽のほぐれほぐるる朝寝かな
(994)   
鳳来寺祭群衆紅葉冷え
(995)   
身を包む月の浴衣や世は情
(996)   
卒業を控へて遊ぶ物芽かな
(997)   
コスモスの家また浮ぶ雨の中
(998)   
雪山と降る白雪と消し合ひぬ
(999)   
毎日の朝寝とがむる人もなし
(1000)  
杉葉もてもさと葺いたり小鳥小屋
(1001)  
縁端に放りおこしたる円座かな
(1002)  
秋風のユーカリ大樹吹きしぼり
(1003)  
取散らす几辺なれども福寿草
(1004)  
洗髪乾きて軽し月見草
(1005)  
よき櫛の我が身と古りぬ木の葉髪
(1006)  
白猫の綿の如きが枯菊に
(1007)  
鳥おどし動いてゐるや谷戸淋し
(1008)  
冬耕の牛と一日吹きさらし
(1009)  
沈丁の香の強ければ雨やらん
(1010)  
霰打つ暗き海より獲れし蟹
(1011)  
我宿のおのづからなる冬至梅
(1012)  
木曾谷の奈落に見たる銀河かな
(1013)  
麗や皆働ける池の鴨
(1014)  
貝寄の風に色あり光あり
(1015)  
日がな居て取散らしたる炉辺かな
(1016)  
草堤に坐しくづをれて春惜む
(1017)  
塵捨てに来て跼みけり水温む
(1018)  
すかんぽを皆くはへて草摘めり
(1019)  
稲妻の四方に頻りや山の湖
(1020)  
遠き家のまた掛け足しし大根かな
(1021)  
冬浪の日かげりければ帰らばや
(1022)  
秋晴に虫すだくなる谷間かな
(1023)  
よき炉火と我とのみあり宿の春
(1024)  
炉べりより見返ればあり吊し柿
(1025)  
相抱く枯葉二片や落ち来る
(1026)  
月やさし葭切葭に寝しづまり
(1027)  
炉開けば遥かに春意あるに似たり
(1028)  
八方に山のしかかる枯野かな
(1029)  
だまされて遠道を来し霞かな
(1030)  
古雪の凍しが上に落椿
(1031)  
枯れつゝもそれとしるしや吾亦紅
(1032)  
寺共に七八戸在り露の谷
(1033)  
飼屋のぞけば女房顔を恐うしぬ
(1034)  
下萌ゆと思ひそめたる一日かな
(1035)  
行交や蛙月夜の廓道
(1036)  
風吹けば流るゝ椿まはるなり
(1037)  
落ちかかる夏座布団や椽のはし
(1038)  
ほのぼのと泡かと咲けり烏瓜
(1039)  
肱のせて窓に人ある芭蕉かな
(1040)  
銀河濃き夜々ひたすらの船路かな
(1041)  
初午や盆に乗せくる小豆飯
(1042)  
春潮の底とどろきの淋しさよ
(1043)  
芥子の芽や夕一時明らかに
(1044)  
啓蟄に伏し囀に仰ぎけり
(1045)  
いつしかに失せゆく針の供養かな
(1046)  
鶺鴒の歩き出て来る菊日和
(1047)  
初富士に往来の人や富士見町
(1048)  
こと古りし招魂祭の曲馬団
(1049)  
脱ぎ懸けし帷子月のおばしまに
(1050)  
酒沸いて小鳥焼けたり山は晴
(1051)  
くきくきと折れ曲りけり蛍草
(1052)  
鶲鳥はなやかならず赤きかな
(1053)  
打ち止めて膝に鼓や秋の暮
(1054)  
草の戸の開いて洩る灯や鬼やらひ
(1055)  
春の灯のつらなる廊下人も来ず
(1056)  
水仙の途絶えて花をつゞけゝり
(1057)  
毛布あり母のごとくにあたたかし
(1058)  
二つづゝ放り出しけり早苗束
(1059)  
芋の露姥子の宿ははや寝たり
(1060)  
干柿もおひ/\甘き炬燵かな
(1061)  
懸崖に色鳥こぼれかかりたる
(1062)  
高原の薄みぢかき良夜かな
(1063)  
恋猫やからくれなゐの紐をひき
(1064)  
武蔵野女子大生徒と百花園に遊ぶ
(1065)  
鈴虫は鳴きやすむなり虫時雨
(1066)  
松蟲にささで寝る戸や城ケ島
(1067)  
如月の山に遊べば杉の花
(1068)  
家家の枯菊捨てぬ滑川
(1069)  
箱庭の人に大きな露の玉
(1070)  
綺羅星は私語し雪嶺これを聴く
(1071)  
狐火の減る火ばかりとなりにけり
(1072)  
三つ並ぶ大きな窓や牡丹雪
(1073)  
早苗田にあやめ立ち添ふ業平忌
(1074)  
これよりの百日草の花一つ
(1075)  
かず/\の物芽の貴賤おのづから
(1076)  
大木にしてみんなみに片紅葉
(1077)  
山々を統べて富士ある良夜かな
(1078)  
焼れある蘆原踏めば水の湧く
(1079)  
往きつ来つ目白遊べり二タ椿
(1080)  
雪満目温泉を出し女燃えかがやき
(1081)  
餅花や捨んとしつゝ美しき
(1082)  
屋根々々の雪消日和の煙出し
(1083)  
尼寺の畳の上の花御堂
(1084)  
冬浜や浪に途切れし轍あと
(1085)  
外の面より煙這入り来秋の風
(1086)  
甘草や昨日の花の枯れ添へる
(1087)  
蛇苺鎖大師へ詣でけり
(1088)  
飾られてクリスマス待つホテルかな
(1089)  
片蔭の宿へ入り来し木曽路かな
(1090)  
ひろ/\と桃畑あり松の中
(1091)  
寒餅を搗かん搗かんとおもひつつ
(1092)  
きびきびと応ふる寒に入りにけり
(1093)  
藺を伝ひ生るる蜻蛉に水鏡
(1094)  
花人の皆出し園を閉しけり
(1095)  
掛けてある砧の衣の唯白し
(1096)  
宿とりて欄に凭りたる紅葉かな
(1097)  
藻の花に紛れ現れ泛子小さし
(1098)  
通り雨踊り通して晴れにけり
(1099)  
粟畑のあたり明るし山の裾
(1100)  
蟹提げて人霙れ来る三国かな
(1101)  
山代の雪に雨降る夜番かな
(1102)  
葱畑のけはしき月に戻りけり
(1103)  
杵肩に餅つきにゆく畦伝ひ
(1104)  
胼の手に何物も触るゝ事なかれ
(1105)  
秋草のもの芽ながらもおのがじゝ
(1106)  
月明の道あり川ともつれつつ
(1107)  
早苗束膝に当てゝはくゝりけり
(1108)  
秋扇や生れながらに能役者
(1109)  
芦原を焼払ひたる水とびとび
(1110)  
かへるでの花の紅さの光琳忌
(1111)  
谷かげに菊の黄色きみ寺かな
(1112)  
釣堀やみな日焼けたる釣なじみ
(1113)  
孜々として皆いそしめる菊の虻
(1114)  
大磯はすたれし避暑地土用浪
(1115)  
冬山の我を厭ひて黙したる
(1116)  
セルを着て遊びにゆくや東京ヘ
(1117)  
広前や降り舞ふ雪のおほどかに
(1118)  
猫の毛のエレキ蓄ふ小春かな
(1119)  
蜜蜂の出で入り出で入る巣箱古り
(1120)  
くつがえる蓮の葉水を打すくひ
(1121)  
睡蓮や鯉の分けゆく花二つ
(1122)  
薮に立つ欅三本鵙の秋
(1123)  
めりがちの鼓締め打つ花の雨
(1124)  
三つ落つる筧の音の夜長かな
(1125)  
木に凭りてみな/\を見る紅葉かな
(1126)  
走りゆく芝火の彼方枝垂梅
(1127)  
鍬音の露けき谷戸へ這入り来し
(1128)  
玩具など好きな主や午の春
(1129)  
春雷やぽたりぽたりと落椿
(1130)  
道缺けて淵見せてゐる紅葉かな
(1131)  
眠り薬利く夜利かぬ夜猫の恋
(1132)  
濯ぎ場のゆふべ濡れゐて桐の花
(1133)  
春潮の彼處に怒り此處に笑む
(1134)  
餅搗の水呑みこぼす顎かな
(1135)  
このわたの桶の乗りゐる父の膳
(1136)  
砂日傘びよう/\と鳴る下に在り
(1137)  
下萌の園の床几に添乳かな
(1138)  
暮れてゐるおのれ一人か破蓮
(1139)  
早春の牡丹畑を廻りけり
(1140)  
木犀に朝の蔀を上げにけり
(1141)  
ガラス戸に顔押しあてゝ雨月かな
(1142)  
虹の中人歩き来る青田かな
(1143)  
我去れば鶏頭も去りゆきにけり
(1144)  
うす黒き蛾おびたゞし葛の花
(1145)  
夏桑に破れすたれし飼屋かな
(1146)  
花辛夷人なつかしく咲きにけり
(1147)  
鉄塔の一脚に触れ螢草
(1148)  
借りし書の返しがたなく春隣
(1149)  
彼の森へこぼるゝ見ゆる渡鳥
(1150)  
凧の影走り現る雪の上
(1151)  
南縁の焦げんばかりの菊日和
(1152)  
門川の氷りたるより音もなし
(1153)  
能始着たる面は弥勒打
(1154)  
秋晴や歩をゆるめつゝ園に入る
(1155)  
句に入りて歌は忘れつ西行忌
(1156)  
螢籠飛ぶ火落つる火にぎやかに
(1157)  
炭竈に日行き月行く峡の空
(1158)  
舞まうて面なや我も年忘れ
(1159)  
そこはかと禰宜の起居や軒紅葉
(1160)  
山々を覆ひし葛や星月夜
(1161)  
椿落ちて水にひろごる花粉かな
(1162)  
磐石に乗つかけてあり小鳥小屋
(1163)  
木曽川の出水見んとて著たる蓑
(1164)  
尋めくれば山葵咲くあり沢ひそか
(1165)  
甘草の咲き添ふ石の野中めき
(1166)  
真つ白き障子の中に春を待つ
(1167)  
座敷には鼓出されて花に月
(1168)  
ふるさとに暫し寄す身や下萌ゆる
(1169)  
木屏風を引きかこひたる大炉かな
(1170)  
暮遅し白子は白く干し上り
(1171)  
外濠へ落つ公園の秋の水
(1172)  
硝子戸の晴るる日曇る日さくら草
(1173)  
俳席の次にはんべる夜長かな
(1174)  
向日葵の葉の真黒に焦げたるも
(1175)  
枯枝の吹き落つ響藪にあり
(1176)  
屏風絵の鞴祭の絵解など
(1177)  
春月の病めるが如く黄なるかな
(1178)  
古都の上にさしわたりたる雨月かな
(1179)  
ゆたかなる苗代水の門辺かな
(1180)  
幹高く大緑蔭を支へたり
(1181)  
徂く春の卒塔婆小町を観し疲れ
(1182)  
身辺や年暮れんとす些事大事
(1183)  
北浦のきらめく風や蓮根掘
(1184)  
からめ手の木曾川へ落つ露の径
(1185)  
風鈴や移り住たる夕心
(1186)  
虚子庵のいつもの部屋やお元日
(1187)  
出てゆきし湖舟を追うて秋時雨
(1188)  
麦打の遠くの音の眠たけれ
(1189)  
風花の華やかに舞ひ町淋し
(1190)  
芥子咲けばまぬかれがたく病みにけり
(1191)  
午過の花閉ぢかゝる犬ふぐり
(1192)  
牡丹に垂れし帷の重さかな
(1193)  
西行忌我に出家のこころなし
(1194)  
飯食に汚れし炉辺や草の宿
(1195)  
着膨れし体内深く胃痛む
(1196)  
濡れてゐる朴に月あり小夜時雨
(1197)  
山眠り激流国を分ちたる
(1198)  
朴の葉の高く残りて時雨れけり
(1199)  
それぞれの座布団もつて鳥屋を見に
(1200)  
鯊釣や片手に蘆をとらへつゝ
(1201)  
神垣の内の別墅や年の暮
(1202)  
海苔舟を松の木の間に海晏寺
(1203)  
踊見し木曾の夜霧に中り病む
(1204)  
秋簾木の間に吊りて野点かな
(1205)  
白菊の枯るるがままに掃き清む
(1206)  
箱庭とまことの庭と暮れゆきぬ
(1207)  
炭ひけば寒さに向ふ思かな
(1208)  
蟲時雨銀河いよいよ撓んだり
(1209)  
小鳥焼く火も一ツ角に大炉かな





2019-01-29 (Tue)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その1)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その1)

日野草城の忌日なので、ネット上の俳句を集めてみた。 色々物議を呼び起こした草城がどんな俳句の世界に居たのかは、彼の句をできる限り多く読まねば結論は出せない。 「ミヤコホテル」連作は、今の世の中では、さしてエロチックではないが、女性にまつわることを多く詠んでることは確かだ。 (1)         貧厨や葉先枯れたる葱一把 (2)       ...

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日野草城の忌日なので、ネット上の俳句を集めてみた。

色々物議を呼び起こした草城がどんな俳句の世界に居たのかは、彼の句をできる限り多く読まねば結論は出せない。

「ミヤコホテル」連作は、今の世の中では、さしてエロチックではないが、女性にまつわることを多く詠んでることは確かだ。




(1)         貧厨や葉先枯れたる葱一把
(2)         夏蒲団ふわりとかかる骨の上
(3)         やはらかきものはくちびる五月闇
(4)         玉子酒おのが眉目に慊らぬ
(5)         古妻の寒紅をさす一事かな
(6)         肋骨を愛すつれづれなる手以て
(7)         二三尾のあちこちすなる諸子かな
(8)         はつたいの日向臭きをくらひけり
(9)         星移り物変りどてら古びけり
(10)       落ち来るは久米の仙人春の雲
(11)       夫人嬋娟として七人の敵を持つ
(12)       青ふくべ一つは月にさらされて
(13)       みづみづしセロリを噛めば夏匂ふ
(14)       ネクタイを三本買ひて心富む
(15)       春眠や鍵穴つぶす鍵さして
(16)       火の色の透りそめたる潤目鰯かな
(17)       冬薔薇の咲くほかはなく咲きにけり
(18)       泳ぎゐるかんばせかたきをとめかな
(19)       露涼し洗はぬ顔の妻や子や
(20)       をみなとはかゝるものかも春の闇
(21)       夏の雨きらりきらりと降りはじむ
(22)       かさなりて眠る山より高野川
(23)       鼻の穴すずしく睡る女かな
(24)       銃斜に負うて猟夫の優男
(25)       あはれあはれゆまりくそまる仰に臥し
(26)       ぼうたんの暮るる始終を見て去りぬ
(27)       暮れそめてはったと暮れぬ秋の暮
(28)       妻の留守ひとりの咳をしつくしぬ
(29)       学問の胡坐の膝の子猫かな
(30)       初花の水にうつろふほどもなき
(31)       かいつぶりさびしくなればくぐりけり
(32)       西塔残花に在り東塔は新緑に
(33)       こひゞとを待ちあぐむらし闘魚の辺
(34)       月明や沖にかゝれるコレラ船
(35)       苑日々に草深うなる鹿の子かな
(36)       薫風や素足かがやく女かな
(37)       なにがなしたのしきこころ九月来ぬ
(38)       はたゝ神七浦かけて響みけり
(39)       夏の灯の動くことなき田舎かな
(40)       冷房の鋼鉄の扉のしまる音
(41)       春の夜や檸檬に触るる鼻のさき
(42)       炭の香や嬌やぎそむる吾子の指
(43)       アイリスを見ゆる一眼にて愛す
(44)       コルト睡ぬロリガンにほふ乳房の蔭
(45)       冬椿乏しき花を落しけり
(46)       日のあたる紙屑籠や冬ごもり
(47)       うららかに妻のあくびや壬生念仏
(48)       葉牡丹のいとけなき葉は抱き合ふ
(49)       揚泥の乾く匂ひの薄暑かな
(50)       雪晴れの朝餉の酢茎噛みにけり
(51)       ペリカンの餌の寒鮒の泳ぐなり
(52)       宵月や霜ほど降りて春の雪
(53)       初蚊帳のしみ~青き逢瀬かな
(54)       冬の蠅しづかなりわが膚を踏み
(55)       一茎の白あやめなりいさぎよき
(56)       去来忌や旦暮に存す嵐山
(57)       夕空に寂しく咲ける桜かな
(58)       ひとくきの白あやめなりいさぎよき
(59)       更けて焼く餅の匂や松の内
(60)       心臓を意識してをり霜凝る夜
(61)       秋の雲太虚の風に乗りにけり
(62)       わがホ句にせめて野薔薇の香もあれな
(63)       舌に載せてさくらんぼうを愛しけり
(64)       大前に松のみどりは長けつくしぬ
(65)       妻の蚊張しづかに垂れて次の間に
(66)       月さしてむらさき煙る葡萄かな
(67)       春の雲ながめてをればうごきけり
(68)       あげしほの青蘆のそよぎありそめぬ
(69)       早寝して夢いろいろや冬籠
(70)       美しき人を見かけぬ春浅き
(71)       うら若き妻ほほづきをならしけり
(72)       臥生活の四肢たひらかに年暮るる
(73)       暖かや魔の来てふとる乳房双つ
(74)       白玉の雫を切って盛りにけり
(75)       日の当る紙屑籠や冬ごもり
(76)       いっぽんの燐寸の燃やす火のいみじき
(77)       鈴虫の一ぴき十銭高しと妻いふ
(78)       かりそめに衣たるモデルの夜食かな
(79)       不平有らば壁に擲て寒林檎
(80)       郵便の来てをりし門の寒日和
(81)       潮風に吹かれたかぶり夏羽織
(82)       うらゝかな朝の焼麺麭はづかしく
(83)       焼藷や月の叡山如意ケ嶽
(84)       寄鍋や打ち込みし妓のうす情
(85)       手袋をぬぐ手ながむる逢瀬かな
(86)       これやこの珍(うづ)のバナヽをそろそろ剥く
(87)       東京の雪柔かし忌 中田みなみ
(88)       肋間の神経の疼き紫に
(89)       グラヂオラス妻は愛憎鮮烈に
(90)       春蘭や耳にかよふは竹の雨
(91)       夜半の春なほ処女なる妻と居りぬ
(92)       かゞまりて水皺したしき泉かな
(93)       枯草にラグビーの血の乾かざる
(94)       じやんけんの白き拳や花衣
(95)       洗はれて紅奕奕(えいえい)とさつまいも
(96)       咳き入りて身のぬくもりし夜寒かな
(97)       遠野火や寂しき友と手をつなぐ
(98)       妻も覚めてすこし話や夜半の春
(99)       春服や三十年のひとりもの
(100)     大寒やしづかにけむる茶碗蒸
(101)     物の種にぎればいのちひしめける
(102)     山茶花やいくさに敗れたる国の
(103)     望の夜もともしび明く病みにけり
(104)     忽ちに食ひし寒餅五六片
(105)     白シヨールすこしよごれて温かき
(106)     熱燗に応へて鳴くや腹の虫
(107)     親猫はずつしり重し冬ごもり
(108)     うららかなけふのいのちを愛しけり
(109)     門灯の低く灯りぬ秋出水
(110)     先生はふるさとの山風薫る
(111)     衰へしいのちを張れば冴返る
(112)     顔見世の前景気とはなりにけり
(113)     秋団扇四五本ありて用ふなし
(114)     両断の西瓜たふるる東西に
(115)     牡蠣船や静かに居れば波の音
(116)     懐にボーナスありて談笑す
(117)     蕭々と天の川より風来る
(118)     霜を踏む草鞋の藁の新しき
(119)     砂山をのぼりくだりや星月夜
(120)     秋の道日かげに入りて日に出でて
(121)     青嵐の到ると見ゆる遠樹かな
(122)     更けわたる草木の風に端居かな
(123)     庭古りて日にけに落つる木の実かな
(124)     暖房に居て戦話聴く勿体なし
(125)     末枯や身に百千の注射痕
(126)     青みかん青きころもをはがしけり
(127)     大服茶やひとのなさけにながらへて
(128)     ふりあふぐ黒きひとみやしやぼん玉
(129)     新涼やさらりと乾く足の裏
(130)     ぼうたんのいのちのきはとみゆるなり
(131)     かはせみや水つきかゝるふくらはぎ
(132)     珈琲や夏のゆふぐれながかりき
(133)     初日影焦都大阪市を照らす
(134)     人妻となりて暮春の襷かな
(135)     もろともにあからさまなり青芝に
(136)     濃かにしてしづかなる今年竹
(137)     夕影の青芝踏みて鶴涼し
(138)     秋深き大和に雨を聴く夜かな
(139)     仰向に神の眠りをねむりたり
(140)     妻の額に春の曙はやかりき
(141)     うつぜみをとればこぼれぬ松の膚
(142)     行水の女に灯す簾越し
(143)     かりがねや閨の灯を消す静心
(144)     空に浮き子は国見せずわが眼を視る
(145)     ふけわたる草木の風に端居かな
(146)     笹鳴や手沢出でたる桐火鉢
(147)     枯るるもの青むもの日のしづけさに
(148)     櫨の実のしづかに枯れてをりにけり
(149)     妻が持つ薊の棘を手に感ず
(150)     見えぬ目の方の眼鏡の玉も拭く
(151)     雪消道ゆふまぎれつゝはてもなし
(152)     夏羽織皺見ぐるしく旅終る
(153)     病むわれに妻の観月短かけれ
(154)     アネモネやひとりのお茶のしづごころ
(155)     水洟のとめどもなうて味気なや
(156)     湯ぼてりのなほあまねくてスキー見る
(157)     恋ごころわが子にありや初雲雀
(158)     棕梠咲けりじわりじわりと蝉なける
(159)     平凡に咲ける朝顔の花を愛す
(160)     みづうみの水のつめたき花野かな
(161)     春雨や思ひ沈めばとめどなき
(162)     仰向けの口中へ屠蘇たらさるる
(163)     短日や天のー角あをあをと
(164)     もてあそぶ火のうつくしき時雨かな
(165)     焚火屑珍の珊瑚に紛ふあり
(166)     ナプキンの糊のこわさよ避暑の荘
(167)     雪はれの朝餉の酸茎噛みにけり
(168)     ませ垣に遠き灯のさす無月かな
(169)     何か愉し年終る夜の熱き湯に
(170)     読初の主人編初の主婦と言はず
(171)     舌端に触れて余寒の林檎かな
(172)     病めばものゝはかなき草も末枯るゝ
(173)     冬の蝿しづかなりわが膚を踏み
(174)     肌寒や小鍛冶の店に刃物買ふ
(175)     昼も臥て若き日遠し草茂る
(176)     おぼろ夜や浮名立ちたる刺青師
(177)     半世紀生き堪へにけり汗を拭く
(178)     三伏や見ゆる一眼大切に
(179)     夜長寝てその後の雁は知らざりき
(180)     一雨に濡れたる草の紅葉かな
(181)     古妻の懐炉臭きをうとみけり
(182)     じやがいもの花のさかりのゆふまぐれ
(183)     白露や竹を流れてとどまらず
(184)     仰臥して仰臥漫録の著者を弔ふ
(185)     あまえたきこころしみみに桃の雨
(186)     馴鮓の飯の白妙啖ひけり
(187)     既にして夜桜となる篝かな
(188)     裹まざる骨にさはりぬ戦友を抱き
(189)     まなじりに翻りて白し夏の蝶
(190)     葉を重ね重ねて暮るる若楓
(191)     印影の朱のあざやかに事務始
(192)     忘れねばわすれな草も培はず
(193)     板塀の応ふ音佳し水を打つ
(194)     初空や一片の雲燿きて
(195)     寒菊やころがり侘びて石一つ
(196)     薔薇色のあくびを一つ烏猫
(197)     梨をむく音のさびしく霧降れり
(198)     しろがねの刃のためらはぬメロンかな
(199)     初蝉や昼餉にほはす邑の家
(200)     鈴虫のひげをふりつつ買はれける
(201)     夕冷えや切石に置くをみなへし
(202)     息白き吾子に別れの手を挙ぐる
(203)     不知火に酔余の盞を擲たん
(204)     蚊火の妻二日居ぬ子を既に待つ
(205)     夕空のたのしさ水にうつる雲
(206)     瀬がしらのひょいひょい白し春の水
(207)     春の蚊のひとたび過ぎし眉の上
(208)     たましひのさびしくいぶる蚊遣かな
(209)     新しき秩序秋日を照り返す
(210)     定家忌や巾幗秀歌なかんづく
(211)     をさなごのひとさしゆびにかかる虹
(212)     霽れ際の明るき雨や苗代田
(213)     よろよろと枯れたる蓮に霙れけり
(214)     高吹いて麦笛青し美少年
(215)     ぽんかんのあまあまと春立ちにけり
(216)     わが受くる紙幣は瞬く間に数ふ
(217)     あぶらとり一枚もらふ薄暑かな
(218)     刺青(ほりもの)に通ふ女や花ぐもり
(219)     八月やはつはつ鳴ける朝の蝉
(220)     足もとに大阪眠る露台かな
(221)     赤蜻蛉まなかひに来て浮び澄む
(222)     妻子を担ふ片眼片肺枯手足
(223)     つれづれの手の美しき火桶かな
(224)     ゆきずりにみつけてうれし帰り花
(225)     淡雪やかりそめにさす女傘
(226)     春の宵妻のゆあみの音きこゆ
(227)     いろいろに扇子弄れど言ひ憎し
(228)     思ふこと多ければ咳しげく出づ
(229)     望の月わがしはぶきも照らさるる
(230)     袖ぐちのあやなる鼓初かな
(231)     青柳に雨の降り倦むけしきかな
(232)     船の名の月に讀まるる港かな
(233)     脈々と寒き血潮のたかぶりつ
(234)     心太煙のごとく沈みをり
(235)     春日野や夕づけるみな花馬酔木
(236)     蹇の妻の晴着や針供養
(237)     水かへて水仙影を正しけり
(238)     酔ざめの水のうまさよちゝろ虫
(239)     蝿ひとつ夜深き薔薇に逡巡す
(240)     秋の夜や紅茶をくゞる銀の匙
(241)     おしろいのはげし女給の四月馬鹿
(242)     四つの花四方へ開きてアマリリス
(243)     くれなゐをみどりを籠めて花氷
(244)     天瓜粉ところきらはず打たれけり
(245)     家ダニのことより言はず寝覚の妻
(246)     鶴咳きに咳く白雲にとりすがり
(247)     寒の闇煩悩とろりとろりと燃ゆ
(248)     薄暑なり葱坊主見てせうべんす
(249)     露けさやをさなきものの縷々の言
(250)     青メロン運ばるゝより香に立ちぬ
(251)     乾鮭の鱗も枯れて月日かな
(252)     砂山に泳がぬ妹の日傘見ゆ
(253)     島庁や訴人もなくて花芭蕉
(254)     明易き夜の夢にみしものを羞づ
(255)     火の色やけふにはじまる十二月
(256)     白粥のうす塩味や暑気中り
(257)     子のグリコーつもらうて炎天下
(258)     星屑や鬱然として夜の新樹
(259)     水栓をひねる即ち春の水
(260)     人酔うて浴衣いよいよ白妙に
(261)     薔薇色の肺に外套を黒く着る
(262)     爽やかに山近寄せよ遠眼鏡
(263)     茶を飲むのみ北の涯より来し友と
(264)     末法の甘茶を灌ぎたてまつる
(265)     重ね着や栄枯盛衰みな遠く
(266)     花御堂もろびと散りて暮れ給ふ
(267)     こほろぎや右の肺葉穴だらけ
(268)     愁ひつゝ坐る花茣蓙はなやかに
(269)     国原や到るところの菊日和
(270)     平凡な日々のある日のきのこ飯
(271)     健康な妻を心の妻として
(272)     滴りのはげしく幽きところかな
(273)     伊勢ゑびにしろがねの刃のすゞしさよ
(274)     満月の照りまさりつつ花の上
(275)     かくれもあらず湯の澄に
(276)     炉開いてとみに冬めく畳かな
(277)     瓜揉や相透く縁のうすみどり
(278)     うちつけに芭蕉の雨の聞えけり
(279)     大川のいつもの濁り水の秋
(280)     ちちろ虫女体の記憶よみがへる
(281)     青々と夕空澄みて残暑かな
(282)     佐保姫の梢を渉る落花かな
(283)     小ひさ妻ちさき手合はせ観世音
(284)     棕梠の葉を打つ雨粗し簟
(285)     醜男ども手鉤な打ちそ桜鯛
(286)     竿竹を買ふや初蝶日和にて
(287)     栗飯のまつたき栗にめぐりあふ
(288)     湯豆腐や隣は更くる太融寺
(289)     のぼせたる女の顔や年の市
(290)     けふよりの妻と来て泊つる春の宵
(291)     子よ革靴は父の俸給より高き
(292)     あをうみの暁はやき避寒かな
(293)     腕白う伸べて春眠覚めやらぬ
(294)     虫売や軽く担うて小刻みに
(295)     朝月の萩むらを立つ雀かな
(296)     をとめ今たべし蜜柑の香をまとひ
(297)     青蛙ちまちまとゐる三五匹
(298)     子猫ねむしつまみ上げられても眠る
(299)     猫の恋老松町も更けにけり
(300)     わが原始風に触れつゝかくれなし

2019-01-29 (Tue)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その2)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その2)

(301)     清貧の閑居矢車草ひらく (302)     秋風や子無き乳房に緊く着る (303)     食べさせてもらふ口あけ日脚伸ぶ (304)     うしみつや音に出でたる寒の雨 (305)     篁を染めて春の日しづみけり (306)     移り香の衿になほあり胡瓜漬 (307)     セロリの香春もゆふべ...

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(301)     清貧の閑居矢車草ひらく
(302)     秋風や子無き乳房に緊く着る
(303)     食べさせてもらふ口あけ日脚伸ぶ
(304)     うしみつや音に出でたる寒の雨
(305)     篁を染めて春の日しづみけり
(306)     移り香の衿になほあり胡瓜漬
(307)     セロリの香春もゆふべは肌寒き
(308)     青萱の雨のはげしくなりにけり
(309)     名聞をうとみて大炉開きけり
(310)     痛快に芭蕉裂けたる野分かな
(311)     松風に誘はれて鳴く蝉一つ
(312)     全身を妻に洗うてもらひけり
(313)     朝寒や歯磨匂ふ妻の口
(314)     紀元二千六百年われ四十になりぬ
(315)     博覧のひろき額や灯取虫
(316)     ふるさとの山も見飽きぬ炉を塞ぐ
(317)     炉開いて美しき火を移しけり
(318)     春の夜のわれをよろこび歩きけり
(319)     淪落の底の安堵や秋袷
(320)     吹き落ちて松風さはる牡丹の芽
(321)     古傘に受くる卯の花腐しかな
(322)     疲れたる紙幣を共同募金とす
(323)     ぼうたんのひとつの花を見尽さず
(324)     稲刈つて飛鳥の道のさびしさよ
(325)     鳥居出てにはかに暗し火縄振る
(326)     岡惚で終りし恋や玉子酒
(327)     手をとめて春を惜しめりタイピスト
(328)     荒草の今は枯れつつ安らかに
(329)     たましひの寂しくいぶる蚊遣かな
(330)     女のわらはしくしく泣けり夕ざくら
(331)     ただ生きてゐるといふだけ秋日和
(332)     うらぶれて釣るや雨夜の九月蚊帳
(333)     うしなひしものをおもへり花ぐもり
(334)     蚊遣火の煙の末をながめけり
(335)     サイダーのうすきかをりや夜の秋
(336)     枕頭に柚子置けば秋の風到る
(337)     青楡の森の奥処へ自動車疾く
(338)     香を尋めて来て本犀の花ざかり
(339)     渋柿の色艶栄えてあはれなり
(340)     皮となる牛乳のおもてや朝ぐもり
(341)     枯菊やこまかき雨の夕まぐれ
(342)     煮る前の青唐辛子手に久し
(343)     女手に注連飾打つ音きこゆ
(344)     浅く浮いて沈みし魚や葉月潮
(345)     釈奠や誰が註古りし手沢本
(346)     春の夜や都踊はよういやさ
(347)     アダムめきイヴめき林檎噛めるあり
(348)     たましひの郷愁鳥は雲に入る
(349)     野鶉の籠に飼はれて鳴きにけり
(350)     裏山に人語きこゆる小春かな
(351)     モーニングなほ着たるあり事務始
(352)     夕潮の満ちわたりけり葭すゞめ
(353)     たましひのほとほとわびし昼寝覚
(354)     片山桃史死せりといふまことに死せりといふ
(355)     燃え出づるあちらこちらの花篝
(356)     月明くなりて水天わかれけり
(357)     特務兵バケツを提げて戦死せり
(358)     蟻地獄ほつりとありてまたありぬ
(359)     南風や化粧に洩れし耳の下
(360)     秋立つや一片耿々の志
(361)     晩年の子を鍾愛す天瓜粉
(362)     にほどりや野山の枯るゝ閑けさに
(363)     秋風やつまらぬ男をとこまへ
(364)     朝風や藪の中なる今年竹
(365)     ともに居て梨剥けば足る恋ごゝろ
(366)     颱風や痰のこそつく胸の奥
(367)     二三点雨の乾かぬセルの肩
(368)     友情のただ中にじつと眼をつむる
(369)     虫売の来て賑かな門辺かな
(370)     たわやめのあえかに酔ひぬお白酒
(371)     小机の閑日月や蘭の秋
(372)     新らしき褞袍を着るやクリスマス
(373)     たづさふる手のあたゝかき無月かな
(374)     失ひしものを憶へり花ぐもり
(375)     猫の子のつくづく視られなきにける
(376)     秋の灯のほつりほつりと京の端
(377)     どびろくや而も藩儒のなれのはて
(378)     ひなげしや妻ともつかで美しき
(379)     吉野川こゝにして鮎の瀬とたぎつ
(380)     万愚節妻の詐術のつたなしや
(381)     散りそめし京の桜にわかれかな
(382)     人血のあふれては乾く千里の麦
(383)     大晦日ねむたくなればねむりけり
(384)     うららかやうすよごれして足の裏
(385)     うらゝかや躑躅に落つる鶴の糞
(386)     きのこ飯ほこ~として盛られたる
(387)     みづうみのしづめるしぐれぐもりかな
(388)     冷房やをとこのわらふさへすゞし
(389)     水草生ふひとにわかれて江に来れば
(390)     タ焼や吾子の笑顔のよごれたる
(391)     女房の我慢の眉や二日灸
(392)     青き葉の添ふ橘の実の割かれ
(393)     人寝ぬと芭蕉の灯影消えにけり
(394)     撫肩のさびしかりけり二日灸
(395)     湯あがりの素顔したしく春の昼
(396)     夏ひばり微熱の午後の照り曇り
(397)     丸善を出て暮れにけり春の泥
(398)     舷をどたりと打つや冬の浪
(399)     うす茜ワインゼリーは溶くるがに
(400)     くろぐろと汗に溺るゝほくろかな
(401)     初紅葉はだへきよらに人病めり
(402)     干草に馭者寝て鞭を鳴らしけり
(403)     純毛の服をつくりてひそかに愧づ
(404)     ゆふぐれのしづかな雨や水草生ふ
(405)     しばらくは春草を見て夕かな
(406)     初蝉の樹のゆふばえのこまやかに
(407)     たかだかと雨意の木蓮崩れけり
(408)     牡丹や眠たき妻の横坐り
(409)     瀬がしらに触れむとしたる螢かな
(410)     冷蔵庫司厨の帽は横かぶり
(411)     日あたりてあはれなりけり寒牡丹
(412)     颱風のゐる天気図を怖れけり
(413)     印字機の既に喧し事務始
(414)     元朝や去年の火残る置炬燵
(415)     水道の水のはげしさ桜鯛
(416)     青雲と白雲と耀り麦の秋
(417)     日脚伸びいのちも伸ぶるごとくなり
(418)     紅菊の色なき露をこぼしけり
(419)     石鼎忌ありて師走は悲しけれ
(420)     肌ぬぎやをとめは乳をそびえしむ
(421)     あたたかき葱鮪の湯気やぶしやうひげ
(422)     枯蓮に雪のつもりし無慙かな
(423)     初雪や妓に借りし絵入傘
(424)     秋の昼妻の小留守をまもりけり
(425)     音羽山暮るゝ焚火のはなやかに
(426)     篁(たかむら)を染めて春の日しづみけり
(427)     雁聴くや更けし灯を守りゐて
(428)     春暁や人こそ知らね木々の雨
(429)     妻の手のいつもわが邊に胼きれて
(430)     ひとりさす眼ぐすり外れぬ法師蝉
(431)     カレエの香ふんぷんとして過労なり
(432)     潮干狩夫人はだしになり給ふ
(433)     如窓ケ岳を去らぬ雲影稲を刈る
(434)     ぼうたんの芽とあたゝかし日おもてに
(435)     高熱の鶴青空に漂へり
(436)     大芭蕉従容として枯れにけり
(437)     わがゆまる音のしづかに年暮るる
(438)     玻璃盞の相触れて鳴る星月夜
(439)     春の夜の自動拳銃夫人の手に狎るゝ
(440)     ばりばりと附録双六ひろげけり
(441)     初雪の忽ち松に積りけり
(442)     すずらんのりりりりりりと風に在り
(443)     曾根崎の昼闌けにけり春の泥
(444)     梅雨寒の昼風呂ながき夫人かな
(445)     青む芝少年少女影と馳す
(446)     ものの種にぎればいのちひしめける
(447)     枕辺に賀状東西南北より
(448)     身のまはり更けてきこゆる秋の水
(449)     冷酒に澄む二三字や猪口の底
(450)     サイネリヤ花たけなはに事務倦みぬ
(451)     きりぎりす鳴かねば青さまさりける
(452)     試歩たのし厨の妻に逢ひにゆく
(453)     夏氷掻くや白雪にはかなる
(454)     友去りて灰も寂しき火桶かな
(455)     さるほどに空はつきしろ青き踏む
(456)     智恵詣嵯峨へまはりて疲れけり
(457)     宝恵駕の妓のまなざしの来てゐたる
(458)     黒髪を梳くや芙蓉の花の蔭
(459)     永き日や何の奇もなき妻の顔
(460)     わが臍を襲ひし蚤を誅しけり
(461)     冬日射わが朝刊にあまねしや
(462)     寝ねがてにしてをれば蝿にとまらるる
(463)     雪の窓メロンの緑レモンの黄
(464)     大阪の船場の庭の牡丹かな
(465)     ひそやかに茗荷花咲く旱かな
(466)     一人子と閑かに住めり松飾
(467)     朝寒や白粥うまき病上り
(468)     病褥に四肢を横たへ離職せり
(469)     国敗れ入倦みて年新たなる
(470)     春の昼遠松風のきこえけり
(471)     永劫の如し秋夜を点滴す
(472)     萩の葉のこまごまと雨冷えにけり
(473)     踏青や心まどへる恋二つ
(474)     枕辺へ賀状東西南北より
(475)     沖の島夏霞して晴れにけり
(476)     晩涼や朶雲明るく比叡憂鬱
(477)     日あたりてまことに寂し返り花
(478)     凍雲のしづかに移る吉野かな
(479)     踏みわたる余寒の苔の深みどり
(480)     望月の照らしに照らす道の上
(481)     夏の蝶仰いで空に摶たれけり
(482)     十六夜やしゆびんかがやく縁の端
(483)     昼の夢をはりてもなほ秋日和
(484)     蕎麦がきやラジオ畢れば頓に更く
(485)     椎の実のはすかいに飛ぶ嵐かな
(486)     山房も秋なめり主ゐぬまゝに
(487)     かくれんぼさびしくなりし木の芽かな
(488)     桃トマト小冷蔵庫なれど冷ゆ
(489)     山吹にかはたれの雨しぶきけり
(490)     一点が懐炉で熱し季節風
(491)     数の子に父祖の白歯もひゞきけむ
(492)     脱ぎ捨ての羽衣ばかり砂日傘
(493)     春愁に堪ふる面輪に灯りけり
(494)     灯ともりて蚕屋のまたある木の間かな
(495)     筐底の暗きに沈む紙魚の銀
(496)     七月や既にたのしき草の丈
(497)     ボーナスを貰ひて青き芝を買ひぬ
(498)     寒稽古青き畳に擲(なげう)たる
(499)     重ね着の中に女のはだかあり
(500)     聖(きよ)くゐる真夜のふたりやさくらんぼ
(501)     春寒や竹の中なるかぐや姫
(502)     夕明り水輪のみゆる泉かな
(503)     榾の火にとろりと酔ひし眼かな
(504)     紅つつじ花満ちて葉はかくれけり
(505)     わぎもこのはだのつめたき土用かな
(506)     をなごらもどてら着ぶくれさみだるゝ
(507)     宵闇に臥て金星に見まもらる
(508)     汐干狩夫人はだしになりたまふ
(509)     酌下手の妻を呵(しか)るや年忘
(510)     冬ざれて枯野へつづく妻の乎か
(511)     秋冷の瀬音いよ~響きけり
(512)     茗荷汁ほろりと苦し風の暮
(513)     むらがりていよいよ寂しひがんばな
(514)     霜白し妻の怒りはしづかなれど
(515)     わびしさに湛へず野を焼く男かな
(516)     わが葉月世を疎めども故はなし
(517)     豊臣の大きな桜枯れにけり
(518)     古びたる船板に置く海鼠かな
(519)     冬日和誓子が近くなりにけり
(520)     玉霰竹に当つて竹青し
(521)     残菊のなほはなやかにしぐれけり
(522)     建ちてまだ住まぬ一棟稲の秋
(523)     ひと拗ねてものいはず白き薔薇となる
(524)     雪の夜の紅茶の色を愛しけり
(525)     御扉にふとも日のさす暮雪かな
(526)     寒梅や痛きばかりに月冴えて
(527)     春いまだほろりほろりと友逝きぬ
(528)     纒ふ蚊の一つを遂に屠り得し
(529)     脱ぎ棄つるこゝろたぬしく畏みぬ
(530)     労咳の宝くじ買ふことをやめず
(531)     浴後裸婦らんまんとしてけむらへり
(532)     樫の葉や花より移す目に青き
(533)     佳きひとの髪を結はざる避寒かな
(534)     冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな
(535)     山羊の乳くれたる人の前にて飲む
(536)     屠蘇重し軽き朱金の酒杯に
(537)     降られゐて牛おとなしや秋桜
(538)     強き灯の照らすところの紅葉かな
(539)     いなづまにまばたきしたる枯木達
(540)     青梅をちぎりて持ちて湯の道を
(541)     ラグビーや敵の汗に触れて組む
(542)     春光や白髪ふえたる父と会ふ
(543)     銀漢やごとりごとりと牛車
(544)     つれ~の手のうつくしき火桶かな
(545)     年逝くとかくしどころを洗ひけり
(546)     稗蒔の嵐及べり洗ひ髪
(547)     樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ
(548)     まぼろしの群裸は白き焔と燃ゆる
(549)     雷に怯えて長き睫かな
(550)     闇市に牛馬の屍肉凍てにけり
(551)     日おもてにあればはなやか冬紅葉
(552)     雨意やがて新樹にひそと降りいでし
(553)     秋の夜の洋妾往けり肩低く
(554)     伎芸天在しまさねども春さりぬ
(555)     妻の留守妻の常着を眺めけり
(556)     初春や眼鏡のままにうとうとと
(557)     天瓜粉打てばほのかに匂ひけり
(558)     わくら葉を指にひろへり長やまひ
(559)     京の端の北白川や寝正月
(560)     籐椅子の清閑に得し句一つ
(561)     わが船の水尾をながむる遅日かな
(562)     うとましく冷えてしまひぬ根深汁
(563)     寝白粉香に立ちにけり虎が雨
(564)     道暮れて右も左も刈田かな
(565)     心ここにあらねば焦げし酒の粕
(566)     われは仰向きちちろ虫は俯向きに
(567)     げぢげぢや風雨の夜の白襖
(568)     紅梅の咲いて初音とまをす宿
(569)     わが不眠石もねむれぬ夜と思ふ
(570)     初化粧すみし鏡に鬚を剃る
(571)     野分していよ~遠き入日かな
(572)     水晶の念珠つめたき大暑かな
(573)     秋の蚊のほのかに見えてなきにけり
(574)     聖くゐる真夜のふたりやさくらんぼ
(575)     初咳といへばめでたくきこえけり
(576)     痰壷をきよめることも年用意
(577)     桜鯛砂へ刎ねたるいさぎよさ
(578)     夕づゝのひかり親しむ露台かな
(579)     仏蘭西を話のたねの端居かな
(580)     初夢に見たり返らぬ日のことを
(581)     将相の面魂や菖蒲太刀
(582)     朝な朝な南瓜を撫しに出るばかり
(583)     咳の夜のわれを照らして秋螢
(584)     見舞客淋凛と酔へり夜の梅
(585)     白梅や日光高きところより
(586)     歳暮大売出京の田舎まで
(587)     雨だれや葭戸の中の灯しづか
(588)     風立ちぬ深き睡りの息づかひ
(589)     豌豆の煮えつゝ真玉なしにけり
(590)     とかげ迅し水泡音胸にはじけつつ
(591)     海光の一村鰯干しにけり
(592)     暮れそめてにはかに暮れぬ梅林
(593)     見ゆるかと坐れば見ゆる遠桜
(594)     津の海のしりぞきにけり汐干狩
(595)     瓜揉みや名もなき民の五十年
(596)     水無月の故国に入れば翠かな
(597)     宵浅し露台へのぼる靴の音
(598)     牡蛎船や静かに居れば波の音
(599)     秋の雨しづかに午前をはりけり

2019-01-29 (Tue)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その3)

2019/01/29 日野草城 俳句集成 (その3)

(600)     大阪市ぬくもりがほの冬日かな (601)     愛しコルト秘む必殺の弾丸を八つ (602)     もろ鳥の朝ごゑ懸巣殊に啼く (603)     すらすらと昇りて望の月ぞ照る (604)     桃が枝やひらき加はるけふの花 (605)     炭の香のたつばかりなりひとり居る (606)     にはか...

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(600)     大阪市ぬくもりがほの冬日かな
(601)     愛しコルト秘む必殺の弾丸を八つ
(602)     もろ鳥の朝ごゑ懸巣殊に啼く
(603)     すらすらと昇りて望の月ぞ照る
(604)     桃が枝やひらき加はるけふの花
(605)     炭の香のたつばかりなりひとり居る
(606)     にはかなる梅の嵐や春の雷
(607)     眼をとむるヒヤシンスあり事務の閑
(608)     星祭おのが色香を惜みけり
(609)     夕澄みて東山あり蚊柱に
(610)     畑打に風のかゞやく風日和
(611)     紅椿こゝだく散りてなほ咲けり
(612)     筍の掘り出だされてむつゝりと
(613)     歳晩や大原へ帰る梯子売
(614)     冬晴れや朝かと思ふ昼寝ざめ
(615)     枯柳条々として昼探し
(616)     まんなかにごろりとおはす寝釈迦かな
(617)     ころぶして地球の膚に触れたりき
(618)     青葡萄つきかげ来れば透きにけり
(619)     初鏡娘のあとに妻坐る
(620)     美しき五月の晴の日も病みて
(621)     しやぼん玉こゝらもとなくふくれけり
(622)     古き世のにほひのなかに子の稚なさ
(623)     行水の人髣髴と起ちにけり
(624)     中年の今や短き日を重ね
(625)     裸婦の図を見てをりいのちおとろへし
(626)     夏籠や畳にこぼすひとりごと
(627)     てのひらに載りし林檎の値を言はる
(628)     あさましく涸れたる川を眺めけり
(629)     元日やはげしき風もいさぎよき
(630)     寂しくばたらふく食しねむかご飯
(631)     朝顔やおもひを遂げしごとしぼむ
(632)     桂きひとの髪を結はざる避寒かな 火野
(633)     春蘭や香のかたちに香の灰
(634)     白き掌にコルト凛々として黒し
(635)     踏むまじき沙羅の落花のひとつふたつ
(636)     曼珠沙華南河内の明るさよ
(637)     えりあしのましろき妻と初詣
(638)     夏みかん骸となりて匂ひけり
(639)     佐保姫に召さるゝ妹のわかれかな
(640)     あけぼのゝ白き雨ふる木の芽かな
(641)     かたはらに鹿の来てゐるわらび餅
(642)     客あればすなはちもぐや庵の柿
(643)     一歩出てわが影を得し秋日和
(644)     揚泥の乾く匂も薄暑かな
(645)     明き灯に新酒の酔の発しけり
(646)     研ぎ上げし剃刀にほふ花曇
(647)     春愁や鏡に沈むおのが顔
(648)     朝の茶のかんばしく春立ちにけり
(649)     人知れぬ花いとなめる茗荷かな
(650)     藪入や寝ものがたりの夜半の雨
(651)     かじかめる俸給生活者の流
(652)     たわたわとして咲き倦める牡丹かな
(653)     藍浴衣着るとき肌にうつりけり
(654)     新緑やかぐろき幹につらぬかれ
(655)     春の灯や女は持たぬのどぼとけ
(656)     月繊く青楡の森暮れにけり
(657)     何もなき袂吹かるゝ扇風機
(658)     木の股に居てかんがへてゐるとかげ
(659)     死と隔つこと遠からず春の雪
(660)     晩霜や生ける屍が妻叱る
(661)     氷劫の如し秋夜を点滴す
(662)     紅蓮靄を払うてひらきけり
(663)     高きよりひらひら月の落葉かな
(664)     青麦の穂が暮るるなりしづかなり
(665)     魁然と金剛峯寺の切子灯籠かな
(666)     鶏頭を裂いても怒とゞまらず
(667)     漱石忌全集既に古びそむ
(668)     永き日や相触れし手は触れしまゝ
(669)     次の間に妻の客あり寝正月
(670)     十六夜や石にたぐひて亀の甲
(671)     ながながと骨が臥てゐる油照
(672)     天の月地に病めるわれ相対ふ
(673)     植込を移る日影や秋の庭
(674)     砧打二人となりし話声
(675)     弾初のをはりし指の閑かなる
(676)     ねもごろに義歯をみがくや初手水
(677)     夏痩も知らぬ女をにくみけり
(678)     切干やいのちの限り妻の恩
(679)     五六本無月の傘の用意あり
(680)     短夜の河のにほへりくらがりに
(681)     熱退きぬ空漠として黄の疲弊
(682)     手鏡に夕月がふと涼しけれ
(683)     便来ぬ片山桃史生きてゐたり
(684)     筍のまはりの土のやさしさよ
(685)     風邪の子の枕辺にゐてものがたり
(686)     木を割くや木にはらわたといふはなき
(687)     宵過ぎの雪となりけり年の市
(688)     熱風に麦なびく麦の青はげしき
(689)     纏ふ蚊の一つを遂に屠り得し
(690)     そもそもは都踊で見染めけり
(691)     大陸の黄塵を歯に噛みて征く
(692)     処女紙幣青し颯爽として軽く
(693)     穴惑水のほとりに居りにけり
(694)     弱りつゝ当りゐる日や冬の菊
(695)     旦よりしづかに眠り春深し
(696)     枕辺の春の灯は妻が消しぬ
(697)     店の灯の明るさに買ふ風邪薬
(698)     大愚蛤而して口を開きけり
(699)     冬の夜の湯槽の底を踏まへゐる
(700)     伝へ聞く友の栄華や日向ぼこ
(701)     白服や循吏折目を正しうす
(702)     生き得たる四十九年や胡瓜咲く
(703)     梅雨茫々生死いづれもままならず
(704)     新涼や女に習ふマンドリン
(705)     項根には雲を纒きたり粧ふ峰々
(706)     瑠璃天は固より照らふ紅梅も
(707)     穴惑水をわたりて失せにけり
(708)     古町の春色の濃きところかな
(709)     春の雪たわわに妻の誕生日
(710)     山海居冬を枯れざる樹々黝き
(711)     東の星の光やクリスマス
(712)     慴えゐる撫子に水太く打つ
(713)     人知れず暮るゝ軒端の釣荵
(714)     寒の水あをあをとして吉野川
(715)     新緑やうつくしかりしひとの老
(716)     菖蒲湯を出てかんばしき女かな
(717)     灯取虫浅夜の雨のひびきあり
(718)     夏立ちぬいつもそよげる樹の若葉
(719)     炎天に黒き喪章の蝶とべり
(720)     爽やかになればたのしきいのちかな
(721)     雷や縁に相寄る瓜二つ
(722)     おもかげのなほうるはしき赤痢かな
(723)     春愁を消せと賜ひしキス一つ
(724)     かはほりやさらしじゆばんのはだざはり
(725)     水蜜桃剥く手つき見る見るとなく
(726)     あとがけの痛き女や菌狩
(727)     男の子われ河豚に賭けたる命かな
(728)     遊歩杖あづかられ二科の階上ヘ
(729)     いそがしき妻も眠りぬ去年今年
(730)     初雪のたちまち松につもりけり
(731)     肌寒や妻の機嫌子の機嫌
(732)     寒灯や陶は磁よりもあたゝかく
(733)     東山はればれとあり地虫出づ
(734)     初飛行近畿立体地図の上
(735)     ほとゝぎす夕影深くなりにけり
(736)     後れ毛をふるはせて打つ砧かな
(737)     秋の夜の薄闇に逢うて異邦人
(738)     古妻の遠まなざしや暑気中り
(739)     亀の居て破れ蓮の水うごきけり
(740)     日の永くなりし摂津の国を瞰る
(741)     ところてん煙のごとく沈みをり
(742)     夏布団ふわりとかかる骨の上
(743)     花氷ねむき給仕に融け痩する
(744)     白銅貨はまんなかに穴あきて哀し
(745)     老紙幣疲れうらぶれくづほるゝ
(746)     少き子が獲て来し紙幣は眼に痛き
(747)     日あたりて覚めし女や秋の蚊帳
(748)     曇り日の花を木の間に棲めるかな
(749)     真夜さめて地震ぞふりゐきゆさりゆさり
(750)     鯖ずしのつめたかりける祭かな
(751)     夕月やひそかに咲ける寒椿
(752)     葬る時むくろの猫の鈴鳴りぬ
(753)     妻も覚めて二こと三こと夜半の春
(754)     灯の下にゐて月かげをおぼえをり
(755)     薔薇匂ふはじめての夜のしらみつゝ
(756)     冬紅葉照りながらへてさながらに
(757)     夜長の灯煌々として人在らず
(758)     眼を伏せてほくろが媚びるヒヤシンス
(759)     横目して明るき藪や竹の春
(760)     雨はれてふたゝび寒し根深汁
(761)     見てをれば心たのしき炭火かな
(762)     袖口のからくれなゐや新酒つぐ
(763)     可惜しき米ぞ子よ食みこぼすなよ
(764)     初潮に物を棄てたる娼家かな
(765)     井戸替のをはりし井戸を覗きけり
(766)     瑠璃盤となりて五月の海遠し
(767)     白粉ののらぬ汗疹となりにけり
(768)     塵取をこぼるゝ塵や秋の暮
(769)     秋の水浅く明らかに迅く流る
(770)     見てゐたる牡丹の花にさはりけり
(771)     蚊柱に夕空水のごときかな
(772)     うぐひすのこゑのさはりし寝顔かな
(773)     胼ぎ捨ての羽衣ばかり砂日傘
(774)     きさらぎや小夜のくだちのマンドリン
(775)     日盛りの土に寂しきおのが影
(776)     雪の声珈琲は重厚紅茶は軽快
(777)     摺えゐる撫子に水太く打つ
(778)     哀しさはわれ知る月に笑み給ヘ
(779)     サイダーやしじに泡だつ薄みどり
(780)     夕栄に起ちさゞめけり稲雀
(781)     冬の月寂寞として高きかな
(782)     詩書更けぬ身近に雪のつもる音
(783)     そのかみの恋女房や新豆腐
(784)     梶の葉やあはれに若き後の妻
(785)     十六夜や溲瓶かがやく縁の端
(786)     福寿草平均寿命延びにけり
(787)     牡蠣船の少し傾げる座敷かな
(788)     下闇や目睫に在る煙草の火
(789)     尋めて来し河鹿ぞなける水の綾
(790)     熱下りて桔梗まこと鮮しき
(791)     暖房や肩をかくさぬをとめらと
(792)     冬薔薇の咲いてしをれて人遠き
(793)     誰が妻とならむとすらむ春著の子
(794)     汽車の尾をなほ見送れり春シヨール
(795)     うちひらく傘の匂や夏の雨
(796)     七月のつめたきスープ澄み透り
(797)     二上山(ふたかみ)をみてをりいくさ果てしなり
(798)     粕汁に酔ひし瞼や庵の妻
(799)     筆硯に及べる喜雨のしぶきかな
(800)     菊見事死ぬときは出来るだけ楽に
(801)     甚平やすこしおでこで愛らしき
(802)     どろ~に酔うてしまひぬ年忘
(803)     きさらぎの薮にひびける早瀬かな
(804)     暮春の書に栞す宝くじの殻
(805)     羅の折目たしかに着たりけり
(806)     双六や屑目平凡にわが娘
(807)     柿を食ひをはるまでわれ幸福に
(808)     生きるとは死なぬことにてつゆけしや
(809)     筆擱けば真夜の白菊匂ひけり
(810)     のうぜんや真白き函の地震計
(811)     白酒や姉を酔はさんはかりごと
(812)     右眼には見えざる妻を左眼にて
(813)     深草の秋や艸山瑞光寺
(814)     闇にして地の刻移るちちろ虫
(815)     白々と女沈める柚子湯かな
(816)     嵩もなう解かれて涼し一重帯
(817)     霜月のかたつむりこときれてゐし
(818)     山水のひゞく紫白のあやめかな
(819)     桃史死ぬ勿れ俳句は出来ずともよし
(820)     うららかや猫にものいふ妻のこゑ
(821)     夜長し妻の疑惑を釈かずに措く
(822)     夏の闇高熱のわれ発光す
(823)     木瓜の花紅し物慾断ちがたし
(824)     皓々と泰山木のけさの花
(825)     散るのみの紅葉となりぬ嵐山
(826)     初霜やひとりの咳はおのれ聴く
(827)     湯ざめして君のくさめや十三夜
(828)     おさがりのきこゆるほどとなりにけり
(829)     連翹に月のほのめく籬かな
(830)     雨を見る白き面輪や青簾
(831)     火の色の透りそめたる鰯かな


(注)
・番号は単なる順番で意味はない
・ネット上の句を集めたもので、全集等で個々の句を確認しているものではないので、学術的な使用には耐えない。
あくまで、草城のイメージを知るためのもの。


2019-01-21 (Mon)

2019/01/21 杉田久女 俳句集成 (その1)

2019/01/21 杉田久女 俳句集成 (その1)

杉田久女の句は、このブログで何度も掲載させていただいている。 簡単な感想も以下の記事に書いている。 「2011/05/29 日記 栴檀と久女」 https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/f9b746e0bb8ec4f75982d611d1bbd1a9 「2014/08/30  日記  猫じゃらし」 https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/3d7861fa7ff706cd5f9ded7fa867f0ca 「2018/06/29  日記  杏子」 https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/96207d0689f38edec395b5b7fd8...

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杉田久女の句は、このブログで何度も掲載させていただいている。

簡単な感想も以下の記事に書いている。


「2011/05/29 日記 栴檀と久女」
https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/f9b746e0bb8ec4f75982d611d1bbd1a9


「2014/08/30  日記  猫じゃらし」
https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/3d7861fa7ff706cd5f9ded7fa867f0ca


「2018/06/29  日記  杏子」
https://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/96207d0689f38edec395b5b7fd878daa


味読する必要のある俳人なので、ネット上にある句を集めてみることにした。

久女が生涯で何句を詠んだのか知らないが、ここに掲載したのは502。
 少ない気がする、北九州市文学館や「花衣ぬぐやまつわる 杉田久女を語るページ」で全句を紹介していただけるとよいのだが。

番号は特段の意味はなく、順番も年代とか句集の序列はなく無秩序である。


(001)     月光に舞ひすむ鶴を軒高く
(002)     青梅の臀うつくしくそろひけり
(003)     恋猫を一歩も入れぬ夜の襖
(004)     傘にすけて擦りゆく雨の若葉かな
(005)     鳥渡る雲の笹べり金色に
(006)     実梅もぐ最も高き枝にのり
(007)     大輪のかわきおそさよ菊筵
(008)     旅たのし葉つき橘籠にみてり
(009)     上げ潮におさるゝ雑魚廬の角
(010)     炊き上げてうすき緑や嫁菜飯
(011)     砂糖黍かじりし頃の童女髪
(012)     筆とればわれも王なり塗火鉢
(013)     霧淡し禰宜が掃きよる崖紅葉
(014)     海松かけし蟹の戸ぼそも星祭
(015)     道のべの茶すこし摘みて袂かな
(016)     菊の香のくらき仏に灯を献ず
(017)     蕗の薹ふみてゆききや善き隣
(018)     水葱の花折る間舟寄せ太藺中
(019)     夜光虫古鏡の如く漂へる
(020)     水底に映れる影もぬるむなり
(021)     われにつきゐしサタン離れぬ曼珠沙華
(023)     平凡の長寿願はず蝮酒
(024)     鶴の影舞ひ下りる時大いなる
(025)     奉納のしやもじ新らし杉の花
(026)     春寒や刻み鋭き小菊の芽
(027)     白萩の雨をこぼして束ねけり
(028)     菊の句も詠まずこの頃健かに
(029)     棗盛る古き藍絵のよき小鉢
(030)     秋涼し朝刊をよむ蚊帳裾濃
(031)     忘れめや実葛の丘の榻二つ
(032)     虫干やつなぎ合はせし紐の数
(033)     手折らんとすれば萱吊ぬけて来し
(034)     指輪ぬいて蜂の毒吸ふ朱唇かな
(035)     秋雨に縫ふや遊ぶ子ひとりごと
(036)     走馬燈灯して売れりわれも買ふ
(037)     狐火や風雨の芒はしりゐる
(038)     病み痩せて帯の重さよ秋袷
(039)     薫風や釣舟絶えず並びかへ
(040)     芹摘むや淋しけれどもたゞ一人
(041)     一束の緋薔薇貧者の誠より
(042)     降り足らぬ砂地の雨や鳳仙花
(043)     こがね虫葉かげを歩む風雨かな
(044)     花朱欒こぼれ咲く戸にすむ楽し
(045)     秋風やあれし頬へぬる糸瓜水
(046)     忍び来て摘むは誰が子ぞ紅苺
(047)     初凪げる和布刈の磴に下りたてり
(048)     愛藏す東籬の詩あり菊枕
(049)     橡の実のつぶて颪や豊前坊
(050)     茸やく松葉くゆらせ山日和
(051)     鍬入れて豆蒔く土をほぐすなり
(052)     あたたかや水輪ひまなき庇うら
(053)     おのづから流るゝ水葱の月明り
(054)     わけ入りて孤りがたのし椎拾ふ
(055)     縁側に夏座布団をすすめけり
(056)     絶壁に擬宝珠咲きむれ岩襖
(057)     風邪の子や眉にのび来しひたひ髪
(058)     夕凪や釣舟去れば涼み舟
(059)     コスモスに風ある日かな咲き殖ゆる
(060)     旅楽し荷つき橘籠に満てり
(061)     風に落つ楊貴妃櫻房のまま
(062)     島の子と花芭蕉の蜜の甘き吸ふ
(063)     銀河濃し救ひ得たりし子の命
(064)     花見にも行かずもの憂き結び髪
(065)     姫著莪の花に墨する朝かな
(066)     花葛の谿より走る筧かな
(067)     秋空につぶてのごとき一羽かな
(068)     朝寒や小さくなりゆく蔓の花
(069)     荒れ初めし社前の灘や星祀る
(070)     父の忌や林檎二籠鯉十尾
(071)     甕たのし葡萄の美酒がわき澄める
(072)     潮あびの戻りて夕餉賑かに
(073)     舞ひ下りて田の面の田鶴は啼きかはし
(074)     雉子かなし生みし玉子を吾にとられ
(075)     浅間曇れば小諸は雨よ蕎麦の花
(076)     坊毎に懸けし高樋よ葛の花
(077)     歇むまじき藤の雨なり旅疲れ
(078)     夏炉辺に電灯ひきし法事かな
(079)     ぬかづいてねぎごと長し花の雨
(080)     蒼海の落日とゞく蚊帳かな
(081)     谺して山ほととぎすほしいまゝ
(082)     塀外へあふれ咲く枝や萩の宿
(083)     土濡れての庭に芽ぐむもの
(084)     膳について子等賑々し福寿草
(085)     温室ぬくし女王の如きアマリヽス
(086)     朝顔や濁り初めたる市の空
(087)     鎚とれば恩讐親し法の秋
(088)     寒独活に松葉掃き寄せ囲ふなり
(089)     冬籠る簷端を雨に訪はれけり
(090)     耶馬渓の岩に干しある晩稲かな
(091)     寮住のさみしき娘かな雛まつる
(092)     新涼や紫苑をしのぐ草の丈
(093)     寒風に葱ぬくわれに絃歌やめ
(094)     ゐもり釣る童の群にわれもゐて
(095)     六つなるは父の布団にねせてけり
(096)     菱実る遠賀の水路は縦横に
(097)     春愁の子の文長し憂へよむ
(098)     凌霄花朱に散り浮く草むらに
(099)     帰省子に糸瓜大きく垂れにけり
(100)     大いなる春の月あり山の肩
(101)     秋暑し熱砂にひたと葉つぱ草
(102)     露けさやうぶ毛生えたる繭瓢
(103)     灌沐の浄法身を拝しける
(104)     夏菊に病む子全く癒えにけり
(105)     摘み競ふ企玖の嫁菜は籠にみてり
(106)     蘆の火に天帝雨を降しけり
(107)     子のたちしあとの淋しさ土筆摘む
(108)     熟れきつて裂け落つ李紫に
(109)     銀屏の夕べ明りにひそとゐし
(110)     冬凪げる瀬戸よ比売宮ふしをがみ
(111)     月の輪をゆり去る船や夜半の夏
(112)     かくらんやまぶた凹みて寝入る母
(113)     実を持ちて鉢の万年青の威勢よく
(114)     晴天に広葉をあほつ芭蕉かな
(115)     邸内に祀る祖先や椋拾ふ
(116)     ホ句のわれ慈母たるわれや夏痩ぬ
(117)     縫ひ疲れ冬菜の色に慰む目
(118)     さゝげもつ菊みそなはせ観世音
(119)     萱の中に鼻摺る百合や青嵐
(120)     炭つぐや頬笑まれよむ子の手紙
(121)     岐阜提灯庭石ほのとぬれてあり
(122)     河鹿きく我衣手の露しめり
(123)     三山の高嶺づたひや紅葉狩
(124)     雛愛しわが黒髪をきりて植ゑ
(125)     早苗束投げしところに起直り
(126)     新茶汲むや終りの雫汲みわけて
(127)     葉洩日に碧玉透けし葡萄かな
(128)     なが雨や泰山木の花堕ちず
(129)     箒目に莟をこぼす柚の樹かな
(130)     バナナ下げて子等に帰りし日暮かな
(131)     童話よみ尽して金魚子に吊りぬ
(132)     向う山舞ひ翔つ鶴の声すめり
(133)     厳寒や夜の間に萎えし草の花
(134)     天碧し盧橘は軒をうづめ咲く
(135)     虚子留守の鎌倉に来て春惜む
(136)     青づたや露臺支へて丸柱
(137)     寄り添ひて野鶴はくろし草紅葉
(138)     嵐山の枯木もすでに花曇り
(139)     男の子うまぬわれなり粽結ふ
(140)     海ほゝづき口にふくめば潮の香
(141)     露けさやこぼれそめたるむかご垣
(142)     鶴舞ふや日は金色の雲を得て
(143)     今掃きし土に苞ぬぐ木の芽かな
(144)     くくりゆるくて瓢正しき形かな
(145)     ちなみぬふ陶淵明の菊枕
(146)     茎高くほうけし石蕗にたもとほり
(147)     縫初の糸の縺れをほどきけり
(148)     深耶馬の空は瑠璃なり紅葉狩
(149)     咲き初めし簾越しの花は瓢垣
(150)     戯曲よむ冬夜の食器浸けしまゝ
(151)     寄鍋やたそがれ頃の雪もよひ
(152)     常夏の碧き潮あびわが育つ
(153)     たらちねに送る頭巾を縫ひにけり
(154)     松とれし町の雨来て初句会
(155)     大嶺に歩み迫りぬ紅葉狩
(156)     節分の宵の小門をくゞりけり
(157)     磯菜つむ行手いそがんいざ子ども
(158)     風さそふ遠賀の萱むら焔鳴りつゝ
(159)     しろしろと花びら反りぬ月の菊
(160)     髷重きうなじ伏せ縫ふ春著かな
(161)     菓子ねだる子に戯画かくや春の雨
(162)     木木の芽の苞吹きとべる嵐かな
(163)     屋根石に四山濃くすむ蜻蛉かな
(164)     うち曇る空のいづこに星の恋
(165)     防人の妻戀ふ歌や磯菜摘む
(166)     捕虫器に伏せし薊の蝶白し
(167)     白豚や秋日に透いて耳血色
(168)     おいらん草こぼれ溜りし残暑かな
(169)     芥子蒔くや風に乾きし洗髪
(170)     颱風に傾くままや瓢垣
(171)     鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな
(172)     四葩切るや前髪わるゝ洗髪
(173)     白菊に棟かげ光る月夜かな
(174)     逢ふもよし逢はぬもをかし若葉雨
(175)     頒布振れば隔たる船や秋曇
(176)     かざす手の珠美くしや塗火鉢
(177)     花散りて甕太りゆく石榴かな
(178)     首に捲く銀狐は愛し手を垂るる
(179)     ほのゆるゝ閨のとばりは隙間風
(180)     山茶花の紅つきまぜよ亥の子餅
(181)     煖房に汗ばむ夜汽車神詣
(182)     朱欒咲く五月となれば日の光り
(183)     行水や肌に粟立つ黍の風
(184)     群鶴の影舞ひ移る山田かな
(185)     藤挿頭(かざ)す宇佐の女禰宜は今在さず
(186)     古びなや華やかならずたけれ
(187)     風かほり朱欒咲く戸を訪ふは誰ぞ
(188)     書初やうるしの如き大硯
(189)     新涼や日当りながら竹の雨
(190)     蕗むくやまた襲ひきし歯のいたみ
(191)     ぬかづけばわれも善女や佛生會
(192)     仮名かきうみし子にそらまめをむかせけり
(193)     よそに鳴る夜長の時計数へけり
(194)     海ほほづき鳴らせば遠し乙女の日
(195)     旅に出て病むこともなし栗の花
(196)     羅に衣通る月の肌かな
(197)     雨つよし辨慶草も土に伏し
(198)     鬼灯やきゝ分けさときひよわの子
(199)     仇まもる筑紫の破魔矢受けに来し
(200)     ひろげ干す傘にも落花乾きゐし
(201)     丹の欄にさへづる鳥も惜春譜
(202)     はりつける岩萵苣採の命綱
(203)     まどろむやさゝやく如き萩紫苑
(204)     あたたかや皮ぬぎ捨てし猫柳
(205)     焚きやめて蒼朮薫る家の中
(206)     北風の藪鳴りたわむ月夜かな
(207)     嫁菜摘むうしろの汽笛かへり見ず
(208)     道をしへ法のみ山をあやまたず
(209)     葺きまつる芽杉かんばし花御堂
(210)     春雷や俄に変る夜の色
(211)     月高し遠の稲城はうす霧らひ
(212)     鶴料理るまな箸浄くもちひけり
(213)     病人に干草のいきれ迫りけり
(214)     英彦より採り来し小百合莟むなり
(215)     正月や胼の手洗ふねもごろに
(216)     大木の芽の苞吹きとべる嵐かな
(217)     やうやうに掘れし芽独活の薫るなり
(218)     下りたちて天の河原に櫛梳り
(219)     八月の雨に蕎麦咲く高地かな
(220)     水葵(なぎ)の花折る間舟寄せ太藺中
(221)     茄子買ふや框濡らして数へつゝ
(222)     杉くらし仏法僧を目のあたり
(223)     青麦に降れよと思ふ地のかわき
(224)     夏の帯翡翆にとめし鏡去る
(225)     蔓ひけばこぼるゝ珠や冬苺
(226)     無憂華の木蔭はいづこ佛生會
(227)     羊蹄に石摺り上る湖舟かな
(228)     若蘆にうたかた堰を逆ながれ
(229)     白妙の菊の枕をぬひ上げし
(230)     田楽の木の芽をもつと摺りまぜよ
(231)     龍胆も鯨も掴むわが双手
(232)     葉がくれの星に風湧く槐かな
(233)     冬の朝道々こぼす手桶の水
(234)     筆とりて門辺の草も摘む気なし
(235)     身にまとふ黒きシヨールも古りにけり
(236)     紫の雲の上なる手毬唄
(237)     月涼しいそしみ綴る蜘蛛の糸
(238)     椅子涼し衣通る月にみじろがず
(239)     千々にちる蓮華の風に佇めり
(240)     春著きるや裾踏み押へ腰細く
(241)     身の上の相似て親し桜貝
(242)     南国の五月はたのし花朱欒
(243)     春雨の畠に灯流す二階かな
(244)     わが傘の影の中こき野菊かな
(245)     菊干すや東籬の菊も摘みそへて
(246)     初秋の土ふむ靴のうす埃
(247)     菱摘むとかゞめば沼は沸く匂ひ
(248)     おくれゆく湖畔はたのし常山木折る
(249)     足袋つぐやノラともならず教師妻
(250)     草庵や子の絵ひとつに春の宵

2019-01-21 (Mon)

2019/01/21 杉田久女 俳句集成 (その2)

2019/01/21 杉田久女 俳句集成 (その2)

(251)     髪そぎて臈たく老いし雛かな (252)     父逝くや明星霜の松になほ (253)     大波のうねりもやみぬ沖膾 (254)     素麺や孫にあたりて舅不興 (255)     蒸し寿司のたのしきまどゐ始まれり (256)     葉桜や流れ釣なる瀬戸の舟 (257)     姉ゐねばおとなしき子やし...

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(251)     髪そぎて臈たく老いし雛かな
(252)     父逝くや明星霜の松になほ
(253)     大波のうねりもやみぬ沖膾
(254)     素麺や孫にあたりて舅不興
(255)     蒸し寿司のたのしきまどゐ始まれり
(256)     葉桜や流れ釣なる瀬戸の舟
(257)     姉ゐねばおとなしき子やしやぼん玉
(258)     夏草に愛慕濃く踏む道ありぬ
(259)     虫をきく月の衣手ほのしめり
(260)     屋根石にしめりて旭あり花棗
(261)     口すゝぐ天の真名井は葛がくれ
(262)     あはれ妻人の夏衣を縫ふあはれ
(263)     新調の久留米は着よし春の襟
(264)     山冷にはや炬燵して鶴の宿
(265)     寒林の日すぢ争ふ羽虫かな
(266)     藻を刈ると舳に立ちて映りをり
(267)     雉子鳴くや宇佐の盤境禰宜ひとり
(268)     睡蓮や鬢に手あてゝ水鏡
(269)     戲曲よむ冬夜の食器浸けしまゝ
(270)     蝶去るや葉とぢて眠るうまごやし
(271)     のぞき見ては塀穴ふさぐ日永かな
(272)     遊船のみよしの月にたちいでし
(273)     けふの糧に幸足る汝や寒雀
(274)     萍の遠賀の水路は縦横に
(275)     たてとほす男嫌ひの單帶
(276)     朝日濃し苺は籠に摘みみちて
(277)     大空に舞ひ別れたる鶴もあり
(278)     朝顏や濁りそめたる市の空
(279)     青すすき傘にかきわけゆけどゆけど
(280)     春潮に流るる藻あり矢の如く
(281)     書肆の灯にそゞろ読む書も秋めけり
(282)     松の内社前に統べし舳かな
(283)     大枝を引きずり去りて茂かな
(284)     ゆく春やとげ柔らかに薊の座
(285)     屋根石に炊煙洩るゝ豆の花
(286)     簷に吊る瓢の種も蒔かばやな
(287)     吹き習ふ麦笛の音はおもしろや
(288)     秋來ぬとサフアイア色の小鰺買ふ
(289)     不知火の見えぬ芒にうづくまり
(290)     こもり居の門辺の菊も時雨さび
(291)     蝉時雨日斑(まだら)あびて掃き移る
(292)     雨晴れて忘れな草に仲直り
(293)     玻璃の海全く暮れし煖炉かな
(294)     葉鶏頭のいただき躍る驟雨かな
(295)     田鶴舞ふや日輪峰を登りくる
(296)     拝殿の下に生れゐし小鹿かな
(297)     朝顔やにごりそめたる市の空
(298)     遊船のさんざめきつつすれ違ひ
(299)     我作る菜に死にてあり冬の蜂
(300)     万葉の池居間狭し桜影
(301)     ゆるゆると児の手を引いて春の泥
(302)     冬浜の煤枯れ松を惜みけり
(303)     掻きあはす夜寒の膝や机下
(304)     その中に羽根つく吾子の声澄めり
(305)     大なつめの落す竿なく見上げゐし
(306)     思ひつゝ草にかがめば寒苺
(307)     薬つぎし猪口なめて居ぬ秋の蝿
(308)     美しき神蛇見えたり草の花
(309)     咲き移る外山の花を愛で住めり
(310)     蝉涼しわがよる机大いなる
(311)     夕顔に水仕(みづし)もすみてたたずめり
(312)     元旦や束の間起き出で結び髪
(313)     朝寒や菜屑ただよふ船の腹
(314)     鬢掻くや春眠さめし眉重く
(315)     芋の如肥えて血うすき汝かな
(316)     朝な梳く母の切髪花芙蓉
(317)     秋来ぬとサファイア色の小鯵買ふ
(318)     敷かれある臥床に入れば秋灯つく
(319)     菊白しピアノにうつる我起居
(320)     病める手の爪美くしや秋海棠
(321)     日盛の塗下駄ぬげば曇りかな
(322)     胼の手も交りて歌留多賑はへり
(323)     春浅く火酒したたらす紅茶かな
(324)     卓の百合あまり香つよし疲れたり
(325)     ゆるやかにさそふ水あり茄子の馬
(326)     花房の吹かれまろべる露台かな
(327)     師に侍して吉書の墨をすりにけり
(328)     菱摘みし水江やいづこ嫁菜摘む
(329)     吾子に似て泣くは誰が子ぞ夜半の秋
(330)     菱採ると遠賀の娘子裳濡ずも
(331)     花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
(332)     夜寒さやひきしぼりぬく絹糸の音
(333)     焔迫れば草薙ぐ鎌よ野焼守
(334)     大樹下の夜店明りや地蔵盆
(335)     春暁の夢のあと追ふ長まつげ
(336)     紫陽花に秋冷いたる信濃かな
(337)     髪寄せて柿むき競ふ灯下かな
(338)     筑紫野ははこべ花咲く睦月かな
(339)     傘を打つ牡丹桜の雫かな
(340)     玄海の濤のくらさや雁叫ぶ
(341)     西日して薄紫の干鰯
(342)     雪道や降誕祭の窓明り
(343)     獺にもとられず小鮎釣り来し夫をかし
(344)     秋晴や由布にゐ向ふ高嶺茶屋
(345)     たもとほる桜月夜や人おそき
(346)     旭注ぐや蝶に目醒めしうまごやし
(347)     コスモスくらし雲の中ゆく月の暈
(348)     潮の香のぐんぐんかわく貝拾ひ
(349)     笹づとを解くや生き鮎真一文字
(350)     緋鹿子にあご埋めよむ炬燵かな
(351)     夕顔やひらきかゝりて襞深く
(352)     牡丹を活けておくれし夕餉かな
(353)     あだ守る筑紫の破魔矢うけに来し
(354)     くぐり摘む葡萄の雨をふりかぶり
(355)     水疾し岩にはりつき啼く河鹿
(356)     洗ひ髪かはく間月の籐椅子に
(357)     雨降れば暮るる速さよ九月尽
(358)     鹿の子の生れて間なき背の斑かな
(359)     子等残し来て日暮れたる年賀かな
(360)     穂に出でて靡くも哀れ草の花
(361)     牡蠣舟に上げ潮暗く流れけり
(362)     投げ入れし松葉けぶりて暖炉燃ゆ
(363)     夕顔を蛾の飛びめぐる薄暮かな
(364)     燈台のまたたき滋し壷焼屋
(365)     うぐひすや螺鈿古りたる小衝立
(366)     くぐり見る松が根高し春の雪
(367)     青芒こゝに歩みを返しつゝ
(368)     椿流るゝ行衛を遠くおもひけり
(369)     冬川やのぼり初めたる夕芥
(370)     蝶追ふて春山深く迷ひけり
(371)     足もとに走せよる潮も夜光虫
(372)     露草や飯吹くまでの門歩き
(373)     草刈るや萩に沈める紺法被
(374)     蒼朮の煙賑はし梅雨の宿
(375)     新蕎麦を打つてもてなす髪鄙び
(376)     かがみ折る野菊つゆけし都府楼址
(377)     落ち杏踏みつぶすべくいらだてり
(378)     花大根に蝶漆黒の翅をあげて
(379)     一人強し夜の茅の輪をくぐるわれ
(380)     春の夜のねむさ押へて髪梳けり
(381)     茄子もぐや日を照りかへす櫛のみね
(382)     板の如き帯にさゝれぬ秋扇
(383)     無憂華の木蔭はいづこ仏生会
(384)     むかごもぐ稀の閑居を訪はれまじ
(385)     笑み解けて寒紅つきし前歯かな
(386)     月光にこだます鐘をつきにけり
(387)     冬晴の雲井はるかに田鶴まへり
(388)     疑ふな神の真榊風薫る
(389)     煙あげて塩屋は低し鯉幟
(390)     風に汲む筧も濁り花の雨
(391)     すぐろなる遠賀の萱路をただひとり
(392)     海ほほづき流れよる木にひしと生え
(393)     妬心ほのと知れどなつかし白芙蓉
(394)     遂にこぬ晩餐菊にはじめけり
(395)     わが歩む落葉の音のあるばかり
(396)     枯枝に残月冴ゆる炊ぎかな
(397)     栗の花紙縒の如し雨雫
(398)     生き鮎の鰭をこがせし強火かな
(399)     橇やがて吹雪の渦に吸はれけり
(400)     藪風に蝶ただよへる虚空かな
(401)     冬服や辞令を祀る良教師
(402)     一人静二人静も摘む気なし
(403)     優曇華の木陰はいづこ佛生會
(404)     相寄りて葛の雨きく傘ふれし
(405)     この夏やひさご作りに余念なく
(406)     道をしへ一筋道の迷ひなく
(407)     泳ぎ子に遠賀は潮を上げ来り
(408)     春惜しむ納蘇利の面ンは青丹さび
(409)     草いきれ鉄材錆びて積まれけり
(410)     燕来る軒の深さに住みなれし
(411)     な泣きそと拭へば胼や吾子の頬
(412)     田楽に夕餉すませば寝るばかり
(413)     好晴や壺に開いて濃龍胆
(414)     城山の桑の道照る墓参かな
(415)     草の戸に住むうれしさよわかなつみ
(416)     翠巒を降り消す夕立襲ひ来し
(417)     近づけば野鶴も移る刈田かな
(418)     学童の会釈優しく草紅葉
(419)     刈りかけて去る村童や蓼の雨
(420)     御手洗の杓の柄青し初詣
(421)     芹すすぐ一枚岩のありにけり
(422)     桜咲く宇佐の呉橋うち渡り
(423)     春蘭や雨をふくみてうすみどり
(424)     椀に浮くつまみ菜うれし病むわれに
(425)     うそ寒や黒髪へりて枕ぐせ
(426)     虚子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帯
(427)     若芦にうたかた堰を逆ながれ
(428)     晴天に苞押しひらく木の芽かな
(429)     むれ落ちて楊貴妃櫻尚あせず
(430)     眉引を四十路となりし初鏡
(431)     爪ぐれに指そめ交はし恋稚く
(432)     日覆かげまぶしき潮の流れをり
(433)     壇浦見渡す日覆まかせけり
(434)     唐黍を焼く子の喧嘩きくもいや
(435)     羅の乙女は笑まし腋を剃る
(436)     つゆくさや飯ふくまでの門あるき
(437)     栴檀の花散る那霸に入學す
(438)     針もてばねむたきまぶた藤の雨
(439)     仰ぎ見る大注連飾出雲さび
(440)     乗りすゝむ舳にこそ騒げ月の潮
(441)     水汲女に門坂急な避暑館
(442)     すげのふに見えて位のある白牡丹
(443)     蝉涼し汝の殻をぬぎしより
(444)     佇ち尽す御幸のあとは草紅葉
(445)     粥すする匙の重さやちちろ虫
(446)     月おそき畦おくられぬ花大根
(447)     満開のさつき水面に照るごとし
(448)     かくらんに町医ひた待つ草家かな
(449)     なつめ盛る古き藍絵のよき小鉢
(450)     青ふくべ地をするばかり大いさよ
(451)     晩涼やうぶ毛生えたる長瓢
(452)     うらゝかや斎き祀れる瓊(たま)の帯
(453)     忌に寄りし身より皆知らず洗ひ鯉
(454)     若布干す美保関へと船つけり
(455)     閉ぢしまぶたを落つる涙や秋の暮
(456)     青麦ややたらに歩み気が沈む
(457)     歌舞伎座は雨に灯流し春ゆく夜
(458)     牡蛎舟に上げ潮暗く流れけり
(459)     活くるひま無き小繍毬や水瓶に
(460)     汐あびの戻りて夕餉賑かに
(461)     入学児に鼻紙折りて持たせけり
(462)     アイロンをあてて着なせり古コート
(463)     雛菓子に足投げ出せる人形たち
(464)     仰ぎ見る樹齢いくばくぞ桐の花
(465)     ゐのこ餅博多の仮寝馴れし頃
(466)     空似とは知れどなつかし頭巾人
(467)     健かな吾子と相見る登山駅
(468)     小鏡にうつし拭く墨宵の春
(469)     鶴舞ふや稲城があぐる霜けむり
(470)     函を出てより添ふ雛の御契り
(471)     千万の宝にたぐひ初トマト
(472)     嫁菜つみ夕づく馬車を待たせつゝ
(473)     芦の火の消えてはかなしざんざ降り
(474)     障子締めて炉辺なつかしむ黍の雨
(475)     幣たてゝ彦山踊月の出に
(476)     菱の花引けば水垂る長根かな
(477)     夕顏に水仕もすみてたたずめり
(478)     東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪
(479)     秋朝や痛がりとかす縺れ髪
(480)     コレラ怖ぢ蚊帳吊りて喰ふ昼餉かな
(481)     春怨の麗妃が焚ける香煙はも
(482)     羅を裁つや乱るゝ窓の黍
(483)     春昼や坐ればねむき文机
(484)     船長の案内くまなし大南風
(485)     張りとほす女の意地や藍ゆかた
(486)     物言ふも逢ふもいやなり坂若葉
(487)     春の夜や粧ひ終へし蝋短か
(488)     木の実降る石に座れば雲去来
(489)     春蘭にくちづけ去りぬ人居ぬま
(490)     古雛や花のみ衣の青丹美し
(491)     靴買うて卒業の子の靴磨く
(492)     山茶花や病みつゝ思ふ金のこと
(493)     ぬるむ水に棹張りしなふ濁りかな
(494)     寝ねがての蕎麦湯かくなる庵主かな
(495)     摘み~て隠元いまは竹の先
(496)     野々宮を詣でじまひや花の雨
(497)     冷水をしたたか浴びせ躑躅活け
(498)     言葉少く別れし夫婦秋の宵
(499)     舞ひ下りてこのもかのもの鶴啼けり
(500)     病間や破船に凭れ日向ぼこ
(501)     いつとなく解けし纜春の潮
(502)     かきわくる砂のぬくみや防風摘む

2018-09-21 (Fri)

2018/09/21 宮沢賢治の俳句

2018/09/21  宮沢賢治の俳句

  宮沢賢治は、詩人として知られているが、関心は広く俳句も詠んでいた。   全集に収録されている賢治作の句は30句だそうだ。 以下ネットで見る事ができた賢治の俳句を掲載する。   数字付きは、賢治作がはっきりしているもの。 番号なしもそうだと言われているが、確定しているのかどうかわからない。       1          岩と松峠の上はみぞれのそら 2          五輪塔のかなたは大野みぞれせり 3          つゝじこ...

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宮沢賢治は、詩人として知られているが、関心は広く俳句も詠んでいた。

 

全集に収録されている賢治作の句は30句だそうだ。

以下ネットで見る事ができた賢治の俳句を掲載する。

 

数字付きは、賢治作がはっきりしているもの。

番号なしもそうだと言われているが、確定しているのかどうかわからない。

 

 

 

1          岩と松峠の上はみぞれのそら

2          五輪塔のかなたは大野みぞれせり

3          つゝじこなら温石石のみぞれかな

4          おもむろに屠者は呪したり雪の風

5          鮫の黒肉わびしく凍るひなかすぎ

6          雲ひかり枕木灼きし柵は黝し

7          霜先のかげらふ走る月の沢

8          西東ゆげ這ふ菊の根元かな

9          風の湖乗り切れば落角の浜

10        鳥の眼にあやしきものや落し角

11        目刺焼く宿りや雨の花冷えに

12        鷣呼ぶやはるかに秋の濤猛り

13        鳥屋根を歩く音して明けにけり

14        ごみごみと降る雪ぞらの暖かさ

16        灯に立ちて夏葉の菊のすさまじき

17        斑猫は二席の菊に眠りけり

18        緑礬をさらにまゐらす旅の菊

19        たそがれてなまめく菊のけはひかな

20        魚燈してあしたの菊を陳べけり

21        夜となりて他国の菊もかほりけり

22        狼星をうかゞふ菊の夜更かな

23        その菊を探りに旅へ罷るなり

24        たうたうとかげらふ涵す菊の丈

25        秋田より菊の隠密はいり候

26        花はみな四方に贈りて菊日和

27        菊株の湯気を漂ふ羽虫かな

28        水霜をたもちて菊の重さかな

29        狼星をうかゞふ菊のあるじかな

30        大管の一日ゆたかに旋りけり

 

 

           菊を案じ星に見とるる霜夜かな

           客去りて湯気立つ菊の根もとかな

           魚燈して霜夜の菊をめぐりけり

           水霜のかげろふとなる今日の菊

           霜降らで屋形の菊も明けにけり

           麦飯の熱さめがたき大暑かな

           蟇ひたすら月に迫りけり

 

2018-09-17 (Mon)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その1)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その1)

村上鬼城の俳句を集めてみた。 001  粟灯を消して夜を深うしぬ秋の声 002  苗代にひた~飲むや烏猫 003  寒紅を二つはきたる小皿かな 004  新らしき蒲団に聴くや春の雨 005  残雪やがうがうと吹く松の風 006  小さう咲いて勿忘草や妹が許 007  玉蟲や妹が箪笥の二重 008  さみしさに早飯食ふや秋の暮 009  せきれいのとまりて枯るゝ柳かな 010  はらはらと椎の雫や五月闇 011  せり上る一双の蝶や...

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村上鬼城の俳句を集めてみた。

001  粟灯を消して夜を深うしぬ秋の声
002  苗代にひた~飲むや烏猫
003  寒紅を二つはきたる小皿かな
004  新らしき蒲団に聴くや春の雨
005  残雪やがうがうと吹く松の風
006  小さう咲いて勿忘草や妹が許
007  玉蟲や妹が箪笥の二重
008  さみしさに早飯食ふや秋の暮
009  せきれいのとまりて枯るゝ柳かな
010  はらはらと椎の雫や五月闇
011  せり上る一双の蝶や橋の上
012  冬川を追ひあげて来ぬ家鴨飼
013  冴え返る川上に水なかりけり
014  鹿の子のふんぐり持ちて頼母しき
015  冷たさの蒲団に死にもせざりけり
016  雉子おりて長き尾を引く岩の上
017  十五夜の月浮いてゐる古江かな
018  冬の日や前に塞がる己が影
019  落葉して心元なき接木かな
020  稲雀ぐわらん~と銅鑼が鳴る
021  猫の子や親を距離て眠り居る
022  寺ともりて死ぬる人あり大三十日
023  小鳥この頃音もさせずに来て居りぬ
024  蘆の芽にかかりて消ゆる水泡かな
025  ほそぼそと起き上りけり蕎麦の花
026  雹晴れて豁然とある山河かな
027  走馬燈消えてしばらく廻りけり
028  秋声や石ころ二つよるところ
029  棺桶に合羽掛けたる吹雪かな
030  稲妻に水落しゐる男かな
031  立待月かはほり飛ばずなりにけり
032  種蒔や萬古ゆるがず榛名山
033  大雨に獅子を振りこむ祭かな
034  馬に乗つて河童遊ぶや夏の川
035  麦踏んですごすごと行く男かな
036  壷焼やふつふつと鳴る紅炉上
037  花散るや耳あつて馬のおとなしき
038  大寒や水あげて澄む茎の桶
039  山里や男も遊ぶ針供養
040  かりがねの帰りつくして闇夜かな
041  二三人くらがりに飲む新酒かな
042  蓮の葉の完きも枯れてしまひけり
043  雷や猫かへり来る草の宿
044  棺桶を雪におろせば雀飛ぶ
045  鮟鱇の愚にして咎はなかりけり
046  昼顔に猫捨てられて泣きにけり
047  菱の中に日向ありけり目高浮く
048  注連飾日蔭かづらを掛けそへたり
049  蟻出るやごうごうと鳴る穴の中
050  小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
051  行春や親になりたる盲犬
052  小春日に七面鳥の闊歩かな
053  餅搗に祝儀とらする夜明けかな
054  松笠の真赤にもゆる囲炉裏かな
055  藁塚や四五疋虻の大唸り
056  世を恋うて人を恐るる余寒かな
057  君来ねば円座さみしくしまひけり
058  書初や老妻酒をあたゝめたり
059  凩や妙義が岳にうすづく日
060  後の月に明るうなりぬ八重むぐら
061  枸杞垣の赤き実に住む小家かな
062  土くれに逆毛吹かるる毛虫かな
063  柴漬や川上に水なかりけり
064  大皿に蟹のけむりぬ十三夜
065  弟子つれて初卯詣の大工かな
066  野遊やよそにも見ゆる頬冠
067  凩や手して塗りたる窓の泥
068  煤掃いて卑しからざる調度かな
069  糸瓜忌や俳諧帰するところあり
070  土用の日浅間ケ嶽に落ちこんだり
071  初凪や霜雫する板廂
072  草の戸の低き垣根やつげの花
073  麦蒔や西日に白き頬被り
074  船中の寝覚に聞くや秋の雷
075  煤掃や一帙見ゆる草の宿
076  鵜飼の火川底見えて淋しけれ
077  霜とけて初日にけむる葎かな
078  深う着て耳をいとしむ頭巾かな
079  若水のけむりて見ゆる静かな
080  牛蒡引くやほきりと折れて山にひゞく
081  浅間山夕焼ながら初嵐
082  生きかはり死にかはりして打つ田かな
083  山川の水裂けて飛ぶ野分かな
084  道のべによろめきて咲く野蒜かな
085  てふ~の相逢ひにけりよそ~し
086  どこからか日のさす閨や嫁が君
087  秋耕や四山雲なく大平ら
088  大いなる栗の木鉢や麦こがし
089  こと~と老の打出す薺かな
090  冬山や松風海へ吹落す
091  冬山の日当るところ人家かな
092  永き日や寝てばかりゐる盲犬
093  繭掻の茶話にまじりて目しひかな
094  秋晴や鳶のまひ出て海の上
095  海上の大夕焼や施餓鬼船
096  芦の芽や浪明りする船障子
097  砂川の蜷に静かな日ざしかな
098  縁側の日にゑひにけりお元日
099  春浅し壁にかけたる鍬二挺
100  初午や神主もする小百姓
101  蚊柱や吹きおろされてまたあがる
102  柴漬やをねをね晴れて山遠し
103  風垣やくぐりにさがるおもり石
104  草庵に二人法師やむかご飯
105  蟇のゐて蚊を吸寄する虚空かな
106  青葉して浅間ケ嶽のくもりかな
107  麦飯に痩せもせぬなり古男
108  小百姓のあはれ灯して厄日かな
109  元旦や赤城榛名の峰明り
110  月の出てあかるくなりぬ橇の道
111  しをらしや細茎赤きはうれん草
112  樫の実の落ちて馳け寄る鶏三羽
113  ほの青く風乾しぬ今年藁
114  大雷やそれきり見えず盲犬
115  大石や二つに割れて冬ざるる
116  蕪村忌やさみしう挿して正木の実
117  鍬始浅間ケ岳に雲かゝる
118  寒き夜や折れ曲りたる北斗里
119  水馬水に跳ねて水鉄の如し
120  杣の子の二つ持ちたる手毬かな
121  寝積や大風の鳴る枕上ミ
122  春の夜や灯を囲み居る盲者達
123  牡蛎舟のともりて満ちぬ淀の川
124  放生会べに紐かけて雀篭
125  雑煮箸水引かけてひとり~
126  蓮掘の美事な蓮をひき出しぬ
127  薬玉をうつぼ柱にかけにけり
128  網打のしぼりよせたる鱸かな
129  静かさに堪へで田螺の移りけり
130  雲雀落ちて天日もとの所にあり
131  祇園会や万燈たてて草の中
132  水底に蝌蚪の動乱して止まず
133  宝引やさらりと振つて振り落し
134  くら~と煮えかへりけり鰌汁
135  烏の子一羽になりて育ちけり
136  けふの月馬も夜道を好みけり
137  朝寒やからくれなゐの唐辛子
138  茅花さく岡にのぼれば風の吹く
139  菱の実と小海老と乾して海士が家
140  治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり
141  ひた~とさゝ波よする*ひつじかな
142  納豆にあたたかき飯を運びけり
143  福寿草さいて筆硯多祥かな
144  稲雀降りんとするや大うねり
145  鬼灯の垣根くぐりて咲きにけり
146  夏草を這上りたる捨蚕かな
148  秋雨やよごれて歩く盲犬
149  傀儡師鬼も出さずに去ににけり
150  早乙女や泥手にはさむ額髪

2018-09-17 (Mon)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その2)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その2)

151  乾瓢や水引かけてお中元 152  闘鶏や花の下影こきところ 153  行秋や大きうなりて沙弥幾つ 154  高張をもみ消す霧や三の酉 155  虫干や白粉の花さきこぼれ 156  放生会水かきわけて亀かくる 157  ほの赤く掘起しけり薩摩芋 158  古庭を歩いて孕雀かな 159  折さしてかたき蕾や冬の梅 160  水草生ひぬ流れ去らしむること勿れ 161  芭蕉忌や弟子のはしなる二聾者 162  大蜘蛛の虚空を渡る木...

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151  乾瓢や水引かけてお中元
152  闘鶏や花の下影こきところ
153  行秋や大きうなりて沙弥幾つ
154  高張をもみ消す霧や三の酉
155  虫干や白粉の花さきこぼれ
156  放生会水かきわけて亀かくる
157  ほの赤く掘起しけり薩摩芋
158  古庭を歩いて孕雀かな
159  折さしてかたき蕾や冬の梅
160  水草生ひぬ流れ去らしむること勿れ
161  芭蕉忌や弟子のはしなる二聾者
162  大蜘蛛の虚空を渡る木の間かな
163  女房をたよりに老うや暮の秋
164  松かさのかさりと落ちぬ四十雀
165  麦秋や蛇と戦ふ寺の猫
166  大岩にはえて一本忍かな
167  己が影を慕うて這へる地虫かな
168  胡麻刈や青きもまじるひとからげ
169  軒下の日に咲きにけり寒葵
170  解けて浮く氷のかげや水の底
171  乾鮭をたたいてくわんと鳴らしけり
172  美しき蒲団かけたり置炬燵
173  石の上にほむらをさます井守かな
174  襟巻や猪首うづめて大和尚
175  かるの子のつぎつぎ残す木輪かな
176  焼跡やあかざの中の蔵住ひ
177  大南瓜これを敲いて遊ばんか
178  まひ~やかはたれどきの水明り
179  僧の子の僧を喜ぶ十夜かな
180  木菟のほうと追はれて逃げにけり
181  晴天にから~とひく鳴子かな
182  木の芽してあはれ此世にかへる木よ
183  妻に蹤き俄か詣てや札納め
184  畦塗をつゝきこはして飛ぶ烏
185  短夜や枕上ミなる小蝋燭
186  伊良湖岬見えてなつかし避暑の宿
187  胡麻刈や青きもまじるひとからげ
188  いささかの借もをかしや大三十日
189  吉日のつづいて嬉し初暦
190  まひまひや深く登みたる石二つ
191  長き夜の物書く音に更けにける
192  晝顔に猫捨てられて泣きにけり
193  若芦や夕汐満つる舟溜り
194  今朝秋や見入る鏡に親の顔
195  干鱈あぶりてほろほろと酒の酔にゐる
196  霍乱や一糸もつけず大男
197  魚市のとぼりて寒き海鼠かな
198  猫の来てかけあがりけり返り花
199  水落す春田一枚松の下
200  蓮の実や食ひちらかして盆の上
201  春の日や高くとまれる尾長鶏
202  送り火やいつかは死んで後絶えん
203  塗畦をつゝきこはして飛ぶ烏
204  草の戸にひとり男や花の春
205  大根引くや低くさがりて鳶の声
206  山町やしはがれ声の金魚売
207  八重桜地上に画く大伽藍
208  たら~と老のふり出す新茶かな
209  船住や年の名残の船掃除
210  維摩会にまゐりて俳諧尊者かな
211  大雪や納屋に寝に来る盲犬
212  おとなしくかざらせてゐる初荷馬
213  春寒やぶつかり歩行く盲犬
214  摂待や辞儀も申さずいたゞきぬ
215  苔咲くや親にわかれて二十年
216  秋天や高さ爭ふ峯二つ
217  街道や大樫垣の北おろし
218  春寒やぶつかり歩く盲犬
219  秋雨や鶏舎に押合ふ鶏百羽
220  川普請石を投げこむ焚火かな
221  蛤に雀の斑あり哀れかな
222  綿入や妬心もなくて妻哀れ
223  小さなる熊手にてかく松露かな
224  帯解や立ち居つさする母の顔
225  秋晴や竝べ替へたる屋根の石
226  冬霞ときどき煙る浅間山
227  残雪やごうごうと吹く松の風
228  糸瓜や俳諧帰するところあり
229  茄子汁の汁のうすさよ山の寺
230  草刈の薙ぎ倒しけり曼珠沙華
231  風年や笑み割れそむる鏡餅
232  小百姓の寺田の田螺突きにけり
233  三日月のうすき光や春の山
234  元旦やふどしたゝんで枕上ミ
235  水すまし水に跳て水鉄の如し
236  茗荷汁にうつりて淋し己が顔
237  ほつほつと蓮の実を噛む微酔かな
238  夏夕べ蝮を売つて通りけり
239  よく光る高嶺の星や寒の入り
240  お降や袴ぬぎたる静心
241  簗崩して浪たゞ白き月夜かな
242  若蘆や夕潮満つる舟溜り
243  少しばかり酒たしなむや菊膾
244  生涯のあはたゞしかりし湯婆かな
245  もちの花さくともなくてちりにけり
246  芋秋や馬車曳き出づる大百姓
247  麦刈や娘二人の女わざ
248  念力のゆるめば死ぬる大暑かな
249  牡丹根分けして淋しうなりし二本かな
250  冬の日のくわっと明るき一と間かな
251  露涼し形あるもの皆生ける
252  袴著や將種嬉しき廣額
253  柴漬や風波立ちて二つ見ゆ
254  白魚舟娼家の沖にかゝりけり
255  馬鹿貝の逃げも得せずに掘られけり
256  老いぼれて目も鼻もなし榾の主
257  老が身の着かへて白き浴衣かな
258  稲積むや痩馬あはれふんばりぬ
259  古鍬を研ぎすましたる飾かな
260  韮生えて枯木がもとの古畑
261  菌汁大きな菌浮きにけり
262  昼顔にレールを磨く男かな
263  葭切や糞船の犬吼立つる
264  積藁や戦ひ飽きし寒鴉
265  猫のゐてぺんぺん草も食みにけり
266  夕焼のはたと消えけり秋の川
267  山椒の摘みからされて咲きにけり
268  花ちるや耳ふつて馬のおとなしき
269  つめたさの蒲団に死にもせざりけり
270  茨の実を食うて遊ぶ子哀なり
271  五月雨や起きあがりたる根無草
272  春の雲一つになりて横長し
273  皀莢の落花してゐる静かな
274  年棚やみあかしあげて神いさむ
275  治聾酒や静に飲んでうまかつし
276  芭蕉林雨夜ながらの月明り
277  鹿の角何にかけてや落したる
278  嵐して起きも直らず胡麻の花
279  岩の上に咲いてこぼれぬ山帰来
280  茎石や泥にもならで泥まみれ
281  風除やくぐりにさがるおもり石
282  柚味噌して膳賑はしや草の宿
283  唖蝉をつつき落して雀飛ぶ
284  草枯れて石のてらつく夕日かな
285  蘆の芽や浪明りする船障子
286  相撲取のおとがひ長く老いにけり
287  大木の枯るゝに逢へり蔦蘿
288  あるだけの藁かゝへ出ぬ冬構
289  葛水の冷たう澄みてすゞろ淋し
290  もう~と霜夜に烟る煙出し
291  節分やちろ~燃ゆるのつぺ汁
292  七夕や暗がりで結ふたばね髪
293  大寺や霜除けしつる芭蕉林
294  箒木の門に遊ぶや童達
295  頬白やそら解けしたる桑の枝
296  初雪の見事に降れり万年青の実
297  三軒家生死もありて冬籠
298  くたくたと散ってしまひぬ薔薇の花
299  高浪をくゞりて秋の蝶黄なり
300  遠山の雪に遅麦まきにけり



2018-09-17 (Mon)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その3)

2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その3)

301   暖やときほごしたる芋俵 302   大根引馬おとなしく立眠り 303   ざぶざぶと索麺さます小桶かな 304   冬の田の秩父おろしに濁りけり 305   蓮剪つて畳の上に横倒し 306   煮凝やしかと見届く古俳諧 307   渋桶に月さしこんで澄みにけり 308   川底に蝌蚪の大国ありにけり 309   痩馬のあはれ灸や小六月 310   仙人掌の奇峰を愛す座右かな 311   蛇穴や西日さしこむ二三寸 312 ...

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301   暖やときほごしたる芋俵
302   大根引馬おとなしく立眠り
303   ざぶざぶと索麺さます小桶かな
304   冬の田の秩父おろしに濁りけり
305   蓮剪つて畳の上に横倒し
306   煮凝やしかと見届く古俳諧
307   渋桶に月さしこんで澄みにけり
308   川底に蝌蚪の大国ありにけり
309   痩馬のあはれ灸や小六月
310   仙人掌の奇峰を愛す座右かな
311   蛇穴や西日さしこむ二三寸
312   くらがりに灯を呼ぶ声や風邪籠り
313   浅漬や糠手にはさむ額髪
314   北窓を根深畠にふさぎけり
315   芭蕉忌やとはに淋しみ古俳諧
316   一汁の掟きびしや根深汁
317   愚にかへれと庵主の食ふや茗荷の子
318   黒猫の眼が畑にをる三日かな
319   霜除に菜の花黄なりお正月
320   砂原を蛇のすり行く秋日かな
321   牛飼のわらべがかざす紅葉かな
322   相撲取の金剛力や鏡割
323   秋の暮水のやうなる酒二合
324   闘鶏の眼つぶれて飼はれけり
325   せきれいの居るともなくて波白し
326   風切羽きられて育つ烏の子
327   数珠玉を植ゑて門前百姓かな
328   七草やもうもうけぶる馬の粥
329   沼涸れて狼渡る月夜かな
330   冬蝿をなぶりて飽ける小猫かな
331   山路行くや木苺取つて食ひながら
332   いつも人のうしろに居りて火鉢なし
333   書出しやこま~と書き並べたり
334   二つ三つあまりてすみぬ土用灸
335   夕焼や杉の梢の凌霄花
336   秋空や日落ちて高き山二つ
337   寒行の提灯ゆゝし誕生寺
338   古を好む男の蕎麦湯かな
339   冬蜂の死にどころなく歩きけり
340   仲秋や夕日の岡の鱗雲
341   沢瀉に野川しめきりて溢れけり
342   蝙蝠の飼はれてちちと鳴きにけり
343   暑き日や家根の草とる本願寺
344   白酒や玉の杯一つづつ
345   正月も襤褸市たちて二十日かな
346   暑き夜や百姓町の真くらがり
347   たまの緒の絶えし玉虫美しき
348   傘にいつか月夜や時鳥
349   雑煮食うてねむうなりけり勿体な
350   赤く塗つて馬車新らしき吹雪かな
351   水鳥に吼立つ舟の小犬かな 
352   年玉や水引かけて山の芋
353   榛名山大霞して真昼かな
354   初花の薄べにさして咲きにけり
355   白百合の花大きさや八重葎
356   門さして寺町さみし三ケ日
357   黐ちるや蟇こもりゐる垣の下
358   いさゝかの金欲しがりぬ年の暮
359   大空をあふちて桐の一葉かな
360   出水や牛引き出づる真暗闇
361   小百姓桑も摘まずに病みにけり
362   月さして秋蚕すみたる飼屋かな
363   落柿舎のひとむら芒枯れにけり
364   稲つむや痩馬あはれふんばりぬ
365   田草取蛇うちすゑて去ににけり
366   新茶して五箇国の王に居る身かな
367   赤城山に真向の門の枯木かな
368   花活に樒の花の淋しいぞ
369   神風のさやかにわたる飾かな
370   冬瓜のころげて荒るる畠かな
371   野を焼くやぽつん~と雨到る
372   鼠ゐて棗を落す月夜かな
373   月の出てあかるくなりぬ橇の道
374   浮草や蜘蛛渡りゐて水平
375   をう~と蜂と戦ふや小百姓
376   秋立つと出て見る門やうすら闇
377   妹が垣伏見の小菊根分けり
378   魂棚の見えて淋しき昼寝かな
379   御年始や鼻つき合うて老の友
380   麦飯に何も申さじ夏の月
381   綿摘みてあとは枯木や綿畠
382   水鳥の死や全身に水廻り
383   炎天や天火取りたる陰陽師
384   藪入にまじりて市を歩きけり
385   春雨や塩屋塩屋の煙出し
386   わら屋根やいちはつ咲いて橋の下
387   残菊の畑ほとりをあるきけり
388   うど咲いて例幣使街道の古家かな
389   親よりも白き羊や今朝の秋
390   うれしさや着たり脱いだり冬羽織
391   うとうとと生死の外や日向ぼこ
392   鷹のつらきびしく老いて哀れなり
393   むかごこぼれて鶏肥えぬ草の宿
394   痩馬のあはれ機嫌や秋高し
395   畦豆に鼬の遊ぶ夕べかな
396   山門の根深畑や初大師
397   稲光雲の中なる清水寺
398   今日の月馬も夜道を好みけり
399   土くれに二葉ながらの紅葉かな
400   柿むくやてらてらうつる榾明り
401   白雲のしづかに行きて恵方かな
402   風吹いてうちかたまりぬ蛙の子
403   水を出てほぐれそめたる巻葉かな
404   きび~と爪折り曲げて鷹の爪
405   禰宜達の足袋だぶだぶとはきにけり
406   夏近き近江の空や麻の雨
407   月さして一間の家でありにけり
408   初雀翅ひろげて降りにけり
409   長き夜や生死の間にうつら~
410   石蕗さくや猫の寐こける草の宿
411   衣更野人鏡を持てりけり
412   年守りて黙然とゐぬ榾盛ン

2018-09-10 (Mon)

2018/09/10 阿部みどり女 俳句集成 (その1)

2018/09/10 阿部みどり女 俳句集成 (その1)

句を生み出す瞬間、視野、言葉、こころ、今、過去など俳人の持つ資質と詩心が天賦のものであるとして、尚学ぶ事ができる俳人が阿部みどり女だ。ネット上のみどり女の句を集めてみた。番号は、特段の意味はない。001      秋曇や山路に深き轍あと002      昼の暗月下美人の花底に  003      初蝶の日照り日曇り落ちつかず  004  &...

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句を生み出す瞬間、視野、言葉、こころ、今、過去など
俳人の持つ資質と詩心が天賦のものであるとして、尚学ぶ事ができる俳人が阿部みどり女だ。

ネット上のみどり女の句を集めてみた。
番号は、特段の意味はない。


001      秋曇や山路に深き轍あと
002      昼の暗月下美人の花底に 
003      初蝶の日照り日曇り落ちつかず
 
004      紅梅や亡き娘の部屋の小窓より

005      一輪の百合挿し主婦の暑気あたり 
006      月下美人あしたに伏して命あり
 
007      少し歩いて車を拾ふ十三夜

008      短日の時計狂ひしまま動く 
009      鴬餅帰心うながす置時計

010      雪山の雲に入りてよりながし 
011      白日の曼珠沙華より夜を攫へ

012      鍬揃ふことなく夫婦暖かし
013      跣足にて婆が物売る仏生会
014      一人ゐて短日の音なかりけり 
015      膝にあるものことごとく暖かし
 
016      白芙蓉朝も夕も同じ空

017      曼珠沙華ここにと山の鴉鳴く 
018      物言はぬ濁りが易し胡瓜もみ

019      坐しをれば師走の心遠のきぬ 
020      大幹を花の暖簾が打ちたたき
 
021      よき衣の衿もと寒し松の内

022      灰に落ちし涙みられし泣初め
023      ゆで栗や小さな帯をして立居
024      日と海の懐ろに入り雁帰る
025      つばくらや茂吉が住みし蔵座敷
026      鶯の一度きりなる夢に入る 
027      九十をいつか越えたりいつか夏

028      たまたまの外出坐れば目借時
029      霧のぼる闇深々と今年竹 
030      松の花八十路の耳に潮しづか

031      太陽の匂ひこよなき二月かな
032      どんどの火衰へ瀬音の高まり来 
033      折雛の影鷹揚に曳きにけり
 
034      一便に鋏を入るる涼あらた
 
035      雛の日を仏と居りて足らひたる
 
036      昼寝覚山しつとりと近々と

037      稲妻や明日退院の部屋に満つ 
038      秋の蝶谷深ければ高う飛ぶ

039      人日のちらちら雪の影を地に
040      いのちより俳諧重し蝶を待つ
041      冬山のうしろに日輪まはりけり
042      さくらんぼ右往左往の虚子の句を
043      霧ふいて数の増えたる蛍かな
044      南縁に蝶の息づく松手入 
045      己が影起しゆくさま田を掻ける

046      やたら来る子に鞦韆をからげけり 
047      蘆の風に流るるさまやかいつむり

048      菖蒲湯にうめる水白く落ちにけり 
049      豆腐屋が一軒起きて水を打つ
 
050      白鳥の入江しづかに交るかな
 
051      仏生会金魚をつれて退院す
 
052      雑然と冬となりたる一間かな
 
053      耳も目もたしかに年の暮るるなり
 
054      眠き朝眠き香りのすひかづら
 
055      如月や訪はるるばかり病める日々
 
056      北風や肌青々と桐立てり

057      幾度も雪のかかりし菜を貰ふ 
058      凍豆腐故郷の山河まなうらに

059      梅林へ梅林へ私は裏山へ
060      広庭を雀自在に句の納め 
061      北上の空に必死の冬の蝶

062      幾度も春立つ暦見上げたる 
063      もぎたての葡萄のくもり掌に
 
064      野幌の原始林より秋来たり

065      春寒し鵜を荒海へ残し去る 
066      山路やうつぎの隙の海の紺

067      椎茸の山へ卯月の水を引く 
068      まんさくの淡き雪嶺にかざし見て

069      昼蛍黒くかたまり唯の虫 
070      玄関に風の訪れ寝正月
 
071      大いなる門の内より春の蝶
 
072      裏町はどかと暗しや霧こむる
 
073      目つむれば五体ゆるみぬ立冬後
 
074      きざはしと言へど四五段雪を掃く
 
075      日輪の福寿草の庭二歩三歩

076      苗床や風に解けたる頬かむり
077      松籟に揉まれまんさく咲きにけり 
078      注連はるや神も仏も一つ棚

079      水引草風ひやひやと藤に来る 
080      膝つけばしめり居る草土筆嫡む

081      一枚の落葉盃日をすくふ 
082      遥かなる杉の穂そよぐ更衣
 
083      抜衣紋して薄着なる初島田

084      文字を覆ふ秋曇の影淡きか
085      牧の山羊日傘の影を慕ひよる 
086      やどかりの又顔出して歩きけり

087      雪が来て畠ひろびろと休みけり 
088      中々に羽子板市を去にがたく

089      初鏡竹の戦ぎに身の緊り
090      春の雨誰からとなく目覚めけり 
091      降りる鳩に真似して一羽霞みけり
 
092      虚子百句遅日に偲びまゐらする(花祭りの日に虚子先生ご逝去
)
093      もの探す形虚空の秋蚕あり
 
094      霜やけの柔かき手にたよられし

095      大椎の中よりいでし梅雨の蝶
096      曼珠沙華二本づつ立ち雨の中 
097      梅雨の蝶草むらを出て大空へ

098      一枚の落葉の相(すがた)ありにけり 
099      あらあらと箒のあとや萩の門

100      たそがれの冷え樹に走る祭かな
101      磯の香の日傘のうちにこもりゐる 
102      湯あがりの極楽浄土虫浄土

103      紫陽花の夕の藍に羽織りけり
104      犬ふぐり大地は春を急ぐなり
105      九十の端(はした)を忘れ春を待つ 
106      日向ぼこ何やら心せかれゐる

107      鏡開く日の姿見に老いにけり
108      合歓の花実生の愛の濃かりけり 
109      夕日いま百株の菊に沈まんと
 
110      連翹の一枝走る松の中
 
111      大原の時雨るゝとあり初だより

112      雛まつりしづかなる日の海荒るる 
113      松虫や子等静まれば夜となる

114      端渓の硯の海に雷近し 
115      犬屹と遠ちの枯野の犬を見る
 
116      百年の柳伐られし響きあり
 
117      わが部屋に最も多く豆撒かれ
 
118      春の旅はげしき海に出会ひけり

119      雨音に馴れしこのごろ九月かな 
120      糸屑のひとすぢも塵日脚のぶ

121      寒雀ぱらぱら中にちがふ鳥
122      がまずみの実に太陽のひとつひとつ 
123      海原の初日いただく卒寿すぎ
 
124      松伐られゆく麓より威銃

125      流燈の揃ひ気魄の冷ゆるかな
126      だんだんに暮れゆく雛の目鼻かな
127      訪ふ人を頼みの日々や雪ごもり 
128      涼しさの一人が立つて歩きけり
 
129      雪嶺の目の高さなる小正月

130      誰か早父の墓前に盆の供華 
131      夏蝶の放ちしごとく高くとぶ

132      山も家も霧にひとしく濡れにけり 
133      人も樹も枯れ年の瀬となりにけり

134      雪の日のもの掴むとき黄なりけり 
135      砂浴びの穴日々深く夏雀
 
136      目を閉ぢて無念にあれば涼しかり
 
137      遅々と歩す雪解の道の我ありぬ(一月十一日長男逝く

138      目つむれば一人となりぬ梅日和
 
139      蘆原の日の中に降るあられかな

140      紅梅は紅梅として灯るころ 
141      立冬のあとの青空松葉降る

142      六軒の檀家持つ寺柿を干す
143      手庇の中の紅冬紅葉 
144      椎の実や落葉の上に落ちし音

145      泰山木乳張るごとくふくらめる 
146      青空に小鳥飛ばされ初嵐

147      鴨と家鴨争とけて春の川 
148      法師蝉初めて聞きて終りとす

149      絶対は死のほかはなし蝉陀仏 
150      一湾も君も眠れり寒茜
 
151      二つ三つ繭こぼれゐる庫裡涼し
 
152      風鐸が床に置かれて月の宿
 
153      喪の旅や早苗の青さ透ける水
 
154      枯芦に曇れば水の眠りけり
 
155      父の画に母の賛あり初雛

156      岩菲挿す濃霧の山の水を汲み 
157      ホトトギス草鴉も鳴かず雀も来ず

158      花冷えの畳を掃ける夕心 
159      枯萩の西日揺らして刈られけり

160      ただ一つ白きつゝじの返り花
161      七夕を押し返す風ありにけり 
162      山中湖より風生翁の声涼し(富安風生先生にお電話して

163      大空の一枚白く凍てにけり

164      青葡萄気温いよいよ昇るかな 
165      沼の水月を動かし雁渡る
 
166      寒林の松を数へて忘れたり
 
167      黄を尽したんぽぽ絮となりにけり

168      五指重く秋の月日を折りて見る 
169      日にかざす扇小さし舟遊

170      豚の子が育つ弥生の谷浅し
171      冬構父の代より来る庭師
172      枯れ花を捨てぬ土用太郎の夜 
173      デージーは星の雫に息づける

174      最も永き昭和のばらの咲きはじむ 
175      たたまれて日傘も草に憩ふかな
 
176      初蝶の流れ光陰流れけり
 
177      かつぎ持つ裏は淋しき熊手かな

178      橋の人に顔覗かれぬ汐干舟
179      しんしんと花日輪に焼かれけり
180      病院の味みなうすししもつけ草 
181      豆腐屋が寄附を集めに秋祭
 
182      ざらざらと櫛にありけり花ぼこり

183      冬枯の西日となりし己が影 
184      寄居虫の又顔出して歩きけり

185      雪柳人居るごとく揺れ合へり 
186      水つけて束ねし髪や夏の風邪
 
187      丈夫なる泣き声たてて初端午

188      移り住み都の雪を待ちゐたり
189      秋雲の地球の円に従へり 
190      児の尿に土に穴あく蝶々かな
 
191      藤色の揃ひ座布団雛の前

192      帚屋が枯木の墓地をぬけてゆく
193      短日の気息のままに暮しけり 
194      小波の小魚とも見えあたたかし
 
195      立春の日を一杯に老かなし
 
196      雪折れの秋田のさくら咲かせけり

197      凍蝶の全き翅をひらきもし 
198      リラの花朝も夕べの色に咲く

199      山の鳶ふたたび山へ粽解く 
200      琴を弾く春満月を二日すぎ